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 深く頭を下げて謝る姫宮に満里は複雑そうな顔をしながらも、必ず“魔女復活”を成功させることを条件に謝罪を受け入れた。
 具体的な話の詰めはまた後日ということで纏まり、今は階下に残した、何も知らない客人のもてなしに全力を注ぐことを快斗とひじりはお願いした。まだ話したいことは残っているのかもしれないが、それは部外者が帰ってからにしてもらいたい。


「自分の内心を隠し通して観客を騙すことは得意だろ?」


 快斗がそう言って挑戦的に笑い、応えるようにMr.正影の弟子達が笑って頷く。ふと満里がキッチンに蘭と和葉を残して時間が経ちすぎていることに気づき慌てて部屋を出て行くのを見送って、開かれたままの二重構造の厚いドアを見たひじりがぽんと手を叩いた。


「マジックショーのリクエストがあります。Mr.正影のこの家ならではのマジック、実際に見たいのですが」

「あ、オレもオレも!タネは分かったけどちゃんと見てみてぇ!」

「分かった。けど、今はクリスマスとは時季が違うからツリーとは別のものを…」

「それならアレンジ加えちゃいましょうよ。この子達タネ見抜いてるんだもの、ただその通りにやるのはつまらないでしょ」

「けど夕食のあとにやるなら時間はあまりないな…先生の部屋のものと手持ちでどうにか…」


 範田に次いで姫宮が提案し、早速ショーを組み立て始める星河に快斗が目を輝かせる。これ以上一緒にいては思わぬネタバレを食らいそうだと、快斗とひじりは3人をその場に残し、「楽しみにしてますね」と声を揃えて先に階段を降りた。






□ 推理マジック 7 □





 夕食の準備を今更ながら手伝うためにキッチンに入ればなぜか女性3人はおらずコナンと平次が包丁を握っていて、どうしたのかと問うと平次が半眼で「和葉に手伝わされとるんや」とぼやいた。どうやらメイン料理以外は粗方できて今は蘭と和葉と満里でダイニングの準備をしており、その間に暇そうにしているコナンと平次に簡単なサラダ作りを頼んだということらしい。
 しかし、とひじりはキッチンに引っ張り込まれた男2人の手元を見て無言で首を横に振った。きゅうりがきちんと切られておらず繋がっている。なぜだ。快斗も2人の料理下手さに額に手を当てて天井を仰いだ。探偵は推理するから繋がってた方がいいって?ンなわけあるか、と快斗が内心でツッコミを入れた。


「推理と料理は違ぇだろうがバーロ」

「何やと!?黒羽、そこまで言うんやったらお前料理できるんやろなァ?」

「できるから言ってんだ」

「は?」


 平次が挑発するも快斗はさらりと頷き、目を見開く平次から包丁を受け取って場所を代わる。ひじりはキッチンを見渡してメイン以外の副菜の確認し、もう一品簡単なものとそれにデザートがあった方がいいなと思いダイニングにいる満里に冷蔵庫の中身をいただく許可を取った。

 いつの間に戻って来たのかと目を見開く蘭と和葉に軽く手を上げてキッチンへ戻る。水を張った鍋に火をかけて準備をしている間に快斗はさっさときゅうりの下拵えをして細く切り、次いで慣れた手つきでカットしたパプリカとトマトとゆで玉子、そしてレタスを盛りつけた大皿にきれいに並べてクルトンと粉チーズをトッピングし、最後にドレッシングをかけてシーザーサラダを完成させていた。


「はー、やるやないけ。普段も料理やるんか?」

「これくらい大したことねーよ。ひじりさんと一緒に料理する機会がそれなりにあったし、それに好きな人には無様な姿見せたくねぇだろ」

「はいはいごっそさん」


 相変わらずやなと顔に書いて適当に流す平次の足元で、度々阿笠邸に遊びに来てはひじりと一緒に夕飯を作ってくれるのだと哀や博士から以前から聞いていたコナンは、何も言うことはなかったものの、何だかとても面白くなかったので蹴りのひとつも入れたくなったが快斗が包丁を持っていることを考慮してチッと舌打ちひとつで我慢した。しっかりコナンの舌打ちを耳に入れた快斗と平次がこのシスコンめと内心声を揃えるがコナンに届くことはなく。

