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「それで、収穫は?」

「ゼロ。宝石どころか何の仕掛けもありませんでした。強いて言うなら見た目より頑丈に造られてることくらいです。ひじりさんは?」

「こっちも宝石はなかったけど、気になる所がひとつ」


 百聞は一見に如かず、見てもらった方が早いとひじりは快斗を連れて歩き出した。





□ 絡繰屋敷 4 □





 3階の部屋は1階ほど部屋数がなくひらけており、障害物も殆どない。精々が屋根を支える柱くらいで、それも大人2人いれば囲えるほどの太さだ。辺りを軽く見渡した快斗が「あれ?」と呟く。


ひじりさん、あの太い柱は…」

ここ・・だよ」


 床を爪先でトンと叩いて示す。1階と2階を貫いていた、中が空洞の太い柱。3階には姿も形もないそれがあった位置に立ったひじりは天井へ伸びる梯子を背に快斗を振り返った。


「落とし穴ですか」 

「そう。さて快斗、私達は罠を避けてここまで来た。けれど探索した結果最上階、屋根共に何もなく。……じゃあ、上にないのなら」

罠にかかって・・・・・・下へ・・


 そういうことだろうね、と頷く。3階にはここ以外に下へ降りる仕掛けは特になく、エレベーターは1階へと戻ってしまっているため、窓から外へ飛び降りるしか階下へ戻る手段はない。けれどここまで仕掛けを使って来たのであれば、同じように仕掛けを使って今度は下へ、ということになる。もちろん敢えて罠にかかるわけなのだからリスクはあるが、落とし穴程度ならば大丈夫だろう。

 快斗が屋根を探索している間、ひじりはこの仕掛けを見つけたが動かしてはいない。だが梯子の下の床に切れ込みが入って開くようになっていること、この場所の真下があの太い柱なのだと判ればこの仕掛けが落とし穴の類であることは判った。仕掛けのスイッチはおそらく梯子を掴むことだろう。上へ登ろうとすれば落ちるのだから。
 床を確かめていた快斗が立ち上がり、ワイヤー銃を手に天井目掛けて引き金を引こうと位置を調整する。


「それじゃ早速……あっ

「えっ」


 ガコ


 パカ


 突然体勢を崩した快斗が胸元にダイブしてきて不意を突かれたひじりは梯子に背中を打ち、そのことで仕掛けが作動してしまい足元が開いた。
 一瞬の浮遊感、そして落下。反射的に快斗を抱きしめると腰に左手を回されて引き寄せられ、快斗が右手に握ったワイヤー銃が上を向いて引き金が引かれた。うまくワイヤーが天井に刺さったようで落下が止まり、それからゆっくりと下降してほっと息をつく。


「ありがとう快斗」


 礼を言って快斗の頭に頬を寄せるが、そもそもワイヤーを撃つ前に落ちる羽目になったのは快斗が突然倒れてきたからで。足でも滑らせたのかと問うが無言のまま返事はなく、そういえば快斗の頭を抱えるように抱きしめているためこれは返事のしようもないなと思い至る。苦しいだろうけど地面に着くまでもう少しだけ我慢してほしい、とひじりが内心で呟いた。─── が、当の快斗はそれどころではない。


(ふわふわ死ぬやわらかい死ぬ魅惑のましゅまろ感触良い匂い死ぬ腰細い死ぬあああああひじりさんの足が!絡んで!早く地面!!!地面はまだか!!!


