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 ひらり、くるり、赤が舞う。
 ひらり、くるり、橙が舞う。
 ひらり、くるり、舞い落ちるそれを地面に着く前に手に取り、目を細めて微笑む快斗に紅葉を手渡された。


「あなたとこうして紅葉が見れるだなんて、思ってもなかった」

「…うん、私も。ありがとう快斗」


 あのとき振り払った白は色を変えて隣にいる。あのとき手の中に残った紅葉を握り潰した指は優しく受け取った紅葉を抱きしめるように持ち、ひじりは手の中のそれを愛おしげに見下ろした。






□ 園子の赤いハンカチ 2 □






 紅葉狩りに行きましょうと突然園子に誘われ、快斗も誘っていいかと訊いてもちろんと頷かれたひじりが快斗から二つ返事でOKをもらい、蘭もまた園子にいきなり誘われたようだが特に用もないからと了承すれば当然のようにコナンもついて来て、5人は紅葉狩りを行う山の麓にある駅で待ち合わせた。
 ひじりと快斗はバイクで行くと言えば蘭やコナンと一緒にウチの車に乗せますよと園子に言われたが、快斗がバイクで相乗りしたがっていることを理由に断った。快斗は口にしないが、ひじりと相乗りをすれば自然と密着できて嬉しいらしいことが見ていれば分かる。

 そういうわけでバイクを駅前の駐車場に停め、コナン達と合流して園子に先導されるまま目的の山に入ったひじりと快斗は、絨毯のように地面に降り積もる紅葉を踏みしめて山を鮮やかに彩る落葉樹の合間を縫って歩き、今も時折枝から離れて地に落ちる紅葉のひとつを快斗が手に取ったことで足を止め、冒頭に至る。

 もらった紅葉をハンカチに包んで大切に上着の胸ポケットに仕舞い、きょろりと辺りを見渡したひじりがまたひとつ枝から離れた紅葉に指を伸ばす。ひらりくるりと宙を滑るそれを掴み、自分がもらったものよりほのかに色が薄い紅葉を快斗に差し出した。


「受け取ってくれる?快斗」

「もちろん。ありがとうございます」


 嬉しそうに笑みを深めた快斗が受け取って同じようにハンカチに包んでポケットに仕舞う。帰ったらラミネート加工して栞にしようと決め、ひじりは紅葉が納まる胸ポケットを撫でた。
 どちらからともなく手を伸ばして指を絡める。と、ふいに強い風が吹いて「あーっ!」と園子の声が上がり、視界の端を赤が通り過ぎた。


「わたしのハンカチ!」

「あっちに飛んで行ったね」

「木に引っ掛かってなきゃいいけど」


 ハンカチを追って走り出した園子に続き繋いでいた手を離して駆け出し、ひじりがハンカチの着地点を目算して快斗が紅葉する木を見上げる。コナンと蘭も慌てて後を追ってきた。
 ハンカチは既に木々に紛れ、しかも赤いハンカチであるため色づく葉が保護色となり一見ではどこにあるのかが判らない。ちょうどハンカチが見えなくなった木の近くで園子が足を止めて上を見上げるが、どうやら見つからないようで「ちょっとどこよ~」と焦る声を上げた。
 ひじりも園子と同じように木を見上げ、無意識に木の上へ登るためにどこに足をかけるべきかを考えていれば、ふいに隣に並んでいた快斗が半歩前に出た。


ひじりさんはここにいてくださいね。園子ちゃんも、危ないからちょっと離れてて」

「ん、ありがとう」

「黒羽君、お願い!」


 快斗に制されて動きを止めたひじりと木に向かう快斗を見て、ハンカチを探してくれるのだと察した園子が顔の前で両手を合わせて頭を下げる。それにひとつ頷いて応え、ちょうど腰の辺りにある幹が分かれた場所に足をかけて体を跳ね上げ、あとは勢いのまま枝のしなりを利用してするすると木の上に登る快斗を見て、蘭と共に追いついたコナンがまるで猿だな…と感心したように呟いた。


