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甲板に出た
クオンが懐からスペアの被り物を取り出し被ろうとして、ふいに頬を撫でる風に目を瞬かせて動きを止めた。
階段を上りながら被り物を被って前方甲板に立ち、進行方向のかなたを見はるかすようにして見つめる。気候が安定しているから、ここから海が大きく荒れることはなさそうだ。じきに島の影が見えてくるだろう。
島が見えたらナミの持つ“
記録指針”と示し合わさねばならないが、きちんと指針の確認をして船を進めていた彼女を見ていたから間違いないはずだ。
「さて、次はどんな島なのでしょうね」
まだ島の影は見えず、だが気候は安定しているし、風もほどよく吹いているからそう時間をかけずに着くだろう。ビビに紅茶を振る舞う時間くらいはある。
陽が高くなってきた青空を見上げ、
クオンは踵を返してラウンジへと足を進めた。
† リトルガーデン 1 †
被り物をした
クオンがラウンジに入ると「なんだ、スペア持っていたのね」と残念そうな顔でナミに言われた
クオンは、わざわざ女部屋から持ってきてくれていた被り物と飲みかけの野菜ジュースの礼を言って受け取り懐に仕舞った。
肩に飛び乗ってきたハリネズミを指であやし、ビビに振る舞うための紅茶を用意しながら、その場にいる全員にまだ遠いがじきに島が見えそうだと伝える。と、ルフィが目を輝かせてラウンジを飛び出していった。まだ見えないと言ったのに、随分と気が早い。何だかんだ他の者も気になるようで、どこかそわそわしながらビビ以外の全員がルフィに続いてラウンジを出ていった。
甲板へと足を向ける彼らを見送り、
クオンは慣れた手つきで紅茶を用意してカップに注ぐ静かな音を響かせる。
ほこほこと湯気を立てるカップをビビの前に置いて、その隣に腰かけた
クオンが被り物を取って野菜ジュースを口に含んだ。
嬉しそうに紅茶を飲むビビに自然と頬はゆるむ。優しくあたたかな眼差しで見つめていれば、視線に気づいたビビが振り向いて頬を赤く染めた。むぅ、と唇がへの字に曲がって眉が寄せられる。
「そんな顔したって、私より先にナミさんに紅茶を淹れた事実は覆らないんだからね!」
「痛いところを突かれましたね。どうか機嫌を直してください、姫様。私はあなたの笑った顔がいっとう好きなのです」
「くっ、顔が良い……!!!今ここでそんなふうに笑うのは卑怯よ!!!でももっと好きって言って」
「大好きですよ、私のお姫様♡」
「死」
ビビの頬に指を滑らせて笑みを深めれば即落ち2秒、どころか即死一発を食らったビビが安らかな顔で崩れ落ちる。それでもしっかり紅茶の入ったカップは死守しているのだから恐れ入る。
ここで死んでは
クオンを愛でられないし愛でてもらえないとガッツを発動して起き上がり、仕方がないから許してあげる、と赤い顔でもごもごと言うビビにくすくすと笑みをこぼした
クオンに、ビビもまた笑みをこぼした。
そんな和やかな2人きりのお茶会を終え、しっかり片付けまで終えた
クオンはビビと共にラウンジを出た。
いつの間にか風呂から上がっていたゾロを含む全員が集まる前方甲板へ向かう途中、遠目に島の影が見えてビビに指で指し示す。ぱちりとひとつ瞬いたビビの顔が少し強張って、どうやらミス・オールサンデーの言葉を思い出したようだ。心配はいらないと宥めるようにビビの背中を撫でた。
「間違いなさそうですか、航海士殿」
“
記録指針”の指針と近づく島を照らし合わせるナミに声をかける。被り物を被っているせいで表情が見えない
クオンを振り返ったナミが頷く。
「間違いない!サボテン島と引き合ってる私達の次の目的地は、あの島よ!!」
「あれかぁ~~~~~っ!!!“
偉大なる航路”2つ目の島だぁ~~~~!!!」
ナミの言葉に、テンションを一気に上げたルフィが目を輝かせて叫ぶ。
ミス・オールサンデーが言うにはあの島で自分達は全滅するらしいが、さて。それは行ってみないと分からないし、ルフィはそんな忠告完全に忘れているようだ。
バロックワークスの追手が迫る現状、それ以上に無駄に気を張る必要もないので
クオンはわざわざ蒸し返すこともないと被り物の下で微笑ましそうにルフィを見るに留めた。
しかし、
クオンが宥めても緊張が完全に抜けきらないビビは不安そうにきゅっと
クオンの腕に抱きついて袖を掴む。
「気をつけなきゃ……ミス・オールサンデーの言っていたことが気になるわ」
「か……!か、怪物でも出るってのか!?」
「どうでしょうねぇ。海では海王類の類も出ることですし、海か陸かなら怪物を相手にするには陸の方がまだ安心かと」
「どっちでも相手にしたくねぇよ!?」
未知なるものへの恐怖に怯えるウソップは心の底から叫んだ。
「そろそろ食糧を補給しねぇとな。
クオンが狩った鳥はまだあるが、この前の町じゃ何も貯えてねぇし」
歓迎されるがまま飲み食いして寝落ちし気づけば出航していた事実を冷静に受け止めるコックは現実的だ。