 極楽だが生き地獄だった、とのちに快斗は誰にも語らず不定期に思い出すことになる。
 足を滑らせてダイブしてしまった先はふわふわでやわらかくて良い匂いがして左手を回した腰は細くて無意識にすり寄るように絡む足は蠱惑的で、けれど何もできないまま快斗は数分間極楽生き地獄ラッキースケベを堪能した。そしてそんな快斗の様子にひじりは全く気づくことはなく。

 3階から1階を通り越して最下層の地下へと2人は降り立ち、地面に足をつけたひじりが快斗から体を離すと、ワイヤーを回収しひじりからふらりと離れた快斗が顔を片手で押さえながら地面に手をついてしゃがみこんだ。


「やっぱり苦しかった?ごめんね快斗」

「だ、大丈夫です…オレこそすみません、足を滑らせてしまって」


 鼻を押さえているのは強く打ってしまったからだろうか。ひじりがほんの僅かに眉を下げ、それを敏く読み取った快斗が立ち上がって「大丈夫です問題ありません!」笑ってみせる。暗視ゴーグルをつけているせいで快斗の顔が真っ赤になっていることにひじりは気づかず、暗視ゴーグルのお陰でひじりに気づかれずに済み快斗は心底ほっとしていた。

 ひじりは快斗が自分で言った通り動きにも特に問題がなさそうであることを確認し、周囲に視線を移して様子を窺う。地下ではあるが成人男性が立っても問題ないほど天井は高く周囲はひらけていて、ざっと見る限り目立った仕掛けもない。
 そして足元には無数の骸骨。骸骨が纏う服は年代的にも古く、また経年劣化によってぼろぼろになっているがどれも動きやすいもので、おそらくトレジャーハンター達だろう。罠にかかって息絶えたか、ここから出られなくなったか。上から落ちてきてそのまま、ということもありそうだ。


ひじりさん、あれ」

「……お墓?」


 快斗がふと少し離れた場所を指差し、どちらからともなく骸骨に足を取られないよう墓らしきものへと近づくと、それが上台のない、簡素な墓の形をしているが本物の墓とは違うものであることが判った。墓石に文字が刻まれているのを見てひじりと快斗は暗視ゴーグルを外し、懐中電灯を点ける。



 迷ひし者
 我に神器を
 供へよ

 三水吉右衛門



 墓石に刻まれた文字は短く、おそらく暗号。それも表の石灯籠に刻まれていた暗号のヒントだ。「迷ひし者」は、石灯籠の暗号が解けずに困っている者のことだろう。だが供えるべき“神器”とは。
 ふと目を瞬き、ひじりはポケットから石の勾玉を取り出した。快斗もバッグから石の鏡を取り出す。勾玉と鏡、そして供えるは“神器”となれば、この場にひとつ足りないことに気がつく。


「三水吉右衛門に供えるは三種の神器」

「となれば、残るはつるぎですね」


 “仁王の石”が見えてきたからか、口の端を吊り上げて笑う快斗に頷く。三種の神器は八尺瓊やさかにの勾玉、八咫やたの鏡、そして最後のひとつは草薙のつるぎ
 屋敷の表を含め、1階から順に探索して見つけたのは勾玉と鏡だけ。ならば残るひとつ、剣が必ずどこかにあるはずだ。
 三水吉右衛門に供える、ということは墓石にはめ込む仕掛けがあるのではとひじりが矯めつ眇めつするが何もなく、じっと墓石を眺めながら無言で思考に耽っていた快斗がふいに口を開いた。


「“炎”と“永”…」

「勾玉と鏡に書いてあった文字?」

「三種の神器を模したこれらを用意したのは三水吉右衛門でしょうし、なら無意味なものであるはずがないかと」

「確かに。でも墓石には何の仕掛けもなさそうだから、とりあえず先に行ってみる?」

「ええ。まずはこの暗く淀んだ場所から這い出たいところです」


 懐中電灯を消して暗視ゴーグルをつけ直し、2人は出口を探す。するとふいに空気が動いた気がして、快斗がライターを点けて風の元を探れば1ヶ所反応を示し、調べてみると回転扉の仕掛けがあった。罠の類がないことを確認後、仕掛けを作動させて道を開く。その先の通路もまた一切の光がない闇が広がっていた。

 ここが陽の光も差さない地下でろくに明かりもなく、現代のように暗視ゴーグルや自前の明かりもなければ何も見えない闇の中、ひとりここに落ちてきてしまうとどうなるかは想像に難くない。そうして朽ち果てていった者達の残骸に背を向けて、2人は先へと行くために歩き出した。






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