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 墓石の暗号─── ヒントを読むも意味が分からず首をひねる一同を後ろから眺めていたライハは、ふとコナンが墓石の文字を見つめたまま何か考え込んでいることに気づいた。

 コナン達は石の勾玉を見つけている。つるぎはこの先、鏡は歩美が川に落ちないよう支えながら確認したときにはなかったから、あくつか須藤のどちらかが持っているはずだ。
 コナンからすると須藤、ライハ、堆、老婆と4人候補がいるが、「ねぇおじさん!」と須藤に声をかけたことから一番持っている可能性がある須藤にカマをかけるつもりなのだと察し、ひじりは変装マスクの上で微笑んだままやり取りを眺めることにした。






□ 絡繰屋敷 14 □





 妙な石のことを訊いてきたということは自分も持っているのではないかと揺さぶり、「実はボク達もさっき見つけたんだ」と続けて、それが石でできた神器とまでコナンが喋ると、須藤は何て書いてあったのかと目の色を変えてコナンへ問い詰めにかかった。


「お前らが見つけた石にも何か文字が入ってたんだろ!?」
 
「やっぱりおじさんも見つけたんだね!」


 あっさりと引っ掛かった須藤がにっこりと笑ったコナンに我に返り、カマをかけられたことに気づく。慌てて取り繕うとするが、哀にこの状況で情報のひとり占めはあまり頭の良い考え方とは思わないと言われ、さらにあくつに仲間外れにされたくなかったら見せるよう促されては逃れられず、須藤はひとつ舌打ちして「分かったよ…」と背負っていたバッグを下ろした。


「俺が見つけたのは、この石でできた鏡だよ!」


 ライハがバッグから取り出した鏡を見せる須藤を眺めているとふいに後ろで組んだ手に何かが触れ、それが隣に立つ老婆のものであり、鏡の文字を見るために子供達も全員前へ行きライハと老婆の後ろに誰もいない中、2人は視線を前に向けたままハンドサインで言葉を交わす。

 犯人は堆。様子見しましょう。OK。元太は自分が。任せる。

 短い会話の間に堆が知らないはずの勾玉の文字を当てたことでコナンが不敵な笑みを浮かべるのを見て、大丈夫そうですね、そうだね、と推理と犯人の警戒をコナンにも任せることにした。とは言えコナンは謎解きとなれば視野が狭くなるきらいがある。地上に出るまでは危険は少ないとしても、ゼロではないのだから不審な動きをしたときにさりげなく邪魔をしよう。
 老婆がすっと前に出たことで誰にも気づかれなかった会話は終了する。

 墓石に神器をはめこめばダイヤモンドが出てくるのではと推理する光彦に歩美がどうしてと首を傾げ、石灯籠に刻まれていた暗号が「ダイヤがあるのは老人達が集まる賑やかな場所」だからと答えるも、それは違う。
 滔々と石灯籠の暗号を暗唱した老婆が、ここで朽ちた者達はトレジャーハンター、屋敷が建った当時は当然ひとりもいなかったはずだと光彦の推理を否定した。

 墓石を調べた堆が神器をはめこむような仕掛けもないためここに宝石はなさそうだと判断し、やっぱりもうひとつの神器を見つけねぇと謎が解けそうにないかと須藤がため息をついた。
 もうひとつ?と疑問を口にする歩美に哀が三種の神器について教える。勾玉、鏡とくれば、残るひとつはつるぎだ。

 老婆は宝探しよりも脱出方法探しを優先したがったが、それはその人が知っているはずよと堆が意地悪げに笑って須藤に視線を送る。後生大事に鏡を隠し持っていたということは、一度ここに来て墓石の文字を読んでいるということなのだから。
 言い当てられた須藤は誤魔化す気もないのか、諦めたように苦く笑うと案内することを申し出た。


「ところでお前さん、ええと…」


 ライハが須藤について歩くとふいに老婆に声をかけられ、紙を見せて名前を教える。喉を指で叩いてバツを作るのは3回目だ。すかさず子供達がライハに質問するならイエスかノーかで答えられるものでと老婆に言い、頷いて千住せんじゅ えりと自身も名乗った老婆が質問じゃのぉてと唇を苦く歪めた。


「レジャーはええが、ここに子供を連れてくるのは感心せんな。随分若い父親と言えど、やはり遊ぶなら公園とかで…」

「ち、違うよ!ライハ兄ちゃんはボク達のお父さんじゃないって!」

「何じゃそうなのか?随分懐いておるからてっきり」


 コナンが慌てて否定し、間違いに気づいてそれはすまんかったのぉと頭を下げる千住にライハは気を悪くした様子もなく微笑み首を横に振る。ポケットから取り出した紙にペンを走らせ、それを千住に見せて笑みを深めた。


『可愛い子供達ですよ。いつか好きな人との間に子供ができることが楽しみです』

「……そうか、そうか」


 ゆったりと頷いて笑った千住がライハを抜いて先に行く。紙をポケットに仕舞えば何て書いたんだと当然元太が知りたがり、しかし口元に人差し指を立てることで応えなかった。
 千住の正体が快斗だから書いて見せたのだ、子供達に見せることへの羞恥はないが、好きな人って誰だと質問が飛んできてうっかり口を滑らせるかも分からない。快斗が関わると割とちょろい自分がいることは自覚している。

