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 元から半分しかない家はあまり広くはない。できるだけ家の中のものを端に寄せてスペースを作った中心に大量の料理を並べ、クリケットがこういうときに飲まずしてどうすると酒を出し、さらに誰よりも賑やかな船長率いる麦わらの一味とやはり賑やかな男達が揃えば宴が始まるのは至極当然。
 ゾロの隣に腰を下ろしたクオンが躊躇なく被り物を外して「「「うぉおおおおお顔が良い!?!?!!?」」」と野太い絶叫の称賛を轟かせたがいつものことと麦わらの一味が気にすることはない。
  愛嬌があるようで間の抜けた被り物から想像だにしていなかったクオンの美しい相貌に驚愕して固まった3人の内、すぐに我に返ったクリケットが気を取り直して酒瓶を掲げる。


「驚いたが、こりゃいいもんを見たな……そんじゃあ、てめぇらとの出会いに─── 乾杯だ!」


 心から嬉しそうに笑った男が告げた宴の開催に、いくつもの応えが上がった。






† ジャヤ 10 †






 陽もとうに落ち、どんちゃん騒ぎの家の中で、男達は上機嫌な笑声を上げている。クリケットは「今日はなんて酒のうめぇ日だ!」と酒瓶を呷って笑い、主にルフィの腹の中に消えていく料理の追加をサンジが置いていく。
 魚料理がメインだが、中央にどんと置かれた大きな鍋はクオンが土産にと持ち帰ってきたおでんだ。あつあつに煮えたこんにゃくにルフィが舌を火傷しつつ目を輝かせて次々に串へ手を伸ばし、クリケットもまた口に運んだ。そして、何かに気づいたように目を瞬かせる。


「こりゃ、町の酒場のやつじゃねぇか。あのオヤジがよく持たせてくれたな」

「おや、お知り合いですか?少々お話しをして、持ち帰りを頼んだところ鍋ごといただきまして。そうそう、あなたのことと、この島の地図をくれたのも彼でしたよ」


 よく焼けた魚の骨を器用に取りながら少しずつ食べるクオンが言えば、目を丸くしたクリケットが次いでぶはっと大きく吹き出して笑う。


「そうか!そいつァ随分気に入られたんだな兄ちゃん!!」

「ええ、とても良くしていただきました」


 目を細めて微笑むクオンに、男でも美人の笑顔はイイ肴になるなとクリケットも口角を吊り上げる。傍らに置いてあった小さな酒瓶を手に取って蓋を取るとクオンに押しつけるようにして渡した。


「食ってばっかじゃなくてお前も飲め、おら乾杯!」


 反射的に受け取ったクオンが持つ瓶に、腕を伸ばしてガチンと己の酒瓶をぶつけてクリケットが一気に呷る。クオンはひとつ瞬き、隣のゾロを見上げて、クオンを見下ろしていたゾロがため息混じりに軽く頷くのを確かめて瓶の口に唇を当てて一気に呷った。
 喉を滑り落ちるアルコールは微かに苦い。だが良い酒なのだろう、雑味は一切なくきりりと冴えて、鼻を抜ける酒精に脳が揺れた。
 イイ飲みっぷりだと笑ったクリケットがまた口を開こうとして、突然隣で火を噴いたマシラに意識を逸らした。どうやらウソップが料理にタバスコを仕込んでいたらしい。バカ笑いがどっと沸き、青筋を立てたマシラがウソップを追いかけ、ウソップは笑いながら狭い家の中を駆け回って逃げる。元々賑やかなのがさらに騒がしくなった。


「んむ……」


 小さいとは言え酒瓶を一本空にしたクオンがふにゃふにゃと脱力してゾロに凭れる。意識はふわふわと浮いて霞がかかり、鈍色の瞳は水分を含んで焦点が曖昧になって、白皙の美貌には酔いによる赤みが差していた。先程まではしゃっきりしていた雰囲気が急速にゆるんでほわほわとした空気をにじませる。
 アルコール耐性が極端に低いクオンはそれでもまだ意識を残してはいる。酒瓶と皿を床に置いて惨事にならないようにし、逆隣に座っていたチョッパーが差し出してくれたコップの水をゆっくりと口に含んだ。


「なんだ、酔ったのか?弱いんだな……それにしても顔が良い……」


 ゾロの向こう側から、ゾロと酒を酌み交わしていたショウジョウがクオンを覗き込んでまじまじと見つめる。人外じみた美しい面差しがアルコールによって子供のようにゆるんでいるさまに見惚れつつ、それでもその目に狂気の色がないことを確かめたゾロは、大した負担にもならないクオンの体を支えながら口の端を吊り上げて笑った。


