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 料理が全て揃い、ダイニングテーブルに並べられた頃に星河と姫宮、範田の3人が揃ってダイニングへ入って来た。
 範田は仮眠すると言っていたので他の2人と一緒にいることに首を傾げたコナンが「一緒だったの?」と問い、それに3人がああと頷く。夕食のあとのマジックショーを楽しみにしていてほしいと言われて子供らしく頷いてみせたコナンと楽しみだねと笑い合う蘭と和葉の隣で、ひじりは目許を和らげて3人に着席を促した。






□ 推理マジック 8 □





 夕食後、デザートもおいしくいただいたあとに始まったMr.正影の弟子3人によるマジックショーは大変盛り上がった。
 範田が簡単なショーと星河の楽屋で言っていたからコナンと平次はそれほど期待していなかったようだが、実際に行われたショーは良い意味で予想を裏切り、初見では見抜けなかったマジックもいくつかあったようで身を乗り出して夢中になっていた。特に場所を変えて行われた、この家ならではの例の二重構造ドアを使ったマジックには素直に驚いていて、タネを知っていたひじりと快斗も出現マジックに3人によるアレンジが加えられていて十分に楽しめた。
 ショーでは一部蘭や和葉をアシスタントとして引っ張り込み、星河と和葉が演出上密着せざるを得ないときに何だか平次の顔が怖いことになっていたが、どうやら自覚はないようである。和葉が純粋に楽しんでいるためずっと笑顔でいるのも気に食わないのか、チャラチャラしおって、と吐き出された低い呟きを聞いたのはひじりと快斗とコナンだけだった。

 平次の無自覚ジェラシーはさておき、途中、テーブルマジックで快斗の実力を知った満里が快斗にも何かやってくれないかと頼み、いくら黒羽盗一の息子でマジックができるとしてもプロに混ざるのは無茶ぶりだとやんわり止めようとする3人ににっこりと笑い、負けず嫌いに火がついた快斗が堂々と即席で披露すれば目を瞠って口をぽかんと開ける顔を3つ拝むことができた。


「黒羽君、本当にプロじゃないのかい?随分場慣れしているようだったけど」


 マジックショーを終え、ひじりが洗い物を、快斗がそれを拭いて星河が食器棚に戻す役割分担で片付けをしていればふと星河に問われた快斗が目を瞬かせて頷く。


「いずれは、と何となく思ってますけどね。場慣れしてるのはまぁ、知り合いのプールバーで不定期ですけどマジックショーをやってるから、それで」

「プールバー?まさかブルーパロットかい?」


 心なしか身を乗り出す星河に知ってるんですか?と快斗が問い、星河はもちろんだよと笑って肩をすくめる。


「まさか君が商売敵だったとはね」

「商売敵?」

「最近、あるバーで行われるマジックショーが人気でね。マジシャンも店もあまり表立って宣伝をせず、またいつやるのかはまったく判らないから、チケットを持っていれば確実に観れるマジックショーより貴重だと口コミで広がっているんだ」

「範田さん」


 気配は感じていたので驚くことなくひじりは目だけで振り返り、ダイニングの片付けを終えてキッチンに入って来た範田を視界に入れた。布巾を手に取ってグラスに手を伸ばす範田が「ごくたまにマジックショーの日時が被ったときは売上に響くんだよ」と苦い言葉であるはずなのに口の端を吊り上げて笑う。
 そうなんですかと驚きをあらわにする快斗は、父の存在が大きすぎるせいか自分の実力を過小評価するきらいがあり、もう少し自信を持っていいとひじりは思うが、あまり調子に乗りすぎてすっ転ばれても困るので口にはしない。


「割と僕らの間では有名な話さ。うかうかしていたらプールバーのマジシャンに追い抜かれるぞってね。君のマジックを見たら納得したよ、これは気を抜いていられない」

「ふぅん…ま、オレはオレなりのマジックがひじりさんと一緒にできればそれでいいや。少なくとも今は」

「そうだね。私も快斗と楽しくマジックができるならそれでいい」


 ひじりは快斗と目を合わせて頷き合う。プールバーで開かれるマジックショーは快斗にとって寺井の店を盛り上げる手伝いであり、怪盗キッドと現役高校生とFBIの協力者をこなす合間の息抜きであり、ただの趣味だ。それが他者にどう影響しているのかはあまり興味がないし、客を取られたなら己の力で取り返すのがマジシャンだろう。称賛以外を受け取るつもりはない。その姿勢を感じ取った星河と範田の2人が肩をすくめた。