 大人3人が前にいるので子供達を先に促し、ライハは殿しんがりを務めて歩き出す。
 暫く歩いているとふいに床が濡れていることに歩美が気づいた。光彦が頭上を照らして水の出元を探すと天井と壁の隙間から細長く水が噴き出していた。
 屋敷全体がズレたような跡は、間違いなく一度大仕掛けが作動してしまったものの名残だ。どうやら年月が経ちすぎて仕掛けに錆があるのか、完全には戻らなかったようだ。

 須藤はそういえばちょっと前に一度地震があったなと呟き、堆がそれで屋敷がズレて地下水が溢れ出たのねと納得する。しかし光彦は地震なんてあったかと不思議そうで、あれは地震ではないから知らなくても仕方がないと思うものの当然言えるわけもなくライハは口を噤んだまま歩を進めた。
 気にするほどのものでもないと先へ行く須藤達の後に続くと、「ねぇ」と今度は哀が潜めた声を上げた。


「沼に沈められた男が持っていた手帳……」


 そこまで言いかけ、自分の後ろを歩く青年の存在を思い出した哀がゆっくりと強張った顔で振り返る。はっとした子供達も全員ライハを見上げて、5対の視線にさてどうしようかと穏やかな笑みを浮かべたままライハは考えた。
 哀が手帳の乾き具合を気にしていたのは分かっていたが、さすがにいきなり読み上げるとは思わなかったのだ。哀にしては随分と警戒心のない行動だと冷静に内心で呟く。

 野府ライハに懐いていた子供達は、青年がキッドまたは殺人犯の可能性があることを思い出したようでライハからそっと距離を取る。それにちょっとだけ傷ついたライハはポケットから1枚の紙を取り出して文字を書いた。


『続けてください』

「……」

『今優先すべきは情報の共有です。優先順位を見誤ってはいけませんよ』

「……信じていいのかしら?」

『今までの言動から信じてもらうしかありませんね』


 肩をすくめて子供達ひとりひとりを見やると、先に頷いたのは歩美と光彦だった。元太もこそりと「悪い兄ちゃんじゃねぇと思うぜ」とコナンに囁き、哀が無言で手帳に視線を戻す。コナンはじっと睨みつけるようにライハを見上げていたが、結局何も言わずにライハに背を向けて手帳を覗きこんだ。どうやらこれ以上問答するつもりはなく、また青年に事情を説明するよりも先に言われた通り情報を共有することを優先したようだ。


「どうやらあの男、組んでた相棒に殺されたみたいよ」


 全員が異論ないことを見て口を開く哀を見下ろし、歩みが遅くなる子供達を追い抜いて前に立つ。これならば子供達は無駄に後ろを気にしなくていいし、多少は音の壁になる。加えて、前方の須藤達が振り返ったとしても適当に誤魔化せるだろう。

 ちらりとライハの背中を一瞥した哀がつらつらと手帳に書かれた文章を読み上げる小さな声を聞く。
 どうやら沼に沈められたあの男、相棒選びに失敗したようだ。よりにもよって宝をひとり占めするために相棒を殺すことさえ厭わないトレジャーハンター、毒鼠と組むことになろうとは。
 日記はそこで終わり、その後のページは破られているらしい。

 須藤と堆はこちらの声は聞こえていなかったようで、振り返ることなく歩いて突き当たりの扉を開ける。そこに見えた白い何かが気になったらしい元太が横を駆けて行った。向こうには千住がいるので無理に引き留めたりはしない。


「おおーっ!すげぇーっ、滝がいっぱいだぞ!!」


 扉をくぐり、一同は滝壺へ出る。ライハは最初に見たときよりも湯気の量が減っていることに気づいて目を瞬かせるが、大仕掛けが作動したときに水がここにも流れ込んだことで温泉の温度と滝壺の気温が下がったのだと悟る。だが流れ込んだ水の殆どは滝壺の穴を通じて谷底へ落ちていったのだろう、湯気は減っても温泉の色は変わらず鈍い赤のままだ。

 ここを通ったらしい須藤が一直線に階段下の隠し扉へと向かい、子供達も須藤に続き扉へ向かうが、ふとコナンだけが列を外れて支流の方へと歩いて行った。


「コレ、小僧!そっちは出口じゃないぞ!」


 スルーできるかと思いきややはりそう簡単にいかず、千住が引き留めようとするもコナンは無視して支流の足場へと跳び移った。
 あれは確信しているなとライハが内心呟き、視界の端で千住がため息をついたのを捉えて胸中お察しする。だが首根っこ掴んで引き戻すには野府ライハでは難しい。下手をすれば麻酔針を撃ちこまれる。
 隠し扉から離れ、コナンのもとへと駆け寄る子供達について歩き出したライハは、誰にも気づかれないようため息をついた。






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