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「なんっであんた達はそう呑気なのよ!特にクオン!!あんただったらこいつらだってどうにかできたんじゃないの!?」

「まぁ否定はしません。ですが私以外にどうにかできそうな人物がいるのだから、そちらにお任せしようかと思いまして」

「はぁ!?」

「ご安心ください、航海士殿。もし本当にどうしようもなければ……私が、何とか致します」


 がっちりと足を固められて身動きが取れない状況で、クオンは被り物越しに低くくぐもった声でそうのたまった。





† リトルガーデン 12 †





 ナミに声をかけられても何も反応しないブロギーに、そいつに何を言っても無駄だガネ、とMr.3はせせら笑う。


「そいつは今しがた気づいたのだ…!相手が傷を負っていることに気づいてやれず、100年戦い続けてきた親友ドリーを自分の手で斬り殺し!!勝ち誇り涙まで流して喜んじまった、てめぇの間抜けさに…!!あるいは一丁前に友のために泣いたか。フハハ!いずれにせよ、もう取り返しはつかねぇのさバカめっ!!」


 クオンはちらりとブロギーを見た。さて、本当にドリーが負傷していることに、あるいは様子がおかしいことに、彼は気づいていなかったのだろうか。
 ブロギーが奥歯を噛み締め、低い唸りの声を上げる。


「分かっていた…!一合目を打ち合った瞬間から…!ドリーが何かを隠していることぐらい…!!」

「んんん?フハハッ、分かっていただと!?ハハッ、嘘をつけ!ならばなぜ戦いをやめなかった。あの豪快な斬りっぷりには同情の欠片も見当たらなかったぞ…?」

「……“決闘”のケの字も知らねぇ小僧・・に、涙のわけなど分かるものか。お前などに何が分かる…!弱っていることを隠し、尚戦おうとする戦士に恥をかかせろと…!?」


 身動きを取ることもままならない状態で、何とか顔を動かしたブロギーが怒りに血走った目をMr.3へ向けた。


「そうまでして決闘を望む戦士に!!!情けなどかけられるものか!!」


 吼えるエルバフの戦士に、クオンは被り物の下でふっと笑みをこぼした。ドリーの決闘相手がブロギーでよかったと、心から思う。


「浮気?クオン

「……さて」


 本当にこの世界には、魅力的なものが多くて困る。ビビのじとりとした目に被り物越しの苦笑を返した。だがブロギーが己を地に縫いつける蝋でできた左腕の拘束を力任せに砕いたことにはっとして顔を上げる。


「おやめなさい戦士殿!」

「止めてくれるな!理由が分かったのだ、分かったからにはおれがこの手で決着をつける!!親友ドリーへの、それが礼儀というものだ…!!!」


 全身に力がこもり、筋肉を膨張させて拘束を解こうと足掻くブロギーの覚悟は立派だ。しかし、今は分が悪すぎる。Mr.3はブロギーが拘束を解こうとしていることに驚き慌てているが、相手はMr.3だけではない。


キャノン!!!」


 瞬間、特大の爆発が起きた。ドゴゴゴォン!!!とけたたましい音が耳朶を打ちつける。
 Mr.5の鼻クソ爆弾がブロギーに着弾しその衝撃に白目を剥くブロギーに、鼻クソ爆弾を放った構えのまま「ガタガタうるせぇ怪物だぜ…!」と鬱陶しそうに言うMr.5に、すぅとクオンは目を細めた。纏う空気がひやりと温度を失くしていく。サングラスを片側16分割にしてやることを心に決めたクオンを、隣に立ったゾロがちらりと見た。


「こいつは読み誤ったガネ…!巨人族のバカ力のほどを…まさかキャンドルジャケットを破壊するとは」


 驚嘆に唸るMr.3を、ブロギーは血を吐きながらも鋭く睨み続ける。
 Mr.5が黙らせたとはいえ生半可な拘束では無駄だと悟ったMr.3は完璧に捕縛する必要があるようだ、と能力を行使して体から蝋をしぼり出した。


「ドルドル彫刻!『剣』!! ─── これで大人しくしていろ!!」


 言葉通り蝋でできた短剣を生み出したMr.3は、忌々しげにその短剣をブロギーの左手の甲に突き刺した。ブロギーさん!!とナミが叫び、ビビがはっと息を呑む。さすがのゾロも表情を固くし、クオンは被り物の下で目許に険を宿した。


