おまけ
「私と妻との思い出の場所、ですか?そうですね…色々ありますが、やはりトロピカルランドの観覧車でしょうか。
まだ高校生だった私の誕生日に彼女がデートに誘ってくれて、何とそこで逆プロポーズされてしまったんです!そのことについては、私が高校生だったこともあって賛否両論かもしれませんが、私はこれ以上ないくらい嬉しかったですよ。同時に、同じくらい驚きましたが…。
それからは毎年トロピカルランドでデートしているんです。園内をゆっくりと回って、最後に観覧車に乗って…。
あっ、私と妻とのデート現場を見かけても、できるだけそっとしておいてくれるとありがたいです。最愛の人とのデートは、やはり2人だけで楽しみたいですし。どうかそれを、私への誕生日プレゼントとしてください」
□ 針が重なる おまけ □
「よぉ快斗ハピバ
一発殴らせろ」
「祝いに来たのか殴りに来たのかどっちだ」
スパーン!!!
「殴んのかよ!」
丸めた雑誌でしたたかに頭をぶん殴られ、怒鳴って突っ込むも新一はやや不機嫌そうにフンと鼻を鳴らしただけだった。
事前に電話で訪問を知らされていたが─── と言ってもそれは僅か30分前の話だ。急な訪問にも関わらず出迎えてやったのにこの仕打ち。思わず半眼になった快斗だが、新一が不機嫌な理由は分かっている。彼が右手に持つ雑誌だ。
「読んだのか、それ」
「…蘭が見せてきたからな」
だが、そのお陰で新一は雑誌のインタビューに答える快斗を目にしたわけだ。そして飛んできたと。
もしかしたら左手に持った誕生日プレゼントらしき紙袋は、殴りに来た口実なのかもしれない。そしておそらく間違っていないと快斗は今までの経験から察した。
敵視まではいかずとも、大好きな姉貴分をついに嫁に取られて全く面白くない新一は雑誌を読んでさぞ腹が立ったことだろう。
認めていないわけではない。快斗以外にはいねぇだろ、と言われたこともある。けどそれとこれとは別だとも。
相変わらずのシスコンめ、と悪態をつくとうっせぇ嫁バカとすぐさま返され、お互い自覚しているため否定はしない。
「…ま、上がれよ。
ひじりさんは寝てっけどな」
「………」
玄関での立ち話を切り上げて中へ誘えば、新一がじとりと睨んでくる。しかしそれを慣れた様子でスルーして、快斗はすたすたとリビングへ向かった。ため息をつき、靴を脱いで上がった新一が後を追う。
既にリビングに併設されたキッチンでお茶の準備に取り掛かっていた快斗は、新一が勝手知ったる様子でソファに腰掛けようとしたがふと動きを止めたことに気づいて新一の視線を辿り、ああと軽く納得して止めていた手を動かす。
「……すっげー量だなオイ」
リビングの隅には、半ば呆れたように言われた通りプレゼントの山ができている。それらは快斗のファンからのものが殆どで、数日前から続々と届けられている。もちろん間には検閲を挟んでいて、特に誕生日当日である今日は大忙しだろう。
「これでも『若き天才マジシャン』ですから?」
「あー、ついでに『かの怪盗キッドも超えるか!?』って話題だったな」
ちらりと目線だけで振り返る新一に、快斗は涼しい微笑を刷いたまま。
新一が快斗からプレゼントの山へと視線を戻し、今度はその隣で控えめな山をつくるプレゼントの数々に気づく。
そちらは検閲を挟んでいない。直接この家へ送られてきたプレゼントで、つまり身内や特に親しい者からのものだ。
「盗一さんに千影さん…寺井さんは当然として、中森親子に博士、灰原、園子達鈴木家、片桐…楓さんと祐司さん?それに探からも来てんじゃねーか。…ん?うわっ、赤井さん達からまで来てやがる!」
「毎年来るぜ?でもあの人達、まだ俺をFBIに入れること諦めてねーんだよな…」
高校卒業を機にFBIへ入る気はないか、と打診され今も尚勧誘が続いている快斗は思わず遠い目になる。
国籍を移す気も入る気も皆無で俺はマジシャンになるの!と毎度断っているが、それを抜きにしても未だに交友はあるため、機がある毎に祝ってくれることはありがたい。
表向きプロマジシャンの1人であるただの一般人が、FBIとそれなりに深い交友を持ってしかも勧誘されている事実に新一が軽く頬を引き攣らせ、見なかったことにするかのように自分と蘭からのプレゼントで壁にして差出人を隠した。
「そういや、平次からは来てねーんだな」
他にも錚々たるメンバーの差出人をざっと眺めた新一がふと友人の名を挙げて振り返り、ちょうどコーヒーが入ったカップをテーブルに置いた快斗は苦笑して問いを口にした。
「……直接来る可能性はどれくらいだと思う?」
「………俺のときに来たし」
「来るだろーよ、夕方にでも」
「祝いに来たで!!!」とわざわざ大阪から新一の誕生日に和葉と共に駆け付けたことを思い出し、2人は顔を見合わせて頷き合う。
大阪で有名、更にそれなりに引っ張りだこな探偵なくせに、暇なのだろうか。ふとそう思ってしまった2人である。
快斗がソファに腰を下ろしてコーヒーを飲み、向かいに座った新一も礼を言って口をつける。数秒ほど双方共に無言だったが、ふいにそういえばと新一が口を開いた。
「ネットはもう大騒ぎだぜ?トロピカルランドに今いるんじゃねーかって大量のファンは駆け付けて、カップルの間じゃ観覧車で逆プロポーズすると絶対に成功するだとか、観覧車のてっぺんでキスすればずっと一緒にいられるだとかありきたりなものまで、たった数時間でよ」
「そりゃあ、トロピカルランド側には申し訳なかったかな?」
「よく言うぜ、どうせ全部計算だろーが。こうやって宣伝するから貸切にでもさせてくれとか何とか言ったんだろ?」
昨日の夜、閉園していたはずのトロピカルランドがやけに明るかったぜ。そう続けられ、快斗はただひと言、名探偵の推理通りさと不敵さを滲ませて笑う。
自分の影響力はよく分かっている。新一が語ったのはたった一片にしかすぎないことも。
「プロポーズは盛大に、な」
「…オメーらしい」
気が抜けたように笑みをこぼした新一は、しかしすぐにこのあと襲来するであろう平次を思い浮かべて額に手を当てる。
飲めや騒げや歌えやの大騒ぎになることは確実だ。それを考えれば確かに頭が痛くなるが、それよりも今は、そろそろ寝室でひとり目を覚まして降りてくるだろう妻に何の紅茶を淹れてやろうかを快斗は考えた。
Fin.
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