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 町の西側に待機させていた超カルガモ部隊のもとまで一行は何の障害もなく辿り着き、それまで拘束も兼ねてゾロに抱えられていたクオンは礼を言って降りようとして、そうは問屋が卸さなかった。


「ゾロ、頼んだわよ」

「ゾロ、頼んだぜ」

「ゾロ、よろしくな」

「ゾロ、任せた!」

「おいマリモ、またクオンが何かやらかさねぇかちゃんと見張ってろよ」

「おやおやおやおや???」

「自業自得だバカ野郎」

「はりはり」


 満場一致でゾロとの相乗りが決定して被り物をした首を大きく傾けたクオンの頭の上で、相棒のハリーも同意するように肩をすくめた。





† 東の港 1 †





 仲間のためなら平然と己が身を削るクオンに対して麦わらの一味が思ったことは、「ダメだこいつ、どうにかしないと」だった。ビビに対する献身もそうだが、どうにもこの真っ白執事、他者を気にかけはするくせに自分の身を顧みるということをしない。
 一応「自分が傷つけば誰かが心を痛める」と分かってはいるようだが、気にかけはするくらいでストッパーにはならないし、それどころか死ななければいいだろうと考えている節があった。それもまだいい方で、必要ならば己の生死を勘定に入れずに動くクオンをこのアラバスタで間近に見てしまった面々はクオンの危うさを改めて思い知り、当面の対策としてクオンを力ずくで止められる可能性が高いゾロに丸投げすることにした。ゾロもゾロで危ういところはあるが、ゾロがそういうときはクオンが止めるだろうし、止めずとも何かしらのフォローを入れるのは間違いなく、なかなかの妙案だ。
 これは別段話し合って決めたわけではない。ゾロがよくクオンを気にかけているのを見て、クオン以外の全員がそのままゾロに任せる方向で言葉なく意見を合わせたのだった。

 そういうわけでアルバーナへ来るとき同様、葉巻を咥えたモヒカンのような頭をしているカルガモの背にゾロと共に乗ることになったクオンはチョッパーの乗るカルガモへ移っていったハリーを見送り、慣れた様子で遠慮なく背後に陣取るゾロに凭れかかった。思い切り体重をかけてもびくともしない体はあたたかく、夜になって冷える砂漠では良い湯たんぽになりそうだ。
 ナノハナの町で買った白いマントに身を包んで前を閉じ、後頭部を預けようとしてぽふりと被り物が当たる。被り物によって首から背中にかけて僅かな隙間があき、冷えた風に首元を撫でられたクオンは被り物を外して懐に仕舞うとゾロに凭れなおした。もそもそと身じろぎをして体勢を整え、小さく息をつく。

 カルガモにそれぞれ荷物を括りつけ、全員が騎乗したことを確かめたカルガモ達は声を揃えてひと鳴きすると勢いよく駆け出した。同時にクオンが落ちないようにか腰に男の腕が回る。クオンは腹の前で組まれた手を一瞥し、躊躇うことなくその手に自分の手を重ねた。ぴくりと小さく跳ねた武骨な指を白手袋に覆われた手の下に感じながら脳の奥からしみてくる眠気に目を細める。


(……ねむい…)


 眠るつもりはなかったのだが、体はまだ疲れを残しているせいかうとうととまどろんでいるうちに砂の大地が瞬く間に後ろへ流れていき、アルバーナは既に砂丘に隠れて見えなくなった。すぅ、と静かな寝息を立てはじめたクオンに気づいたナミが瞬きひとつ。


「あら、クオン寝たの?」

「よーしよしよし、そのまま寝とけ、寝かせとけ。起きるなよークオン

「きゅぁはり」

「『必要ならおれが麻酔針撃つから安心しろ』だって」

「相棒だってのに容赦ねぇなハリー」


 雲ひとつない空に浮かぶ月明かりの下、砂煙を巻き上げて進む一行は静かに会話を交わす。クオンって意外とよく寝るよな、それだけ気が抜けてるってことだろ、それもそうか、寝顔は結構幼いのよねぇととりとめのない小声でのやり取りは眠るクオンを起こすに至らず、気配で起きても困るとゾロは手を振って視線を散らそうとして、重ねられた手にしっかと握り締められていることに気づいてため息をついた。雪色の髪が月光を浴びてきらりと光る。つむじに顎を乗せても眠りこけるクオンは身じろぎひとつしなかった。

 カルガモ部隊は真っ直ぐサンドラ河を目指して砂漠を駆け抜ける。ルフィは早くも用意してもらった弁当を開けて肉にも手をつけはじめたが、あれだけ食っておいてまだ食うのかとツッコミを入れる者は誰もいない。
 夜風は冷たいが自分で歩く必要のない行程の楽さに、ゾロは「んー……快適だ」としみじみ呟いた。揺れは多少あるが気にするほどではなく、自分を背凭れに眠るクオンは負担になるほどでもない。むしろ氷点下まで冷える砂漠の夜では良い湯たんぽですらあって、熱砂を越えた経験を思えば座っているだけで目的地に着くというのは快適という他ない。

