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クオンの浮気者ォ~~~!!!!!」


 とある一室から轟いた大絶叫が宮殿を揺るがすと同時、大部屋にてその声を聞いた麦わらの一味はクオンの目覚めを知った。






† 宮殿 3 †





 自然と意識が浮き上がり、目を覚ましたクオンはビビとのちょっと命の危険があった微笑ましいやり取りを経て麦わらの一味とビビが滞在する大部屋に顔を出した。定位置である右肩にハリーを乗せ、そしてべったりと背中に張りついたビビを半ば引きずるようにしてやって来たクオンは部屋に留まっていた全員に歓迎され、特に医者として大怪我をしていたクオンの心配を人一倍していたチョッパーはすぐさま駆け寄ると「調子はどうだ?痛いところはあるか?まだ完全に治ってないんだからあんまり無茶をするなよ」と矢継ぎ早に言葉を重ね、クオンは素顔を晒したままやわらかな笑みを浮かべて大丈夫ですよとチョッパーの頭を撫でた。
 脚はまだ違和感が残るがじきに感じなくなるだろう。傷もほぼ塞がっていて、宮廷医師に加え頼れる優秀な船医のお陰で不具合は何もない。心配をおかけしましたね、と腰を屈め視線を合わせて微笑めば、うるりと目に涙をためたチョッパーに勢いよく抱きつかれた。それを苦も無く受けとめて小柄な背を撫でるように叩く。


「ところで、船長殿はまだ?」


 チョッパーを抱えて立ち上がったクオンが問えば、ウソップが頷いてベッドのひとつを振り返る。クオンもまたそちらを見て、横たわり荒い呼吸を繰り返すルフィへと近づいていく。ずりずりといまだ張りついたままのビビは引きずられるままで、燕尾服ではなくアラバスタの衣装に身を包んだクオンの背中に顔をうずめたまま「熱が引かないの……」ともごもご言い、チョッパーもクオンの腕の中からルフィを見下ろして「怪我と毒のせいだ。解毒はされたけど、それまでに動き回ってみたいで、毒が全身に回っちゃってまだ少し体内に残ってる」と続けた。成程とクオンが頷く。


「でも、大丈夫なのでしょう?」

「もちろん!おれが看てるし、熱さえ引けばすぐに目が覚めると思う」

「流石は船医殿」


 にっこりと眩い笑みと共におくられた称賛に照れたチョッパーが嬉しそうに身をくねらせる。ルフィのベッドの傍に立ったクオンは眠るルフィにあたたかな笑みを落として軽く汗を拭った。
 チョッパーをルフィのベッドに降ろし、クオンは改めて麦わらの一味の面々を見渡す。みんな激戦のためあちこちを負傷し、その上で町中を駆けずり回ってくれた。
 今もクオン同様傷は完全に癒えておらず包帯を巻いた者がいる。王女の執事として国を救ってくれた彼らに礼を言うべきだろうが、それはルフィが目覚めてからにしよう。だから今は、深い感謝の念を胸に抱きながらそっと軽く頭を下げるだけに留めた。


「ところで姫様、私の被り物はどちらに?」

「私の部屋……あとで持ってく……」

「ええ、お願いしますね」


 ぎゅうぎゅう抱きついて離れないビビの腕に手を添え微かに苦笑をにじませたクオンは、ふとゾロと目を合わせると眉を下げて笑った。数時間前にビビに散々詰め寄られて怨嗟の念を吐かれただろうゾロが呆れたようにビビを見下ろして肩をすくめる。ご愁傷さまでした。お前もな。そんな言葉なきやり取りを見てもいないのに第六感で敏感に察知した執事強火担が腕の力をさらに強くして冥い瞳で見上げてくる。もはや隠しもしない執事の浮気ぶりに闇堕ちしたビビは「手籠め…手籠めにするしか…」と物騒なことを呟いてクオンにぺしりと頭を叩かれた。まったくしょうがない主である。

