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「なぁクオン!まずは本を見たいんだ!本屋があるってサンジが言ってた!」

「分かりました。剣士殿も構いませんね」

「ああ」

「お酒は帰りに買っていきましょう」

「……お前は買いてぇもんはねぇのか」

「私ですか?暇潰し用にいくつか本を買おうかと」

「なぁなぁ、クオンはどんな本を読むんだ?」

「そうですねぇ……」





† 執事の療養 5 †





 雑談を交わしながら町へ続く森を抜け、一見するとただのトナカイである獣型を取ったチョッパーが喋ると騒ぎになるため口を閉ざす。だが初めて見る雪のない町の風景は興味深いようで、輝く目がきょろきょろと忙しなく動いていた。
 そんなチョッパーの背に、白いキャスケットを深く被ったクオンが横向きに腰掛けている。クオンは自分で歩くと言ったのだが、チョッパーは「まだ体力が回復してないだろ」と譲らず、ゾロも乗せてもらえとチョッパーの味方についたので断固拒否するものでもないかと厚意を受け取ることにした。ちなみにハリーは定位置であるクオンの肩の上だ。

 この島にある町はそう大きくなく、海軍基地の類もないという。だが自警団はあり、たまに訪れる海賊や荒くれ者をしばき倒せるだけの強さは誇るらしい。だが暴れさえしなければ悪党といえど立派な金づる、もといお客様なので商魂逞しく商売をしているようだ。あちこちから元気な呼び込みの声が聞こえる。

 サンジが事前に本屋を見つけてくれたため、教えてもらった通りの道を進めば、大通りから少し離れた一角に本屋はあった。店の前でクオンがチョッパーから降り、ふとゾロを振り返る。


「私達は中に入りますが、剣士殿はどうされますか?」

「……行くぞ」


 言葉にこそされてはいないが、ゾロはナミにクオンとチョッパーの護衛役を命じられたのだ。クオンももちろんそれを察してはいたが、読書とは縁遠いゾロには退屈極まりない場所だ、こんなのんびりとした町なら大丈夫だろうとの判断だったのだが律儀な剣士は頷かずひとり先に中へ入って行った。チョッパーと共に店内に入ったクオンはあとで付き合ってくれた礼に酒を少し買ってやろうと決める。

 店内は広く、医学書のコーナーも小さな町ながらそれなりの規模だった。ほとんどが家庭用の簡単な医学書ばかりだが、中には専門性の高いものもある。いくつかチョッパーが気になる本を取ってやり、ハリーがチョッパーの前でページをめくってやるのを見て、クオンもまた自分用の本を買うためにその場を離れた。ゾロはチョッパーの近くに立ってやはり興味なさそうに本棚を眺めているが、意識がきちんと2人に向けられているのは分かる。

 クオンもまた店内をうろつき、棚を眺める。暇を潰せるのなら知識を深めるための図鑑でもいいし、歴史書でもただの小説でもそれこそ絵本でもいい。と、ふと目についた刀の図鑑を手に取る。ぱらぱらめくれば文字より写真が多く、これを眺めるだけでも違うだろうとゾロのもとへ戻って差し出した。


「何だ?……刀の図鑑?」

「ただ待っているのも退屈でしょうから」


 ひと言添えれば、素直に図鑑を開いて眺めはじめるゾロに背を向けて再び本の吟味作業に入る。図鑑を読みふけっているからと己の役割を疎かにするような男ではなく、敢えて目につきやすい位置に立てば時折視線が飛んできた。軽く流し見した程度だが悪くないようだったから、気に入ったのであれば買ってもいいかもしれないと購入候補に入れる。

 クオンは適当に棚から分厚い本を取り出した。どうやら冒険譚のようで、かの海賊王ゴールド・ロジャーの船員から聞いた話をまとめたもののようだ。
 ははぁ、胡散臭い。こういったものは大抵虚構だ。どころかただの妄想を書き連ねているだけの三文小説。20年くらい前に大流行したもののひとつで、ロジャーの名を出せば売れると思った作者が嘘八百を並べて書いたものだろう。明らかな売れ残りの様相を呈した本は埃をかぶり、日に焼けている。
 読む価値があるかないかと聞かれればない寄りだが、実名を出しているのは別として、そういったフィクション小説と考えるのならば内容によっては悪くはないのかもしれないと思いながら適当なページを開き、文字を追って流し見て、ぺらぺらとページをり、クオンはキャスケットの下で鈍色の瞳を苦笑にゆるめた。


