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 次の暗殺場所、ベインBが鳥矢町の鳥矢大橋だと解読し、水無の靴の裏にある盗聴器から得た敵の内訳と移動手段も教えてひとりずつ狩ろうと策を練るジェイムズとジョディの会話がひと段落ついた頃を見計らい、ところでさぁとコナンが口を開いた。


「聞きたいことがあるんだ、ジョディ先生」

「どうしたの?」

ひじり姉ちゃん、赤井って人と一緒にいるでしょ」


 瞬間息を呑んだジョディとジェイムズに、コナンは不敵な笑みを深めた。






□ ブラックインパクト 5 □





 元組織幹部の“人形”こと工藤ひじりがFBIに協力しているというのはコナンに知られていて、けれどひじりが密に連絡を取り合い時に私兵のように従う相手が赤井であるとは言わずに濁したのは、ひじりがコナンに詳細を教えていないのであればわざわざ言う必要はないと判断したからだった。
 しかしひじりと共に快斗もいることは何が何でも絶対に匂わすな漏らすなと厳命されてはいたものの、赤井とひじりが主に手を組んでいることに関しての口外については打ち合わせをしていなかったため、突如核心を突かれて誤魔化すべきか思わずジェイムズを振り返って判断を仰いだジョディの様子を横目に、バックミラー越しにコナンを一瞥したジェイムズは細く深いため息をついた。これではもう誤魔化せないだろう、ジョディの反応はその通りだとコナンの言葉を肯定しているようなものだ。


「どうして分かったのかね?」

「ジョディ先生が言ってたんだ、ひじり姉ちゃんは局員のひとりの私兵みたいなものだって。そしてさっき、赤井って人と連絡が取れないって話してたよね」

「まさか、それだけで?」

「違うよ。もうひとつ大きなヒントがある。それが…これさ」


 笑みを浮かべたまま、襟首に手を回してそこについていた小さなものを指でつまみ目の前に掲げたコナンは、こちらを振り返り不思議そうに首を傾げるジョディに「盗聴器だよ。電池切れしてるけどね」とさらりと答えを教える。


「灰原がボクにつけたんだ。一緒にいるからこれをつける必要はないのにつけたってことは、ビートルに乗ってなかった、ボク達に近しい人物に頼まれた……そんな人ひとりしかいないよね?」

ひじりね」

「これでずっとボクらの話を聞いてたんだろうね。だからエディPの意味もボクらより先に判ってたし、それに関するヒントもくれた。…あの公園にもボクらより先に着いて動いてたはずさ」


 ひじりは車を運転することはできるが、ビートルは博士が乗っていったため移動手段はバイクしかなく、しかし電話で聞いたときの遠くに聞こえたエンジン音はバイクのものではなかった。レンタカーという手もあるが、ひじりが単独で動くのであればバイクで十分。
 車のエンジン音は遠かったが電話をしている間動く様子はなく、つまりひじりがコナンに仕掛けた盗聴器から得た情報の時系列とそれを協力者に流したタイミング等を考えてみれば、電話をかけた時点で誰かがひじりを迎えに来たのだと推理できる。


ひじり姉ちゃんってお人好しなんだ」

「え?」

「大好きな人達に死んでほしくない、だから自分にできることをする、自分は自分で動く。これがいい証拠だよ」


 電池が切れ、何の能力も持たなくなった盗聴器で手遊びながらコナンは笑みを深める。
 電話で聞いたひじりの冷たい忠告は、紛れもない庇護の腕だ。けれどコナンの能力を過大評価することはなく見極めた上で止まらないと分かっているから、それでも来るでしょうと意味を含ませて「まるで二重人格者を前にしたような反応だね」とヒントをくれた。名探偵、と僅かに力がこもった呼称は彼女の隠しきれない期待だ。応えないはずがない。


ひじり姉ちゃんがFBIの人と一緒に行動してて、こっちにジョディ先生やジェイムズさんがいることを知ったなら、土門さんの暗殺阻止と組織メンバーの捕縛はボク達に任せてひじり姉ちゃんは別に動く」

