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「私達はこれから真っ直ぐユバに向かいます。そのための案内兼斥候役として、あなた達のうち一羽のみをお供に認めます。立候補でも推薦でも構いません、私達が休憩ののち、出発するまでに群れで話し合って決めなさい。決まらなければ一羽も連れて行きませんのでそのつもりで。よろしいですね?」

『ゴア!』

「良い返事です。そして、これは私個人の“お願い”でありあくまで“提案”なのですが……あなた達が生きるために旅人の荷物を奪う生態であることは理解していますが、奪うものはすべてではなく3分の2程度、水樽は必ずひとつ残す温情を見せるようにした方がよいかと。今はまだ国が荒れていますのであなた達の行いは放置されていますが、人間、余裕が出ると害獣を駆逐する動きが必ず出ます。町やオアシスからの距離に応じて奪う荷物の量を変えてもいいのですが…そのあたりはまだあなた達には難しいでしょうからね」

『ゴア!!』

「では他の群れにもそのように伝達を。それでもあなた達の生き方を多少曲げさせる自覚はありますので……ええ、すべてが落ち着いた暁には、できるだけ飢えない方向に導けるよう何とか致しましょう。というわけで、姫様…この方のお顔を決して忘れないように。麗しき砂の国の王女ですよ、その小さな脳みそにしっかりと焼きつけなさい」

『ゴアー!!!』

「私からは以上です。それではお供争奪戦もとい穏便な話し合い、スタート!」



「あいつ何で執事なんてやってるんだ?」

「執事っつーより王様みてぇだよな」


 背後から聞こえてきたゾロとウソップの声を、クオンは聞かなかったことにした。





† ユバ 4 †





 ひとまず休憩となり、日陰に腰を下ろした一行はサンジのお手製弁当に舌鼓を打った。水分もしっかり補給し、ビビにこのペースなら夜中には着きそうだと言われてウソップが「ユバに着いたら思いっきり水飲みてぇな」とこぼす。オアシスと言えど水は貴重だが、少なくとも残量を気にして飲まなくてもいいだけ気が楽だろう。ルフィは「おれは肉が食いてぇ!」と欲求に素直で、特別多めに用意された弁当だけではやはり足りなかったらしい。
 そもそも反乱軍の本拠地なのでそう簡単に水や肉が得られるとはあまり思えないが、クオンはそのことに微笑むだけで何も言わなかった。このあとも暫く歩き通さねばならないのだから、モチベーションをわざわざ下げる必要もあるまい。

 クオンは小さい弁当を食べ終えると同時に食育係サンジから果実を投げて渡され、軽く礼を言ってかじりつきながらちらりと視界の端で輪になってゴアゴア鳴いているワルサギ達を見た。話し合いは順調に進んでいるようで、選考から漏れたのだろうワルサギ達が仲間の輪から一歩引いている。
 結局荷物を取り返されて食料も水も得ることができなかった彼らにもいくらか分け与えた方がいいような気もするが、既にたくさんのクンフージュゴン相手に食料を分けたこともあり、これ以上手持ちを減らすことはできない。適当な野生の大型動物か何かがいればいいのだが、と思ったところで、ふと視線を上げたクオンは口の中のものを飲み下して近くにいた一羽のワルサギに声をかける。


「そこのあなた、そう、あなたです。この近くに何か大型の動物か何か、食べられそうな生き物は生息していますか?空から見て探してほしいのです。もしいれば教えてください、多少距離があっても構いません。私が狩って、コック殿に調理してもらいあなた達もありつけるよう口添え致しますので」

「ゴア!ゴアーゴゴア!!」


 思いがけないご主人様クオンからの申し出に、選考から漏れて気落ちしていたらしいワルサギが目を輝かせる。ぱっと他のワルサギ達が振り返って羨ましそうに見てくるので、効率を考え現時点で動ける彼ら全員に散開して探してもらうようさらに頼めば、ワルサギ達は一度大きく鳴いて羽を広げるとすぐさま空へ飛んでいった。
 突然動き出した一部のワルサギ達に、なんだなんだと全員が空を見上げる。「『おれが手柄を立ててやるー!』って言ってる」とチョッパーがワルサギの言葉を訳し、察した彼らの目が一斉に向けられたがクオンはしれっと微笑んだまま果実を食べ終えて被り物を被った。