「動けば手足がちぎれるぞ!!フハハハハハハハ!!!」


 唇を歪めて笑いながら、Mr.3はさらにブロギーの両手両足に1本ずつ蝋でできた短剣を刺した。刺された箇所からどくどくと鮮血があふれ、地面にしみこんでいく。耳障りなMr.3の哄笑にクオンの指が不穏に動いたが、ぎりりと音が鳴るほど握り締めることで耐えた。
 短剣に貫かれた両手両足の激痛に、ブロギーの口から低くひび割れた呻きこぼれる。


「なんて非道な真似を!!」


 ビビが叫ぶが、Mr.3がそれを気にするはずもなく。


「さぁ加速するぞ“キャンドルサービス”!!こいつらをとっとと蝋人形に変えてしまえ!!!」


 頭上のかぼちゃ頭が勢いを増す。同時に蝋の霧の量も増えて4人に降り注いだ。
 自分の体にまとわりついて固まる蝋を見下ろし、ふむ、と口の中で呟いたクオンは左手で首を撫でる。


「ケホ、ケホッ…う…何だか胸が苦しい…!」

「蝋の霧が肺に入りましたね。できるだけ口元を手で覆い、下を向いて浅く呼吸をしてください。時間稼ぎ程度にしかならないでしょうが」

「ねぇクオン、このままじゃ体の中から蝋人形に…!」


 焦るビビにちらりを目を向け、クオンは降り注ぐ霧の量から猶予を計算する。


「フハハハハハッハッハ!!そうだそうだ、できるだけ苦しそうに死んでくれたまえよ!!苦しみに訴える苦悶の表情こそが私の求める“美術”なのだガネ!!恐怖のままに固まるがいい!!」

「まったく悪趣味なことで」

クオンの言う通りよ、何が美術よこの悪趣味ちょんまげ!!よくもブロギーさんまであんな目に遭わせてくれたわね!!ケホッ」

「航海士殿、喋らない方がいいですよ」


 ビビにハンカチを渡して口を覆うように手で示しながらクオンが声をかける。が、これが黙っていられるか!と理不尽に怒鳴られてしまった。勇ましい航海士は敵に向かって「あんた達絶対痛い目みるわよ!!分かってんの!?」とさらに続ける。
 しかし、“キャンドルサービス”から逃れるすべのない4人にMr.3は好きなだけ喚くがいいガネ、と笑うだけだ。


「ゾロ、クオン!!黙ってないで何とかしてよ!!」

「ですから、どうしようもなくなったときに何とかしますと……」

「何とかしてほしいのは今なのよ!!今!!!」


 ふんがー!と肩を怒らせるナミの剣幕に押され、クオンはそっとゾロを盾にナミの視界から逃れた。おい、と低い声がかかるが顔ごと逸らして素知らぬふりだ。
 クオンは逸らした先、ブロギーを見て目を瞬かせる。両手足を短剣に貫かれ、血をあふれさせてなすすべのないエルバフの戦士が、怒りと屈辱に顔を歪め涙をこぼしている。ブロギーから伝わってくる悲しみと嘆きが、被り物の下にあるクオンの表情を消した。


「フヒハハハッハッハッハッハ!!!なんという表情ツラカネ!!いいぞ、その『悲痛』っ!!『嘆き』!!『苦闘』!!素晴らしい美術作品だガネ!!フハハハ!!!」


 耳障りだ。クオンは静かに目を細めると己にまとわりつく蝋の霧を見下ろした。真っ白執事は元より身にまとうもので全身が真っ白であるため、蝋が張りつき固まっているのかも判然としない。
 しかしガチリと蝋が張りついて固まりはじめた自身の腕に気づいたナミが顔色を変えて涙をにじませた。


「手が動かない…!やだ…こんな死に方!!何か方法はないの!?」

クオン!せめてあなたの綺麗な顔だけはそのままでいて…!!」

「そういうわけにはいかないでしょう」


 言い、クオンは被り物に手をかけると何の躊躇いもなくそれを外した。さらりと揺れる短い雪色の髪があらわになり、恐ろしいほど秀麗な顔が晒される。髪と同じ色をした柳眉と形の良い唇は無表情を作っていて、何の感慨も乗せない顔は冷徹さを帯びていた。
 剣呑に煌めく鈍色の瞳がひとつ瞬く。突然現れた白皙の美貌にぽかんと口を開けてこちらを見つめる地上4対の視線に、冷たい眼差しを返した。





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