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念のためこちらが用意したホテルに泊まれ、と指示を受けた
ひじりと快斗はそれぞれ別のホテルに身を寄せた。赤井と“黒羽快斗”との接点を探られても困るためそれについては快斗は素直に呑み込んだ。
快斗は快斗のことを知らず宿泊場所として宛がわられたFBI局員を数名つけたホテル、
ひじりは赤井と同じホテルだ。ジンに
ひじりがFBI側につき赤井と一緒にいると明らかにした以上、急襲の可能性も頭に置く必要があった。しかし組織の車は追跡を撒いて消えたため、確率的には1%にも満たないとは赤井の談だ。
ひじりもそれには同意した。
ホテルに着き、部屋に入ってきっちり鍵とチェーンロックをかけた
ひじりが今夜は帰らない旨を博士に携帯電話で伝え、詳しい話は後日と言って博士からコナンが蘭を連れて帰ったことを聞いていると、どうやら哀が電話を代わってほしいと頼んだようで途中から哀の声に代わった。
『
ひじり、言っておきたいことがあるの。あなたがどこで誰と何をしようと私は構わないし、余程のことがないと訊くこともしないわ。だって……あなたを信じて、いいんでしょう?』
信じてるから、と言葉に出して哀からの信頼を自覚させられた
ひじりはひとつ目を瞬き、やわらかな声でもちろんとひと言だけを返した。
□ ブラックインパクト 8 □
ひと晩様子を見たが何もなく、ひとまず警戒を解いて快斗はそのまま家に帰し、
ひじりは赤井と共に水無が入院する杯戸中央病院へと足を踏み入れた。
ジンから解放されたあと、杯戸シティホテル屋上から落ちたあと、直近では絡繰屋敷の一件のあとと、個人的にも幾度も世話になったここにはどうやら何かと縁があるらしい。
ひじりはジョディとジェイムズに会いに来たわけではなく、杯戸中央病院に来いとコナンからメールを受け取っていたため、追及の件も逃げるわけにはいかないとコナンに会いに来た、が正しい。
ここまでの足になってくれた赤井と共に
ひじりは第4病棟にてジェイムズとジョディの両名と合流し、コナンはてっきり彼らと一緒にいるかと思えばそうではなく、
ひじりを見るなり口を開いたジョディに「コナンを知りませんか?」と先んじて訊けば、やはり物言いたげな顔は残したまま深いため息をついた彼女に「外にいるわ」と答えをもらい礼を言ってさっさと3人に背を向けた。
昨日の報告は赤井からされているだろうし、どうしても
ひじりの口から聞きたいことがあればあとで呼び出しがあるだろうから、今はコナンを優先する。
ジョディはおそらく「あなたが彼らに顔を見せなくてもよかったんじゃないの」と言いたかったのだろう、彼女は優しいひとだから。けれどその優しさを
ひじりは必要としない。しかしジョディの気遣いがありがたいと思う気持ちは本当で、だから彼女に言葉を紡がせないことを選んだ。
ひじりの意図に気づいたからこそのため息だったようだが。
コナンを捜しに外に出ると、見慣れた小さな背中はすぐに見つかった。携帯電話を耳に当て変声機を手にどこかへ電話をかけている。
意識不明の水無が目を覚ますまでFBIが張りつくことになり、その間当然出社は不可能。だが突然行方不明となり騒がれても困るため、入院中の彼女に代わって日売テレビの人事に暫く休暇を取ると伝えているのだろうなと思いながら近づけば、予想通りの電話を終えたコナンは、通話を切ると足音で気づいていたか驚いた様子もなく振り返って
ひじりを見上げた。
足を止めておはようと挨拶をすれば「おはよ」と真剣な顔で目を細めて返される。そうして、最初に口火を切ったのはコナンだった。
「
間に合ったから、オレはオメーの言うことを聞かねーぞ、
ひじり」
「…いいよ。本音は大人しくしていてもらいたいところだけどね。ここまで関わったのなら今更引き返させるのは逆に危険だし、そもそも本気であなたを止められるなんて自惚れてない」
コナンの睨むような視線に
ひじりは小さく肩をすくめる。とりあえず今後あからさまに己の邪魔はされなさそうだと悟ったコナンが僅かに肩の力を抜き、オメーは過保護なんだよ、と呆れ混じりに半眼で言われて可愛い弟だからねと返した。
「ったく…オメー、本当にオレのこと好きだよな」
