201
黄金探しは明日からということになり、それぞれが自分達の仕事に取りかかる中、少しだけ考えた
クオンはいつものようにハリーを右肩に乗せてチョッパーとゾロと共に食事や薬の材料採取のために再び森の中へと踏み出した。
「チョッパー、この木の実はいかがでしょう」
「うん、それだ。葉の裏はかぶれやすいから採るとき気をつけるんだぞ」
「ええ。あと必要なのは……」
「きゅあ、はりっ!」
「よくやったハリー。でけぇカエルだな、食い出がありそうだ」
クオンがチョッパーと採取に励んでいる傍ら、無自覚な壊滅的方向音痴がはぐれないよう緑の髪に埋もれて針を飛ばして獲物を仕留めたハリーをくすぐって褒め、自分が仕留めていた巨大すぎるねずみを片手にゾロは針に急所を貫かれて地面に伏すカエルに近づいていった。
† 神の島 6 †
「1時間以内には必ず戻ります」と
クオンが言い残して森へ入っていった採取チームが戻ってきたとき、そこに白い姿はなかった。当然のようにハリネズミもおらず、帰還を横目に迎えたナミが思わず振り向いて声を上げる。
「
クオンとハリーは?あんた達一緒だったじゃない」
「
クオンはあとちょっとだけって……」
収穫物でいっぱいになった大きなざるを持ったチョッパーが言い、途端ナミの眦が吊り上がった。鋭い光を宿す瞳に焦燥がにじむ。
「まさか単独行動許可したわけじゃないわよね!?ダメよ
クオンをひとりにさせたら…!」
「させるか。あそこだ」
腰を浮かせたナミを一瞥すらせず姿を見せたときからずっと上を向いたままのゾロが短く言って上を指差す。えっ?と声を上げてゾロの指と視線を追えば、樹の上、それも遥か高所にぽつんと浮かんだ白を認め、それが瞬く間に大きくなって白い点が白い人間だと気づいたときには音も立てずに降ってきていた。
とん、と軽い足音だけを残して大きな籠を背負った
クオンがゾロの隣に降り立つ。愛嬌があるようで間の抜けた猫を模した被り物で素顔を隠し、白い燕尾服をまとい、右肩にはハリネズミを乗せた
クオンがナミに気づいて軽く首を傾げた。
「おや、ナミ。ただいま戻りました、海図は一段落しましたか?」
「…………おかえりなさい。海図はあとちょっとよ」
まさか樹の上から降ってくるとは思いもせず、どこか物言いたげに、それでも短く返して憮然とした表情を隠しきれないナミの様子に
クオンは逆方向に首を傾けたが、まあいいかと流して他の仲間達にも帰還を報せた。おかえり、とサンジとルフィの声が重なる。
「ルフィはきちんと水の番はできましたか?」
「できると思うか?」
「
クオン~~~暇だぞこれ~~~」
「ふふ、しょうがないですねぇ」
鍋や小さな器を組み合わせた簡易蒸留装置を前にごろごろとするルフィに小さな笑みをこぼして
クオンがそちらへ足を向ける。すかさず「ルフィを甘やかすなよ!」とサンジに釘を刺されたが、ルフィの構ってほしいと言わんばかりの期待に満ちた顔はどうにも無下にできそうにない。巻き込まれるのを嫌がったか、ハリーが無言で
クオンの肩から降りるとさっさとゾロの頭へと移動していく。
採取の成果であるクルミやアロエ、バナナにニンニクといったざるいっぱいの収穫物を見せるチョッパーの隣で、同じようにゾロが両手に持った獲物を掲げてねずみにカエルと続け、「よし、シチューにぶちこめ」とサンジが何の疑問もなく言えば、「ちょっと待てぇ!!今おかしい食材あったわよ!!」と海図を描くために木箱に向かい直したナミが目を剥いて叫んだ。
だよね~うっかりしてた、ニンニクは嫌?と伺うサンジに違う!!そこじゃない!!とナミが手を振って必死に言い、ルフィの傍に腰を下ろした
クオンの膝にもそもそと這い寄って頭を乗せたルフィが
クオンを見上げて首を傾げる。
「ニンニク嫌なのか?ナミのやつ」
「ねずみとカエルが嫌なのでしょう。さすがに下拵えもなくシチューに突っ込まれるのは私もどうかと思いますし」
膝の上にあるルフィの頭を撫でながら
クオンが言い、それもちょっと違うと思う、とゾロの頭の上で2人の和やかな会話を聞いていたハリーが内心で呟くも、誰の耳に入ることもない。ちなみに
クオンが「きっちり下拵えをお願いしますね、サンジ」と言えば仕方なさそうにしながらもサンジは頷いた。
そのときひとりでキャンプ地を離れていたロビンが大きな青い結晶を手に戻ってきて、ナミが宝石なのかと目を輝かせるがロビンはやわらかく否定し、サンジが「へえ!塩の結晶か」と正解を言うとよく見つけたなと感心しきりに目を瞬かせた。塩の結晶は湖岸にあったようで、あれば便利かと思って持ち帰ってきたとのこと。
「……そういえば、
クオンの背中のそれは何?」
まだ
クオンが背負ったままの籠に気づいたナミがふいにそう問い、ああそうでしたと
クオンは籠をその場に下ろした。その中には木の実や何かの葉、木の根などが詰まっていて、ルフィが「食いもんか?」と彼らしい疑問を口にする。
