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 すぐに危害は加えられることはないし、せっかく運んでもらえるのだからと引きずられながらうとうととしていたクオンは、ふと誰かの話し声が聞こえて目を覚ました。


「知っているカネ…?かつてお前達2人の首にかかっていた莫大な懸賞金は、まだ生きている」

「……貴様……!!!」


 知らない男の声がふたつ。前者がMr.3、後者はブロギーと悟ったクオンは僅かに首を動かして顔を上げる。
 被り物越しの視界に、やたら自己主張が激しい3と結われた髪をした眼鏡の男と、蝋で固められた巨人の姿が映った。





† リトルガーデン 11 †





 クオンが僅かに身じろいだことで目を覚ましたことが気づかれたのだろう、ぐっと前に放り投げられてしたたかに背中を踏まれたクオンは息を詰めた。


「目を覚ましたか」


 ええ、おはようございます。と言えば爆発する蹴りを叩き込まれそうだったので口を噤み、クオンが目を覚ましたことを知ってほっと息を吐いたあとにMr.5を睨むビビをちらりと横目に見上げる。


「連れてきたぜ」

「我が社の裏切り者と……その執事をね」


 悔しげに唇を噛んだビビがMr.3をきっと睨んだ。


「やり方が汚いのよ!!ドリーさんのお酒に…!!爆弾を仕込むなんて!!!」

「酒……!?おれが渡した……あの酒にか…!?……そうだったのか……ドリーよ」

「フン……!種を明かしちまいやがって!小娘が!!」


 真実を知って呆然とするブロギーを背に、腕を組んだMr.3がつまらなさそうに吐き捨てる。
 クオンはただ静かに成り行きを見守った。Mr.5に投降する、と言った通り、「どうしようもなくなれば何とかする」つもりだが、それまでは動くつもりはなかった。
 目を覚ましたというのにいやに大人しい執事を踏みつけるMr.5が不審そうに眉をひそめているが、そのサングラスが後程片側を8つずつに割ることを決めているクオンの心情など分かるはずもなく。


「キャンドルロック!!」

「あっ!!!」

「おや」


 Mr.3の右腕が振り下ろされると同時にその腕から蝋があふれ出し、流動性をもったそれはビビの足首に纏わりつくと強固な足枷へと変じた。クオンの背からMr.5の足が離れたと思えばクオンの足首にも同じ枷がはまる。ぐっと足に力をこめてもビクともしない様子に少しだけ感心して、重力に従って倒れるビビの下へ手の力だけを使って滑り込んだ。ぼふ、と胸元に落ちてきたビビを受けとめて抱きしめる。


「大丈夫ですか、姫様。申し訳ありません、今の状態では抱き起こすこともできず」

クオンの腕…久しぶりの抱っこ……クオンに抱きしめられてる……とりあえずぎゅっとして……やだ焦げくさくてクオンの匂いが分かんない……チッ」

「この執事強火担どうしましょうかねぇ」


 胸元に額をすりつけてちゃっかり背中に手を回すビビは傍から見れば怯えて執事に縋りついているようだが、ぼそぼそと欲望を吐き出すビビの声はしっかりきっちりクオンの耳に届いていた。小さく肩が震えているのは怖いのではない、ふんすふんすと鼻息荒く匂いを嗅いでいるからだ。だから匂いを嗅ぐのはやめなさいとあれほど。

 ビビにつられてクオンのツッコむ声も潜められ、仰向けになっているため逆さまになった視界でMr.3がMr.5へ剣士と女をこの場へ連れてくるよう指示を出す様子を眺める。
 始めるぞ、と言って能力を用いMr.3は勢いよく蝋をしぼり出した。


「特大キャンドルッッ……!サァ~~ビスセットォ~~~!!!」


 そうして出来上がったのは、3段仕様の土台と、その最上段に立つ太い柱が支えるかぼちゃのような半円状の頭。半円の頂点が下に向いたそれはご丁寧に目と鼻と三日月のような口に切り抜かれ、虚ろな空洞を晒している。その頭の上には、等間隔に並んだ大きな火が点いた蝋燭。
 どう見てもまともなものではないが、クオンはビビを胸に背中をぽんぽんと叩いて呑気なものだった。

 逆さまの視界でぼんやりと眺めていると、小さな悲鳴と共に隣に両手両足を蝋の枷で拘束されたナミとゾロが転がる。すぐに身を起こしたナミは巨大な蝋の造形物に息を呑んだ。


「な!!何なのあれ!?」

「お怪我はありませんか、航海士殿、剣士殿」

クオン、ビビ!あんたルフィと一緒だったんじゃ…!」

「実は話すと少々長くなりまして」


 首に腕を回すよう示して素直にしがみついてくるビビの背中を支えながらクオンは上体を起こす。説明をしようとすれば横から「麦わらならおれが始末したぜ」とMr.5が口を出し、それを聞いたゾロはハッと鼻を鳴らして笑った。クオンもまったく同じ気持ちである。
 というか、ルフィが死んでいないのはきちんと見ていたし、ハリーを向かわせたのだからクオンの意図を汲んでとりあえずはここまで案内するだろう。それゆえこうやって呑気にしているわけだが。

