244
『これはびっくりだね~~~!あの変な被り物の下に、まさかまさかの美しい顔があるとは!シンプルに言って超絶顔が良い!!
私うっかりチュチューンから落ちそうになりました!!!』
クオンの美貌に見惚れると同時に実況魂が燃え盛ったか、イトミミズが明らかに熱が入った声を弾ませる。
それを一瞥し、振り返ることなく被り物を後ろに放ってゾロへと預けた
クオンは飴玉を口に放り込んで形の良い唇を吊り上げた。
「開戦の合図を」
『最後にひとつ!これはあくまで“余興”だよ~~!!みんな楽しんでね───!!!』
イトミミズが言い終わると同時、戦闘開始のホイッスルが高らかに鳴り響いた。
† デービーバックファイト 5 †
ホイッスルの余韻が消えぬうち、
クオンは口の中の飴玉を歯で叩き割って噛み砕くと同時に飲み込んだ。
ごくんと動く白い喉を凝視していた一同の視界からふっと白が消え、ひと呼吸の間も置かずにポイズが地面に正面から叩きつけられる。ぐぇっ!?と濁った呻きを上げたポイズの腹と右腕の関節に足をのせて動きを封じた
クオンは、男に見せつけるようにして大きく口を開いて中がからであることを示した。
『お~!?今何が起こったんだ!?急に
クオンの姿が消えたと思ったら、ポイズが地面に倒れてその上に乗っているぞ~~~!?あれも何かの能力なのか!?』
イトミミズの声が空に響く。自前の目にもとまらぬ
疾さで迫られ、なすすべなく倒されたポイズを一切の感情を浮かべない鈍色が見下ろした。
「降参を申し出るのであれば聞き入れましょう。私の顔を見れたのですから、“余興”としては十分でしょう?」
言いながら、面倒なルールだと
クオンは内心で舌打ちした。
ペナルティがあるからさくっと殺す選択は取れず、ただ倒すだけでは意味がない。意識を失わせたとしても敵船の船長が認めなければこの“余興”は続く。さっさと2回戦へいってチョッパーを取り戻したい
クオンとしてはあまり長引かせたいものではなかった。ねっとりと絡みつくような渇望の目にさらされ見世物にされるのも神経を逆撫でさせ、既に底辺を這っている機嫌がマイナス圏へ突破しようとしている。これでは本当にうっかり殺しかねない。
「さぁ、返答を。無駄に長引かせるようなら優しくはできませんよ」
ただでさえ針を使わず、喉も押さえずに動きを封じるだけで降参を促すという優しさを見せているのだ。これ以上は過ぎた望みである。
腹と右腕の関節に置いた足に力をこめて促すが、ぐぅと苦しそうに息を詰めたポイズはしかし、薄ら笑いを浮かべた。冷めぬ興奮に輝かせた目が
クオンを射抜く。
「やっぱり、欲しいなぁ、お前」
クオンの秀麗な顔から表情が消える。鈍色が不機嫌に眇められた。
冷たい眼差しがフォクシーに向く。彼は引き攣った顔を青褪めさせて
クオンを凝視しており、目が合った途端に大きく肩を震わせた。降参の承認を船長に迫る
クオンに向けて首が縦に振られようとして─── 意図を察したポイズが叫んだ。
「オヤビン!絶対に降参の承認はしないでくれ!!おれはこれが欲しい!!!」
向けられる欲が煩わしい。注がれる視線が厭わしい。かけられる声が鬱陶しい。ブーツ越しに足の裏から伝わる男の熱が不愉快だ。飴玉を噛み砕いたときに中から出てきた粘着質な苦い液体の残滓が口の中に残っていて、それがさらに不快さを煽っていた。
『流石はポイズ!諦める様子が微塵もないよ~~~!』
ああ、うるさい。…………面倒くさい。殺すか。
思って、男の顔に突き立てる無数の針を空中に浮かべようとした
クオンは、後ろの仲間を思い出して動きを止めた。
ダメだ。殺すのはダメだ。彼らに凄惨なものを見せるのもダメだ。
ならばどうしようか。やはりフォクシーに降参を迫るしかないか。フォクシーは
クオンに頷きかけた。ポイズの意識を落としてもう一度迫れば今度は誰にも止められず頷くだろう。
ポイズを視界に入れるのも不愉快で視線を逸らし鮮やかな草原の色を見つめていた
クオンがそう方針を定めるのと、大きく口端を吊り上げたポイズが足を振り上げるのは同時だった。
はっとした
クオンがその動きを止めるよりも早く、ポイズの踵が地面を叩く。カチリ、微かな機械音が鳴った。
ドシュッ!!