クオンはいいえと被り物越しに低くくぐもった声で否定した。
「食べれないことはありませんが、これらは保湿剤の基本原材料ですよ。化粧水やハンドクリーム、ボディクリームはもちろん、美容乳液にヘアケア用品など多岐に渡って使えます。まずは化粧水とハンドクリームを作るつもりですが」
「おれも一緒に集めたんだぞ!」
「ええ、チョッパーは冬島出身のため保湿関連は得意分野ですからね。各種原材料の詳しい説明もいただきましたし、大変に参考になりました」
誇らしげに胸を張るチョッパーに、被り物越しでも分かるほどやわらかな声で言葉を紡ぐ。原材料の確保、成分の抽出や精製まで2人で協力してやるつもりだと続け、ナミとロビンの顔を交互に見る。
「肌に合うかどうかのテストもしなければならないのですぐに渡せるとは言えませんが、代わりに各々に合わせて調合したものを用意いたしますよ」
拠点を持たない航海の最中は物資の補給が難しく、人が住む島に着いたとしても手持ちが少なければ嗜好品でもある化粧品は後回しにされがちだ。
クオンはその事情をよくよく分かっている。しかしだからといって諦めるつもりはなかった。
ないなら作ればいい。
クオンは以前王女のために作っていた知識と経験があったし、こちらには凄腕の女医に医療はもちろん日常のケアまで当然のように叩き込まれた優秀な医者もいるのだ、自分ひとりで作るより遥かに良質なものを提供できるだろう。
「ああ、ハンドクリームはサンジの分も作りますからね」
「おれは別にいらねぇよ」
「おやおや、荒れた指でレディに触れるおつもりですか?」
キッチンを担うコックは水仕事で当然手が荒れる。コック特有の少し荒れた手は個人的に気に入ってはいるが、麗しのレディに触れる指はなめらかであるに越したことはない。的確にサンジのウィークポイントを突いた
クオンの言い分にサンジは自分の手を見下ろし、確かに、とひとつ頷き反論の言葉をなくした。
と、黙って話を聞いていたウソップがはい!と手を上げて目を輝かせる。
「なぁなぁ、花のエキスとか入れてみても良いんじゃねぇか?」
「いいですね。華やかな香りというのは心身ともにリラックスさせる効果がありますし、アロマオイルを精製できれば実用的なものから嗜好品まで幅広く応用できるでしょう。ああ、ゾロ。アロマオイルと言っても甘ったるいものばかりではないのでそんな顔をせずとも大丈夫ですよ。私も匂いがきついものはそう得意ではありませんし」
「はりはりはり!」
「『体内精製でいいならおれに任せろ』だって。確かにハリーならそのあたりの工程を一気に省けるかも」
「容器とか工夫してみてもいいな~やっぱそういうのは目でも楽しむもんだろ」
きゃっきゃわいわいと製造班に芸術肌のウソップが混じって
クオンを中心に盛り上がる。ルフィは化粧品には興味がないようで
クオンの膝に頬を埋め、調理の手を再開したサンジがゾロを呼んで手伝わせるのを、ロビンは微笑ましげに眺めていた。
船の上では切り捨てられてもおかしくない化粧品の類にああも真剣になれて、しかも知見の深い彼らが作り出したものがいずれ自分の手元に届くのだと思うと女性であるロビンにはやはり浮き立つものがあった。意識して刷いていた笑みが、期待と喜びにほころぶほどに。
「もぉ~~~~!!そんなこと考えてくれるのあんただけよ
クオン愛してる~~~!!!
好き!!!!!」
「ふふふ、ええ、私も愛していますよ、ナミ」
そしてナミは感情が振り切って堪えきれなくなり、弾丸のように一直線に
クオンへと向かってその痩躯へ飛びついた。首に腕を回して強く抱きついてくる彼女を
クオンは慣れた様子で受けとめる。
被り物がなければ頬にキスのひとつでもしそうなナミの告白をさらりと受け入れて返す様子は、相手が違うだけでロビン以外の麦わらの一味にとっては見慣れたものだ。そうしてそこで初めて自分達がビビと同様の位置に置かれているのだと気づいて目を瞠る。
浮気性だが愛情深く本命には一途な
クオンの愛は、世界がひっくり返ったとしても疑うことは難しい。軽く返されたようでその実向けられた想いはとんでもない熱量と重さをはらんでいるのだととうに知っていた。
「
クオンお前、おれ達のこと大好きなんだなぁ」
ぎゅうぎゅうとナミに抱きしめられる
クオンを見つめて半ば呆然とひとりごちるように呟いたウソップを猫を模した被り物が向く。いつの間にか抱きついたまま膝に乗り上げようとしているナミと何すんだおれの場所だと抵抗するルフィとのキャットファイトじみた攻防が自分の体で行われているのも意に介さず、被り物越しにでも分かるほど甘くやわらかな微笑みを浮かべ、蕩けたような声音で
クオンは短く返した。
「何を今更」
← top →
感想等はこちら↓

拍手・うぇぼ励みになります!