トロピカルランドのほぼ中央には背の高い時計が立っていて、それは音もなく針を揺らし時間の経過を教える。
 ひと刻みごとに1人の子供が大人へと近づくことを知らせるけれど、所詮はただの時計。ただ静かに、誰の意図も知らず機械的に時間を刻むだけだ。

 短針はひと足先に天を仰ぎ、長針がそれを追う。
 それを見た誰かはきっと、まるであの2人のようだとたとえるのかもしれなかった。





□ 針が重なる 2 □





 2人は手を繋ぎながら園内を回った。
 まずは定番、メリーゴーランド。ゆっくりと軽快な音楽と共にカラフルな馬や馬車が回って目をも楽しませるそれへと手を引かれ、帽子を深くかぶって黒子に徹するスタッフに内心で遅くまでお疲れ様ですと軽く労わったひじりは、台に乗ると同時に快斗に抱き上げられ、背の低い馬へ横向きに座らされた。
 そして後ろに快斗が乗る。落ちないようひじりの腹側に腕が回されて密着し、思い出をなぞるように振り返れば優しく微笑まれて、記憶の中の快斗と比べ随分と大人びたその顔に目を細めた。
 気の抜けるような音と共に、馬達はゆっくりと回り出す。2人はその間ただ無言のまま楽しんだ。


「快斗、好きだよ」

「……ええ、オレもひじりさんが好きです」


 やがてゆるやかな回転を止めた馬から手を取って降ろしてもらい、足をつけると同時に紡いだ唐突な告白に、しかし快斗は軽く目を見開いて驚きはしたが、すぐに嬉しそうに甘やかな笑みを深めて想いを返してくれた。
 もうそうそう簡単には頬を赤く染めてはくれないけれど、代わりにひじりが好きな、溢れんばかりの想いが詰まった笑顔を返してくれる。ひじりもまた、3年前と比べて随分とはっきり判るようになった笑みを浮かべて繋いだ手の指を絡めた。

 そのまま2人は歩調を合わせて歩き出し、次のアトラクションへと向かう。
 夜遅いこともあってジェットコースターなど乗れないものもあったが、2人で園内を回ることが重要だったため構うことはなく、遊べるものを2人で楽しんだ。


「それにしても、このイルミネーションはすごいね」

「観覧車から見るともっとすごいですよ」


 ゆっくりと広い園内を歩きながら夜の闇に浮かび上がるイルミネーションを見渡してふと呟くと笑み混じりの言葉が返ってきて、一体いつから計画していたんだかとため息をつきたくなる。事前に交渉して、演出などを取り決めて、もちろん下見もして。それに今までひじりが一切気づかなかったのだから恐れ入る。
 常々快斗はひじりに勝てないなどと言うが、快斗の方がひじりより何枚も上手だと思っている。
 だが悔しいとは思わない。特に“ショー”にかけては、ひじりが快斗に敵うはずがないのだ。


「…さて。では眠り姫、ショーのフィナーレといきましょう」


 気づけば既に時刻は深夜─── 時計を見れば日付が変わる約20分前で、姿勢を改めた快斗に手を引かれ、園内で大輪の光の花を咲かせる観覧車へと歩き出した。
 観覧車がゆっくりと回っている。乗って降りれば、何か変わるだろうか。何も変わらずとも、見届けなければ。快斗の最後で最初の“ショー”の、幕が下りるまで。


「どうぞ」

「ありがとう」


 他の者と同じように帽子を深くかぶったスタッフがゴンドラの扉を開けて2人を待ち、快斗に促されたひじりが礼を言って乗り込む。
 快斗も続いてひじりの向かいの席に座ると、2人が乗り込んだことを確認して扉を閉めたスタッフは、無言のまま静かな笑みを浮かべて窓越しにゆっくりと頭を下げた。2人も礼を返す。


「ほらひじりさん、下見てください」

「……わ、本当だすごい」


 ゆっくりと上昇していくゴンドラから眺めた園内は、先程快斗が言った通り感嘆に値するものだった。やわらかな光の海が様々な色で彩られ、溶けるように明滅を繰り返すさまはまるで光が踊っているよう。
 2人は暫し無言で地上を眺め、ゴンドラが頂点に近づいたとき、ふと快斗がひじりを呼んだ。


ひじりさん」

「ん?」

「好きです。大好きです。愛してます、心から」


 万感の想いを3種類の言葉にこめて紡ぎ、ついと目を細めた快斗はひじりが言葉を返して応えるよりも早く、彼女の左手を取って再び口を開いた。


「ずっと待ってた。恋人になっても、一緒に住んでも、籍を入れても、それでもあなたとオレの間にある絶対的な壁がなくなるのを」


 ゆらり、ゴンドラが揺れる。
 真っ直ぐに空を思わす青い目で見つめてくる快斗を見返すひじりは、何も言わずに言葉が終わるのを待った。
 些細なものだ、年齢なんて。大多数の人間は快斗ほど深くは考えない。節目たる20歳を迎えたことを盛大に祝いはしても、早く早くと1日も早くその日がくるのを待つ者は少ない。
 けれど快斗は待った。この日を終え、ひとつ年齢を重ねる瞬間を。


「今度はオレが─── 俺から、あなたに誓うために」


 3年前。20歳となったひじりからのプロポーズ。
 もう籍は入れてしまっているけれど、当時のひじりと同じ年齢になった快斗から、もう一度。

 左手の薬指を飾るのは結婚指輪。四葉型に加工された小さな翡翠が埋めこまれたシンプルなそれは、快斗が贈ったもの。それに唇を落とした快斗が敬語をやめた言葉で、かつての誓いを繰り返す。


「俺と一緒の墓に入って、ひじりさん。生も死も、その先も共に」

「…もちろん、喜んで」


 かちり。誓いを交わしたその瞬間、2人の左腕にはまる揃いの時計の針が同時に頂点を指した。それと同じくして、ゴンドラが頂上へ到達する。


「誕生日おめでとう、快斗」

「ありがとう。ひじりさんも、誕生日おめでとう」

「ありがとう」


 2人は手を取り合ったまま互いに祝福し合い、どちらからともなく唇を重ねた。最初は触れるだけ、二度目は深く、三度目は貪り合うように。
 下降を始めたゴンドラの中に淫らな水音を響かせ、唇を離して2人の間を伝う銀糸を舐め取った快斗が笑う。


ひじりさんが好きだ。大好き。愛してる」

「私も好きだよ。大好きだし、愛してる」


 先程は言えなかった告白を返すひじりに、快斗は嬉しそうに満面の笑みを広げた。
 たった今“大人”になったというのにその子供のような笑顔に、ひじりは愛おしそうに目を細めて微笑み返す。

 “ショー”を終えて、何か変わっただろうか。根本的には何も変わっていない。
 快斗が一歩大きく踏み出し、敬語は取れ、更に愛しさを増しただけ。
 あとはひじりが用意した誕生日プレゼントを渡して、家に帰って、そして長い夜を迎えるとしよう。



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