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蘭が「無理です絶対無理!!」と操縦桿を握ることを拒否し、コナンがジト目で新庄を睨んでいたが、新庄とコナン以外に経験のある
ひじりは新庄がさりげなく邪魔をして阻んでいるし、握る者がいなくなった操縦桿が前に傾いで機体が勢いよく下降したこともあって問答する暇はなくなった。
「蘭姉ちゃん!早く座って!!」
コナンに鋭く呼ばれ、嫌がっても操縦桿を握らざるを得なくなった状況を察し、蘭は焦燥と緊張に体を強張らせながらもかろうじて小さく頷いた。
□ 銀翼の奇術師 20 □
恐る恐る蘭の両手が操縦桿に伸びて掴む。
機長席に座った蘭の後ろから新庄が顔を出して、そのままゆっくり操縦桿を手前に引くよう指示を出した。落ちついてな、と言われて固い顔のまま蘭が頷き、言われた通りゆっくりと操縦桿を引くと機体が下降をやめる。
「よーし、いいぞ。簡単だろ?」
「そんな…!」
笑みを浮かべながらそう言う新庄に蘭が言い返そうとするも新庄は笑んだまま軽く流し、コナンに室蘭の方角を訊く。だが訊かれる前に既に探し始めていたコナンは慌てることなく「今探してる」とページをめくり、目的のものを見つけて手を止め、新庄に函館から札幌へ向かう航空路がちょうど室蘭を通ることと方位を教えた。
それを受けて計器のつまみを回しスイッチを押す新庄の背を、
ひじりは無表情に黙って見つめ、いまだブロックしたままどけない様子についと目を細めると、ひとつ息をついて乗務員を振り返った。
「すみません、乗客の皆さんには千歳に向かうと言ってもらえますか」
「はい」
「それと、2階席の全員を下へ移してください」
「え…?」
ひじりの言葉に新庄が続けると軽く疑問の声を上げた乗務員へ、「女子高生が操縦してると知ったら、パニックになりかねないでしょ?」と彼は笑みながら理由を話した。
そして思い出したように足元の子供達を見下ろし、キャビンに戻るよう促す。えーっ!と当然不満の声を上げた子供達へ、腰を屈めて視線を合わせた新庄は真剣な顔で口を開いた。
「ここにいても、君達にできることは何もない。それよりも、君達には他の子供達が騒ぎ出さないように見張っていてほしいんだ」
子供達の顔をひとりひとり見てそう言う新庄に、元太歩美光彦の3人は顔を見合わせてまだ不満そうだったが、これがとても大事な仕事だと念を押した上で、「無理なら他の人に頼むが」と続けて一旦言葉を止め、挑発するような笑みを浮かべる。
「どうだ?…できるか?」
「…分かりました!」
「やってみる!」
「任しとけ!」
予想通り乗ってきた子供達にふっとほんの少し笑みをやわらかくして、親指を立てて頼むぞとさらに煽ると、同じく親指を立てて「ラジャー!」と声を揃えた子供達は素直にコックピットを出て行った。
相変わらず子供達の扱いがうまいなと内心で感嘆の息をつき、
ひじりもひとり輪の外にいた哀へと新庄の後ろから顔を覗かせる。
「哀も、お願い」
「…ええ、分かってるわ」
ひじりに頷いた哀が背を向けて子供達を追うようにコックピットを出て行く。それを腰を伸ばした新庄と共に見送っていると、ふと園子が「わたしは残るわよ!」と声を上げて2人は振り返った。
「もちろん
ひじりお姉様もね!何かあったとき、蘭を助けられるのはわたし達しかいないから!」
「……」
「…園子」
少し震えながら、それでもしっかりとした口調で言い切った園子は、静かに見下ろしてくる新庄を真正面から睨むように見返し、ぎゅっと
ひじりの腕を掴んだ。
決して譲らないその意志の強さに、新庄が「いいだろう」と笑みをこぼして背を向け、蘭へと話しかける。
「それじゃあ、他の装置の説明は途中でするとして…時間がない。行こう」
新庄と目を合わせたコナンが真剣な顔で頷き、蘭、新庄、コナン、園子は前を向く。
しかし
ひじりはひとり、園子に腕を掴まれながら前ではなく横を向き、側面の窓から地上を見下ろしていた。
いつの間にか雷雨はだいぶ落ち着いていて、この分ならば室蘭は少しは晴れていそうだ。
新庄が蘭に装置の説明をしている声を意識の端で聞いていた
ひじりは、そろそろ室蘭だと言って蘭に高度2,000フィートまで降下させる新庄の声を聞きながらじっと外を見る。雲を抜け、正面に街の明かりが見えてすぐに崎守埠頭を探し、おおよその位置を算出して視線を据えると鋭く目を細めた。
(─── これは)
白鳥大橋の左側。そこが崎守埠頭のはずだが、かろうじて小さな灯りが見えるだけで殆ど真っ暗だ。
飛行機を降ろすには、着陸地点の目印であり滑走するための道しるべとなり得る光が必要不可欠。暗くて何も見えないよと蘭が冷や汗を滲ませると同時に新庄が
ひじりのすぐ傍、側面の窓に寄り、新庄と入れ替わるように、彼が元いた場所へ
ひじりから手を離した園子が慌てて入ってあんなところに着陸するのかとコナンに詰め寄った。
(これは…どうしようか)
真っ暗な崎守埠頭を見て、小さくだが確かなしわが
ひじりの眉間に刻まれる。
今から別の場所を探そうにも、燃料が足りずに後戻りはできない。だが、かと言って一か八かの賭けに出るのはリスキーすぎる。
どうする。どうすればいい。この飛行機には、死なせたくない人間がたくさんいるのに。
「…
ひじりお姉ちゃん…」
絶体絶命の絶望が滲む中、迷走する思考に耽っていた
ひじりの耳にか細い声が届いて、はっと我に返った
ひじりは蘭を振り返った。だが蘭は自分が
ひじりを呼んだことには気づいていないようで、ただ瞳を震わせながら正面を向いている。
(…蘭)
いくら経験がある
ひじりとて飛行機を実際に飛ばしたことはなく、ああも真っ暗だと着陸させることはほぼ不可能と言っていい。
今操縦桿を握っていない
ひじりですら確かに焦燥と不安を感じているというのだから、その両肩に乗客全員の命を乗せた蘭の不安と重圧はいかほどか、察して余りある。
やはり代わるべきか。
ひじりがそう考えると同時、まるで思考を読み取ったかのようなタイミングで頭上から静かな声がかかった。
「…工藤さん」
呼んだのは当然のように新庄で、彼はどこからか取り出していた双眼鏡で地上を見ており、双眼鏡を下ろすと口の端を吊り上げて不敵に笑った。
すっと
ひじりへ双眼鏡が手渡される。それを受け取り同じように地上を見てみると、赤い光の帯が崎守埠頭付近で動いているのが判った。
(あれは───)
双眼鏡の倍率を最大まで上げてもはっきりとは判らないが、もしかすると。
赤い帯の正体に心当たりをつけた
ひじりは、「な、何を!?」とコナンが驚きの声を上げたのを聞いて双眼鏡を外し振り返る。
「何かヤバそうなんで、俺達は先に降りるぜ。グッドラック」
何かのスイッチを押したらしい新庄が親指を立ててコナンに言い残し、次いでやや強めに
ひじりの手首を掴んで引き寄せる。
静かな笑みを湛えた表情とは裏腹に手の平はじわりと汗が滲んでいることが判って、
ひじりは新庄─── 否、キッドの意図を悟り何も言えず、無表情に手を引かれるまま歩き出した。
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