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 船長同士が「デービーバックファイト」に合意し、にわかに草原はお祭り騒ぎの様相を呈した。
 あちらこちらに色鮮やかな装飾が施され、屋台が並んで飲食物を販売し、背の高いステージが設えられ、さらには麦わらの一味とフォクシー海賊団のどちらが勝つのか賭ける者達までいた。

 統率が取れた無駄のない動きでつつがなく「デービーバックファイト」のゲーム舞台を造り上げるフォクシー海賊団のクルーは明らかに慣れた様子で、どうやら何度もこのゲームを行っては仲間を増やしてきたのだろう。
 その割に、多少血の気が多い者はいるものの目立って反抗的な者はおらず、それほどまでにフォクシーのひととなりが優れているのか、それとも実力が確かなのか、いまだ未知数だが侮っては足をすくわれそうだ。


「……『良いもの』には、ほど遠くはありますが」


 名前だけは知っていたフォクシー海賊団の船長を一瞥してひとりごちるクオンの、フォクシーに対するひとまずの評価は悪くなかった。それはそれとして、仲間が賭けられている以上全力で叩き潰すくらいの気合いを腹に臨むつもりである。






† デービーバックファイト 1 †






 開会式もまだ開かれていない今、頭を抱えているナミ以外の麦わらの一味の面々はそれぞれお祭り騒ぎを楽しみ、ルフィとチョッパーの引率を兼ねて屋台をめぐっていたクオンはふいに声をかけられてそちらに被り物の顔を向けた。


「おい兄ちゃん、あんたも賭けねぇか?」

「おや、賭けですか」

「まぁ、お前らが勝てるわけがねぇからな。オッズは低いが、安定人気のフォクシー海賊団に賭けてもいいぜ」


 にやにやと薄ら笑いを浮かべて挑発するフォクシー海賊団クルーに、クオンは被り物の下の笑顔を崩すことなく、しかし一切笑っていない鈍色の瞳をしかと据えて、懐から個人の全財産が詰まった財布を取り出すと押しつけた。1ゲームずつ賭けられるようだが、クオンは冷静に思考をめぐらせ、ふと、脳裏をよぎった映像があった。無意識に口を開く。


「このゲームが終わった際に麦わらの一味は誰一人として仲間を欠かず、あなた達の海賊旗をいただきます」


 さぁ、賽は投げられた。










 特設ステージ上にルフィとフォクシーが並んでイスに腰掛けて始まった開会式も終えれば、戻ってきたルフィを交えて全員で作戦会議が始まった。
 オーソドックスルールに則り、ゲームは3ゲーム。─── の、はずだが。


「勝負種目はレース・球技・戦闘……と、“余興”?」


 各項目記入して提出をと渡された紙を見てゾロが訝しげに眉を寄せる。それに、近くにいたフォクシー海賊団のクルーが反応した。


「ああ!“余興”は文字通りただの余興だ。レースと球技の間に行われる特別ルールを用いたゲームで、基本的に勝っても負けても仲間がとられることはねぇ。勝敗にもカウントしねぇから、気軽に参加してくれていいぜ」

「そうなの?」


 ナミが小さく安堵の息をついて笑みを見せるが、ふむ?とクオンは被り物の下で目を眇めて敵のクルーを見つめた。
 ……嘘は、言っていない。それは確かだ。しかし聞き逃せない言葉があった。


「あなたは『基本的に』と言いましたね。ならば例外があるのでは?」


 クオンの指摘に、クルーは返事をしなかった。ただ意味深に笑って背を向けあちらの仲間の輪に戻っていく。その背から視線を外したクオンは仲間をとられる可能性があると察して顔を青褪めさせたナミの肩を軽く叩いてゾロの手の中にある紙を見下ろした。
 特別ルールの、“余興”。参加者は1人。基本的に勝っても負けても互いに得られるものはない。そういう決まり。
 しかし。


「……私が出ましょう」


 僅かな黙考ののち、白手袋に覆われた手を挙げたクオンに誰も反対はしなかった。ハリーも定位置の右肩から相棒を見上げても何も言わない。

 競技名すら書かれていないこれにどんなルールが適応されるのかは分からない。となれば、何かと機転の利くクオンが適任なのは誰の目にも明らかだ。同様の理由でロビンも適任ではあるが、荒事になる可能性が高いゲームに彼女ひとり参戦を願うことはできない。クオンは相手が海賊らしい搦め手でこられても自分なら何とかできるという自負があったし、一味もクオンなら何とかするだろうという信頼があった。
 そういうわけで真っ先に“余興”の出場者が決定したところで、メイン競技のメンバー選定が始まったのだが─── 多少の悶着はあったものの、何とか決定した。

