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 1階をひと通り探索した結果は、「生活感がない」のひと言に尽きた。
 外見はただの3階建ての屋敷だが、一般住宅にしては木造建築ではあるが頑丈に作られており、また広さの異なる部屋はいくつかあるものの家具の類は一切なく、そしてほぼ全ての部屋のどこかに落とし穴や何かのスイッチと言った仕掛けが施されていて、とてもではないが日常生活が送れるようなものではない。つまるところ、この屋敷は“仁王の石”を隠して守るために建てられたものであるということ。
 だが防犯システムは手の入れ込みようが半端ではないのにこの屋敷の地図は残すわ石灯籠にわざわざ宝の在処を示すわと、その意図が読めない。盗られたくないのか、盗れるものならば盗ってみろと煽りたいのか。


「まさかダイヤモンド自体ここに置いてない…なんてこと、ありませんよね」


 思わず呟いた快斗に、いくらかなりのひねくれ者でもさすがにそれはないと思う、とひじりは断言できず沈黙した。





□ 絡繰屋敷 3 □





 嫌な想像をしてしまったが2人は気を取り直し、1階にはいくつかの仕掛け以外には特に何もないことを確認して次に上へ行くかそれとも下か、と考えた結果、石灯籠の暗号に「ダイヤモンドがあるのは太陽の一番近く」とあったことと、玄関にあった階段が上へ登らせないトラップであったために上─── 2階へ行くことに決めた。
 それと、おそらく地下もありそうだと床を足で叩いて確認していた快斗の言葉にひじりも頷く。吉右衛門の性格を考えるならば地下へ降りるためには上へ行かなければならないだろう。

 そうして上へ行くと決めたものの、玄関にある階段は使えない以上、どこかの仕掛けを使わなければならない。
 だが片っ端から仕掛けを作動させるのは無駄な行為であるし何より危険だ。仕掛けの設置場所と周辺の様子から、一番可能性が高そうな奥の方へ行こうと2人は並んで歩き出した。

 1階の奥へ進むとふいに目の前を横切るように川が流れ、覗きこめば多くの鯉が泳いでいる。川に沿って歩いて行くと、日本庭園にあるような短い反橋そりはしが対岸へと渡るためにかけられていた。

 先程この辺りを探索したときは魚嫌いの快斗が鯉を見るのを全力で嫌がったため後回しにしていたが、ここまで来たのならばスルーというわけにはいかない。
 快斗の代わりにひじりが川を調べると、川の底に何かあることに気づいた。


「快斗、何かある」

「本当ですかひぃっ!魚!!

「……私が拾うから、快斗はそこにいて」


 川を見ようとして鯉が視界に入ったのだろう、瞬時にのけぞって素早く後退した快斗は残念ながら使い物にならなさそうで、ひじりは袖をまくり川の際に膝をつくととゆらゆらと揺れる水面へと手を伸ばす。
 肩までつからずそれには手が届いた。底が思ったよりも浅い─── のではなく、それの周辺が一部台座のようになっていて高くなっているのだ。
 まさかここにも何か仕掛けがあるのかと警戒しながらゆっくり引き上げるも特に何も起こらず、川の底に沈められていたそれを床に置いて改めて見ると、薄い円形の石であることが判った。


「石の板…じゃなくて、もしかしてこれは鏡?」

「そして“永”の文字か」


 然程複雑ではない模様と文字が刻まれた面の逆側は何もなく、平坦にのっぺりとしていることに、昔の日本が使っていたとされる鏡を彷彿としてひじりが呟き、快斗が石でできた鏡に刻まれた文字に眉を寄せる。
 快斗からタオルを受け取って濡れた腕を拭い、袖を元に戻したひじりはポケットから勾玉を取り出した。おそらくこれと同じようなものだろう。三水吉右衛門が残したヒントなのかこれから必要になるのかは、やはりまだ判らないが。

 手の平に収まるサイズの勾玉と違い、石の鏡は嵩張る上に重量もそれなりにあるが持って行かない選択肢はなく、水気を拭って快斗のバッグに入れる。重くない?と訊いたが問題ありませんと返され、あとでタイミングを見て荷物を代わろうと決めた。素直に代わってくれるかは分からないが。

 改めて石の鏡が沈んでいた川を振り返ってもう一度見てみる。だが他に特筆すべきことは何もなく、気づいたことと言えば、家の中を流れる川で繁殖したにしては鯉の数が多すぎるから、おそらく外の沼とどこかで繋がっているのだろうということくらいだ。
 橋の前でもう一度川を悠々と泳ぐ鯉に視線を落とすとふいに手を引かれ、前だけを見て一切視線を下に向けないまま快斗が急かす。


「手掛かりもあったしもうここはいいでしょう早く行こう」

「うん。…そういえば、鯉のひげって猫みたいに感覚器らしいよ。見た目は口ひげみたいだけど」

「ギョギョッ~!想像しちまった!!!」


 つい思い出した知識をぽろりとこぼすと、瞬間顔を青くして頭を抱えた快斗の背を撫でて宥める。さっきも怯えたように快斗にとってこの辺りは特に天敵の巣窟だ、分かっていながら口にしてしまい、悪いことをしたと反省しつつ今度はひじりが快斗の手を引いて足早に進む。


「ごめんね快斗」

「うう…あとで膝枕…」

「実は割と余裕あるね?」


 ちゃっかりおねだりする快斗に突っ込むがOKと返事をして橋を渡り切り、対岸へ着いたところに、床に備えつけられた左右の扉が中央に向かって若干下がっている、これ見よがしな落とし穴─── に見せかけた仕掛けがひとつ。
 その仕掛けの向こうには大きく太い柱があり、行き止まりだ。そういえば先程この辺りに来たときは足元の仕掛けに目がいってその先にある柱をよく調べていなかったとふと思い、仕掛けを避けて柱へ近寄ったひじりは目視で仕掛けらしきものがないのかを確かめてから軽く柱を叩いた。


