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「じゃあみんな!明日どう行動すべきか!作戦会議を始めるわよ!」
完成した海図を手に航海士が声を上げ、夕食兼作戦会議の時間が始まった。
† 黄金前夜祭 1 †
サンジが完成した焼石シチューを皿に盛り、先にみんなに空島弁当を配っていた
クオンが戻ってきて配膳を手伝っている間に話は進む。
ノーランドの絵本の内容をさらい、ノーランド自身が記した日誌の内容と照らし合わせていく。そこから読み取れるのは、ノーランドが発見した黄金郷─── ジャヤの片割れは、ノーランドが再びジャヤに戻ってくる数年の間に遥か上空へやってきたということ。麦わらの一味がやってきたように“
突き上げる海流”によってここまで打ち上げられたと見て間違いない。
「でもよ、ジャヤでおれ達が入った森と、この森が同一とはとても思えねぇが」
空島弁当を頬張りながら当然の疑問を口にしたゾロに
クオンがシチューが入った皿を渡す。目で礼を言われて被り物越しに笑みを返し、「それは…きっと海雲や島雲を作る成分のせいね」と理由を説明するロビンの声を聞きながらサンジを振り返れば、ジェスチャーでもういいから座っていろと示された。
クオンはゾロの隣に置いていた空島弁当(小)を持って腰を下ろす。上部には三角形が2つ、頬部分には左右対称に3本の線が、そして黒い2つの目とωな口元だけを描いた猫を模した被り物を外して懐に仕舞い、弁当の包みをとくと両手を合わせて箸を伸ばした。うん、おいしい。ちなみにハリーは焚火近くの平地に座り込んでおいしそうにハリー用の弁当とシチューを食べている。
「おれ達を助けてくれたサウスバードもこんなにでかかったんだ」
「それだが…何でそのサウスバードがおめぇらを助けたんだ?ほら
クオン」
「ありがとうございます、サンジ」
両腕を広げて説明するチョッパーにぐる眉を寄せて問い、ゾロとは逆、
クオンの右隣に腰を下ろしたサンジに小盛りのシチューを渡される。両手で受け取れば熱いから気をつけろよと言われて頷いた。
空島弁当は冷めていてもおいしいが、シチューはやはり熱々をいただくのが一番おいしい。弁当箱を膝に置いてスプーンを手に取り、ひと口サイズに切られた肉と共に口に運んだ。秀麗な顔をふわりとゆるめておいしいと言葉なく告げる
クオンの表情を確認して嬉しそうに頬をゆるめたサンジにチョッパーが首をひねりながら答える。
「それが分かんねぇんだ、サウスバードはみんな空の騎士を“神様”って呼んでて…」
「神!?じゃ何だ、このおっさんぶっ飛ばしたらいいのか!?」
「いいわけあるかぁ!!このスットンキョーが!!!」
「ご安心をウマトリ殿、その方に手出しは決していたしませんので」
理不尽に罪と試練を押しつけた原因が“神”、つまりはキャンプ地に運んだベッドに横になるガン・フォールと勘違いしたルフィにウソップが即座に鋭いツッコミを入れる。
クオンも安心させるように美しい微笑みを向ければ、ルフィにぶっ飛ばされるかもしれないと懸念して彼を庇う仕草をしていたウマトリことピエールがほっと息をついてシチューを食べ始めた。
「
クオン、ウマトリって何だ」
「だって彼は馬で鳥なのでしょう?ペガサス…とは…違うでしょう。少なくとも私の知るペガサスではありませんし……」
訝しげな顔をするゾロにちらりとピエールを一瞥した
クオンが歯切れ悪く返す。鈍色の視線の先を見たゾロはまぁ確かになと小さく頷いた。
そんな他愛のない会話をしているうちにもナミの話は続く。ノーランドの航海日誌に書かれていた記述。「巨大な鐘形の黄金」「サウスバード」─── そして日誌の最後のページにあった、ノーランドが死の間際に残したという文章。
─── 髑髏の右目に黄金を見た。
「これ見て!
