「あ、そうだひじりさん。言っとくけど、俺の“ショー”はまだ終わってないから」

「え?」

「だって俺達、まだ遊園地ステージから降りてないだろ?」


 にこりと綺麗に笑った快斗が、指を鳴らした。





□ 針が重なる 3 □





 パチン、と音が響いた瞬間、突然何の兆候もなく一斉に園内の光全てが消えたことに目を瞬いた。
 快斗がゴンドラの外を向き、それにつられてひじりも外を見るのとほぼ同時、ある一点に光がぽつりと灯る。するとその周囲にもまた赤い点のような光がぽつぽつと次々に灯り、それらが闇を滑るように中央に集まって1輪のバラを象った。

 闇に咲いた1輪の赤いバラ。
 バラは赤から桃へ、桃から白へ、白から黄、黄から橙、そして紫、最後に青へと色を変え、ふわりと花弁が散るようにして消えた。


「赤は情熱、桃はあたたかい心、白は純粋、黄色は可憐、橙は信頼、紫は誇り、青は奇跡」


 それぞれ色による花言葉を紡ぐ声が聞こえて振り返ると、快斗もまた地上を見下ろしており、一旦唇を閉ざしてひじりに静かな笑みを向けた。
 ゆるりと伸びてきた指がひじりの耳に咲く四葉のクローバーを撫でる。


「でも─── やっぱりあなたに似合うのは、これかな」


 パチン


 笑みを深めると同時にもう一度指を鳴らすと同時、弾けるように眼下が緑と白に光った。はっとして地上を再び見下ろす。先程バラが咲いていた場所に、今度は四葉がその葉を広げていた。
 ひとつだけではない。大きな円を描くように無数の四葉が次々と芽吹き、更に今度は四葉よりひと回りは大きい白い花が円に沿うように咲き誇った。
 そうして光でできあがったしろつめ草の巨大な花冠に、ひじりは目を見開いて固まる。


「………」


 色鮮やかな花冠が地上できらきらと煌めいている。それはあまりに美しく、そして快斗の余すことなき全力の尽くしように眩暈がした。
 ひじりさんへの誕生日プレゼント、と言われても規模が大きすぎてどう受け取ればいいのか分からない。

 何とか固まる首を動かして快斗を振り返り、得意気な笑みを受けて肩の力が抜けた。
 軽く脱力しながらもう一度地上を見下ろす。数秒見つめてからようやくじんわりと喜びが滲んできて、大輪のバラの花束よりもずっと良いと笑みをこぼした。早速携帯電話で写真を撮りしっかりと保存してロックまでかける。ちゃんと上空からの写真も撮ってるからあとで渡すよ、と言われたから本当に抜け目ない。


「…ありがとう、快斗」

「どういたしまして、ひじりさん」


 自然と重ねられた手のぬくもりを感じながら、2人は無言で煌めく花冠を目に焼きつけるように見下ろす。
 やがてゴンドラが下がり花冠も見えなくなった頃、細く長い息を吐き出したひじりは快斗を見上げた。
 快斗への誕生日プレゼントをひじりも用意していたというのに、あんなものを贈られたあとでは何を渡しても霞んでしまう気がする。
 けれどどんなものでも快斗は喜ぶとひじりはもう知ってしまっているから、せめて最上級の笑顔が見れればいいと密やかな期待を抱いた。


「快斗」


 ひじりの呼びかけにすぐさま反応して快斗が振り返る。
 ゴンドラの扉が開かれるまであと3分。正確に残り時間を弾き出したひじりが快斗に向かって腕を伸ばす。伸ばされた腕は快斗の首に回ってぐいと引き寄せ、突然のことで驚きに見開かれた青い目を見つめながらキスをした。
 唇には触れるだけ。すぐさま離して頬、鼻、額と次々キスをしてやれば、さすがの快斗も頬を赤く染める。