 ちらりとゾロに視線を向けられ、クオンは肩をすくめた。何でお前がとっ捕まってんだ、とでも言いたげな不審の目に、まぁこちらも色々とありまして、と意図をこめた視線を返す。被り物をしているため通じるとは思わなかったが、ゾロは何も言わなかった。
 クオンとしてはゾロが遅れを取ったことが意外なのだが、Mr.3は初見の能力者だ。さらに策を弄するタイプなのでそれも仕方がないのかもしれない。この手のタイプと真っ向勝負を好む剣士とは相性が悪い。

 まさか自分達をこのまま地面に転がしておくだけではないだろうと思った通り、Mr.3は拘束された4人を悪趣味な“サービスセット”に飾るようで、能力を使い3段土台の一番下の段に置こうとして、


「Mr.3、私クオンの横じゃないといやよ。後ろでも前でもなくて横よ、間違えないで。クオンの体温と吐息を感じられるくらいの近さでよろしくね。毛穴が見えるくらい近くてもいいわ。いいえクオンに毛穴なんてないんだけどつるつるもちもちぴかぴかだけどそれくらいの位置ってことよ。何だったらこう、私とクオンを二人三脚な感じで繋いでくれても」

「注文が多いし欲望がダダ漏れすぎないカネこの王女!?」


 などとひと悶着があったがクオンは全スルーした。
 結局、向かって左から順にビビ、クオン、ゾロ、ナミの順番で少し間をあけて等間隔に並べられた。クオンをどこに置くかで「まさかクオンを端っこに追いやるつもりじゃないでしょうね!?最低だわ!!!」という謎の圧をビビがかけてそうなったのだが、そのあたりの詳細は割愛する。
 気を取り直したMr.3がひとつ咳払いしてにんまりと笑った。


「ようこそ君達、私の“サービスセット”へ!」

「Mr.3、立ちっぱなしは疲れるのでイスを用意していただいても?」

「なんでこの主従は注文が多いのカネ!!?少しは状況を理解しろ!!!」


 憤慨するMr.3はクオンの注文は聞いてくれそうにない。ちぇ、と被り物の下で唇を尖らせるとなぜかそれを察知したビビがものすごい目でMr.3を睨んだが無視をしておく。いつも通りといえばいつも通りの主従に、ゾロとナミが呆れた顔でため息をついた。

 イスは諦めることにしたクオンは頭上を見上げる。半円状のかぼちゃ頭がぐるぐると勢いよく回転していて、傍から見れば随分と滑稽だ。滑稽なだけではないのは予想がつくが。
 クオンと同じく頭上を見上げたナミが訝しげに眉をひそめ、ケーキにささった蝋燭の気分をゾロがしみじみと噛み締めている。ビビはクオンに伸ばした手が触れそうで触れないような距離感に不満げだ。何とも緊張感がない。

 手の枷は取れたががっちりと土台に埋め込まれた足は動かず、不満そうに足元を見るナミに「そりゃ動けるようにはしちゃくれねぇだろうよ」とゾロが当然のことを言う。ゾロが腰に差す刀を取り上げることすらしていない様子に、余程この能力に自信があるのだろう。クオンも針を取り上げられなかったが、それは先程針を捨てたからで、しかしストックはいくらでもあることは言わずにおいた。
 と、ふいに視界の端に白いものがちらついて何となくそれを目で追う。


「何か降ってきた!?」

「粉…いえ、これは霧…?」

「フハハハハハハハ!!味わうがいい!!“キャンドルサービス”!!!君らの頭上から降るその蝋の霧は、やがて君ら自身を蝋人形に変える!!!私の造形技術をもってしても到達できない完全なる“人”の造形!!まさに魂をこめた蝋人形だガネ!!“美術”の名のもとに死んでくれたまえ!!」

「は???クオンは生きていてこその美しさが至高なんだが???」

「姫様口調が崩れてますよ」


 据わった曇りなきまなこで断言して分からないひとね、とその表情で語るビビの言葉は、幸いにして近くにいたクオンとゾロ以外の誰の耳にも届かなかった。


「嫌よそんなの!何で私達があんたの美術作品になんなきゃいけないのよ!!」


 Mr.3の語る美術作品になることを当然嫌がって拒絶するのはナミで、彼女は“サービスセット”の横で地面に倒され拘束されているブロギーの方を向いた。


「ブロギーさん!!黙ってないで暴れてよ!!!あなただって蝋人形にされちゃうのよ!?」

「しかしでけぇ人間がいるもんだな…」

「巨人を見るのは初めてですか?“偉大なる航路グランドライン”には巨人族以外にも多種多様な人種がおりまして…」

「へぇ、魚人とかか」

「魚人は知っているのですね。他にも手足が長い種族や二足歩行をする獣の種族がいると聞きますし、巨人がいるなら小人がいるかもしれません。旅をしていれば、いつかどこかで出会うこともあるでしょう」

「博識なクオンも素敵…♡」

「なにのんびり話してんのよそこォ!!!」


 まったくもって緊張感のないクオンとゾロ、うっとりと見惚れるビビに、目を吊り上げたナミの怒号が飛んだ。





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