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 コナン達のもとへと寄り、ひじりの表情筋は願い通り仕事を放棄してくれたようで何もツッコまれることはなく、園子を先頭に最後尾を快斗と並んで歩く。
 赤いハンカチを手に上機嫌で目的地へ向かって進む園子を見て、特に理由も告げられず突然紅葉狩りに誘われた蘭がそろそろ理由を教えてくれないかと問うた。


「あら、このハンカチを見ても分からない?」


 蘭の問いに園子がハンカチをひらめかせる。それに蘭は眉を下げて分からないと返し、目的地の山を聞いた時点で察していたひじりは黙って園子の答えを待った。






□ 園子の赤いハンカチ 3 □






 まったく分からない様子の蘭に、じゃあタイトルぐらいは知ってるよね?と言って園子が「冬の紅葉」とドラマのタイトルを口にすれば、すぐに思い当たったようで蘭がぱっと笑みを広げる。


「あーっ!それって去年流行ったっていう、超ラブラブのテレビの連ドラね!」


 蘭の伝聞系な物言いに内心首を傾げたひじりと同じように疑問に思ったらしい園子が観てなかったの?と訊く。恋愛系の物語は例に漏れず蘭も好きなはずで、あんたもこういうの好きでしょ?と続けた園子に蘭は頷き、しかし苦笑して、父である小五郎が沖野ヨーコの裏番組を録画しながら観ていたため実際に観たことはないと言う。さすがに一家の大黒柱相手にチャンネル争いをしてまで観ようとは思わなかったらしい。


「それで?そのドラマは赤いハンカチとどーいう関係があるの?」

「まぁ、ガキンチョには言ったって分からないと思うけど、教えてやるか!」


 コナンの疑問に園子が応え、「冬の紅葉」のストーリーを話し出す。ひじりは園子から借りていたDVDで内容を全て知っているため聞き流し、園子が赤いハンカチをどこでどうしたいのかも分かっているため目的地へ向かう足も淀みなく進める。

 相思相愛になるも謀略により離れ離れになった男女が初空─── 元日の朝、紅葉の思い出深い山にて白い雪景色の中で枯れた木の枝に結わえつけられた赤いハンカチの下で再会し駆け落ちする。そういうラストだ。
 そして将校を自身の恋人である京極と重ね、自分をヒロインと見立てた園子がそのドラマのロケ地だった山に赤いハンカチを結わえつけて京極と会えるよう願掛けをしようと思い立った。成程ねぇ、と隣で園子の話を聞いていた快斗が納得して頷く。


「でも、そんなの勝手につけたら怒られない?」

「大丈夫よ!1枚くらいつけたって分からないって!」


 心配げな蘭に園子が快活に笑う。確かにこれだけの木々の中、特に紅葉狩りシーズンの今は1枚だけ赤いハンカチが結わえつけられたところで大して目立ちはしないだろうが─── 端的に言えば考えることは皆同じ、だ。
 ひじりは進行方向にある大きな岩とその傍にある木を視界に入れ、園子に向かってそれはどうかなぁと内心呟くと同時、コナンも「分かると思うよ」と半眼で上を見上げる。コナンの言葉にえ?と目を瞬かせた園子が目的の木に気づいてぎょっとした声を上げた。


「ちょ、ちょっと何なのよ!?赤いハンカチだらけじゃない!?」

「すっげーなこりゃ」

「いったい何枚あるのやら」


 びっしりと木を覆いつくすように結わえつけられたハンカチの大きさはどれもほぼ同じだが、結わえられた時期が違うのかいくつか劣化しているものを見ながら、快斗の呟きにひじりが続いて木の傍にある岩へと視線を移す。
 「冬の紅葉」において将校はラストシーンで大きな岩を背にしていた。つまり、ここがドラマの中で実際に赤いハンカチが結わえられて再会した場所だろう。園子が恋人との再会を願って赤いハンカチを結わえに来たように、同じことを考える者は大勢いたということだ。それが流行りのドラマであるなら尚のこと。


ひじりお姉様、どうしよう!わたし真さんにあのメール送っちゃった!」


 若干顔を青くして振り返る園子に蘭がどんなメール?と訊き、例の謎めいたメールの内容を教えてもらってやや呆れをにじませて好きだねぇと返す。だがこれだけ赤いハンカチが結わえつけられているのだ、この辺で待っていれば会えるわよとフォローする蘭に、わたしのハンカチの下に来てくれなきゃ意味ないのと園子が反論した。


「そういや、さっきオレが登った木にも赤いハンカチがあったな」

「えっ!?うそ、あそこってここからかなり離れてたじゃない!?もしもこの山中の紅葉の枝につけられてるとしたら…、真さんどこで待ってればいいのよ!?」


 快斗の言葉に園子が頭を抱える。確かに、ドラマのシーンはここで間違いなくハンカチも大半がここに結わえられているだろうが、敢えて他の木に結わう者がいないとも言い切れない。実際に1ヶ所赤いハンカチが結ばれていたこともあり、他の木にも赤いハンカチがないとは限らないのだ。
 まぁ「冬の紅葉」の意味さえ分かれば、こうして目印になり得る大きな岩もあるのだから位置を特定するのは難しくないだろう。そこが一番の問題ではあるけれど。