船が島に近づくにつれ、様子が窺えた。島を覆う木々が密集して高く聳え立ち、どこからともなく響く羽音や、鳥とも獣ともつかない獰猛な動物の声が聞こえてくる。人が住んでいる気配のない島に港などありようもなく、海へ流れる河口から川を上って上陸できそうな場所を探した。辺りを見回して、つってもおい、とサンジが咥えた煙草を揺らす。
「……まるで秘境の地だぜ…生い茂るジャングルだ」
「ここが“リトルガーデン”……!」
「そんな可愛らしい名前の土地には見えねぇぜ?」
「どの辺がリトルなんだ……!?」
口々に上がる声を聞きながら、ふむ、と
クオンは被り物の顎部分に指を当ててもう一度周囲を見回した。見たことのない植物があちこちに生えている。図鑑ですら見たことがないものが多いが、それらとどこか似通っている植物はいくらか知っていた。
ふいにギャアギャア!!と獣のような猛禽の声が響き渡り、
クオンにしがみついていたビビがびくりと肩を揺らして、ビビとは反対側の腕に「きゃあ!!!」と悲鳴を上げたナミがしがみついてきた。
「なに!?今のっ!!」
「ナミさんったら可愛い♡ ……だがな執事野郎、てめぇは許さねぇ、絶対にだ」
「きゃあ」
「そのひっくい声で棒読みで言われたってなんッも可愛くねぇんだよふざけんな!!!」
目を吊り上げて怒鳴るサンジのうらやまけしからん妬ましい視線はとりあえず無視することにして、大体てめぇは顔が良いからって調子乗ってんじゃねぇよせめてそういうのはそれ取ってからだなとぶつぶつ言うサンジをよそに、無意識に縋りついたようで気まずそうに
クオンの腕を離したナミを振り向く。
「安心してください、ただの…………ただの鳥ではありませんし、まぁ普通のジャングルでもありませんが、特に心配せずとも大丈夫です」
「それ何一つ安心できないし大丈夫じゃないわよね」
ちらりと空を見上げてトカゲに翼が生えたようなものを目にしてしまった
クオンがフォローしようとして失敗し、ナミから冷静にツッコまれる。
───
ドォン!!
唐突に、予兆なく空気を震わせた轟音が船を揺らす。どこからか砲撃があったというわけではない。音は少しばかり遠く、この島のどこかで発されたものがこちらまで伝ってきたようだ。
腕に強くしがみついてくるビビが忙しなく辺りを見回し、その頭を安心させるように反対側の手で撫でて
クオンは周囲に視線をめぐらせた。しかし、ここからでは何が起こったのかは分からない。
クオンを盾にするようにナミが身を寄せてくる。
「
クオン!何なのよこれぇ!!」
「何なんでしょうねぇ」
「まるで火山でも噴火したような音だぜ今のは!?」
ウソップの絶叫じみた言葉に、言い得て妙だと納得してしまう。そう言われればしっくりきた。
ひとり得心している
クオンをよそに、先程の轟音と続き、今度は密林の奥から低い唸り声を上げて大きな虎が姿を現した。しかし、通常の3倍はありそうな虎は突如糸が切れたようにその巨体を地面に横たえ、その体からどくどくと血を流す。縄張り争いにでも負けたのだろうか。
平然と観察する
クオンの横で、ナミが顔を青くする。確かにジャングルの王者とも呼ばれるのが虎だが、ここは“
偉大なる航路”にある島。獣の序列などあまりあてにはならない。
すっかり怯えたウソップがこの島には上陸しないことに決定!!と言うが、
クオンがちらりとルフィの顔を見やれば輝かんばかりの表情がそこにあるのを認めて被り物の下で笑みを浮かべた。そうだろうとも、この程度で怯えるなどありえない。
「…船の上で“
記録”がたまるのを静かに待って…!一刻も早くこの島を出ましょ…!!は、早くアラバスタへ行かなきゃね」
「しかし航海士殿、“
記録”がたまるまでどれくらい時間がかかるか分かりませんし、もしここにひとがいればその方に訊いてみるべきでしょう」
「いるわけないでしょうが!!こんなところに!!!」
上陸を勧める
クオンに恐怖を怒りで上書きし、ナミは
クオンの被り物をべしべしと横に叩いてくるくると回した。面白がったハリネズミがきゅっきゅきゃいきゃい鳴きながら前足をかけてさらに回転を速め、くるくるくるくると少々間の抜けた妙に愛嬌のある被り物が360度回転して回りに回る。
「おやおやおやおや、そんなに回されては目が~~~まぁ回りませんが」
「回らねぇのかい!!!」
「回っているのは被り物なので」
ツッコむウソップにしれっと返し、くるくると回る被り物を指1本でぴたりと止める。いたずらをしたハリーの額にその指を当てて叱るが、当のハリーは構ってもらえて嬉しそうに指にじゃれついてきたので好きにさせた。
「サンジ!!弁当っ!!」
「弁当ぉ?」
ルフィがジャングルの奥を見ながらそう言い、突然弁当をねだられたサンジが怪訝そうにルフィを振り返る。ルフィはああと頷いて「海賊弁当」を所望した。パワー補給のみを目的とした、野菜抜きの弁当のことだ。
「冒険のにおいがするっ!!!」
輝く瞳と満面の笑みでそう言いきったルフィを
クオンは見つめ、
クオンの腕にしがみついていたビビもまた、何かを思案するような顔でルフィを見つめていた。
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