 第1回戦「ドーナツレース」にはウソップ、ナミ、ロビンの3人。
 つなぎの「余興」にはクオン
 第2回戦「グロッキーリング」にはゾロ、サンジ、チョッパーの3人。
 そして第3回戦「コンバット」には我らが船長モンキー・D・ルフィ。
 以上8名、ハリー以外の参加が決定した。


「…………第2回戦、大丈夫ですかねぇ」

「はりゃりゃ」


 記入用紙を提出しに行ったロビンを一瞥し、既にバチバチにガンつけ合っているゾロとサンジを横目にクオンが呟く。ハリーが大丈夫じゃねぇかもなと言うように短く鳴いた。
 一味最年少のチョッパーがうまく2人の潤滑剤になってくれればよいのだが。あの2人は兄貴分としての気負いがあるから、チョッパーを巻き込んでまで格好悪い姿は見せないだろう。
 そう思ったクオンが「まぁ、チョッパーがいれば心配はいらないでしょう」と被り物越しにくぐもった声で懸念を捨て、それを聞いたハリーは「それフラグじゃね?」と一級フラグ建築士を見上げて思ったが、そっと口を閉じた。言えば現実になる気がしたので。いやフラグが立った時点で時既に遅しみたいなところあるな……とハリーが真顔で考え込んでいることには気づかず、のほほんと笑うクオンはいまだガンつけ合っている2人を微笑ましそうに眺めた。





†   †   †






 ─── とある島、とある酒場。
 イスに腰掛けカウンターに突っ伏した女が低く長い呻きをこぼしていた。


「あ゛~~~~~~~~~ん゛~~~~」

「……何か悩みでもあるのか」


 突然荒い足取りでやってきたかと思えば注文もせずにカウンター席で延々と唸られていては商売に支障が出る。ついに見かねた酒場の店主が面倒くさそうに問えば、女は背中まである雪色の髪を揺らしてがばりと上体を起こした。


「聞いてよマスター!!私が丹精込めて作ったのが!もうズッタズタのビシビシのバチバチのボロボロになってるのよ~~~!!」

「成程分からん。注文は?」

「キッツイ炭酸のジンジャーエール!!」


 深く被ったキャスケット帽の陰から覗く薄い灰色の瞳を細め、端麗な面差しを苛立たしげに歪ませた女は出されたジンジャーエールを一気に飲み干して大きく息を吐いた。濡れた唇を舐め、細く白い指を当ててぶつぶつと呟く。


「これもう取り返しがつかないレベルよね~~~……せっかく念入りに閉ざ・・してた・・・のに、なぁんで無茶に無茶を重ねて無理を押すのよ~~~そりゃほころびまくるってもんよ……」


 誰もが見惚れる顔立ちに似合わぬ粗雑な物言いに、しかし店主は慣れた様子で気にもかけない。それでも小さくない女の呟きは耳に入っていた。


「ん゛~~~このままじゃ色々混じってバグりそう~~~絶対どこかで不具合起きる…いやもう起きてる…?メンテ……緊急メンテナンスが必要だわ……48時間は不要としても一度手元に戻してチェックした方が…でもその場合自我が消える可能性が…まぁ今でも割とやばいんだけど……ぐぅう自我ガチャ成功したと思って押し通してたらこれか~~~SSR引けたと思ったらとんだデメリット積んでたわ。むしろ詰んでない???」


 酒場の店主は女が早口でまくし立てる内容が1ミリも理解できない。が、女はいつもこんな感じなので今更特に何も言わずにスルーした。それでも、あんまりにも悲壮な顔で「いやだ……いやだ……デスマはいやだ……しかし現状では不可避案件……」と崩れ落ちてカウンターに額を落とす女が憐れに思ってジンジャーエールのおかわりを出してやる。にゅっと伸びた手が取ってぐいっと一気に飲み干してごちんと元の体勢に戻った女にその同情もさっぱり消えたが。


「はぁ~~~~…………ま、仕方ないか。私は私のやるべきことをしましょう」


 深く重いため息をついたかと思えば表情を消して上体を起こした女が薄い灰色の瞳を煌めかせる。女の感情の起伏が激しいのも今更なので店主は一瞥するだけに留めた。

 まとう雰囲気すら一変して涼しげな面差しを軽く伏せ、女は形の良い唇に美しい笑みを刷き、カウンターに頬杖をつくと干されたグラスをつぅと撫でた。まるでそこに愛しむべき存在があるかのように、うっとりと薄い灰色のような鋼の瞳を細めて。


「早くおいでなさいな、私達の可愛い子。そうしたら、迷いも憂いも何もかも、全部私達が何とか・・・して・・あげる・・・







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