 男3人が戯れている間にひじりはちゃっちゃとカルボナーラを作り、小さな器に少量ずつ入れていく。メインが肉であるからそう多くは必要ない。
 スープは蘭と和葉が作ってくれていたのでそれを出すことにして、次にバゲットを均等に切ってトースターへ。軽く焼き色がつくまで待って取り出したバゲットを底の深い皿に入れ、今度は温めた程度のものを一緒に入れた。それを先程見たダイニングテーブルを思い出しながらふたつ用意し、出来上がったものを平次とコナンに運ぶよう指示を出す。
 快斗が洗い物を始めたのでそのまま任せ、ひじりはもう一度冷蔵庫を開いた。中からいくつか材料を取り出せばキッチンに並ぶそれらに快斗がぱっと笑顔になる。何度も作ったことがあるからすぐに判ったようだ。


ひじりお姉ちゃん、何作るの?」

「なになに、デザート?」


 ダイニングの準備を終えたらしい蘭と和葉がキッチンに入って来て後ろから覗きこむ。板チョコレートと缶詰の果物数種類、生クリームにゼラチンを基本にした簡単且つ大量生産できるデザートと言えば。


「…ムース?」

「正解」


 見事に当ててみせた蘭の頭を撫で、冷やして固める時間を考慮して早速取り掛かる。とは言え何度も作っているから慣れたもので、快斗は洗い物中であるため蘭に生クリームをホイップしてもらい、さくさくとムースに混ぜるジャムを果物から作っていく。横で見ていた和葉に手伝いを申し出られ、チョコレートを溶かしてもらった。
 3人で協力すればすぐに下準備は終わり、種類ごとにムース生地を作って快斗が用意してくれたカップに流し込み、あとは冷蔵庫に入れてデザートの時間まで冷やして固めれば完成だ。
 ぱたりと冷蔵庫を閉じたひじりは腕時計で時間を確かめる。料理数を増やして何だかんだとあの3人が夕食後のマジックショーを練る時間は稼げただろう。


「あとお肉焼くだけだし、わたしがやるからひじりお姉ちゃんと黒羽君はダイニングで待ってて」

「ちゅーか、平次とコナン君の相手しててほしいんです。黒羽君マジックやるんやろ?テーブルマジックならシンプルな分ネタが分かりにくいって聞くし、あの2人もそれなら大人しくしてるやろうから…」

「よく知ってるな和葉ちゃん。ま、テーブルマジックならオレの得意分野だ。ケケケ、見抜けなくて悔しがる顔たっぷり拝んでやろーじゃねぇの」


 怪盗キッドのときは怪盗らしく派手に立ち回るが、快斗個人はテーブルマジックを一番好んでいる。それだけに腕前も相当なもので、ひじりは未だに見抜いたことがないし、こっそりタネを教えてもらったものでも結局指の動きについていけず目を白黒させたのは記憶に古くない。爪の先まで手入れが行き届いた指が華麗に踊る様子は美しく、それすら一種の芸術のように思って見惚れたことは内緒だ。

 蘭と和葉に甘え、せっかくだからと満里も誘って快斗と共にダイニングへ行くとやはり暇そうに話している平次とコナンがいて、「快斗がマジックするけど見る?」と声をかけると興味深そうに腰を上げた。

 ダイニングテーブルとは違う小さめのテーブルを満里に用意してもらい、自前のトランプを何のアクションもなく手の平に出す不意打ちのマジックから快斗のショーは始まった。

 簡単なマジックなら平次とコナンが見抜いて指摘するが、徐々に難易度を上げていくと途端に2人の眉間にしわが寄る。単純に楽しんで観客に徹するひじりと満里は都度拍手を送り、特に満里はまぁまぁまぁと目を輝かせて驚きながら笑っていた。


