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「…
ひじり、お姉様…」
キッドのハンググライダーが完全に見えなくなり、背中から呆然とかかった声に振り返った
ひじりは、園子にやわらかく目を細めて歩み寄った。
「ありがとう、園子」
こんな私を慕ってくれて、死なせたくないと思ってくれて、心を揺らした自分が決して間違いではないと思わせてくれて。
だからそれに応えよう。あなた達よりも快斗を選ぶことは変わらないけれど、切り捨てたりはしない。
ひじりもまた、園子を始めとしたたくさんの者達を死なせたくないと思っているのだから。
頭を撫でてやれば園子がぐしゃりと顔を歪めて眦に溜めた涙を、
ひじりの指が優しく拭い取った。
□ 銀翼の奇術師 22 □
「蘭、私と代わって」
園子と共にコックピットに戻ってからの第一声がそれで、目を見開いて戸惑う蘭に、
ひじりは真剣な顔でもう一度代わるよう言った。
「で、でも
ひじりお姉ちゃん…」
「安心して、私も多少の経験はあるから。…大丈夫、蘭もコナンも園子も、みんな絶対に死なせたりしない」
「…分かった」
蘭が頷き、ヘッドセットを着けてすぐに席を代わった
ひじりが操縦桿を握る。
コナンの席の後ろに立った蘭がそういえば新庄さんは?と問いかけ、それに
ひじりが「飛び降りたよ」とあっさり答え、驚く蘭とコナンに園子が注釈を加えた。
「新庄さんがキッド様だったのよ。本当は
ひじりお姉様を連れて降りるつもりだったみたいだけど…お姉様、断っちゃった」
「そうなの?でも、キッドは何で飛び降りたりなんか…墜落するのが怖くなった…とか?」
蘭が疑問に思って首を傾げると、園子がううんと首を振る。
「そんな感じじゃなかったわ。えっと、
ひじりお姉様は確か、キッド様はキッド様にしかできないことをして、って言ってたけど」
「どういうこと?
ひじり姉ちゃん。もしかしてキッド、埠頭に何か…?」
「説明するより見た方が早いから、すぐに判るよ」
操縦に集中したいがために敢えて答えず、燃料が許す限り埠頭の周りを旋回して様子を見る。
明確なことは言わなかったが、最後の問題であった埠頭の明かりについてはキッドに任せていいと判断したようで、少しの不安を残しながらもコナンと蘭、園子は同時にほっと息をついた。
それから何度か埠頭の周りを旋回する。
埠頭の周りは暗く、所々ライトが点いているのが判るが着陸するには不十分だ。やはりキッドが上手くやってくれるのを待つ必要があるか。
最悪、このままで着陸することも考え始めた
ひじりへ、ふと蘭が疑問を口にした。
「ねぇ、
ひじりお姉ちゃん…飛行機の操縦なんて、どこで習ったの?」
「気になる?」
「うん…訊いちゃダメだった?」
「…いいよ、教えてあげても」
「
ひじり姉ちゃん?」
操縦の仕方を習ったのは当然“人形”だった頃だろうと思っていたコナンが驚いたように声を上げ、教えるつもりなのかと言わんばかりのコナンを一瞥して蘭を振り返らずに再び口を開く。
「生きて地上に降りられたらね」
「
ひじりお姉ちゃん…」
「でも私は可愛い
弟妹分を死なせたくはないから、どっちにしろ教えなきゃいけないかな。まぁ無事降りられたときの楽しみにでもしててよ、蘭」
「…うん」
前を見ながら努めて
ひじりが優しい声音で言うと蘭も笑って頷く。
コナンが物言いたげに見ているのは分かっていたがここは無視をして、キッドはまだかと地上を見下ろしてみれば、ふと赤い光の帯がはっきりと見えた。
「あれ?…灯り…?」
「えっ、どれ園子!」
園子も気づいたようで窓に張りつくと蘭が園子の方へ駆け寄り、コナンもまたはっとして地上を見た。その唇が弧を描く。あの赤い光の正体を悟ったようだ。そして
ひじりもまた、確信を得る。
あれが間違いなくキッドが呼んだものであるのなら、キッドが呼べるもの─── 警察、パトカー。
中森はキッドが諦めず樹里の別荘に現れると踏んでいただろうから、絶対に逃がすものかと意気込みその数は普段よりずっと多いはずだ。
「ねぇ
ひじりお姉様、もしかしてあれって…!」
パトカーの大群が埠頭の淵を沿うように並び滑走路ができたのを見て園子が
ひじりを振り返り、それに頷くことであれがキッドの仕業だと肯定して、すぐさま表情を引き締めると着陸態勢へと入る。
「蘭、園子。どこかにしっかり掴まってて」
「う、うん!」
「分かりました!」
ひじりの指示に従い、蘭はコナンが座る副操縦士席を、園子は機長席をそれぞれしっかり掴んだ。それを確認して操縦桿を操作し、ゆっくりと機体を左に旋回させる。
これからが正念場だ。燃料はもう残っておらず、チャンスは一回。失敗は許されない。
(……快斗)
崎守埠頭に向けて機首を調整し、機体の安定を保った
ひじりは己の左薬指にはまる指輪へ目をやった。
あのとき、キッドと共に飛び降りなかったことを後悔していない。
待っていて。絶対に帰るから。あなたのもとへ、必ず帰るから。
(大丈夫。私達は共に生き、そして死ぬ。…それまでどちらかが先に逝くことはない。そうでしょう?)
それは誓いだ。生と、死すら共に。
ひじりは今一度誓い直すかのように、操縦桿から左手を離して静かに唇へ指輪を寄せた。
冷たい金属の感触がひやりと頭を冷やす。指輪を離し、再び操縦桿を握り直して前を向いた
ひじりが内線電話へと手を伸ばした。
「乗客の皆様、これより当機は緊急着陸を行います。シートベルトをしっかりと締め、乗務員の指示に従ってください」
それだけ言って通話を切る。
これで、機内についてはあとは乗務員に任せておこう。彼女達もプロだ。迷うことなく動いてくれるはず。
限界まで息を吸って全て吐き出し、深呼吸を一度だけした
ひじりは黒曜の瞳を煌かせ、しっかりと操縦桿を握り直した。
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