「冥王レイリーのことばっかりじゃないですか……」


 思わずそう呟き、さらにぱらぱらとページを進めるが、確かに心躍りそうな冒険の物語の合間合間に出てくるのは海賊王ゴールド・ロジャーではなく、その右腕といわれた冥王シルバーズ・レイリーばかりだ。やれ格好いいだの、最高に強いだの、尊敬できる男だの、ギャンブル癖が玉に瑕だが楽しそうな顔はいいだの、船長と違っていつも冷静なところが素敵だの、海賊らしくえげつないところが痺れるだのエトセトラエトセトラ。お前の船長はゴールド・ロジャーだよな?と訊いてみたいくらいに海賊王の影が薄い。それどころか「あの野郎マジふざけんな」「あのバカのせいで死にかけたんだがあのバカ」「やることなすこと面白いくせにおれをお前の近くに引き寄せて巻き込ませるのはマジないわ」と愚痴のような恨み言を差し込む始末。ああ、苦労したんですね、とフィクションだと分かっているのに思わず同情してしまった。いやそもそもとしてレイリーもロジャーも書いている通りの性格をしているのかは分からないので、このあたりも全部まるっと妄想なのかもしれないが。
 だが、つらつらと並べ立てられる文字列の中にまぎれる、「あいつが船長でないならこの船にいる意味はねぇな」という粗野な一文を目にして、この売れ残りの妄想だらけな三文小説が表情を変えた気がした。まるでこれが事実であるような。そんなわけがないのに。そんなはずが、ないのに。
 クオンはあとがきのページを見た。作者は聞いたことのない名前だ。発行年は22年前。


「……」


 少し悩んで、クオンはその本を閉じて手に持った。気になった本はその場で買わねば後悔する、本との出会いは運命なのだと誰かが言っていたことをふいに思い出した。だから、というわけではないけれど。気になったのは事実で、内容も興味深いものではあるから買ってもいいかと理由を内心で並べ立てればまるで言い訳をしているようだ。

 それから数冊適当に本を手に取ってチョッパー達のもとへ戻れば、目ぼしい医学書は見終えたらしいチョッパーが数冊の本を横に置いて「クオン!これにする!」と小声で言い、あとは図鑑を見たいというので場所を教えてハリーを頭に乗せたチョッパーが駆け足にならない速度で歩いていく。
 脇に積まれた本を手に取ろうとすれば横から伸びた腕にひょいと取られた。ついでにクオンの腕に抱えられていた本も取り上げられる。振り返れば当然のように2人分の本を抱えたゾロがいて、結構な重さだろうに顔色ひとつ変えず平然としていた。


「ありがとうございます、剣士殿。……ところでその図鑑、気に入りましたか?」

「別に」

「では私が個人で買いますね」

「……半分出す。見たくなったら貸せ」

「ふふ。ええ、いつでもどうぞ」


 他愛のない会話を交わし、2人してチョッパーの後を追う。なぜかチョッパーが行った方向とは違う方へ曲がろうとしたゾロに「船医殿はこちらですよ」と声をかければおうと短く返事をしてすぐに戻ってきた。もしかして気になる本でもあったのかと訊いてみるが、そういうわけではないらしい。ふむ?と内心首を傾げたが、追求することでもないのでまぁいいかと流した。

 結局チョッパーが欲しがった医学書と図鑑、そしてクオンの本を合わせて結構な量になったが、会計ついでにロープをもらい、まとめて縛り上げたそれをゾロが持った。まいどー、とにこやかな笑顔で見送る店主の声を背に外に出て、じゃあ次はカルテ用の紙かと一同は雑貨屋を目指す。
 雑貨屋もウソップが一度立ち寄っていたため店の位置はすぐに判り、紙と筆記具、その他細かいものをいくつか購入して、それは大した量にならなかったのでチョッパーのリュックに収め、チョッパーの背に乗るクオンが抱えることになった。それくらいなら別に咎められないだろう。

 最後の買い物はゾロ所望の酒だ。時間が余れば途中どこかで買い食いなんてどうかとクオンが提案し、買い食いというものをしたことがないらしいチョッパーが目を輝かせた。とはいっても小食なクオンの腹に余裕はないので、雰囲気を楽しんで数口食べたらゾロに押しつける気満々だったりする。

