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「ちょ…ちょっと待ってよあんた!!どこ行くつもり!?」

「冒険!しししし!!来るか?」


 今にも駆け出していきたそうに顔を輝かせ、うきうきと落ち着きのないルフィを止めることは不可能だと察したナミが崩れ落ちる。イキイキしすぎ、と涙を流すナミを同情するようにクオンは顔を向けるが、どうやったってあの船長は止まらないだろう。
 サンジ、弁当ーっ!と催促するルフィに分かったよと頷いたサンジがラウンジのキッチンへと消えていく。


「なぁクオン!お前も来いよ!!」


 ふいにぐるんと顔を振り向かせて声をかけてくるルフィに、クオンは周囲のジャングルを見回し、ルフィへ戻して、胸の奥でうずうずと逸る自分を自覚しながら被り物の下で頬をゆるめた。





† リトルガーデン 2 †





 正直なところとても行きたい、凶暴な獣が跋扈する島に退屈の二文字などありえず、前人未到の地というのはどうしたって心をはやらせる。ルフィが冒険のにおいがすると言うのもとてもよく分かる。被り物に隠されていて誰の目にも分からないが、鈍色の瞳もまた、ルフィに劣らずきらきらと輝いていた。
 しかし、クオンはビビの執事であるからして、そうそう自分の欲望を優先してビビを置いていくことはできない。誘っていただいたことはとても嬉しいのですが、と口を開こうとしたとき、クオンの腕を抱きしめるようにしたビビがルフィへ身を乗り出した。


「……ねぇ!クオンと一緒に私も行っていい!?」

「おう、来い来い」

「あんたまで何言うの!?」


 ナミが驚いてビビを振り返るのもさもありなん。まさか一国の王女がこんな危険しかないような島に上陸しようなど考えられないのだろう。しかしビビはその身ひとつでバロックワークスへ潜入するような肝っ玉の持ち主である。クオンはあまり驚かなかった。


「じっとしてたら色々考えちゃいそうだし、“記録ログ”がたまるまで気晴らしに!大丈夫よ!!私にはクオンがいるし、カルーだっているから」

「……!!……!!!!」

「本人、言葉にならないくらい驚いてるけど…」


 突然指名されたカルーがぎょっと目を剥いてビビを見てナミが静かにツッコむ。
 ビビとクオンがルフィに同行すると知り、ラウンジから顔を出したサンジがビビちゃんに愛情弁当を、と言ってビビはカルーにドリンクを頼む。クオンは断ろうと思ったがサンジが頷いてくれるとも思わなかったので彼に任せることにした。


「さて、上陸すると決まれば……姫様、船長殿」

「ん?」

「どうしたの、クオン?」


 クオンに呼ばれてルフィが振り返り、腕を離したビビが首を傾げる。2人を視界に収め、おもむろに懐に手を入れたクオンは2つの飴玉ほどの大きさをした丸い玉を取り出した。それを指でぱきりと割ってルフィとビビの足元に放る。なんだなんだと割れた玉を見下ろすルフィの足元で、ポン!と軽い音を立てたそれがぶわりと白い煙を噴き上げた。同じくビビの足元でも玉が弾けて煙が立った。


「ぶわっ!?何だこれ!?」

「虫除け剤ですよ。ただの島ならともかく、ここまでジャングルじみた島であるなら何らかの虫がいてもおかしくはありません。妙な病気を持った虫に刺されてしまえば船医のいないこの船では致命傷になりかねます」

「けほっ、煙が消えるまでそのままでいてね、ルフィさん」


 今までに数度経験したことのあるビビの言葉に従ってじっとするルフィはあまり長くその状態を保てないのだが、煙は割とすぐに晴れた。特に薬臭くもなかったことで不満らしい不満も言わず、すぐに船の外へ興味を移したルフィを横目にクオンも同じように虫除け剤を割って煙を浴びる。


「航海士殿と狙撃手殿は」

「「絶ッッッ対行かない」」

「では剣士殿」

「あ?……そうだな、もらっとく」


 声をかけられるとは思わなかったのか、クオンに顔を向けたゾロは少し考えるように宙を見上げて頷いた。クオンが差し出した虫除け剤を受け取り、物珍しそうに眺める。


「執事ってのァここまで周到なもんなのか?」

「さぁ、どうでしょう?私は姫様が不自由なく過ごせるようにできることをしているだけですので」

クオンがすごいのよ!何でもできるしものすごく気が利くしとっても強い完璧執事なんだから!でも浮気性なのが玉に瑕」

「…………」

「今『根に持ちますねぇ、姫様』って思ったでしょ」

「心を読まないでいただいても?」


 なんて微笑ましい主従の会話を繰り広げているうちにサンジの弁当が出来上がり、ルフィは弁当を入れたリュックを背負い、ビビはドリンクとビビの弁当、そしてやはりクオンとハリーのために用意された小さいおにぎり2つずつをカルーに括りつける。
 ルフィが待ちきれないとばかりに船から飛び降りて陸に足をつけた。クオンがビビを抱えて島に降り立ち、飛び降りてきたカルーに乗せる。


「よし!!行くぞ!!!」

「おおよそで戻ってくるからっ!」

「それでは行って参ります」


 ルフィの号令に続いて密林の奥へ向かいながらビビ、クオンが船を振り返って声をかける。
 ざくざくと草を踏み分けながら進んでいくと、ふいにクオンの肩に乗っていたハリーが鼻をすんすんとひくつかせてひと鳴きした。


「構いませんよ、ハリー。あなたも行きなさい」


 クオンに顎を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めたハリーがぴょんと肩の上から地面に飛び降りる。


「はりゃりゃ、きゅーい!」

「ええ、お気をつけて」


 短い前足を振って鳴いたかと思えば別方向に駆けていくハリネズミを見送り、ビビが首を傾げる。ハリーはクオンの相棒で、いつも一緒か離れたとしてもビビに預けられるのに、こうやって別行動をするのは初めて見た。


「ハリーは斥候役を買って出てくれたのですよ。そう遅くならないうちに合流するでしょう。必要になれば呼び戻しますし、あの子は鼻がいいので私の匂いを追ってこれます」


 だから気にすることはありませんと言えば、成程とビビは素直に頷いてハリーが消えていった方を見た。どう見ても小動物で狩られる側なハリネズミだが、海獣にも怯えた様子がなかったし、クオンがそう言うなら大丈夫だろう。

 気を取り直してどんどん先を行くルフィからはぐれないよう駆け出す。
 ふいに小川に出たルフィは水面を見つめたかと思えば手を伸ばし、何かを掴むと笑顔で振り返った。


「ほらっ!見ろよこれっ!!イカみたいな貝がいるぞ、イカガイ!!」

「……?おや、それは」

クオン、これって…アンモナイトによく似てる…」

「というか、アンモナイトですね、どう見ても」

「イカガイだろ」


 ルフィの手に掴まってぴちぴちと触腕をうごめかせるそれは大きな貝殻を持っており、成程確かにイカガイだが、生物名はアンモナイトだ。しかし、アンモナイトだとして、何でこんなところに。とっくの昔に絶滅しているはずの生物だ。
 クオンは改めて周囲を見回した。辺りに生える植物は見たこともない、けれどどこか似通ったものを知っている。
 まさか、と思うと同時に、被り物の下で形の良い唇は楽しげな笑みを描いた。





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