 コン


 その軽い音に、快斗を振り返って顔を見合わせる。
 外周を囲むには大人10人は必要なくらい胴回りの太い柱だ、いくら木材の質によるものとは言え、こんなにも軽い音で済むはずがない。快斗が無言で隣に立ち、柱に耳をつけたのを見てひじりも同じように耳をつけると、もう一度柱を快斗が叩いた。


 コォー…ン


 耳朶を直接叩いて響く音に、中が空洞なのだと知る。耳をつけたまま2人は目を合わせ、同時に上を見上げて視線は天井に行き止まる。
 2階以降での柱の位置は覚えておこう。無言で柱から離れると快斗が床の仕掛けを踏んだ。
 ガコ、と落とし穴を模した仕掛けが音を立て、観音開きの床扉が自動で開かれるともうひとつ床が現れる。さらに柱の一部が縦に開き中から鎖が出てきたと思えば、おそらく床の仕掛けと同時に開いたのだろう、いつの間にか天井にも床扉と同じサイズの仕掛け扉が開いていて鎖はその先へと吸い込まれた。
 鎖は床扉の下にある板の四方に繋がっており、この仕掛けが何なのかを理解すると同時、「こりゃすげぇ」と快斗が隣で感心する。滑車にでも繋がっていたか、鎖が張り詰めて鈍い音を立てながらせり上がっていく板を見ていれば、それは簡易エレベーターになった。
 快斗が先に乗って軽く板を踏みしめ、強度に問題がないと判断してひじりに手を差し出す。それを取りひじりも乗り込んだ。

 玄関の階段では上へ行こうとして下へ落ち、この落とし穴を模した仕掛けは下へ落ちると思いきや上へ。調べた通りのひねくれ者だ、三水吉右衛門は。

 エレベーターの上昇速度は遅いが、然程時間をかけずに2階へ辿り着いた。そして2階で自動的に止まるらしく、ガコンとひとつ鈍い音を立てたきり動かなくなった。3階へ行くにはまた別の道を探せということらしい。
 暗視ゴーグル越しに辺りを見渡す。そのとき、ふいに視界を何かが掠めた。


「っ!」


 ひじりは反射的に懐に隠したホルスターから取り出したゴム弾銃を構えるが、それよりも早く隣にいた快斗がトランプ銃を取り出して撃っていた。床に刺さったトランプを見て、流石怪盗キッド、と内心で呟き感嘆の息を吐く。
 赤井にしごき抜かれた成果でもあるだろう、早撃ちでは既にひじりを超えている。あとは精度の差だが、それもいくらか経験を積み重ねれば並ぶことは確信していた。それが悔しいとは思わないが、赤井のように日々上達していく快斗に楽しみも喜びも浮かぶこともなかった。

 ひじりは無表情を変えないまま床に刺さるトランプを覗きこみ、カードの角に貫かれた小さいものに気づく。快斗も同じように覗きこんで眉をひそめた。


「蜘蛛?」

「……毒がある種類だね、これ」

「うえ、毒蜘蛛がいるのかよここ」


 大きさは親指の先くらいで、噛まれるとすぐ死に至るということはないが、この種類の蜘蛛が持つ毒は神経毒であるため、軽症でも激痛が走るのは間違いない。だが積極的に襲ってくる種類でもなく、また重症化しなければ命の危険は少ないから、わざわざ1匹ずつ駆除する必要もないだろう。
 それにしても、周囲が森だからといってこの毒蜘蛛が自然に屋敷に住み着いたとは考えにくい。ほぼ間違いなく吉右衛門が放ったものと考えていい。
 ひねくれ者に加えて意地が悪い、と情報を更新すると、床から抜いたカードを快斗が嫌そうな顔をしながらライターで燃やした。さすがにキッドに繋がりかねないトランプをここに残しておけないし、かと言って毒蜘蛛の体液がついたそれを持ち歩く気にはなれなかったようだ。気持ちはとてもよく分かる。


 ギギギギギ…


 ふいに仕掛けが起動する鈍い音が聞こえて気を張り詰めたが、音の発信源を辿ればどうやらエレベーターの仕掛けが自動的に1階へ戻る音で、つまりは1階へ戻る手段を失くしてしまったということだが、まぁ外にさえ出られれば地上へ降りることは難しくないため特に気には留めなかった。

 改めて2階を探索する。1階ほどの仕掛けはなく、だが3階へ上がるものは階段ではなくスロープ状の廊下だった。
 落とし穴はない。しかし廊下の壁から真剣の槍が飛び出てくる仕掛けには2人して真顔になってしまった。殺意が高い。


「っと、屋根か」


 廊下の仕掛けを解除して3階へと辿り着き窓から外を見た快斗が呟く。出れそう?と問うと頷きが返ってきた。屋根の瓦が剥げていたり朽ちていたりと、足場は悪いが特に問題はないらしい。
 では快斗が屋根を、その間ひじりが3階を探索することにして、どんなに遅くとも30分以内に集合することを決めて2人は別れた。

 荷物を預かり快斗が窓から屋根へと上がって行ったのを見送り、さてとひじりは室内を振り返る。暗視ゴーグルのお陰で視界には苦労しないが、一見ではどんな仕掛けが待っているのかは判らない。
 せめて死なないものであってほしいと思いながら、ひじりも探索の一歩目を踏み出した。






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