 酒屋に着き、店内に入る。途端酒精が鼻を突いて、うっと腰を引いたチョッパーに目敏く気づいたクオンがハリーと共に外で待っているようにすすめた。動物であるがゆえに鼻がよく利くチョッパーにはこの店はきついだろう。
 ついでに買った荷物の番も頼み、クオンとゾロは2人店内へ足を踏み入れる。店内は太陽光が入りにくい造りをしているためか薄暗く、ずらりと棚に並ぶ酒瓶は昼間だからまだ見えるが、もう少し陽が落ちれば文字も読めなくなるだろう。


「それで、どんなものが飲みたいのですか」

「量がありゃそれでいい」

「ではあちらですね」


 店というのはどこも似たような造りをしているため、クオンの足取りは迷うことなくなめらかだ。目的のものが並ぶ棚を前に、ゾロがきょろりと目を動かして物色する。商品を並べるスペースを大きく取っているため通路は狭く、自然距離が近くなる2人はしかし、お互い特に気にせず肩が触れ合うような近さで言葉を交わした。


「度数が高いものであれば割って飲む量が増えますが」

「割ったらせっかくの酒が薄くなるだろ」

「ふむ……エールと米の酒と焼酎と蒸留酒、どれがお好みで?」

「飲めりゃ何でもいいが、米のはよく飲むな」

「ではこちらから見繕いましょう」


 試飲ができればいいのですが、と呟いたクオンはゾロを置いてカウンターへと向かう。そこに座っていたのはひとりの若い男で、暇そうに新聞を広げていた。失礼、と声をかけると億劫そうに店員の目が上がる。


「もしよろしければ試飲をお願いしたいのですが、可能でしょうか?」


 キャスケットを被っていたとしてもきめ細やかな白い肌と輪郭は隠せず、また形の良い唇が男にしては少し高い声でやわらかに言葉を紡ぎ、キャスケットのつばの陰から覗く鈍色の瞳を見た店員は小さく息を呑んだ。僅かに見える雪色の髪が薄暗い店内に浮かび上がって煌めき、帽子で隠しているがこの客、ものすごい美人だ、と本能で悟る。
 カウンターの前に立つ客の顔は下から覗き込めば見える。生唾を呑み、イスに腰かけた体を僅かに傾けて身を乗り出そうとした店員は、もう少しで美人な客の顔が拝めそうになったところで、ぬっと前に出た男の体躯に邪魔された。


「おい、試飲はできるのかって訊いてんだが」

えっ!? あ、いや、うちはそういうの、やってないんで……」


 割って入った低い声にびくりと肩を大きく揺らし、どう見ても堅気ではない、刀を腰に三本差した厳つい男の鋭い眼光に冷や汗をにじませた店員が身を引いてそう答えれば、そうかよ、と特に落胆した様子もなく返した男は白い美人の肩を引いた手で腕を掴み直し、踵を返して大瓶が並べてある場所へと歩いて行った。

 ゾロに腕を引かれるまま先程の場所へ戻ってきたクオンは自分の顔の良さくらい自覚していて、顔のひとつでも見せればいくらでも試飲できたのではと思うが、思考を読んだかのように「安売りすんな」と釘を刺されて肩をすくめた。
 ゾロはため息をひとつついてクオンの腕から手を離し、すぐに酒の瓶へと目を向けた。クオンはキャスケットを深く被り直してくるりと視線をめぐらせ、自分の身長よりも高い位置にある酒に目をとめると右腕を伸ばし、軽く指を曲げる。すると、ズズ、と瓶が僅かに動き、棚から落下してきたそれを慌てることなく掴んだ。瓶に貼られたラベルを読み、やはりと唇に弧を描く。


