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 ルフィ曰くイカガイを川に戻し、一同はさらに先を行く。するとふいに重い足音と共に地響きがして3人と1羽が足を止めた。
 顔を上げて視線を向ければ木々の合間から長く太い首が見え、小さな山ほどはある巨躯にさしものクオンも被り物の下で目を見開いた。ぽかんと口を開けて驚きをあらわにする。


「何で陸に“海王類”がいるんだ!?」

「いいえ、違います船長殿。これは、まさか…」

「恐竜っ!!!」

「恐竜っ!!?」


 驚愕の声を上げるビビの言葉にルフィが大きく笑みを描き、クオンもまた、実際に目にするとは思わなかった生物に被り物の下で目を輝かせた。





† リトルガーデン 3 †





「ここはおそらく、太古の島」

「ん?」

「恐竜達の時代・・が、ここに閉じ込められているのです」


 被り物越しに紡がれる声音は低くくぐもり感情が削がれるが、それでも上擦り呆然とした響きは消せず、クオンはほうと息をついた。


「“偉大なる航路グランドライン”にある島々は、その海の航海の困難さゆえに、島と島との交流もなくそれぞれが独自の文明を築き上げています。飛び抜けて発達した文明を持った島もあれば、何千年も何万年もの間何の進歩も遂げずにその姿を残す島もある。“偉大なる航路グランドライン”のでたらめな気候がそれを可能にするのです」


 つらつらと説明をするクオンは、隣で冷や汗をにじませるビビの背中を撫でた。
 あの恐竜に踏まれれば一発でお陀仏だろう。凶暴性を残しているかは分からないが、できることなら恐竜に気づかれない方がいいことは間違いない。


「つまりこの島・・・は、まさに恐竜達の時代そのもの、というわけです」


 リトルガーデンとはまさしく、彼ら太古の生物にとっての小さな庭だろう。全体を見たわけではないが、島の影からおおよその大きさは見て取れた。恐竜達が自由に闊歩するには、大きいとは言えない。
 首の長い恐竜はブラキオサウルスだろうか。もしかしたら別の恐竜もこの島にいるのかもしれない。見てみたい、とクオンが好奇心を疼かせていると、ぐるりと腰に腕が巻きついて引かれ、次の瞬間にはルフィに抱えられて空を飛んでいた。おっとこれはデジャヴ。
 ラブーンのときにされた経験もあり、今度は目を回さずに恐竜の首に飛びついたルフィに続いてクオンも恐竜の首に足をつけ、腰からルフィの腕が離れると首を駆け上がって頭頂部に立った。地上の方でビビが何やら叫んでいるが、喫緊の危険が迫っているわけではないので申し訳ないと思いながらも聞き流す。背の高い恐竜の頭の上から望む景色に目を瞠ってルフィを手招いた。


「船長殿、船長殿!こちらに早く、ほら見てください」

「なんだなんだ?」

クオン───!!あなた実はめちゃくちゃはしゃいでるでしょう!!!知らなかったわよそんなところがあるって!でもはしゃぐクオンめちゃくちゃ可愛い好き!!!!!できれば顔見せて!!!」

「それはできかねます。姫様も来ますか?」

「行けるかァ!!!」

「うっほ───っ!!!いい眺めだなーっ」


 歓声を上げるルフィと並んで見る景色は、絶景だった。大きな骨のようなものがそれぞれ島の端の方に並び、いくつもある火山が白煙を噴き上げている。先程聞こえた轟音はこの火山のどれかが噴火したときの音だろう。火山の手前にあるのは湖か、目測でもかなり大きいことが判る。木々の合間から時々足場になっている恐竜と同じものが首を伸ばしていて、穏やかに草を食んでいる。ふいに遠くで翼を広げて羽ばたいたのは翼竜だ。
 自然豊かな、まさしく太古の島といった風情にクオンが被り物の下で口元に描いた笑みは深まるばかりだった。


「ここで弁当食いてえなー。火山があるのかーっ!なーんかでっけぇ穴ボコもあるぞ!」

「絶景ですねぇ、あそこにあるのは骨でしょうか。あれほど大きなものは恐竜ではなく海王類なのかもしれません」


 自分で言った言葉に、となれば、あれを狩った人物がいるはずだと思い当たる。しかし白骨化するまで時間が経っているから望みは薄いか、と思い直した。


「危ないったら!大人しくても恐竜よ!」

「大丈夫だよ、こいつさっきから草ばっかり食ってるし。おれとクオンのこと気づいてねぇよきっと。それより、あっちにでっけぇ穴ボコあんだよ」


 ビビの注意も何のその、まったく気にしていないルフィ同様クオンも景色を眺めることに夢中で、ぐるりと首をめぐらせたクオンはふと、何かの気配を感じて振り返った。しかしそれを目にするより前に足場、もとい恐竜の頭がぐらりと揺れ、口の方へぽーんと跳ね上げられたルフィがぱくりと恐竜に呑み込まれて意識が逸れる。あらゴム人間の踊り食い、と恐竜の後頭部に足と手をつけたクオンがのんびりと呟く。
 「食べられてんじゃないのよ───っ!!!」とビビの絶叫が聞こえて、まったく世話の焼ける方だと肩をすくめたクオンが恐竜の頭頂部へ駆け上がれば、先程感じた気配が目の前に迫っていることに気づいた。

 一閃が走る。真横に薙がれた太刀筋が恐竜の首を断ち切り、切断された食道から転がり出たルフィがきょとりと目を瞬く。
 クオンは地上へ落ちていく恐竜の頭に乗ったまま、恐竜と同じくらい背が高く、比例して筋肉質なガタイの良い男─── 巨人に瞬きも忘れて見入った。
 大きな手の平が地上へ真っ逆さまに落ちようとしたルフィを受け止め、次いでルフィを乗せたまま伸ばされた手がクオンをも掴む。敵意も害意も感じ取れなかったから、なされるがまま巨人の手の平に足をつけた。


