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良い子良い子とハリーを撫で回していた
クオンはふと、先程の炎で上衣が燃え下着があらわになってしまったナミに気づいてそちらに顔を向けた。
少し考え、ハリーを被り物の上に置いてジャケットのボタンに手をかける。するりと腕を引き抜きながらナミに近寄り、脱いだそれを肩にかけるときょとんと大きな瞳が瞬いて見上げられた。
誰も気にした様子はないし、本人も特に何とも思っていないようだが、だからといってそのままにはしておけない。それに、ナミには虫除け剤をかけていないから、その煙がしみたジャケットを羽織れば多少は効果があるかもしれなかった。
そうつらつらと考えるも特にかける言葉はないのでジャケットを羽織らせた薄い肩をぽんと叩けば、ところどころ焦げた白いジャケットの前をあわせたナミがふっと笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
† リトルガーデン 17 †
ナミにジャケットを貸したことをビビに何か言われるかと思ったが、抱きついてぎゅうぎゅうと締め上げられるだけで済んだ。まぁさすがに下着姿の女からジャケットを取り上げることはできないし、親切心を出した執事を浮気だと咎めることもできないのだろう。ナミさんのじゃなくて私の服が燃えていれば、という隠しきれなかった本音は聞かなかったことにする。
そうこうしているうちに密林の奥からルフィが現れ、ようやくこの騒動が終わりを迎えたことに息をつく。警戒を解いたゾロが傍らの切り株に腰を下ろした。
すると、緊張が解けたのかブロギーが体を震わせ─── 次の瞬間、文字通り滝のような滂沱の涙を流した。
「オオオオオオオオウオオオオオオオオオオオン!!!!」
ブロギーの両の目からあふれる涙はまるで噴水だ。比例するように泣き声は大きく、そのあまりの声量にくわんと頭が揺れた。耳をふさぎたいが、生憎この被り物では耳がある位置を塞いだところで別の場所から響く。では被り物を取るかと思えばそうするほどでもないと
クオンは抱きついて両腕が使えないビビの耳を代わりに塞いでやった。珍しい
クオンの素手の感触にうっとりとビビが目を細める。
「…泣き方まで豪快ね…!」
「まるで滝だぜ…」
「おい見ろ!後ろっ、虹っ!!」
「分かるぜブロギージジョオ!!!」
ナミ、ゾロ、ルフィ、ウソップの声をブロギーの号泣の合間に聞きながら、ふいにくらりと脳を揺らした
クオンは被り物をビビの頭に寄せた。触れたやわらかい感触に、
クオン?とビビが目を瞠る。はっとしてすぐに頭を上げようとして、伸びてきた腕に抱きこまれるように被り物ごと頭を引き寄せられた。
「ひめさ」
「このままで。私がこうしていたいの」
そっと囁かれた言葉に力が抜け、細く息を吐いた
クオンは凭れるように僅かばかりビビに体重をかける。それをしっかり支える痩躯を見下ろした
クオンが目を伏せると同時、唐突に体を起こしたもうひとりの巨人に気づいて瞠目した。
その場にいる全員が目玉が飛び出るほど驚き、ブロギーが涙を流すことも忘れて親友を凝視する。
「気絶していたようだ…」
呼吸を荒くしながら、しっかりとした光をその目に宿すドリーが左肩に手を当てながら呟く。
「ドリー、お前…なぜ…!?」
驚愕し訝るブロギーの反応も仕方がない。あの出血量とぴくりともしない体を見れば死んだものと思うだろう。
クオンも少し遠目だったからとはいえ、その気配の薄さに生きているとは思わなかった。
思わず
クオンの頭から腕を離してドリーを見上げるビビが破顔し、ルフィもまたおっさん!と嬉しそうに笑う。
ドリーはブロギーの疑問に答えるべく、おそらく武器のせいだ、と原因を口にした。
「武器…!?……!そうか!100年続いた巨人達の殺し合いには、さすがのエルバフの武器も付き合いきれなかったってわけか」
すぐに理解したウソップが言い、感嘆のため息を深くつく。
「途方もねぇ……豪快な奇跡だ」
興奮をにじませて笑うウソップをよそに、ブロギーは先程までの号泣はどこへやら、それでも瞳に涙を浮かべながら笑ってドリーへ腕を回した。抱きつくな、傷に響くと力なく文句を言うドリーにブロギーは構わず腕に力をこめる。
「よくぞ生きてくれていた親友よっ!!!ガバババババ!!!」
心からの嬉しそうな言葉に、ゲギャギャギャギャ、といつものように笑うドリーも涙をこぼした。
そんな2人を見て、双方の事情など一切知らないはずのゾロがふっと口元をゆるめる。
「奇跡なもんか……当然だ。100年打ち合ってまだ原型を留めてるあの武器の方がどうかしてるぜ。その持ち主達もな」
「はりゃー!はりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!!」
「ぐわあああああああ!!!??」
「ドリー!!!!」
「ハリーまたお前か!!!」
唐突に巨人達の間に割って入ったハリーがドリーの体を回転しながら這い、ぶすぶすと針を刺して傷を塞いでいく。自身が受けたそれを他人が受ける場面はなかなかに刺激が強く、大丈夫だと分かっていながらブロギーは慌ててドリーの様子を窺った。
空気を読まないハリネズミにウソップがツッコみ、あらいつの間に、とハリネズミの相棒は呑気なもので。
簡単な治療を終えて戻ってきたハリーが
クオンの被り物の上でふんすと胸を張れば、塞がれた傷に目をしばたたかせたドリーがおお、と喜色に唸った。その顔を見てブロギーがまた大きく笑う。
「今日はなんと素晴らしい日だ!!エルバフの神に感謝する!!」
「おうブロギーよ、このおれをぶった斬って気絶させたことがそんなに嬉しいか」
「バカ野郎、そんなこと言ってんじゃねぇ!」
「いてっ!傷は触るな!ゲギャギャギャギャ……!」
「ガバババババババ…」
と、仲良く小突き合っていたのも束の間。
「やるのか貴様っ!!」
「おお叩き潰してくれるっ!!」
「何でまたケンカしてんのよっ!!!」
ゴチンと互いの兜を突き合わせて睨み合う巨人2人にナミが盛大にツッコむ。
「はりっ」
「「ああっ……」」
小さな声と共にハリーが勢いよく背中の針を飛ばし、象をも大人しくさせる鎮静剤を打ち込まれた血の気の多い巨人族は同時にへたり込んだ。
クオンが指に挟んだ鎮静剤入りの針を打ち込むよりも早い一射に、ハリネズミの相棒は「ナイスですよ、ハリー」と褒めて撫でてやる。
「何はともあれ、移動しましょう。まずは広い場所で腰を落ち着けなければ。戦士殿、ちゃんとした治療道具…せめて包帯などはありますか?」
「ああ、それならおれの家に行こう」
クオンの問いに頷いたのはブロギーで、ゆっくりと腰を上げるとこっちだと指で示す。ドリーも立ち上がってそれに続いた。
先を行く巨人2人の背を見上げ、一同はブロギーの家を目的地に足を進めた。
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