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 サンジと共に仲間達のもとへ戻ってそれぞれを着替えさせ、クオンもまた自分用に買った白いマントを身にまとった。足首まで全身をすっぽりと覆うマントの前をとめて燕尾服を隠す。
 ビビとナミは建物の陰で着替えている最中だ。サンジは彼女達のために色々と装飾品も買っていたようだし、もう少しかかるだろうかとその場に腰を下ろして地面に広げられた食料を一瞥し、さすがにいくつかはつままないと食育係の叱責が飛んできそうだと被り物を取ったクオンが手を伸ばそうとすれば、ふいに横から串焼き肉が割り込んできた。


「ありがとうございます」


 隣で瓦礫に腰かけ、差し出された串焼き肉と同じものを頬張るゾロに礼を言って受け取る。買ったときは火傷するほど熱かったのだろうが、少し時間が経って冷めたそれはそのままかぶりつくことができた。今更ゾロの前で上品に取り繕うこともないだろうと大きく口を開けて肉にかじりつき、じんわりとあたたかい肉を咀嚼して飲み込み、唇についた油を舐める。うん、スパイスが利いていておいしい。
 ハリーが欲しがったので串に刺さった肉の塊をひとつ渡し、目を光らせていた食育係もといサンジに「炭水化物もとれ!」と投げ渡された小さなパンを受け取ったクオンは言われた通りにやわらかな生地に歯を立てた。





† ナノハナ 5 †





 着替えを終えて戻ってきたビビとナミは踊り娘の衣装に身を包み、胸元を強調しなまめかしいくびれを晒していて抜群のスタイルを惜しみなくあらわにしている。装飾品の類は派手すぎず控えめで、本人達の魅力を邪魔せず引き立てていた。やはりコック殿はセンスがいい、と深く頷いたクオンはしかし、ちょっと露出が多すぎではと首を傾けた。これではいらぬ虫がついてしまう。だが似合っているのは事実で、「こういうの好きよ!私!」と上機嫌なナミに水を差したくはなかったため口を噤む。
 海賊だとバレないような衣装を頼んだビビが庶民のというより踊り娘の衣装だと苦笑して、麗しいレディ2人に目をハートマークにしたサンジが「踊り娘だって庶民さ~♡」と返し要は王女と海賊だとバレなきゃいいんだろ?と正論を言う。でも砂漠を歩くには、と言い募ろうとしたビビに大丈夫疲れたらおれが抱っこしてあげるとでれでれと鼻の下を伸ばしたサンジに返され、本当に2人背負って砂漠を越えそうですねとクオンに思わせた。


「姫様も航海士殿も、大変お似合いですよ」

「本当?可愛い?」

「ええ、あまりひとの目に晒したくはないほどに愛らしく思います」

「私一生この服で生きるわ」

「おや。私は姫様の色々な格好を見てみたいと思っているのですが」

「じゃあ今度お揃いコーデしましょう!!!ねっ!!ねっ!!!

「圧が強いなァ」


 クオンの褒め言葉に頬を染めつつ降ってきたチャンスは決して逃さず詰め寄ってくるビビに笑って頷く。パァと顔を輝かせて嬉しそうに満面の笑みを浮かべるビビにクオンもまた笑みを深めた。美しい秀麗な顔が甘くとろけるのを直視したビビが胸を押さえ、クオンの首に腕を回して抱きつきながらしゅき…と呟く。うんうん私も好きですよと言いながらビビの背を撫でるクオンと返された好意に身悶えつつ思い切りクオンの匂いを嗅ぐビビといういつもの主従の様子に、もはや誰もツッコミを入れないし気にしない。


「ねぇクオン、私も可愛い?それとも綺麗?」

「航海士殿は愛らしくもありますが、どちらかといえば綺麗ですね。世の男共が放っておかないでしょう。もう少し年齢を重ねれば、成熟した美しさが際立つかと」

「ありがとう」


 鈍色の瞳を細め、やわらかな笑みを浮かべて素直な称賛を口にするクオンにナミは頬を染めて嬉しそうに笑った。少し前のクオンだったら問いに頷きはしてもここまで言葉を重ねなかっただろうなと思えば、ビビと同等とまではいかないがやはりそれなりに心を寄せられていることが分かって気分が上向く。ナミは上機嫌に笑ってクオンの頭を撫でた。
 きょとんと鈍色の瞳が瞬き、次いで心地よさそうに細められる。雪色の髪はするすると指の間を通り触り心地が大変に良く、端的に言って最高だった。あのクオンに頭を撫でることを容易く許されている事実にぐぅと喉が詰まりそうになる。

