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「いやはや流石は妖刀三代鬼徹。斬れ味が素晴らしい。見てください狙撃手殿、曲線も思うがまま!」


 何だかテンションが高いクオンが刀を振るうたびにスパスパ斬れていく木の板を釘で打ちつけながら、楽しそうで何よりだ、とウソップはげんなりとため息をついた。





† ドラム島 1 †





 クオンがうっかり船の一部を斬ってしまったことに被り物をどついて怒りをあらわにしたウソップだったが、耐久性の高い被り物はへこみもせずくるくると回るだけで、クオンもいやぁうっかりうっかり手が滑りましたと飄々としたもので、結果的に断面はきれいになって作業がしやすくなったためウソップは深々とため息をついて怒りを治めた。
 ついでとばかりに他の荒れた断面も刀を振るってなめらかにするクオンの手つきは不慣れなそれだがおぼつかないというほどでもなく、初めて使う割には筋がいいのでは?などと内心で自画自賛していたりする。ノコギリ代わりどころかさらにやすり代わりにも使われている鬼徹はクオンの手の中でけたけたと楽しそうだ。

 途中、食事を終えたゾロが刀を振るうクオンを興味深そうに見ていたが、手伝えることは何もないし見張りはサンジがしている、それならずっとナミについているビビと代わるかと女部屋へ降りて行った。

 クオンとウソップがメイン作業を担い、カルーは板を運び、ハリーは自前の針で板の仮止めをするなど手伝ってくれていることもあり、メリー号の横っ腹にあいた穴は早々に半分ほど塞がった。きれいに覆われた箇所は元通り、というわけではないが、不格好だと笑われるようなことはないだろう。

 少し休憩を挟んでいればビビが甲板に顔を出してクオンと軽く戯れ、各々作業に慣れてきて余裕が生まれた頃、刀を後ろのサスペンダーに通して横向きに挟んだクオンが支える板に釘を打ちながらおもむろにウソップが口を開く。


「しかし何だったのかねー…」

「何がです?」

「昨日のあいつらだよ。ワポルなんて聞いたこともねぇのに、あんなにすげぇ船持ってたろ!」


 メリー号に穴をあけた張本人を思い出し、ああと声を漏らしたクオンはしかし興味のなさが浮き彫りで、見張り台で聞いていたサンジも興味なさげに「何だっていいさ、気にすんな」と言葉を落とす。昨日のことを思い出しているのか、水平線を見ながら目を遠くし、煙草を揺らして続けた。


「アホだよありゃただの…他に考えようがねぇ」


 海賊旗を掲げていた以上は海賊なのだろうが、それにしてもあれほどの大所帯で、しかも潜水艦とは珍しい。最近の海賊達の情報はできるだけ頭に詰め込んではいるがワポルの話は聞いたことがなかった。ドラム王国を目指しているらしいし、サンジの言う通りアホらしい海賊だが、アホであるがゆえに再会したときが少し面倒な気がする。思わずこぼれたため息は被り物の中にとけた。


「それよかよ、ここんとこどうも安定して寒くねぇか?」

「そうだな。あー、前にクオンが言った通り冬島の海域に入ったからか?」


 ウソップに顔を向けられ、よそ見をしたため自分の指をトンカチで打ちつけようとしたウソップの手を止めてクオンが頷く。すると、ラウンジ前に立って手すりに頬杖をつき、クオン格好良い…とうっとりと己の執事を眺めていたビビが水平線に目を向けて会話に入る。


「島が近い証拠よ。サンジさん、注意して水平線を見てて。近くに“冬島”があるのよ。……クオンが目指してたのは、その島?」

「ええ。医療が発展した島と聞いています」


 ビビの言葉に肯定したクオンは左手で首を撫でた。もうすぐ、もうすぐだ。逸る心を抑え込んで深く息を吐く。
 しかし、ふとクオンの胸に懸念がよぎる。ここ“偉大なる航路グランドライン”では、何が起こるのか分からないのは海上に限った話ではない。突然天変地異が起こったり、海王類や海賊の襲撃を受けて国が墜ちた話はいくらでもある。だから医療大国と名を馳せた国が現在もそのまま残っているとは断定できず、だがそれに縋ることしかクオンにはできない。
 略奪の意思はないとはいえ、海賊を迎え入れてくれるかも問題だ。だがここで気を揉んだところでどうしようもない、とにかく誠意を尽くすしかないのだ。


「じきに見えてくるでしょう」


 ひとり言のようにクオンがこぼすと、双眼鏡を目に当てていたサンジが少しの沈黙を挟み「確かに、見えた…!」と声を上げた。










 島が肉眼で見える頃には作業を終え、クオンはハリーを肩に乗せてビビと共に前方甲板に立った。サンジも見張り台から降りてきて、己の目で島を視認したウソップが島があったぞーっ!!と叫ぶ。その声は女部屋にいるルフィにも届いたのだろう、少しの間を置いて目を輝かせたルフィが甲板へと飛び出してきた。
 びょんと伸びた腕がメリー号の羊を模した船首へと伸び、すぐに本体であるルフィが飛んできて船首に飛び乗る。