「ああああのひじりさん…!」

「…かーわいい」


 もういちいちひじりの愛情表現にうろたえることは少なくなったけれど、それでも快斗はこうして時折可愛い顔を見せてくれる。
 ひじりだけが見ることのできる表情だ。3年前から何も変わらない。それがとても愛おしい。
 もう一度、最後に唇へとキスして耳元で囁いた。


「私だけの、可愛くて格好良くて世界一素敵な旦那様。素敵なプレゼントをくれたあなたに、私からもプレゼントを贈らせてほしい」


 ぴくりと背に回された快斗の指が跳ねる。青い目が熱を帯びてじっとひじりを見つめた。
 はてさて、この人は一体何の“プレゼント”を想像しているのやら。内心小さな笑みをこぼしたひじりがするりと腕を解いて体を離した。途端、快斗の残念そうな声が響く。


「あー…」

「もう地上に着くからね。大丈夫、もうプレゼントは快斗のポケットの中にあるから」


 ガチャン


 言い終わると同時にタイミング良くゴンドラの扉が開き、慌てて上着やズボンのポケットをあさる快斗を置いてさっさと降りる。最後まで黒子に徹したスタッフが恭しく礼をしてくれたので軽く頭を下げ返した。


ひじりさん、ちょ、待って!」


 少し歩いたところで駆け足で追いついてくる快斗の声に、3年前とかぶらせて小さく笑みを浮かべた。
 そう、あのときも快斗は慌ててひじりを追いかけてきた。当時の心境と今は全く違う気持ちだけれど、あのときと同じように足を止めて追いついた快斗を振り返る。
 快斗は慌てていてもやはりその意味は違い、ズボンの後ろポケットにいつの間にか入れられていたトランプケースを手にして、抑えきれない笑みを浮かべたまま口を開いた。


「これ、俺がずっと欲しいって思ってたやつ…!でもどこも品切れで、入荷待ちしてた…何で分かったんだ!?」

「3年以上傍にいれば、それくらい分かるよ」


 そう優しくさらりと返して更に快斗の笑顔を光り輝かせたが、実は各方面に手を回し情報を仕入れいくつか候補をリストアップした中で熟考しながら快斗の日常をくまなく観察した結果、色んなツテを駆使して何とか手に入れたものだとは言えない。
 快斗がひじりへのしろつめ草の花冠を用意するのに尽力したのは間違いなく、だがそれを決して表に出さないでいるように、ひじりもまた何てことない顔をして快斗を喜ばせる。


「サイッコー!流石は俺の奥さん!」


 両腕を広げてそう笑顔で叫んだ快斗が勢いよく抱きついてくる。
 それでも手加減は忘れなかったためひじりは倒れずに済み、ぎゅうっと強く抱き締める快斗の背中に腕を回して抱き締め返した。


ひじりさん!俺、今まで生きてた中で今日が最高の誕生日だ!!」


 抱き締める腕の力を僅かに緩めてひじりを見下ろす快斗の笑顔に、ひじりは「快斗は毎年そう言うね」と返す。
 快斗はひじりが好きな笑みを浮かべたまま、だって毎年本当なんだと続けた。


ひじりさんが俺と一緒にいて、俺を祝ってくれる。一緒にこの日を迎えられる。また、この先も一緒にいてくれる。それだけで飛び上がるほど嬉しい。だからありがとう、ひじりさん」

「……それは、私の台詞なんだけどなぁ」


 一緒にいてくれて、今日という日を一緒に迎えさせてくれて。
 また来年も、と暗黙の約束を交わせることがひじりにとってどれだけ嬉しいことか、きっと彼は知らない。
 知らなくてもいい。だが抜け目ない快斗のことだ、知っているのかもしれなかった。
 それでもただ、君が生まれたこの日に、今日まで生きてくれていたことを、

 ─── そしてこれからも共に歩けること全てに、感謝を。


「Happy birthday、快斗。産まれてきてくれてありがとう」



Fin.


※次はおまけです




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