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 ※それぞれ、各キャラの氏名はアニメ版を採用しています。



 三水吉右衛門の屋敷に足を踏み入れたコナン達だったが、早速玄関にある階段のトラップに引っ掛かってしまい、床下にある槍へ落ちてあわや串刺しになりかけた元太は横から手を伸ばした大柄な男に間一髪助けられた。
 男は元太の襟首を掴みながらお前らも三水吉右衛門の宝探しか?と問い、それにコナンを含む子供全員が答えられずにいると、答えを求めていなかったのか、階段のトラップを足で解除し気をつけなと忠言をくれる。
 さらに上へ登るにはもっと奥へ行かなければならないこと、絡繰吉右衛門はかなりのひねくれ者であり、目に見えたものを鵜呑みにして動くと痛い目を見るとご丁寧に教えてくれた男は、それよりもと己の用件に入った。


「お前ら、妙な石を見つけなかったか?」


 男の問いに、それならと答えそうになった歩美を遮り「見つけてないよ!何も」とコナンが笑顔で嘘をつく。それを信じて見つけたら教えてくれよなと返す男に先程勾玉を見つけたコナンは笑顔のまま頷き、当然子供達にどうして嘘をつくのかと声を潜ませて訊かれるが、コナンとしてはあの男を信用して正直に話すわけにはいかなかった。
 元太を助けてくれたとはいえ本当に良い人とは限らない。仲良くなり、石の勾玉を奪う気なのかもしれないと哀が油断なく男を見据えながら言えば、笑みを消したコナンが同意して「あいつがキッドなら尚更そうする」と呟く。沼に沈められた男を殺した犯人だとしても同様だ。

 ─── と、口にしたものの、実はコナンはあの男がキッドだとしても殺人犯ではないと確信している。正確に言えば「キッドであるなら殺人犯ではない」だ。逆も然り。
 キッドは宝石は盗っても殺しはしないと世間で噂されているが、それも当然。キッドが殺人など犯すはずがないことをコナンは疑わない。
 何せもう、怪盗キッドの正体が自分と同じ高校生であり、我が姉貴分の恋人であると知っているのだから。






□ 絡繰屋敷 11 □





 須藤 雲造うんぞうと名乗ったトレジャーハンターの男について屋敷の奥へと歩いていると、ふいに進行方向から足音が聞こえて一同は足を止めた。
 コナンが腕時計のライトで先を照らす。突き当たりは左右に分かれており、T字型の廊下の左側から光が漏れたかと思えば、ふいに誰かが角から現れた。


「……兄ちゃん、誰だ?」


 複数の光で自分以外の誰かがいることには気づいていたのだろう、ライトに照らされた短い黒髪の青年は驚くことなく、しかし子供が複数いることは予想外だったのか目を瞬かせた。青年は些か固い声で誰何すいかしてきた須藤に子供から視線を上げて目を向けると、静かな微笑みを浮かべたまま小さく頭を下げる。
 歳の頃は二十歳を越えているだろう。さらりと髪がかかる顔は整っており所作には無駄がなく、どこか気品を漂わせた青年だ。
 彼は顔を上げて子供達を順番に視線でひと撫でする。その目もまた、不愉快になるようなものではなく優しげなあたたかさに満ちていて、どうしてか警戒心を抱かせなかった。


「兄ちゃんもトレジャーハンターか?」


 誰何に答えない青年に焦れたのか、問いを重ねる須藤に視線を戻して青年がこくりと頷く。しかし次に首を横に振り、ポケットから取り出した紙にさらりとペンで何かを書きつけた。


『見習いですけれどね』


 紙を掲げ、とんとんと指で自分の喉を叩いてバツを作る青年が喋れないことをコナンは察し、筆談する青年に喋れねーのか?と直球を投げたのは元太で、しかし青年は気分を害した様子もなく頷いた。


『僕は野府のふライハ。君達の名前を窺っても?』


 床に膝をつき視線を合わせて名乗られれば答えるしかなく、子供達は素直に名乗り、コナンと哀もそれぞれ名乗った。ひとりひとりの顔を見て頷き、「OK覚えた」と言うように目を細めて笑みを深めたライハが指で丸を作り、子供達も真似をして笑顔で指で丸を作って返す。
 立ち上がったライハが須藤を振り返ると、子供達とのやり取りで毒気が抜かれたらしい須藤が苦笑を浮かべ「お前さんと同業だよ」と身分を明かして名乗る。