 それからみんなで少し話をして、クオンとも顔を合わせたことだしと何となく解散となった。どうやら部屋は別れても目覚めたら来てくれるだろうと全員で待ってくれていたようで、クオンの顔はゆるむばかりだった。
 ビビはその間ソファに腰掛けるクオンの胴体にコアラよろしく正面から抱きついて離れず、ひとりふたりと大部屋を出ていく仲間を見送ったクオンもまた部屋に戻ると言えば、ビビはそこでようやく顔を上げ、ちらりとルフィを振り返って悩む素振りをみせた。


「姫様は船長殿についてあげてください。心配なのでしょう?大丈夫、大人しく部屋で本でも読んでいますし、姫様に黙って宮殿の外に出るつもりはありませんよ。いつでも会いに来てください。私も姫様やみんなに会いに来ますから」


 ああでも、ウズマキに顔を見せてあげなければなりませんねと微笑むクオンに優しく頭を撫でられ、少しの沈黙を挟んで小さく頷いたビビがそっと離れた。


「でも、部屋まで送るわ。あなたの被り物も返さなきゃだし」

「分かりました。では行きましょうか」










 白いスラックス、皺ひとつない白いシャツ、サスペンダーをきっちりと留め、その上に厚めの白いウェストコートを重ねて白いジャケットに袖を通した。着ていた燕尾服はツバメの尾が燃え落ちあちこちが穴だらけでぼろぼろになっていたはずだから、眠りこけていた昨日のうちに新調してくれていたのだろう。白いタイをつけ、ポケットチーフは胸ポケットに、最後に白手袋をはめれば、いつもの燕尾服に身を包んだ真っ白執事の出来上がりだ。
 部屋に設えられた鏡で全身を確かめ、軽く体を動かしてみる。少し軋むが問題なく動かせた。


「ウズマキ、ウズマキはいますか」

「ゴア!!」

「いやぁ本当に来るとは」


 窓を開けて呼べばものすごい勢いで飛んできたワルサギに思わず笑ってしまう。おそらく近くでクオンの様子を窺っていて、ずっと呼ばれるのを待っていたのだろう。
 窓を開け放ち入室を促すと、羽をたたんで床に降り立った、ウズマキの名を持ったワルサギがクオンを見上げて何やらゴアゴアと鳴く。チョッパーがいないので何を言っているのかは定かではないが、大丈夫ですかご主人様、ひどいお怪我で、と言いたいのはその表情から読めた。クオンの右肩に乗ったハリーがきゅいきゅいと鳴き、それにウズマキがまたゴアゴアと鳴いて答え、静かだった部屋がにわかに騒がしくなる。


「さて、ウズマキ。あなたもここまで本当によく頑張ってくれました。約束通り国王には私から進言致しましょう」


 くるんと巻いた頭頂部のアホ毛のような羽毛ごと頭を撫でるクオンをウズマキが見つめる。動物の直感で何かを察した聡い瞳がじっとクオンを映し、恭しくこうべを垂れた。
 笑みを深めたクオンが無言でウズマキの喉をくすぐる。と、ふいにノックの音が響いた。


クオン、起きているだろうか」

「おや、護衛隊長殿」


 おもむろに声をかけて部屋に入ってきたイガラムは燕尾服姿のクオンを上から下まで眺め、ひとつ頷くと口を開く。


「目が覚めたばかりですまないが、時間をもらえるだろうか。国王様がお呼びだ」


 その突然の呼び出しに、クオンは驚きはしなかった。必ず呼び出されると分かっていた。それもビビには黙って。だからこうして燕尾服をまとって身を整え、ひとり部屋で待っていたのだ。
 国王から呼び出されたクオンは海賊ではなく、自分の娘である王女の執事だ。麦わらの一味と同様恩人のひとりであり、呼び出されるいわれなどどこにもない。本来ならばなぜと訝しく思うのが当然で、クオンはしかし、静かな瞳でイガラムを見つめて頷いた。


「ウズマキ、ここで待てますね?」


 ハリーは肩に乗せて連れて行くのに自分だけ置いていくクオンを見上げ、ウズマキは寂しそうに瞳を揺らしたが従順に後ろへ下がった。
 クオンはウズマキの方は振り返らないまま懐に手を入れひとつの被り物を取り出した。上部には三角形が2つ、頬部分には左右対称に3本の線が、そして黒い2つの目とωな口元だけを描いた猫を模した、愛嬌があるようで間の抜けた印象を与えるそれを被って秀麗な顔を覆い隠す。