「……っ!」
唐突に四方から放たれた矢の群れに息を呑む。
能力を使って止めるのは簡単だ。しかし
クオンは感覚が少し鈍いままの右手を握り締めるとその場から跳びのいた。白い姿が掻き消えたそこを標的を見失った矢が通り過ぎていく。
一拍遅れ、ポイズから距離を取った
クオンは静かに地面に足をつけた。ゆっくりと体を起こしたポイズが大きく口を開けて中がからであることを示す。
『まさか今のが避けられるとは!今のはポイズ特製の毒が塗られた毒矢、掠めただけで全身が痺れる代物だァ!!』
「毒!?」
「おい!バラすなイトミミズ!!」
イトミミズの台詞にルフィ達が声を揃えて目を瞠り、ポイズが眉を吊り上げて怒鳴る。
クオンは小さくため息をついた。
「何を今更。飴に毒を仕込んでおいて、予想がつかないとお思いですか」
『おお~~!?まさかポイズの策が見抜かれていた!?しかもあれを食べておいて動き回れるとは、
クオンにも毒の耐性があるようだよーっ!!』
飴玉の中に仕込まれていた液体。あれが毒だ。固体の飴はただの飴か、それとも効きが早まるように調整された成分でも入っているのか、そこまでは判らないが。そもそも「飴玉を食べる」のを“絶対ルール”としているのだから、何かしら仕込まれていて当然だろう。
クオンは分かっていてそれを食べた。そして今、少しずつ速まる鼓動と不自然に上がる呼吸が不穏なものだと理解している。ゆえに早期決着をつけたかったのだが。
「毒…って、
クオン、大丈夫なのか!?」
「まぁ、少々の耐性はありますので。そう心配せずとも大丈夫ですよ」
色を失って問うルフィを肩越しに振り返り、安心させるように努めてにっこりと朗らかな笑みを浮かべてみせる。それでも、ただでさえ白い肌は血の気を失いつつある。耐性はある、と言っても無効化はできないのだから当然だ。“余興”は長引くほどに
クオンの不利になる。
「おれが丹精込めて作った特製の毒だ!!じっくり味わってくれよ!!!」
不気味な笑みを浮かべ、ポイズが縦横無尽に走り出す。それに従ってカチリカチリと音がして、あらかじめ地面に仕込まれていた機械から次々と毒矢が飛び出した。
最低限の動きで毒矢を避け、避けきれないときは跳び上がり、そこを狙って放たれたものは足で蹴り落とす。毒に侵されているはずなのに軽快な動きで毒矢をいなす姿は、まるで踊っているようだった。
しかし、白い燕尾服の尾をひらめかせながら防戦に徹している
クオンを見ていたサンジがぐる眉をひそめた。
「あいつ、何で能力を使わねぇんだ?」
クオンの悪魔の実の能力があれば、毒矢を無効化するのに腕一本あれば十分すぎる。わざわざ避ける必要はない。毒矢を操ってポイズに当てることも難しくはないはずだ。なのにそうはせず、息をするように扱える無数の針も出さず、針の盾すらも展開しない。第1回戦でナミ達を助けるために使った能力の反動はそこまで重かったのだろうか。
「能力を使えば毒の回りが早くなるからだろ。耐性があっても効かないわけじゃねぇからな」
サンジの問いに答えたのはゾロだ。腕を組んで真っ直ぐに
クオンの姿を追う男にロビンが首を傾ける。
「動き回るよりも、能力を使った方がよりひどくなるということ?それは……少し、過ぎるものではないかしら」
眉をひそめるロビンの呟きにゾロは言葉を返さない。だが視線を鋭くさせ、一挙手一投足を見逃さないよう白い人間を凝視している。迫る毒矢に反射で能力を使おうとする仕草を、無理やりに押しとどめているさまも見抜いていた。
(矢のスピードが然程速くないのは僥倖でしたね)
案ずる仲間の視線を背に、内心呟いた
クオンはひたすらにフィールドを駆け回って毒矢を躱していた。
毒矢には必ず限りがある。尽きればポイズの猛攻は終わり、そのとき
クオンは一気に距離を詰め意識を奪ってからフォクシーに降参を迫る算段だった。
能力は使えない。理由は分からないが反動が重くなっている今、能力を使えば耐性のあるこの体でもどうなるか分からない。このままいなし続けた方が消耗は少ないと判断したのだ。
『避ける避ける、毒矢のことごとくを
クオンが躱す~~~!これにはポイズも困った!!このままじゃ毒矢の方が先になくなってしまうぞーっ』
イトミミズの
クオンに対する感嘆を含んだ実況に、ポイズはぎりりと奥歯を噛んだ。
飴玉に仕込んだはずの毒は耐性があれど多少は効いているはずなのに、その動きはいまだ機敏だ。
自分も耐性があり、奥歯に仕込んでいた軽い解毒剤のお陰で動き回る分には問題ないが、それでも早鐘を鳴らす心臓は痛いほどで呼吸は浅く速い。視界がちかちかと明滅している。そろそろ専用の解毒剤を飲まなければ自分すら危うかった。
ポイズには降参する気などさらさらない。が、最初に
クオンに降参を促されて即座に首を横に振らなかった船長を思い出すに、再度促されれば頷いてしまうかもしれない。それだけは、いかなオヤビンと慕う船長でも許容はできなかった。
だって、欲しい。ポイズはあの白く美しい人間が欲しい。向けられる視線は冷ややかで、浮かぶ表情はない。かけられる声には嫌悪がにじむ。
それでも欲しかった。自分のものにしたかった。それができずとも、同じ船にいられるだけでよかった。たとえ一生何の感慨も抱かれなくともよかった。もし気まぐれに与えられるものがあれば、この身など喜んで差し出すだろう。
欲しい。差し出したい。
相反する欲が己の身に破滅を呼ぶことには気づかぬまま、ポイズは早く
クオンの動きを止めなければと焦燥しながら無数のスイッチを踏んで毒矢を飛ばし続けて。
ふと。さまよう視線を麦わらの一味へと据え、いびつに口元を歪めた。
← top →