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「赤髪のシャンクス」

「するめ」

「冥王シルバーズ・レイリー」

「りんご」

「ゴールド・ロジャー」

「焼き芋」

「モンキー・D・ルフィ」

「イカ刺し」

「死の外科医トラファルガー・ロー」

「……炉端焼き」

「キャプテン・キッド」

「どら焼き」

「気になるのですが、なぜ食べ物ばかり?」

「理由なんざねぇよ、思いついた単語を並べてるだけだ。てめぇこそその海賊縛りは何なんだ」

「だって私、海賊ですし」

「しょうもねぇ……」






† 空への指針 3 †






 真面目な顔をしたチョッパーに悪魔の実の能力を使ったら肉体損傷を伴う反動があるかと問われたロビンは、不思議そうな顔をして「いいえ」と首を横に振った。そんなデメリットがあるなどと、今までの人生で聞いたことがない。
 ロビンの回答にチョッパーを挟んで固い顔をしていたルフィとウソップがほっと安堵に表情をゆるめて息をつく。嘘偽りの一切がない、心からのものだと分かるそれに僅かに頬をゆるめたロビンは首を傾けて「どうして?」と問うた。


「あ、うん。クオン、能力を使うほど反動で体が…特に体内が傷つきやすいんだ。何でかは分からないけど……ロビンもクオンのこと、気をつけて見ててほしい」


 なにせあの真っ白い人間はどうにも自分の命を軽視しているきらいがある。進んで死へとは向かうつもりはないようだが、死を厭いもしていないのだ。
 今のような平穏なときなら自身の裁量で使う分には構わないと思うルフィ達だが、クオンは非常時となると己が身を顧みることなく能力を使うし、止めようにもどうしても目が届かないことはある。できるだけでいいから気に留めておいてほしいと言葉を重ねるチョッパーに頷き、ロビンはちらりと後部甲板でダンベルを上下させるゾロと、その傍で船べりに腰掛けるクオンを視線を向けた。ゾロの口元が動いているから何やら話をしているようだが、その中身まではこちらには届かない。


「そういえば、さっき剣士さんは執事さんのことを随分と心配してたわね」


 それはひとりごとのような呟きだった。同意を求めたものではなく、ただ剣呑にロビンを警戒していたゾロがそのときロビンのことを頭から放り出して真っ直ぐクオンを追ったのが意外に思ってこぼれ落ちた言葉だった。
 あの緑髪の剣士は、先程能力を使ってルフィ達と戯れるクオンに血相を変えていたのをロビンは確かに見ていた。
 クオンという名の真っ白い燕尾服をまとった人間はこの船の誰よりも強いとロビンは思う。少なくともロビンの知る“クオン”はそうだ。そうでなくとも、クオンが生きているということはクロコダイルを歯牙にもかけていなかったユダに勝ったという、それだけでクオンの実力が窺える。
 ただ、記憶を失くしているためかいくらか戦闘力も落ちているようだが。得物が・・・違う・・からさもありなんと思考に耽りながらひとり納得するロビンは、じっと見つめてくる三対の視線に気づいて目を瞬かせた。


「どうかした?船長さん」


 意識してやわらかな笑みを浮かべて問えば、3人は同時に顔を見合わせ、示し合わせたようにひとつ頷いて再びロビンを向き、ウソップが口を開いた。


「やっぱりよぉ、ロビンってクオンに似てるよな」

「え?」


 まったく予想もしていなかった発言にロビンが目を瞠る。ルフィとチョッパーがうんうんと頷き、困惑を浮かべるロビンにルフィがからからと笑った。


「な!だからロビンは良い奴だ!」

「その理屈は分かんねぇけど、否定もできねぇんだよなぁ」


 顎に手を当ててううむと唸るウソップはそれ以上問答する気はないようで、どう見ても似ていないクオンと似ているとは、と疑問をにじませた物言いたげな目をするロビンに気づくと「こっちの話だ、気にすんな」と笑って手を振る。
 ちらりとゾロとまだ話し込んでいるクオンを見やるが、あの真っ白い元執事とどこが似ているのかロビンには分からない。だがそれを詳しく訊いてもいいものかと曖昧に微笑むロビンを置いてそのまま3人は中央甲板の方に降りていき、入れ替わるようにナミが前方甲板へとやって来た。ロビンは思考を切り替え薄い微笑みを湛えてナミに話しかける。


