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「ところで、おっさんは何でここにひとりで住んでんだ?村とかはねぇの?」
当然といえば当然のルフィの疑問に、村ならあるさ、とドリーは笑いながら答えた。エルバフという戦士の村だ、と。
そして、“
偉大なる航路”のどこかにあると言うその村には、掟もある、と彼は厳かに続けた。
† リトルガーデン 4 †
「例えば村で争いをおっ始めて互いに引けぬ場合……おれ達はエルバフの神の審判を受ける。エルバフの神は常に正しき者に加護を与え、正しい奴を生き残らせる。それで、おれもひと騒動起こしちまって…今、この島はおれと、ある男との決闘場ってわけだ。正しい方が勝負に勝ち…生き残る」
滔々と告げるドリーの声音は、その「エルバフの審判」にまったくの異論がないことを示していた。神が人の生死を決めるなどと、よくある宗教じみた掟だと
クオンは思うが、それを口にしてまで否定しようとは思わない。そういうものとして生きてきて、掟に従いこの島で戦いに臨む彼らをどうして否定できようか。
私には理解できませんが、と胸中で呟きを落とした
クオンは、「だが」とドリーが言葉を続け、呵々大笑するさまに目を見開いた。
「かれこれ100年!てんで
決着がつかねぇ…!!!ゲギャギャギャ!」
「100年も戦ってんのか!?」
ルフィが驚愕の声を上げる。
クオンも声こそ上げはしなかったが、見開いた鈍色の瞳は驚きの色に染まっていた。
巨人族の寿命がただの人間と比べて長いことは知識として知っている。そのことを裏付けるように、本人の口から「驚くほどのことじゃねぇ、おれ達の寿命はてめぇらの3倍はある」と笑って言われた。
「いくら3倍あったって、100年も経てばケンカの熱も冷めるでしょ!?まだ戦い続ける意味があるの!?」
ビビの言葉はもっともだ。
掟に従い、彼は100年も戦い続けてきた。エルバフの審判を受け、神の加護を得て勝利し、正しき者は己であったと証明するために。
(─── 違う)
それはもう、ただの信仰ではない。己の身に課せられたエルバフの掟は手段でも目的でもない。
彼らが戦う理由は、そんなものではない。いいやそもそも、彼らには。
ドオオ…ン!!
ふいに火山が噴火する轟音が響き、はっと我に返る。
クオンは手に持ったおにぎりを食べる気にもならず、噴火の余韻が辺りに響く中、腰を上げようとするドリーを見つめていた。
「さて…じゃあ行くかね…!!」
剣を手に立ち上がったドリーが、いっそ穏やかな笑みを浮かべて地上の人間を見下ろす。
「いつしかお決まりになっちまった。“真ん中山”の噴火は、決闘の合図」
今から殺し合いに向かうというのに、ドリーの瞳は凪いでいた。しかし決闘の相手を視界に入れた瞬間苛烈に煌めいたその目を、決して憎しみや恨みなどでは濁っていない澄んだそれを、
クオンは確かに見た。
「……そんな!100年も殺し合うを続けるほどの憎しみなんて…!争いの理由はいったい……」
「やめろ!そんなんじゃねぇよ」
言い募ろうとするビビの口をふさぐルフィを、
クオンは止めなかった。ただ真っ直ぐにドリーを見つめる。気後れなく伸びる大きな背を、ところどころ刃毀れした大剣を、決闘の相手を殺すために構える姿を、ただ見ていた。
「─── そう、誇りだ」
静かなドリーの声がルフィに頷く。
ドリーの視線の先、密林の向こう。2本のツノがついた兜を被った巨人族の男が、雄叫びを上げて突っ込んでくる。
「理由など!とうに忘れた!!!」
決闘相手の男が振りかぶっていた斧を左手に持った盾で迎え討ち、男が斧を振りかぶった瞬間にはドリーは右手に構えた剣を振り下ろしていて、それは相手の男が持つ盾に防がれ、互いの命を狩らんとした重い一撃が交差して生まれた轟音が空気を震わせた。
戦う理由を忘れた、などと、言葉だけを聞けば気狂いかと断じられてもおかしくない。
しかし、違うのだ。彼らは戦う理由を重視しない。そんなものはもはやどうでもよく、ただひたすらに命を懸けて、誇りを賭けて戦っているに過ぎない。
常人には理解できないものだ。理解されようとも思っていないだろう。なぜならこれは、彼ら“エルバフの戦士達”による、誇り高き決闘なのだから。
そんな彼らの戦いを前にして、どうして口を挟むような無粋な真似ができようか。自分達にできることはただ、彼らの戦いの行く末を見守るだけ。
クオンは静かに口端を吊り上げた。これは「良いもの」か、自問する。「良いもの」だ、自答した。
己の信念を貫くその姿は、とても好ましいものだ。
ふくふくと微笑み手に持った食べかけのおにぎりを再び口に運ぼうして、視界の端でルフィがばたりとその場に倒れたことに気づく。
ビビがどうしたの!?と声をかけ、
クオンも見つめる先、地面に背中をつけながらもエルバフの戦士達に見入るルフィは、感嘆と感心と、尊敬に染まった声を上げた。
「まいった…でっけぇ」
クオンは頷く代わりに手に持ったおにぎりを食べきった。咀嚼し、飲み込み、再び頭上を見上げる。