「剣士殿、“北の海ノースブルー”のお酒ですよ。こんなところにあるとは珍しい」


 この世界の地理上、“東の海イーストブルー”と“南の海サウスブルー”のものは“偉大なる航路グランドライン”でも比較的前半の方なら割と手に入りやすい。“凪の帯カームベルト”を越えられる商船は少ないが、“赤い土の大陸レッドライン”を越えるよりは難しくないだろう。ゆえに、“赤い土の大陸”の向こう側に広がる“北の海”と“西の海ウエストブルー”からの輸入物はどうしても少なく、高額になりがちだ。まさかこんなところでお目にかかれるとは。
 へぇと興味を引かれたゾロがクオンの手元を覗き込み、瓶があった場所を辿るように視線を上げて、クオンの身長では手を最大限伸ばしても届かない場所にぽっかりとあいたスペースに気づくと無言でクオンを見、それに気づいたクオンはそっと唇に人差し指を立てた。ちょっと能力を使ったくらい、負担になるわけもないだろう。だからぜひナミには黙っていてほしい。ゾロが何かを言う前に財布と瓶を押しつければ、ため息ひとつで許された。

 ついでに手近な酒をもうひとつ手に取ってゾロに押しつけ、こちらは本屋に付き合ってくださったお礼です、と付け加える。もらえるものはもらっとく精神らしいゾロは何も言わず、クオンから受け取った2本と自分が選んだ2本を腕に抱えてカウンターへと歩いて行った。そっと棚の脇から見てみれば、そわそわとこちらを窺っていた店員が目の前に来たゾロに驚き怯え、わたわたと会計をしている。
 やがて会計を終え、持ちやすいように紙袋に入れたそれを受け取ったゾロがクオンのもとへ戻ってきて、そこでクオンに気づいた店員が首を伸ばし、会釈をしようとした頭をゾロに掴まれた。キャスケットごと大きな手にわし掴まれ強制的に顔を店の出入口がある方へと向けられる。


「行くぞ」

「なぜ私の頭を掴む必要が…?」


 言外に抗議するも頭を掴む手は離れず、戯れにべしべしと横腹を叩いても固い腹筋の感触が返ってきただけだった。頭から手が離れたのは店を出てからで、僅かに乱れたキャスケットを整えるクオンと本を抱え直すゾロの様子に、「仲良いなー」とチョッパーは感心し、ハリーは小さく鳴いて同意した。










 目的のものはすべて揃え、特にこの町ですることもない一行はクオンが言った通り買い食いに興じていた。とはいえ食べるのはひとつだけとし、チョッパーに何が食べてみたいかと訊いて、通りに並ぶ店を見回したチョッパーのひと言でアイスキャンディーに決まった。ソーダ味だけのシンプルなそれは2つに割って分けることができるもので、チョッパーの背に腰かけたクオンは丁寧に割って2つになったそれをハリーに渡し、ハリーは半分を自分が、もう半分をチョッパーが歩きながら食べられるように地面に下りて掲げてやっていた。しゃくりと音を立てて齧りついたアイスに「おいしい!」とチョッパーが満面の笑顔を浮かべ、その微笑ましい光景にクオンとゾロの表情がやわらかくゆるむ。

 ゾロと分けるためにもうひとつを割ったクオンは、3分の1ほど多く片方に偏って割ってしまったが、特に気にせず多い方をゾロに渡そうとして、両手が荷物でふさがっているのを見て屈むように言う。


「はいどうぞ」

「ん」


 素直に身を屈めて口を開けるゾロに差し出し、気にした様子もなくゾロが齧る。しゃくりと涼やかな音が立って、クオンもまた自分の分を小さく口を開けて齧りついた。
 アイスキャンディーを売っていたが暑いというわけではないこの島は、話を聞く限り春島らしい。そのため気温は高くなく、食べ終える前にアイスが溶けてしまう心配はいらなさそうだ。
 メリー号に戻る道すがら、のんびりとした町でのんびりとした空気を放ちながら歩いていた彼らだったが─── 町外れ辺りまで来たとき、ふいにガラの悪い声が耳朶を刺してのんびりとしていた足を止めた。


「そこの兄ちゃん、刀持った緑頭のあんただ!ちょっと待ちな!」

「いい刀持ってんじゃねぇか、貧しいおれ達に一本くらい譲ってくれねぇか」


 三下そのものの台詞を吐きながら目の前に立った男達は三下らしく荒くれ者のそれで品がない。ぞろぞろと道の脇、連なる木々の陰から現れる男達を、突然のことに驚き戸惑うチョッパーの背に腰かけたままクオンが数え、12人と知って半分ほど減ったアイスをまたひと口齧った。
 どう見ても町の人間ではないごろつきに突然恐喝されたゾロは「あァ?」と低い威圧的な声とぎらりと光る剣呑な目を返す。その眼光の鋭さにひるんだ男達だったが、数の優勢を思い出してにやにやと笑い、懐から銃を取り出した。