「くっそ、黒羽もう1回や!次で見抜いたる!」

「マジシャンは同じマジックをそう何度もしねーよ。サーストンの三原則は知ってんだろ?」

「今のはあそこで…いやだがそんな素振りは…ひじりがサクラは無理があるし…」


 快斗に袖にされて悔しげに顔を歪める平次と小学一年生の仮面を忘れて眉をひそめながらぶつぶつと呟くコナン、ふふんと得意気に笑う快斗と三者三様に楽しそうで何よりとひじりが満足気に頷く。
 黒羽君、次は何をしてくれるのかしら?と完全に観客に回って楽しむ元マジシャンアシスタントがはしゃぎ、すぐに紳士の礼を取った快斗が奥様にご満足いただけるものをと涼やかな笑みを浮かべ、さらにきれいなウインクを送ったところでキザァ…とコナンと平次の顔が引き攣ったがひじりは見なかったことにした。
 じゃあ次で最後な、と腕時計で時間を確かめた快斗が使っていたトランプをまとめ、ジョーカー抜いた52枚のデックを満里の前に置いて差し出す。


「オレはトランプに一切触れませんので…奥様、1枚お好きなものをどうぞ」

「じゃあこれを」

「OK。オレには見せないでくださいね。それをデックに戻して、好きに切ってください」


 満里が適当にデックから抜き取ったカードはクラブのクイーン。快斗に見えないようひじりと平次とコナンに見せ、両手を上げて潔白を示しさらに目を閉じる快斗の前で指示通りデックにカードを戻した満里がシャッフルする。オレもやらしてくれと平次が横から手を出したので満里が渡し、平次の次にコナン、そしてひじりへと回ってきたがサクラを疑われてはたまらないので触れずに遠慮した。
 ひじりを通り過ぎてデックがテーブルに戻る。その間も快斗は目を閉じて手を上げたままで、もういいかと確認を取り全員が頷くのを聞いて体勢を元に戻すとおもむろに右手を掲げた。


「これからオレが指を鳴らすとカードが逃げ回るから、ちゃんと掴まえてくれよ?」

「何やて?」

「まずは服部」


 言葉と共にパチンと指が鳴らされ、慌てて服やズボンのポケットをあさった平次が目を見開いて尻ポケットから1枚のカードを取り出す。当然のようにそのカードはクラブのクイーンで、カードの裏面はテーブルの置かれたデックと同じ柄だ。
 驚く観客達に快斗が笑みを深めてデックのカードを表にテーブルへ広げれば、確かにひじりを除く観客達がシャッフルしたはずなのに、カードはそれぞれのスートのエースからキングまで順に並んでおり、そこからクラブのクイーンだけが消えていることが判った。平次が怖い顔でカードを矯めつ眇めつするが何か仕掛けがあるわけではなく。


「次は奥様」


 再度快斗が指を鳴らすと小さな音を立てて瞬く間もなく平次の手の内からカードが消え、満里が平次と同じように服を検めると上着のポケットからカードが出てきた。


「次はコナン」


 快斗が指を鳴らし、またカードが消える。真剣な顔でコナンがポケットを探るもカードは出てこず、訝しげに眉を寄せたコナンに「暑そうだな、上着脱いでみたらどうだ?」と快斗が笑いコナンが素直に上着を脱ぐと、カードは上着の内側に貼りつけてあった。


「そして最後は当然、ひじりさんだ」


 指を鳴らす代わりにひじりに向けてウインクひとつ。同時にコナンの手の内からカードが消え、快斗に両手を合わせてと指示を受けてひじりは素直に両手を胸の前でくっつけた。


「ワン、ツー、スリー!」


 カウントが響き、軽い音と共に開かれたひじりの両手に収まる、四葉のクローバーを添えたカードに頬が緩む。しかし次の瞬間にはクローバーだけを残してカードが消え、あららと快斗が笑った。


「掴まえられなかったから自分で帰ってきたらしいな」


 はっとしてひじりの手に注がれていた4対の視線がテーブルに広げられたカードに向く。そこにはきちんと自分が収まるべき位置に、きれいな並びから1枚だけ飛び出して注目してくる人間達に横顔を向けたクラブのクイーンが笑っていた。


「「もう1回!!!」」

「これで終わりだっつっただろーが」


 身を乗り出して声を揃える探偵2人に半眼を向ける快斗へ、ひじりと満里は惜しみない称賛の拍手を送った。






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