 隣を走るカルガモに乗ったウソップがいつものように己を誇張して激闘を語ろうとし、さすがにもらった食料を食らい尽くす勢いで食べ続けるルフィにいつまで食ってんだとツッコミを入れるが、ルフィは気にせず口を動かしながらサンジにアラバスタ料理を今度作ってくれと頼み、サンジが「ああ、おれも興味があってなと」頷く。給仕長であるテラコッタにレシピと香辛料をもらってきたというからコックの鑑だ。

 一応眠るクオンに気遣って抑えた声音で会話を続けていた一行だったが、ふとチョッパーが黙って俯くナミに気づいて「……ナミ?具合が悪いのか?」と声をかける。だがナミはどこか沈痛な表情で下を向いたまま応えず、元気のないナミを見たルフィが肉をやろうかと大変珍しいことを言い出した。1個だけ、と固く念を押すが、クオンが起きていればルフィの顔を驚愕の眼差しで凝視したことだろう。サンジはビビと仲が良かったナミを気遣い、口数多く慰めの言葉を重ねたが、やはりナミは答えず、少しの間を置いて漸う口を開いた。


「私…諦める…ビビのためだもんね…─── 10億ベリー

「「「ったりめぇだ!!!」」」

「金の話かよ!!!」

「へぁっ!?」


 シリアスから一転、ナミの憂い顔の原因がウイスキーピークでの一方的な交渉で提案した金をもらいそこねたことだと分かった男達は一斉に怒声でツッコミを入れ、突然耳朶を打った大声にびくりと肩を震わせたクオンが目を開いた。ナミへの気遣いが無駄どころかまったくいらぬ心配だったことを知ってくずおれ涙を流していたチョッパーが慌てて身を起こす。


「あっやべ!クオンが起きた!!」

「うわ~~~!!ウソップが落ちたぁ!!」

「ナミ!!てめぇ紛らわしい真似してんじゃねぇぞ!!」

「? なに騒いでんのあんた達。ビビのことなら心配したって仕方ないでしょ?ってかクオン起きちゃったじゃない!何してんのよ!!」

「てめぇのせいだよ!!」

「???」


 先程までの静けさはどこにいったのか、騒がしい面々に眠気がすっかり飛んでぱちくりと目を瞬かせたクオンは背後で怒気をにじませるゾロと「気にしないでいいわよクオン、寝なさい。てか寝ろ」となぜか圧をかけてくるナミ、大丈夫だ気にするなと手を振るチョッパーとはりはり鳴きながら小さな前足を振るハリー、頭を抱えるサンジと、なぜか誰も乗せずに隣を走るカルガモと、その向こうで後ろを気にしているルフィを順に見て、ナミに盛大なツッコミを入れた際に落ちてしまったウソップに気づくとはっとしてカルガモの背から身を乗り出し後ろを見た。


「ウソップ…!」


 カルガモ達が駆け抜けた砂の上にウソップが倒れている。腹に腕が回されているためそれ以上の身動きができないクオンは慌てて能力を使うために右腕を翳し、瞬間固く広い手に視界をふさがれて思わず動きを止めた。


「ハリー!」

「はりっ」

「えっ」


 ゾロに呼号に応えてハリーが麻酔針を飛ばし、容赦なく説明の一切もない不意打ち極まる一射を避けることもできずにもろに食らったクオンはすこんと強制的に眠りにつかされた。仲間を助けようとした者に対してあまりに非道な行いだが、息の合ったゾロとハリーの連携に全員がぐっと親指を立てる。ゾロは力なく垂れた首を己の胸に凭れさせて手綱を握り、後ろに腕を伸ばし何とかウソップの足を掴んだルフィに息をついた。
 ルフィの元に戻る腕に従って引きずられ砂の上を跳ねるウソップの「ぶべっ! おぶ! ごびゃ!ぶぶぶぶ!!」と砂が口に入って濁った悲鳴はカルガモの背に戻るまで続いたが、誰も気にすることなく聞き流した。










クオン起きろ、もう着くぞ」

「ずがいにひびく……」


 つむじに顎を置いて話すゾロの声に意識を引っ張り上げられ、小さくぼやいたクオンはゆるゆると目を開く。じんわりと脳を満たす眠気を瞬きすることで何とか振り払い、欠伸をこぼして軽く伸びをし、アルバーナから道中支えてくれていた礼を言おうとして、何だかとても理不尽な気がしたので唇を閉ざした。
 何だろう、一度目を覚ましたような気がするが、あれは夢だったのだろうか。遠目に見えるメリー号を視界に入れて懐から被り物を取り出したクオンが隣に目をやればウソップはちゃんとカルガモの背に乗っていて、やはりウソップがカルガモから落ちたのは夢だったのかもしれない。それでもどこか釈然としないまま首を傾げたクオンは被り物を被った。