「航海士さん、ところで…“記録ログ”は大丈夫?」

「西北西に真っ直ぐ♡平気よロビン姉さん!」

「…お前絶対宝石もらったろ……」

「ろ…ろ……”ロード歴史の本文ポーネグリフ”」

「あんたらいつまでしりとりしてんのよ」


 苦い顔で呆れた声を飛ばしてくるゾロと何とか単語を絞り出したクオンにナミが半眼でツッコむ。双方負けず嫌いのため終わりの見えないしりとり勝負は「はいはいおしまい、続きはまた今度にしなさい」と鶴の一声ならぬ航海士の一声によって強制終了となった。勝負に引き分けはないと言い切るゾロが不服そうに眉を寄せるが一方のクオンは素直に頷いてと、なんとも対照的な2人だ。


クオン!あんたもこっち来て進路見てくれる?」

「ええ、構いませんよ」


 ナミの召請に応え、船べりから下りたと思えば一足飛びで前方甲板へやって来たクオンはナミの隣に立ち、すかさずてててとクオンの体を伝って駆け上りいつもの定位置である右肩に落ち着いたハリーを指でくすぐった。


「ナミ、次の島は雪が降るかなぁ」

「あんたまだ雪が見たいの」

「アラバスタからの“記録ログ”を辿ると、確か次は秋島ですよ」

「秋かぁ!秋も好きだなー!」


 “記録指針ログポース”の指針と船首を合わせて水平線を見つめるナミの後ろからルフィの声がかかり、呆れたように振り向くことなくナミが言って、ナミの隣で同じように進路を眺めるクオンは被り物によって抑揚を欠いた声音でのんびりと教える。雪を見たがっていたルフィはそれはそれでと上機嫌に笑い、クオンも被り物の下で笑みをこぼした。
 と、ふいに視線を感じて軽く振り向く。じっと凝視してくるロビンに首を傾ければ彼女の口が微かに動き、しかし言葉を発する前にクオンはこつんと被り物に当たった何かに気を取られて目と意識をずらした。


「……おや?雨…?」


 呟くが、すぐに違うと気づく。ぱらぱらと落ちてくる欠片はどう見ても液体ではなく固体で、手の平に落ちたそれを見てみれば木片のようだ。訝るサンジとウソップの声が聞こえた。
 何でこんなものがと空を仰いだクオンは、それ・・を認めた瞬間目を見開いた。鈍色の瞳に驚愕の色が浮かぶ。


「─── は」


 無意識にこぼれ出たのはその一音のみ。一瞬すべての音が掻き消えたような気がした。
 クオンの視界に映るのは、白い雲が浮かぶ青い空から降ってくる─── 巨大なガレオン船。
 誰もが愕然と絶句して息を呑む。明らかに常識の範囲外、しかしこれは現実である。ゆえに脳が混乱し、さてこれは夢かうつつか、判断がつかずに思考は止まり、ただ落ちてくる船を眺めることしかできない。
 クオンもまたガレオン船が海に叩きつけられるさまを瞬くことも忘れて凝視し─── ドン!!と静寂を大きく揺るがした音と世界がひっくり返るような衝撃でようやく我に返った。


「ッ引力シンパ、オン!」


 ガレオン船が海に呑み込まれた衝撃で大きな波が立ち、メリー号が転覆しかけるほどに傾くさなか、右手を掲げて能力を発動したクオンは自分を含めた全員が船の外に弾き飛ばされないよう甲板へと引き寄せた。同時にメリー号が転覆しないよう海面へと船体を引き寄せておく。ぎしりと骨が軋むが気にしている場合ではない。