いまだ戦士達の決闘は続いている。重苦しい轟音が続けざまに響き渡り、見ればその一撃一撃は相手の急所を的確に狙った必殺のものだ。斧が振るわれて盾で防ぎ、バネのように伸びた腕が剣を突き出したが跳ねることで避けられ、頭上から避けられぬ斧の一撃が降る。
ビビが「あっ」と声を上げて顔を手で覆った。そうだろう、これは避けられない。頭を割られて死ぬ。
しかし、ドリーはその一撃を兜で受けることで防いだ。数cm受け間違えれば即死だろうに、何の躊躇いもなく。笑ってさえいるのを、おにぎりを食べ終えたのに被り物を被ることすら忘れた
クオンは見た。
エルバフの戦士達は互いの得物を構え、戦いを続ける。いったいいつまで続くのかと思われた戦いはしかし、あまり長くはなかった。
ドリーの剣による一撃は紙一重で躱され、投げられた斧を首をのけぞらせることで躱す。そうして地に倒れ込んだ2人は、しかしすぐに起き上がると己の得物ではなく左手に持った盾を同時に相手の顔面に叩き込んだ。鈍い音が響いて、2人の動きが止まる。
ドォッ、と地面を震わせて倒れ込んだ2人の周りは、あまりの戦いの激しさによって密林が拓かれていた。その中央に転がり、たったの今まで決闘をしていたエルバフの戦士達は豪快に笑い合う。
「ガバババババ!!!……ドリーよ!!実は酒を客人からもらった……!!」
「……そりゃいい!!久しく飲んでねぇ、分けてくれ!!!ゲギャギャギャ!!!」
その笑声が、今回の決闘の終わりを意味していた。
クオンは密林の向こうに消えた姿に長い息を吐き出し、思い出したように被り物を被る。ルフィは上体を起こしてじっと密林の奥を見晴るかすように視線を向けていた。
「……すごかったですね、船長殿」
「ああ!すごかった!!」
「な、な、何で今のが、分かり合えるのよ…!」
被り物の下で微笑む
クオンを見上げて満面の笑みを浮かべるルフィに、
クオンを浮気者となじる余力もないビビがひっしと
クオンの腕に抱きついて唸る。ビビには少々どころではなく刺激が強かったらしい。震えるビビの頭を優しく撫でてやれば、少し落ち着いたのかぐりぐりと手の平に頭をこすりつけてくる。
「
クオンの守備範囲に巨人が入るとは思わなかったわ」
「私は男女種族美醜問わずどなたでもいけますが」
「堂々とした浮気宣言やめてくれる?」
「口が滑りました」
あまりに正直すぎる上に節操のなさが際立つ
クオンは、そこだけ切り取るとまるでクズの発言である。しかし実際に「良いもの」ならば何でもOKなのは事実。男女も種族も美醜も問わず
クオンが「良」とみなせば被り物の下には笑みが浮かぶ。
ついついあちこちに目を向けてしまう浮気者を、ビビはじとりとした目で見上げた。
「ねぇ
クオン、ちょっと屈んで?」
目が据わったビビにお願いされ、少しだけ不機嫌アピールをするビビの言葉に従って身を屈めると、首に細腕が伸びてきて正面から抱きつかれた。右の首元にビビの顔がうずめられる。すんすんすんすんすんすんと匂いを嗅ぐのは後頭部をぺしりと軽く叩くことでやめさせ、ビビの膝裏に手を回して抱き上げた。自分のせいで大事なお姫様がご機嫌斜めなのだから、宥めてあげなければ。
「あーっ、いいなおれも!」
「っと、と」
「あ!ちょっとルフィさん!!」
ルフィの声がすると同時に後ろから重くはない衝撃があって、突然背中に飛び乗られたことでさすがに驚いてつんのめる。ビビを落とさないように意地でも体勢を崩さなかったが、背中に張りついて足を腰に回し、被り物に手をかけて姿勢を安定させるルフィに当然のようにビビが抗議の声を上げた。
「なんでルフィさんまで!今から私を甘やかしてもらおうと思ったのに!!」
「いいじゃねーか、おれだって
クオンに甘やかされてみてぇ!ビビばっかずるいぞ!!ケチケチすんなよな!」
「ケチとかそういう問題じゃないの!!」
ぎゃんぎゃんと前後に張りつかれながら自分の肩越しに口喧嘩を始める2人に
クオンは遠い目をする。正直右耳が大変にうるさい。
というか、なぜルフィは
クオンに甘やかされると思っているのか。まぁ、そもそもとしてルフィの腕を避けず、今もこうして背中に張りつかせたままにしていること自体が甘やかしているも同義で、それを分かっているからこそビビは目を吊り上げてルフィと子供のようなケンカをしているのだろうが。
「降りて!おーりーて!
クオンに撫でて囁かれて微笑まれて匂いを嗅いでいいのは私だけ!
クオンの主である私だけの特権なのよ!!」
「おれは船長だぞ!!!」
「それがどうしたァ!!!」
「私の体を挟んで修羅場るのやめてくれません?」
せめて降りてからやってください、という
クオンのささやかな願いは当然のようにまるっと無視された。それどころか、おれが船長だから
クオンに甘やかされる権利がある!私が
クオンの主なんだから甘やかされて当然だしというかそれは私だけだって何回言ったら分かるのよ!とさらにヒートアップした。誰か助けてほしい。切実に。
「
クオン、別に嫌じゃねぇよな!」
「
クオン、浮気はしないわよね!」
前後から被り物にごすりと額をぶつけられて迫られた
クオンは、成程これがデジャヴですか、と被り物の下で深く嘆息した。
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