「ん待っっっっっっっってたわよアンタ達っ!!!おシサシブリねい!!!」


 見張り台に背筋を真っ直ぐ伸ばして立ち、きれいに頭の上で両手の指先を合わせてポーズをキメる元バロックワークスオフィサーエージェントのMr.2ことオカマ、本人曰く“ボンちゃん”をドスルーした一行はここまで運んでくれたカルガモ部隊にそれぞれ礼を言いながら荷物を下ろした。
 短い付き合いだが確かな絆は確かに育んでいたためにいざ別れのときがくると感慨深く、帰りの道中も当然のように気遣う。クオンもまた、大人2人を乗せてくれた、葉巻を咥えたモヒカンのような頭をしているカルガモを優しく撫でて「ありがとうございました」と被り物の下で微笑んだ。クエ!と誇らしげにカルガモが胸を張る。


「王とかちくわのおっさん達によろしくなぁ!!」

「元気でなぁ~~~!!!」


 ルフィやウソップが笑顔で大きく手を振り、ひと仕事終えて町に戻るため踵を返したカルガモ達もまた大きく応えて鳴いた。砂埃を上げて駆けて行くカルガモ部隊を見送る麦わらの一味の後ろで、何やらつられて感極まっていたオカマがふいに「ちょっと待てやァ!!!」と怒りもあらわに地団太を踏んで注目を集める。クオンはそっと針を指に挟んで構えたが、律儀に木製の梯子をかけてくれているのを見てとりあえず今のところは見逃すことにした。
 駄々をこねるオカマに「何だよ」と青筋立てたサンジが冷たく言い放ち、それに「何だよじゃナ~~~イわよ───う!!」とさらにオカマが機嫌を損ねる。


「そーゆー態度ってヨクないんジャナ~~~イ!?ダチに対して!!」

「ダチってなんだよ。お前、敵だったんじゃねぇかダマしやがって」

「ダマしてないわよ───う!!あちしも知らなかったのよーう!!」


 子供のように頬を膨らませて不機嫌アピールをするオカマの言は正論だが、眉を寄せたルフィの言もまた正論だった。
 ルフィに騙したと言われ慌てて取り繕うオカマの表情は嘘をついていない。が、アラバスタを戦火で包むための引き金を引いたのは間違いなくこのオカマの能力だったはずで、処しポイント(一定を超えれば問答無用で消す)は既に十分であり、問答無用で心臓を貫いても許されるはずだ。しかし所属していた組織を潰されたというのに敵意も害意も皆無な相手にそれはいかがなものかとクオンの良心が囁いている。
 と、ふいに大量の荷物を抱えたゾロが視界に入り、オカマは一旦置いておいてクオンもまた船に荷物を運び入れるために動き出そうとして、その動きに気づいたゾロがクオンを振り返った。


「おれがやるからお前はそこでオカマを殺るかどうか悩んでろ」

「やめて!?ユキちゃん、もうバロックワークス社は滅んだのよ!あちし達は敵同士なんかじゃないの!!だから殺さないで!?」

「何ですその“ユキちゃん”というのは」

「電伝虫で言った呼び名はどれも嫌そうだったし、本当は真っ白いからシロちゃんと悩んだのよ~~~う、でもキラキラお星様みたいな綺麗な雪色の髪してるそうじゃなーい!?だからユキちゃん!」

「…………はぁ」


 良いセンスしてるわあちし~~~と笑いながら器用に手すりの上でくるくる回るオカマに毒気を抜かれ、クオンは深いため息と共に腹の底で練っていた殺意を霧散させた。
 このオカマ、相対していると本当に緊張感が続かない。オカマの方にその気がないのだから尚更だ。真面目に報復をするべきか考えている自分の方がバカな気がしてきた。

 梯子を上ってきたゾロに横にずれろと言われて「あ、ゴメンなさいねい」と素直に横にずれたオカマが手すりに腰かける。クオンはルフィの肩を叩いてあとのことを船長に任せ、肩に乗ったハリネズミを手に取るとむにむに撫で回して行き場を失くした気持ちを昇華させた。
 きゅいきゅい鳴いたハリーがクオンの指先に甘えてじゃれつき、かぷかぷ甘噛みするのに被り物の下で頬をゆるませている間に、ルフィが「敵同士じゃなくても、何でお前おれ達の船に乗ってんだよ」と当然の問いを飛ばし、それにオカマが呆れを隠さず「はふーコノスットコドッコイ」と返して、バカにされたのを察したルフィが何だと!?と怒りをあらわにしたが、オカマはしかつめらしく厳しい顔でルフィを見下ろし「いィい!?」と指差した。