「なー兄ちゃんも一緒に行こうぜ!」

「旅は道連れって言いますし!」


 元太と光彦がライハを誘い、旅ってほどのもんでもねぇだろとコナンは呆れたが、彼がキッドもしくは殺人犯だとも限らないから近くで様子を窺うためにも反対はしない。少なくとも人を殺しそうな人物ではないことは短いやり取りで感じたが、ベルモットが変装している間の新出を思えば気の緩みは命取りだと自身に言い聞かせる。
 須藤に目を向け、肩を竦めて何も言われなかったことで好きにしろと解釈したらしいライハが笑みを深めて頷き、同行することになった。


「お兄さん、あっちに何かあったー?」


 通路の左側を指差す歩美の問いにライハが横に首を振り、先に調べていたらしい須藤が「俺もさっき行ったが、ただの行き止まりだったよ」と答え、右の道へと歩いて行く。
 外見や年齢から須藤よりはライハの方がとっつきやすいのだろう、須藤の後ろをついて歩く彼に子供達が纏わりつき、見習いって何やるんだ?今まで何見つけたの?見習いってことはお師匠さんがいるんですよね、どんな人ですか?などと元太歩美光彦が質問責めにしていて、唇を閉ざしたまま眉を下げて困ったように笑う彼が喋れないことを思い出した3人がはっとして顔を見合わせた。顔をくもらせた子供達に気づいて哀が子供達に近づく。


「あなた達、質問するならイエスかノーかで答えられることを訊きなさい」

「それならわざわざ紙に書かなくてもすぐ答えてもらえるだろ」


 哀にコナンが続けてフォローすると子供達がそっかと納得し、それぞれイエスノーで答えてもらえるよう質問を考え直す。先にライハを仰ぎ見たのは元太だった。


「見習いって、あの男みたいにひとりで宝探しすんのか?」


 首肯。


「今までにもお宝見つけたことある?」


 否定。


「お師匠さんはいますか?やっぱり怖い人なんです?」


 首肯。首肯。そして遠い目。脳裏に浮かんだ何かを振り払うようにぶんぶんと頭を振ったライハを見て、「怖ぇんだな…」と呟いた元太にライハが力強く頷き、突如笑みを引き攣らせて左右を見渡す。何となく察したコナンがボク達以外誰もいないよ、と声をかけると壊れたおもちゃのように何度も頷くのを見て、余程怖ぇんだなと一同の頬も引き攣った。


「成程、兄ちゃんも例のニュースを見て師匠に尻を蹴飛ばされて来たってわけか」


 須藤の言葉に頷き、ライハが苦笑して肩をすくめる。そのとき、ぱしゃりと水が跳ねる音が響いた。


「あ、鯉さんだ!」


 音がした方を腕時計のライトで照らし、家の中を流れる川を泳ぐ魚に気づいた歩美が水際に近寄る。その後ろに続き、歩美の背中越しにライハもまた川を覗きこんだ。いっぱいいるよ、とさらに川を覗きこもうと少し前のめりになる歩美の肩に手を置いて支える青年の後ろ姿をじっと見つめていたコナンは、「大丈夫だと思うわよ」とふいに声をかけられて隣に立つ哀を半眼で見やる。


「あの人…ライハさん、須藤って人よりは信用できそうだけど?」

「そうかぁ?悪い人じゃなさそうってのは否定しねーけど…オレはオメーほどあの人を信用できねぇよ。見習いだとしても、三水吉右衛門の宝を狙うトレジャーハンターなら尚更な」

「それもそうね。あなたが心から信用して信頼できるの、ひじりくらいなんだから」


 肩を竦める哀の言葉を否定できず、今この場にいない姉貴分を思い浮かべたコナンは口を閉ざす。今頃あいつは何してんだ、と内心呟くが返事があるはずもなく。


「私もよ」


 そう、ひと言残して先を行く哀の背中を思わず見つめる。すると歩美の隣で川側を歩くライハが遅れるコナンに気づいて振り返り、おいでと手招かれたコナンは苦笑して哀の後に続いた。

 沼に沈められた男を殺した犯人は判らず、出会った彼らが本当に信用に足る人物かも判断ができない今、こういうときひじりが傍にいてくれれば力強いんだけどなと姉貴分を思い浮かべたコナンはしかし、胸中の人物が今まさにこの場にいることには、まだ気づくことはできなかった。





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