「う~~~おおお!!!し─── まだああああああァ!!!」


 遠目に見える島にルフィの目の輝きが増す。煙突のような山が林立して見える島は一見白く、冬島らしく雪の色に染め上げられているのが分かって、クオンは被り物の下で吐息のような安堵の息を吐いた。伝え聞いたドラム王国の特徴と一致する。間違いないだろう。


「白いな!!雪だろ!雪島か!!」

「おいルフィ!言っとくがな、今度は冒険してる暇はねぇんだぞ。医者を捜しに寄るんだ、ナミさんを診てもらったらすぐに出るんだぞ」


 うきうきと島を見つめるルフィにサンジが釘を刺すも、目前に迫る冬島に興奮しているルフィの耳には届かない。ダメだ聞こえてねぇ…と力なくサンジが呟いた。


クオン、あそこにお医者様がいるのよね?ナミさんは、助かるわよね」

「ええ、必ず」


 クオンの隣に立って見上げてくるビビに頷きを返す。ほっと息をついたビビがちらりと視線を落としてクオンの体を見る。寒さを口実に抱きつきたいのだろうが、今は妖刀を持っているからご遠慮を、とクオンが制したためかなわず不満そうだ。むうとゾロから借りた鬼徹を睨むビビに、鬼徹は音なき“声”を震わせている。人間で言うなら、喉で笑っているような感じか。クオンの慣れない手つきに振り回されたというのに、随分と機嫌が良い。


「…ちょっと待てよ大丈夫か!?雪ってことは雪の化け物とかいんじゃねぇのか!?そもそも人がいるのかどうか……は、大丈夫なんだよな、クオン!!」

「ええ。有人島であることは間違いありません」

「よーっしちょっと安心した!いやでも何が出るか分からないからな……まずいっ!!“島に入ってはいけない病”が!!」


 ひとり騒ぐウソップを流して、クオンはぱしんと両手を合わせた。


「さて皆様、上陸の準備を致しましょう」










 準備とは言っても、ナミを着替えさせいくらかの金銭と元々持ち込んでいた宝石類を懐に仕舞ったくらいで、基本的に成り行き任せだ。医者を船に呼ぶのかナミを医者に連れて行くのか、それすらもまだ決まっていない。
 甲板に出てきたゾロに鬼徹を返したクオンは「ありがとうございました、助かりました」と礼を言い、鬼徹を受け取ったゾロが腰に差そうとして、ふと瞬きをすると動きを止めた。


「……なんだ?……、機嫌が、良い?」

「分かりますか?」


 先程からご機嫌に笑っているから、その感覚が僅かにでも伝わったのだろう。訝しげに首を傾げるゾロに被り物を被った顔を向け、ついと朱塗りの鞘を見下ろした。


「ノコギリややすり代わりに使っても怒らない、とても気前の良い刀です。持ち主であるあなたを気に入っているから、他人に貸し出されても面白がる余裕があったようですね」

「……お前」


 被り物の下で鈍色の瞳を細めて鬼徹を優しく視線で撫でるクオンを見下ろし、何かを言いかけたゾロはしかし何も言わずに口を閉ざした。
 ひゅうと風が吹いて、島に近づくにつれ強くなっていく極寒の風に白い燕尾服がたなびく。さすがに防寒具が必要だろうかとクオンは思い、寒さに耐性はあるし、今も別段寒いわけではないのでいいかとビビのもとへ歩み寄った。


クオン、寒くないの?」

「私が寒さに強いのはご存じでしょう?」


 ガチガチと防寒着に包まれた身を震わせながら問うビビに返す声は低くくぐもり、けれど無理をしているような響きはない。白い燕尾服をまとう肢体はまったく震えておらずに平然としていて、さらにジャケットをビビにかけようとする動きを見てビビが慌てて止めた。


「ダメよ着てて!見てる方が寒いもの!」


 そう言われれば無理を通すこともできず、大人しく引き下がったクオンは改めて前方に迫る島を見た。島のあちこちに雪に覆われた針葉樹が生い茂り、同じく雪に白く染め上げられた山脈と、それよりもさらに高い煙突のような山がいくつも聳え立っている。山の頂上を見晴るかせば何やら建物らしきものがあるのが見えるが、裸眼ではそれ以上のことは分からない。

 船はゆっくりと入り江に入っていく。サンジが林立する高い山を見て「こりゃすげぇ!!何だ、あの山は…!」と驚愕の声をもらし、船首に胡坐をかいたルフィが雪にテンションを上げすぎて喜びの涙をにじませている。しかし、それにしてもとクオンはこの極寒の中袖のない服と半ズボンのルフィに顔を向けた。


「……船長殿、寒くはないのですか?その格好で」

「マイナス10度。熊が冬眠の準備を始める温度よ」


 合いの手を入れるようにビビが気温を確かめて呟く。クオンに問われて「え?」と振り返ったルフィは、


「ああ…ん? 寒ブッ!!!

「「いや遅ぇよ!!!」」


 突然自分を抱きしめるようにして震えて叫び、サンジとウソップが元気にツッコんだ。どうやら島にテンションが上がって寒さを忘れていたルフィがガチガチと震えながら慌てて上着を取りに行く。すぐに戻ってきたルフィは防寒着を着ていたが下はいつもの半ズボンに草履で、本人がいいのならまあいいかとクオンは気にしないことにした。





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