「どう?黒羽君、あった?」


 上部でまた分かれている幹の根元に足をかけ、枝を折らないよう気をつけてハンカチを探す快斗に蘭が声をかける。次いで園子が赤いのよと繋いだ。だが快斗は紅葉の合間を見つめながら眉をひそめて「どこにも見当たんねーな」と返し、はてとひじりが首を傾げる。あのハンカチは確かにこの辺りに飛んできたと思ったのだが、見間違えただろうか。


「ん?」

「どうしたの快斗」

「いや、赤いハンカチ、あるにはあったんですけど…」


 ある一点を見つめたまま歯切れ悪く呟く快斗にひじりは首を傾けた。いったい何を見ているのかと快斗の視線の先へ回り込んで見上げると、そこには1枚の赤いハンカチがあった。ただし、枝に結ばれた状態で。
 さすがに風で飛ばされてきたハンカチが勝手に枝に結ばれるわけがなく、赤いハンカチを見つけはしたが園子のものではないことが明らかだったため言葉を濁らせたようだ。いつの間にか後ろについて来ていたコナンも上を見上げてこりゃ違ぇな、とこぼし同意して頷く。木の上で快斗が下にいる園子を振り返った。


「園子ちゃんのハンカチじゃねーな」

「ええーっ、じゃあわたしのハンカチはどこにいったのよー!」

「ね、ねぇ…もしかして今園子が踏んでるのって…」

「え?あ、あったー!!」


 ふいに地面を見下ろして気づいた蘭の指摘に従い足下を見た園子が歓声を上げ、やれやれと快斗とコナンが揃って苦笑する。ひじりは見つかってよかったとひとつ頷き、木の上から体重を感じさせない動きで降りて来た快斗の髪についてきた紅葉を手に取った。
 それに、まるであの夜のときとは逆だとふと思い、指につままれた紅葉に口付けをするふりをしてそれを快斗の唇に軽く寄せ、指を離す。風に吹かれて飛んでいった紅葉はすぐに見えなくなって、何となく紅葉に触れていた指を眺めていればその手を快斗に取られてすぐに指が絡む。顔を上げれば微笑む深く優しい色をした青が視界に入って、ひじりの胸の内に愛おしさがあふれた。


「おい、オレがいること忘れてんだろそこのバカップル」

「「ごめんなさい」」

「素直すぎて責める気にもなれねぇ」


 半眼で睨み上げるコナンに誤魔化すことなく即座に返し、お互いしか見えてなかった2人のあまりの素直さにため息をつかれたひじりは機嫌を取るようにコナンの頭を撫でた。あからさまな子供扱いだがコナンは仏頂面のまま特に抵抗せずやわらかな手を受け入れ、少し羨ましそうに見下ろす快斗にふふんと勝ち誇ったように唇を吊り上げて蘭のもとへと踵を返した。
 あのガキ…と面白くなさそうに内心唸ったことを快斗の横顔を見て察し、ハンカチについた土を払う園子とハンカチがまた飛ばないように見守る蘭、そんな蘭を見上げるコナンと、誰もこちらを見ていないことを確認したひじりは絡めた指を引いてこちらに体を傾けさせた快斗の頬にキスをした。


「~~~!」


 瞬間、声にならない声を上げて紅葉より真っ赤に耳まで染め上げた快斗が片手で顔を覆う。指の隙間から涙目で睨まれても可愛いだけでまったく怖くなく、甘く目を細めたひじりは快斗の手を引いてコナン達のもとへと促した。

 地に落ちた紅葉の絨毯へと一歩足を踏み出す。そのとき、ふいに強い風が吹いた。ぶわりと紅葉が舞い上がり、枝から離れて地上へ降り注いで、思わず目を閉じたひじりの頬にあたたかな手が触れ顔の向きが変えられる。
 唇にやわらかいものが触れた。反射的に瞼を開けば、至近距離には青に熱を宿した快斗の顔。す、と音もなく離れた快斗にキスされたことを知る。


ひじりお姉様、黒羽くーん!行くわよー!」

「ああ、今行く!」


 風が落ち着き、先へ行く園子の声に頬にほんのりと赤を残した快斗が返事をする。指を絡めた手を引かれてひじりは足を動かした。
 紅葉の御簾の向こうで密やかに行われた睦み合いには気づかなかった3人にいつもの無表情を向けられるか、このときばかりは自信がなかったひじりは、初めて自分の表情筋に仕事を放棄するよう祈った。





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