「掴まれ!!船にしがみつけ!!!」


 唸る波と木片が海に落ちる音に混じって悲鳴が響く中、ゾロの声が鋭く耳朶を打つ。メインマストにウソップ、ナミ、チョッパーがしがみついているのを認めたクオンは小さく息をついて力を弱め、「まだ何か降ってくるぞ気をつけろ!」と叫ぶサンジの声を聞くや今度は左手を掲げた。


斥力アンチ、オン」


 クオンの意思に従い、音もなく力場が反転する。メリー号に降り注いでいた大きな木片や瓦礫が一定の距離でぴたりと動きを止め、大きなものを優先してクオンの肩の上からハリーが針を飛ばしてメリー号の外へと弾く。
 クオンの能力をもってすれば降り注ぐもの達を船の外へ弾き飛ばすことは難しくないが、非力なナミを中心に仲間が船外へ放り出されないよう船に引き寄せ続けている今、これ以上の同時使用は文字通り骨が折れる。あとは他の仲間達に任せることにした。
 クオンが能力を使って被害を最小限に抑えていることを悟ったナミがこの場から離れるよう舵を切ってと指示を飛ばす。しかし暴れる波に船体を遊ばれている現状ではどうしようもなく、一番近くにいたゾロがすかさず「利くかよこの波で!!」と言い返した。


クオン!おれ達にかけてる能力を解け!!あとはおれ達がやる!」


 ゾロの発言の意図を正確に読み取り、クオンはゾロとルフィ、サンジにかけていた能力を解いた。ゾロが鯉口を切って空中に留まる瓦礫を船外へと弾き飛ばす。それに「ルフィ!クオンが押し留めているうちに船を護れ!」とサンジも続き、よし!!と気合い十分に飛び出そうとしたルフィはふと、揺れる甲板にあぐらをかいて両手を合わせ目を閉じるウソップに気づいて訝しげに名を呼んだ。
 ウソップは緊急事態の真っ最中に落ち着き払った様子で大きく息を吐き、おやおやあれは間違いなく現実逃避ですねぇとクオンが思わず被り物の下に笑みをとかして眺める先でゆっくりと目を開いて───


「ギャ~~~~!!!!」


 視界に飛び込んできた人骨に白目を剥いて絶叫した。クオンの意識が僅かに逸れた隙を縫って眼前に落ちてきたそれを恐怖に身を震わせるウソップが放り投げる。


「ああああ人骨~~~!!ナンデ!?ドウシテ!?クオンの能力で降ってこねぇんじゃねぇのかよ~~~!!!」

「私の能力の対象は範囲ではなく個にかかるものですので。そういうこともあります」

「ということは、あなたの能力は今この船ではなくて降ってくるものにかかってるってこと?でも、これだけ量があると負担も相当なのではないかしら」


 己の能力を使って降り注ぐ細かな木片を船外へ叩き出すロビンに、クオンは何てことないようにさらりと頷いた。


「ええ。反動は前に説明した通りですが、それとは別に能力処理が追いつかなくなれば最悪脳がオーバーヒートして焼き切れます」

「「「「「「それを早く言えバカ!!!!!」」」」」」


 新たに開示されたデメリットにロビン以外の声が揃ってクオンにツッコミを入れ、鬼気迫る表情で降り注ぐ木片や瓦礫に向かうルフィ達に「言ってませんでしたっけ、そういえば」と呑気に首を傾けるクオンである。
 元々無数の針を同時に操るのも大した苦にはならないので、この程度ならば特に問題ないのだが。そう言えば今度はツッコミが怒声に変わりそうだと察し、クオンはしっかりとお口チャックして言葉が滑り出るのを防いだ。






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