「今度ブルーパロットに君のショーを観に行ってもいいかい?」

「どーぞ。でも、次いつやるかは決めてませんよ」

「それならあとで連絡先を交換しないか。都合が合えば僕も行きたい」


 最後のひとつを洗い終わって手を拭き、同業者にロックオンされた快斗にモテモテですなぁとひじりは内心で呟く。男3人で何だか盛り上がりそうなので気配を消してその場を離れ、キッチンを出たひじりは片付いたダイニングに集まる蘭と和葉、満里と姫宮を見て少年2人が足りないことに気づいた。聞けば2階の廊下で行われた出現マジックを解くために2階を探っているらしい。初見で見抜けなかったのがそれほど悔しいか。


「─── 何じゃコラ!!ガキにガキ言われとォないんじゃボケ!!!」

「ちょ、平次何やっとるん!?」

「コナン君!?」


 ふいに2階から響いた怒声に近所迷惑やっちゅーに!と小言を呟きながら和葉が慌ててキッチンを飛び出し、一緒にいるだろうコナンを案じて蘭も続く。それを見送り、騒がしくてすみませんと満里と姫宮に非礼を詫びた。


「気にしないでちょうだい、賑やかなのは良いことよ。…最近はこういうのもあまりなかったから」

「……ご迷惑でなければ、またお邪魔させてください。資料室も結局ほとんど見れていませんし」


 寂しげに目を伏せる満里へそう窺うと、弾けるように表情を明るくして大きく頷かれる。
 Mr.正影が失踪してから弟子は3人共この家を出て、たくさん訪ねてきた客人も家主がいなくなったことで足が遠のいたのだろう。ひとりで住むには広い家で過ごす寂しさは想像することくらいしかできないが、彼女の曇りが少しでも晴れるのであれば足を向けたいと思う。
 だが、この家はこれから暫くあたたかな明かりが灯るはずだ。Mr.正影の弟子が集まり、彼が諦めたマジックの成功を確実のものにするために。


「“魔女復活”の話はあなた達にはできないけど、それ以外で困ったことがあれば言うのよ。あなた達には借りができちゃったし……この言い方はうまくないわね。ええと、そう、感謝してるのよ!だから恩返しくらいはさせなさいよね」


 ツンデレかな?と喉元まで出かかった言葉を瞬時に呑み込む。照れたように目許を赤く染めてそっぽ向く姫宮にまさかツンデレ属性があるとは思わず、直球で投げられる素直な言葉は胸を打った。あらあらまぁまぁと姫宮の隣で満里が微笑ましそうな顔をしていて、つられて目許を和らげれば「あんた笑ってるでしょ、無表情のままだけど笑ってるでしょ分かるわよ」と凄まれてすっと真顔に戻した。今の姫宮は微細な表情の変化も直感で読み取りそうだ。

 ひじりが姫宮と満里それぞれと連絡先を交換するとキッチン組も話を終えたのかダイニングへ入って来て、そしてコナンと蘭、平次と和葉も戻ってくればそろそろお開きの時間だ。夜もだいぶ更けている。
 世話になった旨と夕食とショーの礼を互いに言い合い、玄関へと移動する。星河と範田と姫宮はそのまま泊まるようだ。


「黒羽君、工藤さん」


 ふいに星河に呼び止められて振り返る。彼は穏やかに微笑んだままありがとうと礼を口にした。何に対する礼か、など野暮なことは聞かないし、星河もそれ以上は何も言わなかった。けれど範田も姫宮も満里も意識をこちらに向けていることが分かって、それだけで十分だ。


「流石は黒羽盗一の息子…と言うのは、失礼だな。黒羽快斗君、僕は君を・・覚えておくよ。もちろん、そのアシスタントの工藤ひじりさんもね」


 また、と再会を願う星河から伸ばされた手を快斗が受けて握手する。手を離し、ひじりの方にも向けられたため握手を受け入れた。
 挨拶を交わして玄関扉を閉める。帰路につこうと門を出てMr.正影邸を一度だけ振り返ったひじりはすぐに顔を前に戻し、楽しかったねと笑いながら先を行く蘭と和葉の背中へ視線を向けた。快斗と並んで歩き、無言で握られた手に力を入れて握り返す。と、ひじりを挟んで快斗とは反対側にコナンが並んだ。