「参りましょう、護衛隊長殿」


 被り物越しの声は低くくぐもり抑揚を削いで、何の感情の機微もにじませないものとなったが、イガラムは慣れた様子で表情を変えることなく踵を返した。






 案内された部屋は宮殿の少し奥まった場所にあり、重厚な机は置いてあるものの使用感は然程ない簡素な部屋はどう見ても玉座の間ではない。主として使われているわけではなさそうだが、一応執務室と呼ぶべきか。しかし部屋の周囲は人払いがされており、辺りにひとの気配は一切しない。その徹底ぶりにどうやら報奨を賜る栄誉はなさそうだと内心で嘯く。

 入室したイガラムの後ろに続き扉をくぐったクオンは、椅子に座らず立って窓から宮殿の外を眺めていた国王、コブラと距離を詰めないまま部屋の出入口付近で足を止めた。コツリとブーツの踵が小さく鳴る音を合図にコブラが振り返り、思慮深げな瞳がクオンを捉える。


「よく来てくれた。無理を言ってすまない」

「構いません。そんな気がしていましたので」


 淡々とクオンが返せば、眦にしわを刻んで目を細めたコブラが微笑を浮かべる。真顔だと厳しい王らしい印象を与えるのに、ひとたび笑えば柔和にほころび、空気も和らぐ。国王と王女はあまり似ていないが、笑った顔はそっくりだ。


「まずは君に、礼を言わなければならない。ビビの…娘の傍で力になってくれてありがとう」

「恐悦至極にございます、聡明なるアラバスタ王」


 胸に手を当て、軽く頭を下げてかしこまった物言いをしてから、ふと自分の口調を真似たゾロを思い出した。思わずこぼれた笑みが被り物の中にとける。
 軽い挨拶を終え、顔を上げたクオンは被り物越しにコブラと目を合わせた。気づけばイガラムが対面する2人の視界に入らないよう脇に控えている。

 コブラの顔から笑みが消え瞳に強張りがにじんでいるのを認めたクオンはおもむろに腕を上げて被り物を外した。あらわになったあまりに美しい秀麗な顔と短い雪色の髪、ひたと据えられた鈍色の瞳にコブラの肩が微かに揺れる。被り物を懐に仕舞ったクオンは無礼を承知で口火を切った。


「それで、お話とは何でしょう?」


 刷いた薄い笑みに感情はなく、細められた瞳は奇妙な凪を湛えている。先程までの執事としての国王に対する慇懃な態度は口を開いた途端に拭い去られていた。そんなクオンを前に国王はいち執事の挙動に眉をひそめることすらせず、イガラムもまた口を引き結んだまま何も言わない。まるでクオンがそうであるのが当然のように彼らは表情ひとつ変えなかった。
 燕尾服をまとう真っ白執事から視線を逸らすことなく、単刀直入に言おう、とコブラが重々しく口を開く。聡明なるアラバスタ王─── そう評したクオンに剣呑さすら帯びた目を向けたまま、アラバスタ国王は告げた。



「アラバスタを出て行ってもらいたい」



 クオンは透明な笑みを深めた。凪いだ鈍色の瞳が緊張に身を強張らせるコブラを映す。
 王女の執事。恩人のひとり。忠臣のひとりをその身ひとつで爆発から遠ざけて救い、民と町への被害を最小限に抑えた栄誉を賜るべき者へ突きつけられた国外追放の通知は、クオンの想像していたものだった。聡明なる王に期待した通りのもの。


「君には心から感謝している。ビビも君がこの国に残って傍にいてくれることを望むだろう。しかし私はアラバスタの王として、国である民のために、娘の手から君を取り上げなければならない」

「私が、行方不明となっていた海兵だからでしょうか」

違う・・


 うん?とクオンは瞬いた。いやに力強くきっぱりと否定したコブラに恐ろしいほどに綺麗な笑みを消して首を傾ける。
 クオンは大将赤犬をはじめとした海軍が血眼になって捜している将校である。それゆえにこの国にはいられないのだと思っていたのだが。