「別にって、どんな?」

「目的は予想がつくし間違ってないと思うけど、2人には言えないや。言えないから─── その赤井って人がひじり姉ちゃんと一緒にいる人だって分かったんだよ」


 盗聴器で話を聞いていたなら、ひじりは小五郎に危険が迫っていることに当然思い至り、何らかの対策を取るはず。そしてそれは、誰にも悟られてはいけない。もし万が一情報が漏れて組織の人間に知られてしまい、毛利小五郎とFBIが繋がっていた、などと思われては事態は最悪が極まる。それだけは避けたいのはひじりも同じだ。
 そのためには、誰にも何も言わず動く必要がある。組織の目が小五郎に向いたとき、あくまで彼はただの囮であると思わせるためにも。
 そしてひじりひとりで動くには分が悪く、ならば、ジョディとジェイムズの口に上がるということはかなり実力のあるFBI局員だろう赤井という人間と共に行動していると考えるのが自然だ。ひじりが口を閉ざしているから彼も黙っていると考えられた。あるいは、どちらも示し合わすことなく思考が一致したのかもしれないが。

 水無の靴の裏についた盗聴器越しに、ジンが通信機のノイズを訝っている様子が窺えた。もしかすると発信機と盗聴器に気づかれるのは時間の問題でしかなく、ならば尚更コナンは口を開くわけにはいかなかった。
 あちらはあちらで、こちらはこちらで今は動くしかない。うまくいけばひじりが動く事態もなくなるかもしれねぇしな、と内心で呟いてコナンは口を噤み、よく分からないと首を傾げるジョディに苦笑を向け、「……ふむ」と小さく呟いたジェイムズには視線を鋭くした。気づいたのかもしれないが、意図を察して黙っていてくれるとありがたい。


「まぁ、ひじり姉ちゃんが赤井ってひとと一緒にいるなら、あっちは大丈夫だよ。こっちはこっちで、奴らを確実に捕まえないとむしろ叱られる」

「君がひじり君を信頼するのはまだ分かるが、よく知りもしない赤井君でさえ信用できると?」

「できるよ。だって、ひじり姉ちゃんがこういうときに一緒に行動できると思った人だからね」


 ジェイムズの疑問に笑みすら浮かべて答えるコナンの煌く青い目には絶対の信頼がある。それが向けられているのはひじりだ。
 自分に盗聴器を仕掛けられていたと気づいても、コナンを突き放そうとしても、黙って暗躍する彼女が取る行動が全てコナン達のためなのだと何ひとつ疑うことのない子供に、ジョディはいっそ感嘆のため息をついて眉を下げた。
 ジョディはまだ、コナンのような純粋な信頼をひじりに寄せることはできない。だがそれはひじりとて同じことで、互いの立ち位置を思えば仕方のないことだと分かりきっているのに、少しだけ悔しいとも思う。


(─── いつか)


 ぽつり、ジョディは内心言葉を落とす。
 ひじりのことは信頼も信用もしている、ある程度は。けれど彼女は時に口を噤み、平気で嘘だってつく。だからどうしても、いつだって彼女との間には距離があるのだ。どれだけ交流を重ねても、情を寄せることはあっても距離が縮まることはない。
 自分達が真正直だなんて思っていない、卑怯な真似をして騙すように黒羽快斗をこちらに引き込もうとする同僚とボスに異論なく従ったように。そんな始まりだったから、互いに一定の距離をあけて足を留めているのかもしれなかった。
 それはそれでいいといちFBI局員としては納得できる。コナンのような純粋な信頼と信用は時に最大の弱点にもなる。手の平を返されれば目も当てられない。
 けれど、とジョディは胸の内で騒ぐ己の声を聞いた。


(いつかあの子に心から信頼を寄せてもらえて、あなたならできると言われたなら)


 あの黒曜の目が煌いて自分を映すのなら、きっと何だってできるような気持ちになるのかもしれない。






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