「食料調達を兼ねた軽い周辺探索ですよ。コック殿、申し訳ありませんが、彼らが見つけた獲物を食べられるよう調理していただけませんか」

「……まぁ、それくらいならいいが」

「ってことは肉が食えるのか!?」

「ええ、彼らが見つければ」

「じゃあおれも行ってくる!!!」

「はぁ!?」


 肉が追加で食べられるかもしれないと聞いて目を輝かせたのは当然ながらルフィで、ウソップやナミが止める間もなく「肉───!!!」と叫び砂漠へと飛び出して行った。瞬く間に小さくなっていく背中に「ルフィ!ダメよ!!あんたここへ戻ってこれるの!?」「そうかそっちの方が面倒だ!!ルフィ!戻れ───!!」とウソップのナミが声を上げるもそれで止まるはずもなく、砂煙だけを残してルフィの姿が完全に見えなくなると、今度は「あんたが余計なこと言うから!」と目を吊り上げた2人が同時にクオンの被り物を横に叩いた。勢いよくくるくると回る被り物の下でいやはや行動が素早いとクオンが愉快そうに笑う。


「大丈夫ですよ、いざとなればワルサギ彼らに捜してもらいますし、肉の焼ける匂いがすればつられて戻ってくるでしょう」

「それが否定できないのよね……」


 一切触れずに前を向いてぴたりと止まった被り物越しに低くくぐもった声でクオンに言われ、額を押さえてがっくりと項垂れるナミである。
 そのとき、空からワルサギの声が降ってくるのと、


「うううわあああ~~~~!!!」

「今度は何だァーッ!!!」



 走って行った先からものすごい勢いで駆け戻ってくるルフィの悲鳴が聞こえるのは同時だった。まったくもって落ち着かない船長にクオン以外のクルー一同が声を揃えてツッコみ、面白そうに笑うクオンの震える肩を疲れた顔をしたゾロが小突く。
 何かに追われてる、とルフィの背後を見たナミが言ったときにはクオンの目にも見えていた。こほんとひとつ咳払いして笑いをおさめたクオンの腕に、ルフィを追っているものの正体を知って驚愕に目を見開いたビビが抱きつく。


「サンドラ大トカゲ!!」

「でけぇっ!!!」


 ルフィを追ってきていたのは、ちょっとした丘ほどもある巨大なトカゲだった。その四肢は巨体を支えるには細めだが、指先の爪は鋭く、大きく開かれた口にはぎらりと光る牙が連なっている。なぜかルフィの隣で走っているラクダに関しては今はツッコまないでおこう。
 即座に臨戦態勢に入ったサンジもラクダについては置いておくことにして紫煙を吐き、刀に手を添え鯉口を切ったゾロが「どういう星の下に生まれればこうトラブルを呼び込めるんだ」と呆れたように呟く。クオンも加勢しようかと考え、過剰かと思い直して地上に降り立ったワルサギに「あれは食べられるのです?」とトカゲを指差して訊き、こっくりと頷かれて再び前を向いた。


「船長殿、そのトカゲ食べられるそうですよ!」

「おっしゃ肉───!!!」


 クオンの言葉にルフィが瞬時に目を輝かせて足を止めトカゲと向き直る。同時にゾロとサンジが飛び出して行き各々得物を構えた。ルフィが跳び上がって足を振りかぶり、サンジがトカゲの頭上で足を振り上げ、ゾロは三本の刀の先をトカゲに据える。


「ゴムゴムの…」「たつ…」「肩肉エポール…!!」

「「「ムチ 巻き シュート!!!!」」」


 ドゴォォン!!と凄まじい音と共に繰り出された3人同時攻撃は見事にトカゲを仕留め、まさしく瞬殺と言うに相応しい。人間とは思えない強さにビビ、チョッパー、ウソップ、ナミ、そしてなぜかいるラクダが絶句して呆然とし、ひとり正気を保ったクオンは両手で惜しみない拍手をして称賛した。

 鈍く重い音を立てて崩れ落ちたトカゲを前に、「サンジ!!肉!!!」とルフィが満面の笑みを浮かべ、分かった分かったとサンジが頷く。「ワルサギ達にもいくらか譲っていただければ」とクオンが声を飛ばせば、そっちも分かっているとばかりに軽く手を振られた。






 トカゲを解体し、砂漠の熱気と太陽光に当てられて天然のフライパンと化した岩で焼いた肉をワルサギ達に振る舞う。腹は減っていたのだろう、「どうぞ、お食べなさい」とクオンが声をかけるとすぐさま口をつけて貪りはじめた。
 ルフィも嬉しそうに肉を口にするのを見て、再び岩に腰かけたゾロがちらりと傍に佇むラクダを見やる。