 ナミに撫でられビビに抱きつかれと、美女2人に囲まれて羨ましそうに妬みに燃える目で睨みつけてくるサンジを見ないふりでやり過ごすクオンはナミの手が離れてからビビを抱え直して膝に乗せた。能力を使い食べ物を引き寄せてビビに渡す。嬉しそうに受け取って口にするビビのつむじに顎を乗せれば、横から軽く投げられたフルーツを見ずに受け取った。デザートまできっちり食べろということらしい。
 食育係はコック殿だけだったはずでは、と思いながらも何も言わずにクオンはビビから顎を離してゾロに投げ渡された果実にかじりついた。やわらかな果肉は甘いがさっぱりとしていて、水分量もそれなりに多い。貴重な水はできるだけ消費したくないためありがたかった。


「…しかし美女2人に比べておめぇらときたら…海賊をカモフラージュしても、精々盗賊だぞそりゃ!」

「てめぇとどう違うんだよ」


 ビビとナミから視線を外してゾロやウソップを見たサンジがおどけたように鼻を鳴らして笑う。まぁ確かに、ウソップやチョッパーはともかく、ゾロは庶民にしては眼光が鋭すぎる。サンジも女にゆるみきった顔は別として、静かに佇めば纏う雰囲気は堅気のものとは思えないだろう。ゾロと並べば尚更だ。どっちもどっちですねぇと内心で呟いたクオンもまた、愛嬌があるようで間の抜けた被り物と隙のない身のこなしで異様に映るのだが本人にその自覚はあまりなかった。


「ん?チョッパー、お前何やってんだ?」


 ふいにウソップが訝しそうに言い、全員の視線が鼻を押さえて仰向けに倒れるチョッパーに集まる。腹が減っているだろうに食事どころではない様子で、鼻を押さえたまま苦しそうにチョッパーが「鼻が曲がりそうだ」と呻いた。
 鼻が曲がりそうだ、とはいったい。何か刺激物があったかと視線をめぐらせたクオンは、鼻孔を掠める香りにひとつ目を瞬いた。クオンの膝の上でそうかと心当たりがあるらしいビビが声を上げる。


「トニー君は鼻が利きすぎるのね。『ナノハナ』は香水で有名な町なのよ」

「香水?」


 鼻がツンとするのだろう、涙目で鼻を押さえたままチョッパーが訊き返す。
 人間にはあまり気にならない香りでも、トナカイであるチョッパーは過敏に受け取ってしまうらしい。そういえば、前に寄った酒屋でも漂う酒精に腰が引けていたことを思い出した。


「中には刺激の強いものがあるから…」

「これとか?」

「ウオオやめろ!!お前ぇ!!!」


 容赦なく香水をひと振りするナミに目を剥いてチョッパーが叫ぶ。クオンが苦笑し、ナミが振った香水にメロメロになったサンジが「フ~~~奈落の底までメロリンラブ♡」と倒れ込む。アホかてめぇ、と酒を口にしながらくだらなさそうにぼそりとツッコんだゾロの呟きを耳聡く聴き取ったサンジが「あァ!!?」とぐる眉を吊り上げて凄んだ。それをいつものことと流したクオンが「とにかく」と声を上げる。


「これでアラバスタの砂漠を越えるための物資は揃ったわけですが…姫様、これからどこへ向かいますか?」

「ええ…まず何よりも先に反乱軍を止めたいの!またいつ暴動を起こして無駄な血が流れるか分からない。そのために、リーダーのいる反乱軍の本拠地、『ユバ』というオアシスを目指すわ」


 クオンの膝に乗ったまま、ビビが表情を厳しくして言葉を紡ぐ。クオンは頭の中に地図を描いた。この町に寄ったのは物資の調達のためだ、早めにルフィを回収してから出航した方がいい。
 と、瞬間クオンの顔が跳ね上がった。今はまだ少し遠いが、ざわめきが徐々に近づいてくる。同時にいくつもの慌ただしい人の気配。穏やかだったクオンの表情が警戒に染まって背後を振り返るのと、ユバへ行くには、と言いかけたビビを遮るように「待て隠れろ!」と鋭く制したゾロがクオンの腕を引くのは同時だった。反射的にビビを抱え込むようにして抗わずにゾロの方に身を寄せる。崩れた建物の外壁越しに町を窺うゾロと同じようにクオンもまた視線を走らせた。
 ゾロの突然の行動に、何!?とナミが声を上げる。クオンは遠目にちらと見えた白い制服に軽く目を瞠った。なぜ、彼らがここに。ゾロも気づいたようで、訝しげに眉を寄せる。