「あちしが今この船に乗ってなかったら、この船はドゥーなってたと思ってんの!?」

「まぁ、十中八九海軍に奪われてたでしょうねぇ」


 オカマの問いに答えたのはクオンだった。
 サンドラ河の河口付近、エルマルの町にほど近い場所に残してきたメリー号は船番ひとりいないため無防備極まりなく、オカマがメリー号に乗って上流へ運ばなければアラバスタ周辺に包囲網を張っている海軍の手に落ちていたのは間違いない。
 クオンの確信を持った返答にルフィが今更気づいてはっとし、「ユキちゃんの言う通りよ!!確実にやられてた!!」とオカマが声を荒げる。


「今この島がドゥーいう状態にあるか知ってる!?海軍船による完全フーサよ!!封鎖!!!」


 冷や汗をにじませ鬼気迫る顔でオカマは叫び、スワン1羽も逃げられないと続ける。そりゃあそうだろう、こちらは船長が目を覚ますまで3日待っていたのだ、その間海軍が何もしないはずがない。麦わらの一味が宮殿を出入りする姿は見られていただろうから安心して包囲網を整えていたはずだ。


「……じゃあお前……海軍からゴーイングメリー号を護ってくれたのか…?」

「なぜだ!?」

「何で!?」


 目を瞠るルフィの問いに重ねてウソップとチョッパーが問う。まさか、と顔に書く彼らの期待に応えるように、歯を見せて笑い、きれいな涙を流しながらオカマは親指を立てた。


「友達、だからよう」


 その答えに、男3人はすぐさまメリー号に乗り込むとオカマと肩を並べて「やっぱりお前はイイ奴だったんだァ!!!」「ジョ~~~ダンじゃなーいわよーう!!」「ジョ~~~ダンじゃなーいわよーう!!!」と賑やかな笑声を上げて踊っては盛り上がり、梯子を登って甲板に足をつけたクオンはマントを脱ぎながら成程これがデジャヴ…と被り物の下で神妙な顔をする。
 オカマが純粋に「友達だから」という理由だけでメリー号を護ってくれたわけではないことは分かるが、毒気を完全に抜かれ再びルフィ達と仲良くなってしまったのなら今更敵意を向けるだけの熱量は抱けない。
 メリー号に乗り込んだナミが荷物まだある?とサンジに訊き、ちょうど梯子を登ってきたサンジが「いやこれが最後だよ」と答えるのを聞いたクオンは梯子を船の上に引き上げ、静かにオカマ達を見ているゾロの背後に寄るとその背に凭れた。オカマを殺らないと決めたクオンに何も言わずに背中を貸したままゾロがおもむろに口を開く。


「─── つまりMr.2…海軍の『海岸包囲』によってお前らも島を出られなくなり…味方を増やそうと考えたわけだな?」


 ド直球に確信を突いたゾロの指摘にオカマが目に見えて動揺しゴンッ!!とメインマストに後頭部をぶつける。友達だからじゃなかったのかと男3人が「ボンちゃ───ん!!」と詰め寄り、オカマはすぐさま開き直った。


「そうよ!!こんなときこそ!!こんな時代だからこそ!!!集え!!!友情の名の下に!!!力を合わせて戦いましょ~~~う!!!」

「「「うおおおお!!」」」


 涙を流して吼えるオカマに共鳴して単純、失礼、純粋で絆されやすいルフィウソップチョッパーの3人もまた拳を振り上げて応え、それにナミが心からの呆れを隠さずため息をついた。


『よろしくお願いしまーす』

「いたのかよっ!!!」


 メリー号の後ろにつけたオカマの船とその船に乗ったクルーの揃ったひと声にゾロが歯を剥いてツッコむ。ゾロの背に凭れたときに気づいていたクオンはもはや笑うしかなく。
 けれどまぁ、オカマの言う通り力を合わせて戦った方が状況的に望ましいのは間違いない。戦力は多いに越したことがないからだ。
 こちらには東の海岸に寄るという絶対の目的があり、そこに辿り着ければそれでいい。海軍に追われてる最中での寄り道をオカマ達がどう思い、どうするかは彼らに任せよう。麦わらの一味を囮に見捨てるのか、彼らの言う「友情」の名の下に力を合わせて戦うのか、それとも。


(まぁ、こちらに手を出さないうちは私も様子見といきましょう)


 もしオカマ達が麦わらの一味を海軍に差し出すような真似をすれば、そのときこそ全員の心臓を貫いて船ごと沈めてやろうと、クオンは被り物の下で鈍色の瞳を冷たく煌めかせた。






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