「三本とも置いてってくれてもいいんだぜ。それとそこの……白いキャスケットの奴もだ。顔はよく見えねぇが美人だっつーのは分かる。男か女か知らねぇが、どっちでも楽しめるだろ」


 ついと向けられた舐め回すような視線に、しかしクオンは表情ひとつ変えない。下卑た笑みを浮かべる男達の言っている意味を正確に理解していて気にした様子もなくアイスをまたひと口齧った。

 一方、言われた意味がよく分からないが、ゾロの刀とクオンが狙われているということを理解したチョッパーが顔色を変えて体を強張らせた。こちらは戦えるのが2人、相手は10人以上。ゾロは強いと聞いているが、その実力を実際に見て知っているわけではないチョッパーはおれも戦うべきかと眉を寄せる。
 そんな彼の緊張が尻の下から伝わり、クオンの手袋に覆われていない手がぽすんとやわらかくチョッパーの背を叩く。ちらと向けられた視線に、クオンは安心させるように唇をゆるめてみせた。


クオン

「はいどうぞ」


 名を呼び、抱えていた荷物をクオンの膝に乗せたゾロがクオンの手を掴んで残ったアイスを大きく開けたひと口で食べ終える。一気に食べたことで頭が痛んだのだろう、額を押さえるゾロに小さく笑い、預けられた荷物を支えるクオンの方を見ずにゾロがクオン達の前に立つ。あいた手を腰の刀に置き、すらりと両手で抜いて構えた。抜いたのは二本。そうだろう、この程度の雑魚どもに三本も必要ない。

 刀を抜いたことで身構える男達が攻撃を仕掛ける隙を、ゾロは与えなかった。真っ先に狙ったのは銃を持った男。踏み込んだ瞬間には男の懐に入って横薙ぎに斬り捨て、次いでその隣へと白刃をひらめかせる。瞬く間に2人が倒れてようやくゾロの方へ残った男達の意識が向くが、連携のひとつも取れていない有象無象は剣士に掠り傷ひとつつけることもできないまま次々と倒れていく。怒声が上がった途端呻き声に変わるさまをのんびり聞きながら、クオンは溶けて垂れてきたアイスをぺろりと舐めた。もうひと口だけ残ったアイスを齧って食べ終える。


「すげぇ……」


 呆然としたチョッパーの呟きに唇がゆるむ。人数の差も何のその、こちらを庇ったまま男達を圧倒的な実力で叩き斬っていくゾロを見つめるチョッパーの目は見開かれきらきらと輝いていて、口はぽかんと開けっ放しだ。
 クオンはそんなチョッパーに気づかれないよう、両手に持った木の棒を振り返ることなく後ろへと投げ、背後から迫っていた男の喉と額に当てて悲鳴を上げさせることなく地面に沈めた。鈍い音は剣戟と男達の怒声に掻き消されたが、ゾロの鋭い視線がこちらを向く。しぃ、と唇に立てた指を当てれば、ゾロはすぐに顔を逸らして最後のひとりを斬り伏せた。


「おお~~~ゾロすっげーな!」


 刀を腰に納めたゾロはチョッパーの称賛に得意げな顔をするでもなく、むしろどこか不満げに「弱ぇ」とぼやく。質も数も中途半端で、どうやら準備体操にもならなかったようだ。


「今度いい酒よこせ」

「お望みのままに」


 クオンに預けていた荷物を再び抱え、ぽつりと落とされた小さな声に唇に笑みを浮かべたまま同じく声を潜めて返せば、口止めの取引は成立した。

 地面に転がる男どもを通り過ぎ、メリー号へと戻る道を進みながらチョッパーが興奮冷めやらぬ様子でゾロに話しかけている。クオンは肩に登ってきたハリーの顎を撫で、ふむ、と傍らを歩くゾロの横顔をちらりと見る。

 米の酒はよく飲むと言っていた。だがこだわりが強いというわけではなさそうだ。量があればいいと言っていたから、とにかく飲めればいいのだろう。
 しかし、高くてうまい酒を与えたなら。彼はどんな顔をするだろう。きっと気兼ねなく受け取って、飲んで、そして。
 ついこの間見たような朗らかな笑みが、その顔には浮かんでくれるのだろうか─── なんてことを、思った。





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