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 ひじりと同じくメーターに目をやったコナンも顔色を変え、それに目敏く気づいた新庄が「どうした?」と訊いてそれにコナンが答える。


「燃料が殆どなくなってる」

「何?」


 コナンの固い声を聞いて素早く新庄がメーターに目をやると、そこには確かに燃料が底を尽きかけていることを示す数値があって、2人の会話を聞いた光彦が「燃料がなくなったぁ!?」と驚愕で叫んだ。





□ 銀翼の奇術師 18 □





 エンジンがひとつ落ちたことと、ひじりと子供達がコックピットに向かったのが気になって来たのだろう、蘭と園子も乗務員と共にコックピットに入って来て、光彦の叫びを聞き不安げに眉を寄せた。


「燃料がないって?」

「それってどういうことよ!」

「もしかして、エンジンが落ちてしまったから?」


 縋るように寄り添い、服の裾を掴んでくる蘭と園子の背をそれぞれ宥めるようにひじりが叩く。乗務員の問いにコナンが「いや」と否定した。
 普通、飛行機のエンジンはトラブル時を想定して4つ用意されてある。そしてそれら4つのエンジンにはそれぞれ別のタンクから燃料が供給されるため、ひとつ落ちた程度ではあそこまで燃料は減らないはずだ。
 では、なぜ。


「─── クロスフィードバルブが開いてる」

「何!?」


 エンジンとタンクをそれぞれ繋ぐ図面を映す計器を見たひじりが固い声で指し示し、コナンが頬を引き攣らせて天井のスイッチに顔を向けるのとほぼ同時にひじりがすぐさま望みものを押す。これでこれ以上余計に燃料が減ることはない。
 元太が「何だよそのクロスなんとかって…」と訳が分からないとばかりに訊いてきたが、それにクロスフィードバルブとコナンが繰り返し、操縦桿を握った新庄が丁寧に答えた。


「そのスイッチを押すと、燃料タンクを仕切っていたバルブが開いて、ひと繋がりになってしまうんだ」

「くっそー…いったいどうして」


 確かに、意識が混濁していたとは言え機長や副操縦士がバルブを開くはずがない。そもそもそのスイッチは天井にあり、あの状態の彼らがわざわざ手を伸ばすとも思えないし、押した様子もなかったはずだ。
 だが現にバルブは開かれていて、燃料も残り少ない。いったい誰が開いてくれやがったのかと、ひじりは無表情の下で少々苛立ちを覚えた。
 しかしここで誰がやったのかを判明させることは不要であり、とにかくこれから残り少ない燃料でどうするかを考えるのが先として、無言で踵を返して一度コックピットを出る。


「「「あーっ!!!」」」


 本棚の中から近場の地図が載っているものを探していると突然子供達が揃って声を上げたのが聞こえ、何事かと思って探しながら耳をすませると、どうやら機長を運んでいた伴が飛行機が揺れたことでバランスを崩し、天井に腕をついて体を支え、その拍子にクロスフィードバルブを開くスイッチを押してしまったようだった。


「ったく、あのオヤジ…!」


 チッと舌打ちし眉間に深いしわを刻んだ新庄の様子が見ずとも判り、気持ちは分かると内心で頷きながら目的の地図である赤い本を手に取る。
 コックピットに戻って来れば一刻の猶予もないことをコナンに改めて言って新庄がヘッドセットのマイクに指をかけ、コナンが後ろを振り返った。


「誰か、そこに地図があるはずだ!取ってくれ!」

「はい」

「へっ?あ、ああ…早ぇな、サンキュー」


 すぐさま応えて言われた通りのものを差し出すとコナンが軽く驚いて目を瞬かせ、だがすぐに我に返って礼を言いひじりから地図を受け取ると開いた。
 コナンの意図は分かっている。燃料は残り少なく、炎上する滑走路が元に戻るのを待つ暇はない。ならば─── どこかに不時着するしかない。


「聞こえるかタワー?応答してくれ!」


 そうしている間に管制塔へ連絡を取ろうとした新庄だったが、どうやらノイズがひどく向こうの声がよく聞こえないようで、その顔に焦りが滲む。


「いったい何が起きたんじゃ」


 さすがにじっとしていられなくなったのか今度は博士までやって来て、園子がエンジンがひとつ落ちたことと燃料もなくなりそうなことを教えた。当然ながら、それに「何じゃと!?」と博士が大きく目を見開く。


「くそっ!オーパイ、滑走路、燃料…おまけに無線までダメになっちまった!」

「オーパイがダメって…」

「じゃあ、今手動で操縦してんの!?」


 新庄が苛立たしげにもらした最悪の展開に、蘭に続いて園子がぎょっと目を剥く。子供達も手動とは思っていなかったようで、不安と驚きの混じった声を上げた。


ひじりお姉ちゃん、どうしよう…!」

ひじりお姉様…!」


 常の無表情を固くするひじりに両側からしがみついてくる蘭と園子の背を、ひじりは意識して表情を緩めるとぽんと手の平で軽く叩いた。


「大丈夫、あなた達は死なせない」

「え…」

「新庄さんがいる。コナンもいる。私もいる。何も怖いことはないし、不安に思うこともない」

ひじり…お姉ちゃん」

「まだ、手はある」


 それは2人に言い聞かせるようで、その実自分自身にも言い聞かせるものだったことに気づいたのは、当のひじりと新庄、そしてコナンだけだった。
 蘭と園子が小さく頷いてひじりから手を離す。ひじりは不安そうに見上げてくる子供達ひとりひとりの頭も撫で、ね、と誰もが見て分かるほど小さく笑ってみせた。その珍しすぎるひじりの微笑に、思わず動きを止めた子供達がはっとして頷く。


「…流石」


 不安に満ちていた顔を見事払拭したひじりに、ぽつりと新庄が称賛して、コナンがふっと口角を上げた。
 残りの燃料は3,000ポンド。1分300ポンドとして、飛んでいられる時間はあと10分しかない。その間に、どこか着陸できる場所を探さなければ。

 見つけられるはずだ。どこかに絶対ある。コナンは地図を持つ手に無意識に力をこめた。
 ひじりが「死なせない」と言った言葉の裏にある信頼を、裏切るわけにはいかなかった。






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