クオンとロビンがジャヤで手に入れた地図と、スカイピアの古い地図の比率を合わせたの。おおよそだけどね…海岸の家をくっつけると」
どうやらナミがキャンプをはってから描いていた海図はそれだったようだ。傍らに2枚の海図を並べるナミのもとに全員が集まって覗き込む。
クオンもまた後ろからひょっこりと顔を出して見下ろした。
「ほら!これが400年前の、ジャヤの姿!!」
そこにあったものは─── 確かに、髑髏だった。ジャヤが顎骨、スカイピアがそれより上部分。となれば、「髑髏の右目」というのは遺跡のようなものが描かれた場所のことだろう。そこにノーランドが見た黄金郷、あるいは黄金遺跡がある。
「ノーランドが言いたかったのは島の全景のことよ。だけど今、島は半分しかないんだもの。この謎が解けるわけがなかった」
ナミの説明に、ウソップが驚愕の波を引けぬままそういうことだったのかと呆然と呟く。ゾロが腰に手を当てて成程ねと言い、ルフィはお宝~~~!!!と実にハイテンションだ。
「明日は真っ直ぐにこのポイント目指せばいいのよ。その間船も放っとけないから2班に分かれて動きましょう!─── 間違いない!!この場所で莫大な黄金が私達を待ってる!!」
目をベリーに輝かせたナミが満面の笑みで断言し、ルフィ、ウソップ、チョッパーを中心に黄金!お宝!と盛り上がる。そのさなか、
クオンは古びた地図を見下ろして、その鈍色に鋼を揺らめかせながらそっと微笑んでいた。そこに行けば、鳴らすべき黄金の鐘も─── ともすべきシャンドラの灯も、あるはずだ。
夕食兼作戦会議を終え、食事の後片付けも済ませて夜もだいぶ更けた頃。
敵に位置を知らせてしまうから火を消すように忠告するロビンに、ルフィとウソップはありえないことを口にしたと言わんばかりの態度で顔を見合わせ、まるで自分が間違っていると思わせるような2人にロビンが訝しげに眉を寄せれば、瞬間ルフィとウソップはロビンの目の前で膝から崩れ落ちた。
「キャンプファイヤーするだろうがよぉ普通!!!」
「キャンプの夜はたとえこの命尽き果てようともキャンプファイヤーだけはしたいのが人道!!」
地面に拳を叩きつけて叫ぶ2人に、「バカはあんたらだ」と青筋を浮かべたナミが吐き捨てる。当然ナミはロビンの味方である。
「いい加減にしなさいよ!この森がどれほど危険な場所かってことくらい分かってるでしょ!?」
「知らん」
「神官もいる!ゲリラもいる!!それ以前に夜の森はただそれだけで危ないところなのよ!!猛獣だって化け物だっているかもしれない!!」
眉を吊り上げてナミが説得兼説教をするも、ルフィは聞く耳を持つ様子が皆無だ。ウソップも危険を思い出しはしたが余程キャンプファイヤーがやりたいのかルフィの説得には乗らない。
ぎりりと奥歯を噛んだナミは唯一ルフィに言うことを聞かせてくれそうな
クオンの姿を捜し、
「おい!!ルフィ!! ─── 組み木はこんなもんか?」
「今まで野宿は何度も経験してきましたが、キャンプファイヤーというものをするのは初めてです…!これに火を点ければいいのですね?」
「あんたらもやる気満々か!!!」
きっちりしっかりいつの間にかキャンプファイヤー用の木を組み終えたゾロとその傍らで被り物をせずに人目にさらした美しい顔をわくわくと子供のようにいとけなくゆるませて鈍色の瞳をきらきらさせる
クオン、そして得意げにサムズアップしてナミを見つめるサンジを目にして盛大にツッコんだ。
いつもは仲が悪いくせに、こういうときは大変に仲良く息を合わせて手早く作業を済ませるゾロとサンジにナミは頭を抱えたくなる。
クオンも手伝ったのだろう、にこにこ笑って初めてにしては上手にできたと思うのですがと組み木を見やり、ゾロがああ上出来だと雪色の頭をぽすぽすと軽く叩いて撫でていた。
この様子では
クオンに説得を頼むのは無理そうだ。というかそれを口にすればまた悄然と肩を落としてしょぼくれる気がする。つまりは悲しそうに伏せた瞳と折れ曲がった耳と垂れ下がった尻尾の幻覚を見てしまうわけで、それは絶対にダメだった。
(……いや待ってなに今の幻覚。何で
クオンが犬に見えたの。確かにここ最近の
クオンの挙動は好奇心旺盛な子供か人懐こい犬か獰猛な雪色の獣かだけど、だからって自分より年上の頼れる強くて優しいひとを犬みたいに見てしまうのは……まぁ、大変にあり寄りのありね……可愛いし…犬なら女部屋に囲ってもいいだろうし……)
ナミは自分にとても正直だった。
「大丈夫さナミさん、むしろ猛獣は火が恐ぇんだから」
「グルルルルル……」
「後ろ後ろ!!もう何かいるわよ!!」
安心させるように火がついた枝を掲げて笑顔を見せるサンジの背後、夜の闇に沈む森の奥に、低い唸りと共にいくつもの鋭い眼光が浮かび上がっている。果たしてそこにいるのは森に棲む猛獣か、はたまた未知なる化け物か─── 恐怖に震え怯えるナミをよそに、「サンジ、サンジ、お願いです、私に火を点けさせてください」「おいマユゲそれ
クオンによこせ」「マリモに言われなくてもそうするに決まってんだろが!!」と現状一番危険に近い3人は緊張感の欠片がまったくなかった。
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