「君が海兵であることはさしたる問題ではない。多少影響はあるだろうが、瞳の色が違う、その一点でどうとでもなることだ」


 どうやら意外と力押しで何とかしようとするつもりはあったらしい。流石と言うべきか、しかしそれでは私のあの深刻な悩みは、と思わないでもないクオンだった。


「君は自分が何者なのかを知らないようだが、私は知っている。だからこそ今の君をこの国に置くことはできない」

「……」

「そして、君の正体を口にすることもまた、できない」


 重々しく紡がれた声音に初めて苦みが混じる。据えられた眼光が微かに翳り、一瞬だけ逸らされた。
 まるでクオンの正体が忌むべきもののようにコブラは口を噤む。言葉にすれば災いを呼び寄せることを危惧するような─── そう考えて、ああそうかと唐突に思い至る。コブラの硬い表情ににじみ出ている緊張は、怯えにも似た畏怖と警戒だ。クオン自身は疑っていない。ただ、コブラの知るクオンを表すもの・・が、その身に深く根付いた恐れを呼び起こしているのだ。


「……護衛隊長殿が私に恐れを抱いていたのも、それが原因ですか」


 視線はコブラに据えたままクオンが確信をもって口にした言葉を、イガラムは否定しなかった。その態度に成程と内心で頷き、小さな嘆息をこぼす。この真っ白な矮小な身には、どうやら想像だにしていなかったとんでもないものが隠されているようだ。


「私が言える確かなことは、あなたが天竜人ではないということだけだ」

「おや、あの家畜どもと違うことは心底安堵いたしました」

「聞かなかったことにしよう」


 目を閉じて顔を逸らすコブラに、ついぺろりと口を滑らせたクオンは素知らぬ顔で口元に指を一本立てる。海軍含めた政府の人間に聞かれれば即逮捕待ったなしの発言は誰の耳に残ることもなく流されていく。
 僅かな懸念がなくなったことは大変に喜ばしいことだ。世界に飼われて餌を与えられるままぶくぶくと肥え太るだけの家畜と同じ存在などと想像するだけでおぞましい。腹の底から湧く嫌悪と苛立ちに鈍色の瞳が不穏に煌めくが、瞬きひとつで呑み下した。


「航海に必要なものはすべてこちらで用意しよう。何かあればイガラムに伝えてくれ」

「分かりました」


 国が大変な時期だというのに大盤振る舞いなことだ。それほど早急に出て行ってほしいのだろう。
 コブラには王としてクオンに対する大きな懸念があることは間違いなく、この国に災いを招きたいわけではないクオンとしても否やはない。コブラに言われるまでもなく国を去る予定だったし、それが少し早まっただけのこと。


「あなたの要求を受け入れます。できるだけ早くこの国を出て行くと約束します。けれど、せめて船長殿…モンキー・D・ルフィが目を覚ますまではご容赦願いたい」

「もちろんだとも」


 国王の勝手な都合を押しつけられても鷹揚に頷いて承諾したクオンが口にした当然の願いを聞き入れ、安堵の息をつくクオンをじっと見つめたコブラは改めて背筋を伸ばすとおもむろに口を開いた。


「……ひとつ、訊いてもいいかね」

「何でしょう」

「あなたから見て、私はこの国の王に相応しいだろうか」

「国王様!」


 コブラの問いに、顔色を変えたイガラムの悲鳴じみた声が飛ぶ。何を仰いますかと身を乗り出して続けようとしたイガラムを手で制し、コブラは真っ直ぐにクオンを見据えたまま視線を逸らさなかった。強い光を湛える瞳と真っ向から見つめ合い、見定めるように透明に煌めく鈍色の瞳をクオンは細める。


「その判定を私に任せるのですか、コブラ王」

「否。国を蝕む砂は払った。民は再び立ち上がり進んでいき、彼らを護るために王家は在る。しかし、確かに玉座は一度揺らいだ。あってはならないことだ。二度は許されない。だから私は、自信が・・・欲しい・・・