「ゲギャギャギャギャギャギャギャ!!!活きのいい人間だな!!!久しぶりの客人だ!!!」


 一風変わった、豪快な笑声を上げて長いひげをたくわえた巨人の男が見下ろしてくる。立ち上がったルフィが感心したように声を上げた。


「うっは~~~っ!!でっけぇなーっ!!人間か!?」

「ゲギャギャギャギャ、我こそがエルバフ最強の戦士!!ドリーだ!!!」


 エルバフと聞き、クオンは成程と得心がいく。エルバフは確か、巨人族の村と聞いたことがあった。そこの戦士がなぜこんな島にいるのかは分からないが、ドリーは久しぶりの客人を前に機嫌良く笑う。
 地上で腰を抜かしたビビがへたりこみ、カルーが泡を吹いて気絶しているのが見えたが、クオンはまず巨人の男の動向を窺うことにした。敵意がまったくないのは確かだが。


お前達・・・、うちへ招待しよう!!」


 ドリーが地上にいるビビとカルーに視線を向けてそう言う。どうやらこの巨躯でありながら、彼にとっては小さな人間の姿をしっかり捉えられていたらしい。最強の戦士、という自称は伊達ではないようだ。
 何にせよ、現地民の話は聞けるなら聞いておくべきだ。友好的であるなら尚のこと。

 クオンは地上を見てドリーの手の平から飛び降りた。ただの人間なら落下死してもおかしくない高さから躊躇うことなく身を投げ、ビビの目の前でストン、と軽い足音を立てて軽やかに着地する。左手で首を撫でたクオンが泡を吹いて気絶したカルーを持ち上げ、ビビへ手を差し出して参りましょうと被り物の下で微笑んだ。










 ドリーが案内したのは、先程恐竜の頭の上から見えた骨のひとつで、どうやらそこをねぐらとしているらしい。
 先程ドリーが斬り倒した恐竜を焼いて出してくれた礼に、ルフィがサンジに作ってもらった海賊弁当を差し出した。

 肉を焼いている間にクオンが“記録ログ”がたまる時間を問うて「1年だ」とあっさりとした答えをもらい、成程ミス・オールサンデーがアラバスタに辿り着けないと言った理由を理解した。1年待つ間にアラバスタ王国は消えてなくなるだろう。そしてその前に、もしこの豪快な巨人にケンカを売っていれば全滅もまぬがれなかったかもしれない。


(それにしても、“記録ログ”がたまるまで1年とは……どうやってアラバスタへ向かうべきか)


 “記録ログ”がたまるのが数日内であればよかったが、こればかりは天の采配、人間ごときがどうにかするすべはない。アラバスタへの“永久指針エターナルポース”さえあれば何とかなるが、ビビが持っていたものはイガラムに渡し、海の藻屑となってしまった。


(……まぁ、考えてもどうしようもありませんね)


 “記録ログ”を辿ってこの島へ来たから、バロックワークスの追手ももしかしたらここまで来るのかもしれない。Mr.4以上が現れればアラバスタへの“永久指針エターナルポース”を持っている可能性もあるし、最悪捕らえて脅しをかけ“永久指針エターナルポース”を持って来させるなりしてぶんどればいい、と考えるあたりクオンは割と思考が海賊寄りだった。
 そうして考えることを放棄し、今は好奇心のままドリーに向き合えば、何だかルフィとドリーが盛り上がって笑い声を上げている。


「こりゃうめぇな巨人のおっさん!」

「ゲギャギャギャギャギャ!!おめぇのこの海賊弁当とやらもいけるぜ、ちと足りねぇがな!!」

「当たり前だろ、マズイなんて言ったらぶっ飛ばすぞ!!」

「ギャギャギャ面白ぇチビだ!!」

「め…めちゃくちゃ馴染んでる……」

「こうもあっさり意気投合するとは、もはや天性の才能ですね」


 焼けた肉を貪り食うルフィと巨人からするとひと口にも満たないだろう弁当を少しずつ口にするドリーを眺めながら、ビビの横に腰かけたクオンも被り物を取ってサンジに持たされた小さなおにぎりをひとつ頬張る。塩が利いたおにぎりの具は昆布で、シンプルなそれだがやはり非常においしい。


「うわっ!!!お前めちゃくちゃ顔が良いな!!!」


 クオンの素顔を目にしたドリーがぎょっと目を剥いて叫ぶ。はぁ~~~と長く感嘆の息を吐いて顔を寄せ、まじまじと見られるが不快に思うほどでもないので目を合わせるとおにぎりを咀嚼して飲み込んだ。ぺろ、と口の端についた米粒を舐め取ると「は?誘惑?」と低い声が聞こえてビビの目が怖くなった気がしたので振り向かない。普通に食事をしていただけなのに誘惑っていったい何だ。


「おれが今まで見た人間の中で一番顔が良いな、どっかの王族か?」

「まさか。私はただの執事ですよ、エルバフの戦士殿」

「そうか…だがお前みたいなのを、昔どこかで……」


 むむ、と唸り、首を傾げて記憶を辿るように宙を見たドリーだが、結局何も思い出せなかったようで「まぁいいか!久しぶりに美しいものを見れて気分が良い!ゲギャギャギャギャ!!」と豪快に笑い飛ばした。
 そんな彼に笑みを刷き無言でおにぎりを口に運ぶクオンの隣で、ビビは静かな眼差しをドリーへ向けていた。





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