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 急ぐ旅ではあるが、焦るまま先を行けば体力を無駄に消費し勝てるものも勝てなくなる。レインベースに至るまでの道中にオアシスは望めず、過酷な昼の砂漠を越えるよりも日が暮れてから進んだ方がいいと判断した一行は、途中の岩場で休憩と仮眠を挟み、陽が完全に落ちてからはひたすらに足を進めた。
 食料は空を飛んでいたワルサギが見つけた砂漠の怪物を狩って確保したが、問題は水だ。物資はすべて置いてきたし、ユバの水はルフィが頑として首を縦に振らず譲らない。このペースで進めば翌朝の早い時間にはレインベースに辿り着けるだろうから死にはしないだろうが、だからといって惜しむことではないとクオンは貴重な凍針こごばりを数本使うことを決めた。
 クオンの凍針は対象に当たることでその周囲をも凍らせる針だ。つまりは氷を生む針であり、その氷は溶ければ水になる。さすがにそのまま飲むことは推奨できないので一度蒸留させてみんなに振る舞った結果、クオンとハリーはルフィとウソップに頭が砂に埋まるほどの土下座で感謝されさすがに慌てた。使った針の本数は多くはなく、全員に分けたらほんの数口程度にしかならなかったというのに。


「いいから感謝を受け取っておきなさいよ、クオン。あんたの貴重な“武器”を削ってくれたんだもの、安くないことくらい私にも分かるわ」


 ルフィとウソップに向かい合い砂に膝をついてわたわたとするクオンの肩を叩いてナミが笑い、サンジにもそうだそうだと言うように何度も頷かれてはクオンもそうすることしかできない。水を渡したときに全員に礼を言われたから、本当にそれで十分だったのだけども。
 クオンは被り物の頬を掻き、「どういたしまして。ですがお互いさまですよ。だって私達は、……仲間、なのでしょう」と左腕に触れて呟けば、ゾロとサンジ以外の全員に飛びつかれてもみくちゃにされた。





† レインベース 2 †





 刻一刻と近づく“戦争”の足音も届かない砂漠に朝が来て少しした頃。砂丘の向こうに見えた町並みを認めたビビが「見えた!あれがレインベースよ」と指差し、ようやく辿り着いた町に疲労と水分不足でへろへろになっていた彼らの目に光が宿った。


「よ───し!!クロコダイルを!!!ぶっ飛ばすぞ!!!」

「「みドゥ───!!!」」

「うるせぇなぁお前ら…」

「元気でよろしいことです」


 気合いを入れ直すルフィとクロコダイルよりも水を望むウソップとチョッパーにゾロが呆れ、その隣でクオンは被り物の下で微笑み、道案内という役目を終えて地上に降り立ったワルサギを撫でてやればワルサギは気持ちよさそうに目を細めた。
 ナミは何やら前からウソップに頼み事をしていたようで、ウソップが取り出した組み立て式の棒を手に交わされる2人の会話を流し聞き、ついでにひとり盛り上がって“王子様プリンス”と呼べと言うサンジの望む通りにゾロが「プリンス」と呼んでサンジが青筋を立てるいつも通りの2人に、ううん緊張感がまるでない、と内心で呟いた。


「ところでよ、バロックワークスはおれ達がこの国にいることに気づいてんのか」

「ええ、間違いなく気づいているでしょうね」


 ゾロのふとした疑問に答えたのはクオンで、ビビもそれに頷いて同意を示す。アラバスタまでの航路でMr.2に遭い、リトルガーデンで倒したMr.3もこの国に入っているのだから、まず知られていると考えて間違いないと思う、と。
 ルフィはそれがどうしたのかと不思議そうで、顔が割れてるんだ、やたらな行動は取れねぇってことさとウソップが答え、ルフィはまだ納得がいかないようで「何でだよ」とさらに問い、レインベースにはどこにバロックワークスの社員が潜んでいるのかも分からない、自分達が先に見つかってしまえばクロコダイルにはいくらでも手の打ちようがあるだろうと答えたウソップにゾロが「暗殺・・は奴らの得意分野だからな」と続けた。
 そうした丁寧な説明はしかしルフィの頭にはあまり残らなかったようで、「よ───し!!クロコダイルをぶっ飛ばすぞ───!!!」と単純明快な目的を口にして聞いてたのかよてめぇ!!とウソップから鋭いツッコミが飛んだ。

 ウソップの言い分はもっともだ。レインベースはアラバスタ王国にある町だがクロコダイルの拠点であり間違いなく敵地。迂闊な行動は慎みクロコダイルのもとに乗り込む方がリスクは少ない。だが、もうあまり時間はないのだった。
 私なら真っ直ぐクロコダイルのところに行って一発ぶん殴りますかねぇとクオンが物騒なことを考えたように、行動派な王女もまたルフィに賛成だと口にし、今はとにかくすべてにおいて時間がないの、考えてる暇なんてないわと鋭い眼差しで自国の町を睨む。
 ナミが煽るように「あらウソップ、あんたびびってんの?」と笑い、チョッパーも「おれも頑張るんだ!」と気合十分で、ウソップは苦くお前ら、と声を搾り出したが、結局それ以上は何も言わなかった。

 まぁ何はともあれ、町に着いたらまずは水分補給だ。そのあとは一直線にクロコダイルを目指す。
 ……何もトラブルが起きなければいいのですが。ナノハナでの騒ぎをふと思い出したクオンは内心呟き、まぁそうそうああいったトラブルは起こりはしないでしょう、なにせクロコダイルのお膝元ですしと楽観的に構え、そっと立ったフラグには気づくことはなかった。










