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「おいクオン起きろ、行くぞ」

「うん……?朝……?」

「まだ夜だ。森に行くからお前も起きろ」

「え~~~!連れてくのか!?せっかく寝てたんだ、ここで眠らせてやれよ!」

「そうだそうだ!ベッドも枕も布団もあるぞ!クッションだって用意するからよぉ!!」

クオンいなくても大丈夫だろお前らなら!」

「そうだお前まだ金塊見てないよな!?ほらこれが海底で見つけたやつだ!すげぇだろ!!」

「……?」



「おサルさん達、あの子を引き止めようと必死ね」

「でもクオン、あれまだ頭寝てるわよ。何ならもう一回寝かねないわ」

「剣士さんは連れて行きたがってるようだけど」

クオンはねぇ、常識人ではあるんだけど、目を離すと何をしでかすか分からないから……本当に……」

「……あの子に関しても苦労しているのね…」






† ジャヤ 11 †






 何がどうして森に行くと言うのか分からず半分閉じたままの瞼を瞬かせるクオンがこてんと首を傾げる。ゾロの膝に頭を置いたまま自然と上目遣いで見上げれば、ここにクオンを置いていけと騒ぐサル男2人を苦い顔で見やったゾロがクオンの顔にかかる髪を払った。


「空島に行くのに鳥が1羽いるんだと。そいつを捕まえにおれ達は森に行って、あいつらはメリー号の強化に取り掛かる。……お前はどうする」


 ゆらゆらと揺れる瞳に酒気を残し、いまだ夢うつつのクオンを無理やり森へ連れて行くのはさすがに気が引けたか、今度はクオンの意思を問うゾロをぼうと見上げ、一度瞼を閉じて再び開いたクオンはゾロの体を支えにゆっくりと体を起こした。
 途端、くらりと脳が揺れてゾロに凭れる。どうやらまだ酔いが残っているようだ。数度瞬いてまとわりつく眠気を払った。


「ゾロと行きます」

「うし」


 クオンの選択にゾロが口角を上げて立ち上がる。凭れていた体が消えてゆらゆらと揺れるところに差し出された手を取ってクオンも立ち上がれば、「「ええ~~~!!!行くのォオオ!?」」と至極残念そうな声を上げてマシラとショウジョウが嘆いた。そのさまが、アラバスタで踊り娘の衣装をまとったビビとナミが上着を着るときに盛大に嘆いたサンジを彷彿とさせて、んふふとクオンがゆるんだ口元から小さな笑みをこぼす。
 マシラとショウジョウを見やり、口は出さないまでも2人と同意見だったらしいクリケットが森に行くと決めたクオンに眉を寄せる。クオンはそんな彼らに笑みを見せて男にしては高い声がやわらかに信頼を紡いだ。


「メリー号を、よろしくおねがいしますね、3人とも」

「「おっしゃぁああ任せとけ!!!」」

「……気をつけて行ってこい」


 美しい白いひとの信頼と期待は裏切れないとサル男2人が力こぶを示すようにして気合い十分の声を上げ、クリケットが紫煙を吐きながら送り出す。
 クオンはうんと頷いて肩に登ってきたハリーをくすぐり、ゾロに手を引かれるまま麦わらの一味と共に家を出て森へと向かった。






 ――― いいな。夜明けまでに“サウスバード”を1羽、必ず捕まえてこい!!


 それが、クリケットが下した麦わらの一味への指令だそうだ。
 月の光以外何の光源もない森は深く、背の高い木々に空を覆われて光は遮られ真っ暗だ。それでも深淵の闇ではないのは、目が慣れてきたことと、葉の隙間から僅かに月光がこぼれているからだろう。
 クオンはゾロの網を握る手とは逆の手に引かれるままぼんやりと森を歩く。握られた手はあたたかく、払ったはずの眠気がまた湧いてきて器用に歩きながらうとうととしていた。さすがにこれはよくないのではとようやく思ってちらと右肩の上に乗るハリーを見やる。


「ハリー、なにか気付け用の針を……」

「はーりぃ」

「え?ダメ?なぜ……」

クオンは酒が入ってるから、気付け用の針を打ったらどんな副作用が起こるか分からないって。おれも反対だから、頑張れクオン

「なるほど……どうがんばれば……?」


 器用に短い両手でバツをつくって首を振るハリーの言葉を通訳してくれたチョッパーの言に納得して頷き、なにやら無茶ぶりをされた気がして首を傾げる。船医が反対だと言うのなら駄々をこねるわけにはいかないが、頑張ろうにも酒精に侵された頭は睡眠を欲して思考回路を鈍くさせている。
 暗い森をぼんやりと見上げ、何でこんなことになっているんだろうとふと思う。森に入る必要があるなら最初から酒など飲まなかったのにと少しだけ後悔したが、へべれけなのは自分だけで他のみんなはまだまだ元気そうだからいいかと思い直した。


「さっさと捕まえて飲み直そうぜ…」

「私ももうすこし寝たいですね……」


 ため息をついてぼやいたゾロに次いでクオンもこぼす。いつもは頼れるクオンが使いものにならず、ウソップはサンジに縋りつき、ナミは自分の体を両腕で抱きしめるようにして「何でいきなりこんなことになってんの!?」と叫んだ。忙しなく辺りを見回していたナミがうつらうつらと船を漕ぎつつも器用に足を進めるクオンのさらされた素顔を見て半眼になる。