「よーし、こーなったら…蘭!ひじりお姉様と黒羽君、手伝って!」

「え?」

「ん?」

「はい?」

「この山のすべての赤いハンカチを取り除くのよ!!」

「え~~~っ!?」

「ンな無茶な」

「あ、園子パンツ見えるからちょっと待とうか」

「ツッコむところはそこじゃねーだろ」


 唐突な無茶ぶりに驚く蘭と冷静な快斗、早速自分のハンカチを咥えて木に登る園子に駆け寄るひじりに、相変わらずズレてやがると呆れるコナンと、混迷を極めそうになったところでふいに背後から声がかかった。


「ゴメンゴメン、僕のせいでこんなことになっちゃって」


 言いながら頭に手を当てるのは、薄い青のニット帽を被った男だった。歳の頃は30代くらいか。柔和な笑みを浮かべており、顎髭が印象に残る。人の気配は感じていたので驚かず、スカートを押さえるように園子の腰に手を回していたひじりは首だけで振り返った。ハンカチを咥えていた園子も、突然見知らぬ男に声をかけられて動きを止めたまま目を瞬く。


「あれ?紅葉狩りを台無しにするそのハンカチを取り除いていたんだろ?」


 どうやら彼が目にしたのは園子が木に登り始めたときからのようで、勘違いしてくれているならそれでいいかと、しれっと頷いたひじりはひょいと園子を抱え上げた。突然の浮遊感にひょわぁ!?と素っ頓狂な声を上げて口から離れたハンカチを片手で受け止め、危なげなく園子を地面に下ろして素早く後ろ手に回した園子の手の中にハンカチを押し込む。ひじりが園子を抱え上げたときには快斗が「僕のせい、とは?」と横から男に声をかけて注意を逸らしており、いっそ感心するしかない完璧な無言の連携と一連の早業を見ていたのはコナンだけだった。


「もしかして『冬の紅葉』の原作者さん?」

「あ、いや僕はただのドラマのスタッフ、ADなんだ」


 気を取り直して目を輝かせる園子に、両手を顔の前で振って男が否定する。期待に沿えなくてごめんよと律儀に謝る男が原作者ではないのなら、つまりこの場所をロケ地に選ばれたことの一端を彼が担っているということか。
 思った通り、脚本家に紅葉がきれいな山はないかと訊かれ、男は自分の田舎であり小さい頃よく遊んだこの山を紹介したらしい。ロケハン中に紅葉の木の枝に赤いハンカチが結わえつけられているのを男が見つけ、これは使えると脚本家が話を書き換えたと。成程、ということは原作は少々展開が異なっているのかもしれない。帰ったら買ってみようとひじりは決めた。


「そうしたら大ブームになっちゃって、勝手にキャンプする人や枝に赤いハンカチをつける人とかがたくさん来て…この山の持ち主に怒られちゃったよ!『ワシの山をハンカチだらけにする気か!』ってね」


 軽く笑う男の言葉に「枝に赤いハンカチをつける」ために来た園子の頬が引き攣る。ハハ…とコナンが乾いた笑いをこぼしたが幸い誰の耳にも入ることはなく、男も怒られたと口にしながらも朗らかに笑っていて、然程問題にはならなかったようだ。
 というのも、どうやらドラマの影響でこの山を目的に客が増え、商店街や旅館が盛り上がったらしい。この辺りは紅葉以外の目玉がなく、シーズン以外はほとんど人が来なかったという。成程、山の持ち主は個人的に憤りは感じたものの結果地元は賑わい、個人のお小言を食らっただけで済んだというわけか。
 だがこの山を紹介したのは男であるため、テレビ局や町役場に来る問い合わせはすべて自分に回されており大変とのこと。ドラマのロケ地の所在、またそこへの案内依頼等が絶えないようだ。


「今日も、お金を払うから『冬の紅葉』の元となった、ハンカチがついていた木がすぐに知りたいっていうファンのために朝から探し回っててもうクタクタで…」


 ひじり達が口を挟むことなく聞いていれば男はぺらぺらと饒舌に話し、随分と口の軽い人だなと思いながらも今の時間まで探し回る羽目になった点は同情する。昼はとっくに過ぎていて、もう少しすれば陽が傾き始める時刻だ。


「あ、そうだ!ちょっと言伝頼まれてくれないかなぁ?」


 そう言う男はどうやら依頼されたファンの電話番号をド忘れしてしまったようで、メモくらい取っとけよと内心呆れる快斗の隣で、口の軽さに加えて随分迂闊な男に「大丈夫かなこの人」とひじりはいっそ心配になった。





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