「─── で…何なんだ、このラクダは」

「さぁ…鳥の後を追ってたら飛んでた奴がいきなり鳴き出して、そしたら前からこいつがトカゲに追われて走ってきたんでとりあえずおれも走ったんだ」


 成程、簡単な説明だが事情は読み取れた。最初はラクダを狙って追っていたトカゲだったが、ルフィと出会ってしまったのが運の尽き、こうして狩られる運命となってしまったらしい。ご愁傷様である。そしてご馳走様。
 クオンは改めてラクダを眺めた。長い下睫毛が印象的な、2人乗り用の鞍がついているラクダはどう見ても野生ではない。主人とはぐれたのか、それとも砂の上で力尽きたのか、あるいはトカゲの腹の中か。どうであれ主人のもとに帰れる望みは薄いだろう。
 ラクダに乗れれば移動が楽だ、助かるとナミやルフィ、ウソップが言葉を交わし、「…じゃ、まずおれが」とルフィが早速ラクダによじ登ろうとすれば、それまで大人しくしていたラクダは「ヴオオヴオ!!」と鳴いてルフィの頭に齧りついた。「うお!!なんだ!?」と突然の乱暴にルフィが目を白黒させる。
 ラクダの言葉は人間には分からないためチョッパーに通訳を頼んだところ、ラクダの言い分は以下の通りだ。
 曰く、


『おれは通りすがりのヤサラクダ。危ねぇところを助けてくれてありがとう。乗っけてやってもいいが…おれは男は乗せねぇ派だ』


 とのこと。
 それに怒ったのはルフィ、ウソップ、サンジの3人で、誰が命を救ってやったと思ってんだ!!とラクダをぼこぼこにしはじめ、狙撃手殿は関係ないのでは?とクオンは小さく首を傾げた。ちらりとゾロを見れば心底どうでもよさそうだ。
 ラクダはどれだけぼこぼこにされても断固拒否の姿勢を貫き、その頑なさと「ごめんねうちの盗賊達がひどいことして」とナミに撫でられて目を♡にするところが少しサンジとだぶって見えたクオンは成程女好きかとラクダのことを少し理解した。
 やすやすとラクダを懐柔しなんて呼んだらいい?と問うナミに、「アホ」「ボケ」「タコ」とルフィ、サンジ、ウソップの3人が挙手しながら答え、ラクダに乗ったナミは「じゃあマツゲってことで」と3人の意見をまるっと無視して命名した。ラクダは嬉しそうにひと鳴きし、お前それ一番変だぞとゾロがツッコむもナミはやはりスルーし、特徴を捉えていて良い名では?と思っていたクオンは被り物の下でそっと目を逸らした。


「ゴア」

「おや、決まりましたか」


 近くに寄ったワルサギに短く鳴かれて振り返ったクオンは、他の個体と比べ少し体躯が良く、誇らしげに胸を張るワルサギの頭頂部にあるアホ毛のような羽毛を優しく撫でると「では、よろしくお願いしますね」と微笑み、少し間を置いて首を傾げた。


「……あなたにも名前をつけるべきでしょうか」


 これから暫く行動を共にするのだし、ワルサギと種族名で呼ぶには少々他人事すぎるか。何よりあのラクダがマツゲと名を与えられたのだから、ワルサギも同じようにしても悪いことにはならないだろう。手遊びのようにワルサギのアホ毛を撫でながら思案し、気持ちよさそうにとろけて悶えているワルサギをちらと見下ろす。


「そうですね……ウズマキ、とか」

「お前それこいつの頭見て決めただろ」


 すかさずゾロに呆れたようなツッコミを入れられ、いいじゃないですかとクオンは被り物の下で唇をとがらせる。ワルサギはせっかくのご主人様が考えてくれた名前を!とゾロに向かって抗議するように鳴いたが、ぺちりとクオンに軽く叩かれて制されたことで不承不承嘴を閉ざした。よくよく躾が行き届いた鳥である。


「では、あなたなら何と?」

「あ?そうだな……ゼンマイ」

「ひとのこと言えないじゃないですか」


 ワルサギの頭頂部を見下ろして落とされた野草の名にクオンが喉を鳴らして笑う。いいだろ別に、と返すゾロとクオンの和やかな会話を聞きながら、クオンの肩の上に乗ったハリーは自分が無難な名前を与えられていたことにそっと安堵の息をついていた。へたしたらケンザンとかいう名前でもおかしくなかった相棒のネーミングセンスに密かに慄く。


「きゅあはり、ぅりゅりゅ」

「うん?ハリーもウズマキがいいと思いますよね」


 顎を優しく撫でるクオンの指に甘えながら、ぶっちゃけウズマキもゼンマイもどっちもどっちとしか思わないハリーはうんうんと適当に頷くことにした。ハリーはクオンの相棒なので、相棒が喜んでくれる方に味方するに決まっている。


「では改めて、これから暫くよろしくお願いしますね、ウズマキ」


 嬉しそうに鳴くワルサギをじっと見下ろすゾロの横顔を見たハリーは、麦わらの一味よりも先にクオンに名前を呼ばれた鳥を一瞥し、小さく肩をすくめた。





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