 一行はレインベースに足を踏み入れ、水水水と水を求めて騒ぐルフィとウソップにおつかいを頼んで町の一角に腰を下ろした。ダッシュで駆けて行きすぐさま人混みに紛れて見えなった2人を大丈夫だろうかと案じるが、ルフィがいるなら何かあってもどうにかなるだろう。
 町中にいるワルサギを見て通行人が不思議そうにちらちらと振り返るがその程度で、マントのフードを深く被ったクオンは道の端に座り込むビビの前に佇んだまま2人の帰りを待った。
 隣ではあいつらに任せて大丈夫かとサンジがルフィとウソップが駆けて行った方を見ながら言い、おつかいくらいできるでしょとナミがウソップから渡された組み立て式の棒─── 天候棒クリマ・タクトというらしいそれをいじりながら返し、どうせまたトラブル背負って帰ってくんじゃねぇのかとゾロが言う。そう言われればそうなるような気がしてきたクオンだったが、誰よりも先にフラグを立てたのはこの執事だったりする。そしてそのフラグは、ふいにゲッと呻いたサンジによって無事回収された。


「あいつら海軍に追われてるぞ!」

「嘘でしょう!? ─── で、何でこっちへ逃げてくんのよ!」

「成程これがデジャヴ」

「はりゅり」


 海軍に追われる2人が近づいてくるのを見て頭を抱えるナミをよそにクオンが得心がいったように頷き、そこ感心してる場合じゃなくね?と言わんばかりにハリーが鳴いた。
 しかし、このままでは当然海軍に自分達も見つかる。チョッパーはトイレに行くと離れたきりで、ビビもまたそのことに慌てるが、ゾロは冷静に放っとけてめぇで何とかするさと返した。クオンはちらりと傍にいたワルサギを見やる。


「ウズマキ、船医殿と合流したのち現状を伝えなさい。私達はおそらく……このまま本陣へ行くことになるでしょう。以後の行動はあなたに任せます」

「ゴア!」


 良い返事を返したワルサギをひと撫ですると同時、ルフィの声が轟いた。


「おいみんな!!海軍が来たぞぉ!!!」

「お前らが連れて来てんだよ!!!」


 目を吊り上げたゾロが怒鳴り返したのを合図に全員がその場から逃げ出す。クオンは背後を見て、海軍の中にナノハナで見た能力者の海兵がいることを認めた。あの男はエースが完全に撒いたはず、ゆえにこの町にいたのは偶然だろうが、嫌な偶然もあったものだ。


「まずいんじゃねぇか!?町の中を走るとバロックワークスに見つかっちまう」


 走りながらサンジが言うが、海軍に追われている一行はどう考えても目立つ。ビビの一歩後ろにつき周囲に視線を走らせたクオンは、あちこちに紙─── おそらくは似顔絵や写真を手にこちらを見ている人間が複数いるのを見て、「─── もう手遅れだと思うぜ」というゾロの言葉に頷いた。


「じゃ、行こう!!」

「え……」

「クロコダイルのとこだ!!ビビ!!!」


 ルフィの迷いのない目と声に、表情を固くしつつもしっかりと頷いたビビがクオンの存在を確かめるように傍らの執事を一瞥し、すっと手を伸ばしてひとつの建物を指差した。


「あそこに…!!ワニの屋根の建物が見えるでしょ!?あれがクロコダイルの経営するカジノ“レインディナーズ”」


 ビビが指した建物を全員が確認し、目指すべき先が決まる。となれば、わざわざ捕まりやすい団体行動をする必要はない。海軍にも、バロックワークスの人間にもだ。


「散った方がよさそうだな」

「そうだな」

「よしっ!!じゃあ後で…!“ワニの家”で会おう!!」


 サンジが提案してゾロが頷き、ルフィの号令に従って一行は三方向に散った。ルフィが単身正面の建物の屋上に、ナミとウソップとサンジが右方向へ、当然ビビと共に行くクオンはゾロと共に左方向に足を向ける。別れたぞ、逃がすな、と後ろから海兵達の声がしたが今は無視しておく。


クオン

「ええ」


 腰の刀に手をかけたゾロに名を呼ばれただけで意図を察し、被り物越しに鈍色の瞳をゾロに向けることもせず、頼みますと言外に告げてその場に足を止めて追ってくる海兵達に向き合うゾロにクオンは背を向けた。はっとして振り返ろうとしたビビの背を押して先へ進ませる。


「大丈夫ですよ、剣士殿なら」


 見た限り、あの自然ロギア系能力者の海兵はルフィを追ったようだった。ならば残るはただのザコ、ゾロを相手取るならどう見ても力不足だ。
 安心させるように被り物の下で微笑み軽く背を叩くと、ビビは呼びかけひとつで意思疎通をした2人に嫉妬をにじませた目を向けると頬を膨らませ、けれど今はそれどころではないと呑み込んだ。それでも「……もう!」とこぼれた不満は小さな笑みで受けとめる。


(さて、私の脚ならすぐに行けますが……早く着きすぎてもいけませんね)


 ビビを抱えて行けばすぐにカジノには着くが、なにせこちらは追われている身である。クオンひとりでもバロックワークスの下っ端程度ならどうとでもできるものの、あまりカジノ前に敵を集めすぎては他の仲間達が困るかもしれない。道中で適当に数を減らしつつ、カジノ前に集まったのをルフィ達と合流して一気に蹴散らした方が効率がいい。
 冷静に素早くそう判断を下し、周囲から向けられる濁った気配を感じ取ったクオンは手をひらめかせて指の間に針を現した。





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