「好きだよ」
「でも黒羽の方が?」
「だぁいすき」
「分かっててもムカつくな」
照れもせず真顔で言い切った
ひじりを見て青筋を浮かべるコナンの感情の矛先はここにいない男に向く。快斗がいればその眼光の鋭さにこのシスコンめと頬を引き攣らせただろうがこの場にはおらず、ズボンのポケットに手を突っ込んだコナンは強い瞳で
ひじりを射抜いた。
「あの赤井って人、信用していいんだな?」
す、とコナンの視線が
ひじりを通り過ぎて上に滑る。
ひじりもまた横目に見上げ、水無怜奈の病室から静かにこちらを見下ろす赤井、ジョディ、ジェイムズの3人を視界に入れてコナンに目を戻しひとつ頷いた。
「赤井さんは油断できない人だけど、
FBIの中で今一番私が信用を置いてる」
「……ジョディ先生よりもか?」
「ジョディさんは優しすぎる」
言いながら小さく首を横に振る
ひじりは無表情のままだがその声音はやわらかく、返答を聞いたコナンは僅かに眉を下げて微笑むとそっかと納得して頷いた。が、すぐに表情を引き締めて睥睨され、本題その2に入ることを察する。ちなみにその1は赤井についてだ。いや、その2も赤井のことと言ったらそうなのだけど。
「で?何であの人の私兵なんて真似やってんだオメー
どういうことだコラ」
「満面の笑みがめちゃくちゃ怖い」
「
ど・う・い・う・こ・と?ボク知りたいなぁ
ひじりお姉ちゃん!」
にっこーと輝かんばかりの笑顔でドスの利いた低い声は心臓に悪いことを初めて知った
ひじりは軽口を叩きながら頬を掻く。嘘つきな自分は自覚しているが、こうやって思わぬツケで返ってきて少しだけ反省した。反省するだけだが。最近私に容赦がないねとこぼせば自業自得だろーがと即答されて返す言葉もない。
「コナンが元の体に戻る、組織を潰すっていう目的があるように、私にもやるべきことがあってね。そのために彼らと取引して協力してる。どうせ使われるなら私が一番信用してる人間がいいから赤井さんからの要請を主に聞いてるってだけだよ」
「いつから?」
「帰ってきてから」
訊かれても「やるべきこと」を答えないと分かっているようで、そこには触れず時期を問うコナンにさらりと返す。コナンは特に驚く様子もなく「だろうな」とあっさり頷いた。
ひじりは性格上、そこそこ長く交流を持っていなければ「一番信用を置いている」などと嘘でも口にできない。特にコナンには。
帰ってきてから─── ジンに解放されたあのときから、
ひじりはあの男の傍に立っていた。もちろんコナンが赤井のことを疑っていたときもそうで、繋がりを完全に隠し通し暗躍していた姉貴分にコナンは怒りも呆れも通り越して感心しかない。お見事。
「……他にも隠してることありそうだな」
じとりとしたコナンの探ってくる視線も何のその、快斗のことや鍛錬のことや父親のことやとまだまだ話していないことはたくさんあるものの
ひじりが素直に口を開くわけもなく、開示できるだけの情報を出し終えた
ひじりは無表情のまま無言を返した。
証拠もしくは根拠を携えて問い詰めてこなければ
ひじりは唇を固く閉ざし続けると分かっているコナンは、これ以上
ひじりから情報を吐き出させることは不可能と悟ってため息をつく。
「まぁいい、一番気になってたことが知れたからな。
ひじりが信用してるんならオレも信用できる」
「随分と信頼されてる」
「当然だろーが。オメーがオレのことを大好きで大事で可愛い弟だと思ってるってのはもう知ってんだ、そのオレにあの人は信用できるって言うんなら、疑えってのが無理な話だろ」
言葉の通りまるで当然と言わんばかりの表情で言い切られ、確かに何ひとつ間違ってはいないがこうも自信満々で疑う様子が欠片もないのもどうだろうと思いはするが、その通りなので何も返す言葉はなかった。以前も言ったように
ひじりはFBI自体に完全な信用は置けないが、コナンはFBIではなく
ひじりを絶対的に信頼しているから
ひじりのYesを信じることにしているらしい。
疑うときはとことん疑いにかかるくせに、そういうところなんだよなぁと
ひじりは内心で小さな笑み混じりのため息をついた。
ブラックインパクト編 end.
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