「……クオン、あんた起きてる?」

「…………うん……」

「私のこと好き?」

「…………うん……」

「おれは!?好きか!?」

「…………うん……」

「これはダメかもしれないわね」


 鈍色の瞳をほとんど白い瞼の下に隠したクオンが問われるまま頷くのを見て真顔になったナミが呟く。ちゃっかり自分も入ってクオンの頷きを得たルフィは大変に嬉しそうだ。触り心地が最高のなめらかもちもちな頬を指でつつくとむにゃむにゃと形の良い唇が動いて、ついに足を止めたクオンはぼふりとゾロの背中に額をつけるとそのまま小さな寝息を立てはじめた。立ったまま眠れるとは、何とも器用な元執事である。
 クオンが動かなくなったことで全員がその場に足を止め、ゾロを組み込んで男達が輪になる。

 獣の気配が濃厚な森に怯えるウソップが泣きながらこういうことは昼間に言えよなと歯を震わせるが、今更そんなことを言ってもどうしようもない。
 おい鳥は?とルフィが訊き、どこにいるか分かったら全員で捜しにゃ来ねぇだろとゾロが真っ当な意見を返す。


「手掛かりは変な鳴き声ってことだけだ。姿はさっき黄金で見た通り」

「あんなふざけた形の鳥いんのか?本当に」

「それに変な鳴き声ってのも曖昧すぎる!分かるもんか」


 サンジ、ゾロ、ウソップがそれぞれ言葉を交わす。唯一頼れて何とかしてくれそうなクオンは夢の中、となれば自分達で何とかするしかない。
 姿は判っている。多少黄金と比べて容貌に差異はあるだろうが特徴はあの通りだろう。変な鳴き声というものウソップが言う通り曖昧ではあるが、それも森に入れば分かるとクリケットは言っていた。しかしいまだその「変な鳴き声」は聞こえない─── と、そのとき。


「ジョ~~~~」

「「「「「うわっ変な鳴き声」」」」」


 森の上方から聞こえてきた何とも言い難い低い鳴き声に一味の声がハモる。ナミがこれだ……と確信した通り、この鳴き声の主がサウスバードに違いない。


「へんなこえ……」

「あ、クオン起きた?」


 眠気混じりの声をこぼしてもそりと身じろいだクオンがじっと上を見る。ナミが近寄って覗き込めば半分ほど開いた鈍色がゆっくりと瞬いた。


「あの鳥を……つかまえればいいのです……?」

「そうよ。空島に行くのに必要なの」


 男達が心許ない装備である網を3つ掲げて気合いを入れているのを横目にナミが返す。3手に別れるとなれば、ぽやぽやしているクオンはゾロと共に行くことになりそうだ。繋がれた手も離れる様子がないことだし。
 ルフィはトラブルメーカー、ゾロは極度の方向音痴、となれば私はサンジ君と行こうかしらと視線を滑らせるナミをクオンが一瞥する。


「分かりました」


 その、眠気と酔いに呑まれているはずのクオンの、いやにはっきりとした声音に「え?」とナミが目を瞠ってクオンを振り向いた。クオンはどこか虚ろにじぃと木々を見上げ、するりと己の手をゾロの手から引き抜いて体を離す。繋いでいた手を離されて驚いたゾロが振り返れば、クオンはふにゃんと頬をゆるめて笑ってみせた。


「まかせてください、かならず捕まえてきます」


 まるでお使いを頼まれた子供のように使命感を胸に、にこにこと笑ってそう言ったクオンは─── 次の瞬間、その場から姿を消した。目にもとまらぬはやさで行ってしまったのだと、気づくまでに数秒。


「……行っちゃったわね」


 ロビンのそのひと言が呆然と固まっていた一同をようやく我に返し、そして。


「あの、バカ…!」


 少し低い体温の名残を残した手を握り締めて眼光鋭く森の向こうを睨んだゾロが唸った。あーあ、と呆れをにじませた声音で肩をすくめたのはウソップで、頭を抱えているのはサンジ、チョッパーがおろおろとしていて、ルフィは「まークオンなら大丈夫だろ」と楽観的だ。ナミはクオンが目を離さなくても何をしでかすか分からないことを知って軽く絶望した。いや、あれは酒が入っているせいだと思いたい。が、素面でしないという確証もなく、もう女部屋に囲ってしまっておいた方がいいのではと半ば本気で考えてしまった。


(あ、でもクオンは男だったわ。……いいか、クオンなら)


 なんてことをナミが考えているなど知る由もないクオンは単独行動に走ってどの方角に行ったのかすら判らない。ロビンはぐるりと辺りを見回し、微苦笑を浮かべた。


「鳥に加えて……執事さんも捕獲する必要がありそうね」


 なにせ今のクオンは酔っている。加えて眠気もあって思考回路はめちゃくちゃだろう。こちらに攻撃を仕掛けてきたりしないことは確かだが、鬼ごっこと勘違いして逃げ出す可能性はゼロではなかった。酔っ払いとは得てして面倒くさいものなので。


「まぁ……クオンが鳥を捕まえればおれ達のところに戻ってくるし、おれ達の方が先に鳥を捕まえたら呼べば戻ってくるだろ。クオンにはハリーがついてるんだ、心配はいらねぇ。とりあえず先に鳥を捕まえようぜ」


 クオンの右肩に留まっていたハリーを思い出したサンジが頭を掻きながらそう言い、相棒兼現時点での保護者なハリーに酔っ払いの相手を任せることにして、当初の予定通り一同は3手に別れることとなった。






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