「肴にするにゃ上等すぎて腹ァ壊すぜ。それよりまだイケんだろ、おれも量の内じゃねぇ」


 酒を干した樽ジョッキを掲げて挑発的な目で見上げられたショウジョウがゾロに視線を据える。お互い無言で酒をつぎ、がつんと一度叩きつけるようにしてぶつけ、同時に呷った。ジョッキから口を離して視線を交わし鋭く笑う2人を眺めていたクオンが呟く。


「……そこのサルあがり殿、私にもあまいおさけを」

「ウッキィ任せろ!コーラで割ったらいいか?」

「今はぱちぱちしたものは飲みたくないきぶんです」

「ならジュースで割るぜ!」


 クオンの呟きを聞きとめ、ウソップを追いかけていたはずのマシラが即座に傍に侍ってクオンのリクエストを聞く。お願いしますねサルあがり殿、と微笑むクオンに目を♡にして立ち上がるさまは、女にメロリンするサンジを彷彿とさせた。人を使うことを躊躇しない元執事は、すぐに戻ってきたマシラにご褒美だと言わんばかりの笑みと「ありがとうございます、サルあがり殿」とマシラ特攻の称賛を口にして、サルあがりな男は見事胸を撃ち抜かれ床に沈んだ。
 それを一切気にすることなくクオンが甘いジュースで割った酒をくぴくぴと口にして、一連を見ていたゾロが苦い顔でため息をつく。唇を濡らす酒を赤い舌で舐め取るクオンは大変に目の毒だ。


「男でもいい……!顔が良い……!ウキィ、もっとおれを褒めてくれ…!!」

「おやおや、ずいぶんと欲しがりさんですねぇ。私がそうそうかんたんにねがいを叶えるほどおやさしそうに見えますか?」

「あっ、新しい扉が開きそう」

「開くな永遠に閉じてろお前ももう飲むな」

「わたしのおさけ!」


 妖しい雰囲気をかもし出しそうになったところに割って入ったゾロが鋭く切り捨ててクオンの酒を取り上げる。取り返すにも動作がおぼつかないクオンに構わず一気に呷って干し、口の中に絡みつく甘さに顔を顰めた。
 ほとんどジュースのようなそれで酔いを深くできるクオンはもはや意味が分からない。ゾロにとって未知の生き物だった。
 他人に妙なことをしでかすくらいなら自分に絡まれた方がましかと水が入ったコップを渡せば、不満げに眇められた鈍色と目が合う。子供か。


「なぁクオン、おれは?おれも『サルあがり』か?」

「?」


 クオンより大きな体躯を視線を合わせるようにして縮こまらせたショウジョウがどこかそわそわとしながら問う。ゾロは頭を抱えたくなった。てめぇもかこの野郎。
 マシラにとって「サルあがり」が褒め言葉だと知っていて同じものを欲しがるショウジョウを見上げたクオンがこてんと首を傾ける。あざとさここに極まれり。直視したショウジョウが胸を押さえて濁った呻きをこぼした。
 酒精に揺れる鈍色を瞬かせたクオンがショウジョウからゾロへと視線を移す。樽ジョッキになみなみとついだ酒に口をつけたゾロが気づいて見返すと、クオンは持っていたコップを床に置いてゾロの腕に自分の両腕を絡め、自分のものより幾分か逞しい肩にしなだれかかるようにして顎を乗せた。


「ええ、あなたもサルあがりだとおもっていますよ。おやっさんどのも含めて、みなたいへんに『良いもの』です。でも、わたしがいっとう『サルあがり』だとおもうのはゾロなのです」


 ─── よし、こいつ寝かそう。

 ゾロの判断は早かった。
 蠱惑的な笑みを浮かべて抱きついた腕に体重をかけるクオンから素早く腕を引き抜き、突然の動きに驚いて目を瞠ったクオンの頭を抱えるようにして目許を腕で覆う。そのまま胡坐をかいた膝に引き倒せばわたわたとクオンが抵抗するように鈍くもがきはじめた。


「なん、なにをするのです、ゾロ、これではなにも見えません」

「……」

「なぜあたまをなでるのです、あっなでてないまわしてるおやめなさい髪がぼさぼさになりますいしきがかくはんされますあなた体温たかいのですからそうあったかいとすぐにねむ…く…………ぐぅ」


 おやすみ5秒で大変寝つきよくゾロの膝を枕に寝落ちしたクオンクオンの意識を容赦なく沈めたゾロに、様子を見つつ一応麻酔針の用意をしていたハリーはチョッパーの帽子の上でやれやれと肩をすくめた。






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