「海軍だ。何でこの町に…!?」

「しかもこの騒ぎようはいったい…まさか海賊でも現れたような…」


 ゾロに続いてクオンが口にし、あ、と思う。そういえば先程海賊の船長が我先にと町へ繰り出したのだった。
 しかし、いやいやそんなまさか、とクオンは乾いた笑みを浮かべながら否定しようとして、騒ぎながら町を駆ける海軍の追う先を見て自分が立てたフラグが回収されたことを知った。

 追ってくる海軍から逃げているのは、麦わらの一味の船長、モンキー・D・ルフィ。その姿を目にしたクルー一同は同じことを思う。お前か───、と。確かに町の騒がしいところを捜せばいいとサンジは言ったが、騒ぎがこちらに向かってくることはまったくもって望んでいない。
 自分達の船長が追いかけ回されているのを見てずるりと脱力するクルーに同情したクオンだったが、


「よう!!ゾロ!!!」

「なにぃ───っ!!?」


 目敏くゾロに気づいたルフィの声が飛んで一瞬で思考を切り替えた。即ち、即時撤退である。ここで交戦するわけにはいかない。
 ルフィの視線の先を追った海軍がゾロ達に気づき、麦わらの一味がいたぞぉ!と声を上げる。ルフィは嬉々としてゾロの方へ駆け寄り、海軍を撒いてこいと怒鳴るゾロもなんのその、他の仲間が揃っていることに気づいて「お!みんないるなー!!」と嬉しそうだ。


「このまま船長殿を連れて逃げましょう」


 ビビから手を離して被り物を被り、マントのフードを深く被ったクオンに促された一同が慌てて荷物をまとめる。
 クオンはダッシュで近づいてくるルフィの背後に目をやった。海軍がここにいるということは、彼らを率いた者が必ずいるはずだ。この王下七武海が居座る国に構わず足を踏み入れる者、となれば最低でも大佐クラスと見ていい。
 肩に飛び乗りマントに身を潜めるハリーには視線を向けず、指をひらめかせて針を構えたクオンがルフィの背後に迫る海軍を見つめていれば、ふいにひとりの男が飛び出してきた。あれが彼らの長か。


「逃がすかっ!!!ホワイト・ブロー!!!」


 生身では縮まらない距離を白煙をたなびかせた拳が勢いよく飛んできて詰めようとする。成程能力者。
 クオンが針を放とうと腕を振るのと、ゾロが鯉口を切って飛び出そうとしたのは同時で、しかし次の瞬間、ルフィと海軍の拳の間に男の声と共に猛る炎が割って入った。


「陽炎!!!」


 ゴオン!!と炎と拳がぶつかり合って重い音が響く。思わぬ助けにえ!?とルフィが驚き、クオンとゾロも思わず動きを止めた。
 葉巻を咥えた海兵に立ちはだかるように苛烈な炎が渦巻き、ひとりの男の姿を形作る。彼もまた能力者だ。そして間違いなく自然ロギア系。しかし敵ではないだろう。


「お前は“煙”だろうが、おれは“火”だ。おれとお前の能力じゃ勝負はつかねぇよ」


 海兵を制するように左の手の平を向けて不敵に笑う男は、鮮やかなテンガロンハットが目立つ。こちらに向けられる背に何か彫られていることに気づいたが、背負われた荷物のせいでよく見えない。だが、一瞬見えたあれは確か。
 クオン達のもとへ辿り着いたルフィはその男を呆然と見つめ、庇ってくれた男に「誰なの…!?」とナミが当然の疑問を口にした。


「……、エース…!?」

「変わらねぇな、ルフィ」


 どこか呆然と、驚愕をにじませて男の名を呼んだルフィに、目だけで振り返った男が口の端を吊り上げてどこか嬉しそうに笑って応えた。知り合い、にしては親しみにあふれている様子に目を瞬き、クオンはルフィとエースと呼ばれた男を交互に見る。
 ルフィに顔を向け、しかし隙なく身構えたエースは能力者の海兵を相手に何でもないような口調で笑って言う。


「とにかく、これ・・じゃ話もできねぇ。後で追うからお前ら逃げろ。こいつらはおれが止めといてやる」


 軽やかな言葉は彼の自信の表れであり、それは彼の実力に裏打ちされたものだ。先程の炎を見れば頷くしかない。クオンはその言葉を疑わなかった。
 針を納め、まとめられた荷物を抱えて背を向ける。同時に「行けっ!!」とエースの声が飛び、「行くぞ!!」と迷うことなくルフィが応えてクルーを促した。当然あの男とルフィの関係が分からないクルーは困惑したままだが、一行は町の外、メリー号へと向かって真っ直ぐ駆け出すルフィについて走り出した。





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