「オメーら、あの人達と仲良くなってたみてーだけど、何かあったのか?」

「同じマジシャン同士、マジック話で盛り上がってな」

「ふぅん」


 笑う快斗を半眼で見上げるコナンにひじりが「それより、服部君はどうしたの」と問いかける。あからさまに話題を変えたことに気づきつつも何も言わず、ため息をついたコナンがひとり最後尾で何やら考え込んでいる平次を目だけで振り返った。


「『よその男と』チャラチャラしたり『よその男のことで』ケロケロしたりする幼馴染見るとイラついて仕方ねーんだとよ」

「ガキかよ」

「無自覚だけど一歩先には進んだ…かな?」


 快斗が呆れ、ひじりが小さく首を傾げる。和葉も無自覚そうではあるが他に目を向ける様子はないし、何だかんだ互いに矢印はしっかり向いている。これで平次が自覚してくれればと思うが相手は服部平次、以前和葉とおそろいのシャツを着たときの発言もあるし、また斜め上の結論が出されるかもしれない可能性を感じたひじりは、しかし他人の恋沙汰に積極的に首を突っ込む気はないので口を閉ざした。どうせなら新一と蘭も前に進んでもらいたいものだが、新一がコナンになっている以上それも難しいか。

 コナンも快斗と同じようにガキかよと思わず言ってしまい、それで怒鳴られたらしい。あのあと蘭と和葉が仲裁に入ってくれたがそもそも怒鳴られる筋合いはないと怒りがぶり返したか、「そーいえば平次兄ちゃん言ってたよね?」と唐突に声を上げた。前を歩いていた蘭と和葉が振り返る。


「和葉姉ちゃんが他の男と仲良くするとイライラするって!あれどーいう意味?」


 水を向けられた平次はしかしいつの間にか結論を出していたのか慌てる様子もなくからりと笑い、その訳がやっと分かったのだと言って和葉に近づく。思わず足を止めた一同をよそに真っ直ぐに和葉を見つめる平次に恋の予感を覚えたらしい蘭が笑みを浮かべるが、どこか清々しさすら感じる平次の表情を見たひじりは察してしまった。これは違う。


「きっとオレはお前のことを……子分やと思てんねん!」

「こ、子分?」

「親分としては、よそ者に尻尾振られたら面子立たんし気分悪いやろ?そやからイライラしてたちゅうわけや!」


 ダメだこりゃ。ひじりと快斗は揃って頭を抱えた。一歩進んだかと思ったら思いきり三歩下がった。否、三歩どころではない。
 いくらオレでも青子を子分だと思ったことはねーぞ、と快斗が呆れて呟き、同い年の幼馴染はいないものの新一と蘭を子分などと考えたことがないひじりもなぜその結論に至るのかと首を傾げる。
 というか、これではもしかすると蘭が勘違いを起こすのではとはっとしたひじりが蘭を見やれば彼女は呆気に取られているもののどこか不安そうで、ひじりは瞬時に蘭の隣へと寄り添った。


「大丈夫だよ新一は蘭のこと子分だと微塵も思ってないし昔から今まで可愛い女の子としてか見てないからむしろ蘭を子分と見れるほど余裕もないから」

「そ、そうよね…ひじりお姉ちゃんが言うならそうなのよね」

「どさくさに紛れて何言ってんだオメー…!」

「蘭ちゃん安心して気づいてねーなあれ」


 後ろで平次と和葉が何やかやと喧嘩し、前方では蘭を説得ついでにノンブレスでさらりと新一の想いをぶちまけるひじりに顔を青くするやら赤くするやらと忙しいコナンが呻いて邪魔に入ろうにも、がっちり快斗に首根っこを掴まえられて足踏みするしかなく、快斗は蘭が「新一に子分と思われてはいない(ひじりの保証付き)」ことに安心してさらりと爆弾発言されたことに気づいていない様子に苦笑する。

 コナンはこれ以上ひじりが何を漏らすか分からずもう口を開いてほしくなさそうだし自分のあいた手も寂しいしと、コナンの襟首から手を離した快斗はひじりを返してもらうためにひじりと蘭のもとへと歩き出した。



 推理マジック編 end.



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