「……」

「臆病者とあなたは言うかもしれない。しかし今、私に必要なものなのです。玉座につく許し・・を、どうか」


 懇願するような台詞を、あまりに鋭い眼光で吐く王をクオンは無言で眺める。
 アラバスタの民を深く強く想う彼は、必要ならばその玉座すら打ち捨てるだろう。国とは玉座ではなく、ましてや王でもなく、その地で生きる民なのだとクオンは既にあの極寒の冬島で知っていたし、この王もまた同じ考えをしている。
 アラバスタ国民は皆、コブラこそ玉座に相応しいと喝采を叫んでいる。たとえ不穏な噂があろうとも、確かな黒い事実がそこにあろうとも、それでも王を信じていると、辿ってきた町で交わされる民の言葉をクオンは耳にしていた。年配であればあるほどに王への確固たる信頼があり、今回の件でその地位はコブラが生きている限り盤石のものとなった。そしてそれに、この男は決して傲り高ぶるような真似はしない。今まで通り、あるいはそれ以上に民へ真摯に向き合うことは間違いなかった。
 それでも尚、加えてクオンに許しを乞うコブラにかける言葉など決まっている。


「臆病者?まさか、あなたのようなひとは強欲と言うのですよ、コブラ王」


 放たれた言葉に、しかしコブラは揺らがない。
 クオンは苦笑した。やわらかな笑みだった。透明な瞳が温度を宿し、困ったように眉が下がって、形の良い唇はほころんでいる。


「民の信頼と、確かな玉座と、そして私の許しまで欲しいままにしようとする者を強欲と言わずして何としますか」


 言葉だけ聞けばなじるようなそれだが、声音は穏やかだ。仕方のないひとだと言わんばかりに眦がゆるみ、苦笑が笑みへとすり替わっていく。
 こほんと咳払いをひとつ。クオンは笑みを消して眦を引き締め、煌めく鈍色の瞳でコブラを見据えた。クオンを取り巻くやわらかな空気が冴え冴えと張り詰めたものとなって場に満ちる。


「ネフェルタリ・コブラ。砂の民が戴くアラバスタの王よ。その玉座はお前のものであり、その命の灯が消えるまで留まり続けることを─── この私が、許しましょう」

「─── 光栄至極」


 真剣な顔で胸に手を当て軽く頭を下げたコブラがクオンに聞こえないよう何か言葉を続けたが、言葉にできないクオンを表すもの・・を音にせず唇だけで紡いだ王の敬意を受け取ったクオンはコブラの唇を読むことなかった。
 顔を上げたコブラはクオンと目を合わせてふっと眦をゆるめる。やわらかな語調でありがとうと礼を言われて、どういたしましてとクオンもまた微笑みを返した。
 さて、これで話は終わりでしょうかと肩の力を抜きかけたクオンを見つめたままコブラの瞳に僅かな逡巡が走り、すぐに迷いが呑み下された。


「……もし、あなたが自身の記憶を取り戻したいと願うのなら」


 予想外の言葉に、クオンは逸らしかけていた目をコブラに戻した。目を瞠るクオンを真っ直ぐに見据えてコブラが言葉を続ける。


「“滅びの血族・・・・・”を追うといい。…すまない、私が言えることはこれだけだ」

「いいえ、十分過ぎる情報です。ありがとうございます」


 なにせクオンは失くしたものが多すぎて、隠されていることもまた、多い。
 雪色の髪、美しい顔立ち、鋼の瞳。海軍本部准将、雪狗。そして“滅びの血族”。クオンに残された記憶の手掛かりはそれだけで、それをどうするかはクオンに委ねられている。
 クオンは一度瞼を閉じた。だがすぐに開き、薄い笑みを浮かべる。


「─── さて、聡明なるコブラ王。私の提案わがままをひとつ、聞いていただけますか?」


 なに、王家直属の部隊をひとつ新たに作っていただきたいだけです。空路による物資の運搬、情報収集及び伝達、時に迫真の演技すらこなしてみせる有能な鳥をご紹介しましょう。
 にっこり笑ってワルサギの名を綴ったクオンに、厄介な害鳥と認識していたコブラもイガラムもさすがに目を見開いて頬を引き攣らせた。





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