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「…なぁ」

「あん?」

「いい加減、腹を割って話そうぜ─── 黒羽」





□ 銀翼の奇術師 16 □





 先程新庄がキッドだと見抜いたように唐突に本名を呼ばれ、キッドは一瞬息を呑み、しかしポーカーフェイスを保ったままコナンを振り返った。


「おいおい、いきなり何言って…」


 軽く笑い、とぼけようとしたキッドはしかし、コナンがひどく真剣な顔をしているのを見て笑みを消した。
 自分と同じようで違う青い眼に宿った光は鋭い。言い逃れを許さない、あるいはどれだけ策を弄し彼の推理を打ち消そうとも決して翻そうとはしない、確信に満ちた目を逸らすことなく据えるコナンに、キッドは長く深い息を吐き出した。


(…ったく。全部無駄だったっつーことかよ)


 とぼけ、否定することはいくらでもできる。自分は工藤新一黒羽快斗両名と同じ顔であると言い逃れることも。
 けれどコナンは、もうキッドが快斗であるという事実に辿り着いてしまっているのだ。
 しかし、だからと言って素直に認めてやるほどキッドは優しくない。


「何でそう思う?」

「…ひとつひとつ挙げてたらキリねーよ。むしろ何で今まで気づかなかったんだってくらいだからな」


 確かに、あれだけ近くにいて行動を共にしていたのだから、コナンの探偵としての能力を買っているキッドからすると遅いくらいだ。だが逆に言えば、近くにいすぎたからこそ繋げられなかったのだろう。
 黒羽快斗。17歳の高校生。趣味と特技はマジック。将来の夢はマジシャン。ただの一般人、ひじりの恋人で婚約者、そしてマジシャンのたまごだと、そう思い込んでいたから。


「確信したのは、昨日の劇場でのことだ」

「ふぅん?あのときは確か、黒羽快斗は眠り姫と一緒にいたはずだが?」

「どーせあのときの黒羽は誰かの変装だろ。何でマスクが剥がれなかったのかは…ひじりキッドオメーに協力していると考えれば辻褄が合う。たとえば、あらかじめ変装マスクがはがれないような細工をした頬部分を引っ張るよう言われていた、とかな」

「ほぉー…それはまぁ、なかなか強引な推理だな」


 口角を上げて小さく笑うコナンに、しかしキッドは薄く笑うだけで大きな反応を示さない。
 これはブラフだ。確かにコナンの言うことは間違っていないが、ここで迂闊にそれを認めるような真似をすれば、言い逃れする道すら閉ざされる。近くで何度もコナンの推理を見ていたから、大体の手口は分かっていた。


「んで?オレがその黒羽快斗だって確信した理由ってのは?一応聞いておいてやるよ」

「…キッド、オメー、前に黒羽に変装したことがあるらしいな。本当か?」

「ああ。それがどうした」

「………お前気づいてねーのか」

「?」


 コナンの問いにあっさり頷けば半眼で睨まれ、キッドがさらに首を傾げると、コナンは深いため息をついた。
 それに、いったい何なんだと眉を寄せる。キッドが快斗に変装したという事実が、どうしてキッドがイコール快斗だと確信するに至るのだ。
 本気で気づいていない様子のキッドに、コナンは額に手を当てて呆れたように口を開いた。


「いいか?キッドが黒羽に変装したってことは、黒羽がマジシャンだってこともあって、当然中森警部はキッドが黒羽じゃないかって疑ったんだろ?けど、当然黒羽は自分はキッドじゃねぇって認めねぇ」

「まぁそうだな」

「……それでも中森警部は、黒羽がキッドだと疑ってかかった」

「そうだな………ん?」


 ふとコナンが何を言いたいのかを悟り、キッドは目を瞬いた。やっと気づいたかとでも言いたげなコナンが半眼で答えを口にする。


「本当に黒羽とキッドが別人なら…変装したせいで“黒羽快斗”に迷惑をかけて、オレに変装したみたいにまた黒羽に変装して迷惑をかけかねない“怪盗キッド”を、何でひじりは捕まえようとも邪魔しようともせず野放しにしてるんだ」

「あ」


 確かに、コナンの言う通りだ。
 ひじりと快斗が互いに愛し合っているのは言うまでもない。コナンとしては大切な姉貴分を取られているようで全く面白くないしたまにムカつくが、それでも2人は一緒にいるのが当然だと思うくらいには認めざるを得ないほど、想い合っている。
 ひじりは幼馴染である蘭やコナンが危ない目に遭ったら敵に対して怒ってくれる。ならば恋人で婚約者たる快斗なら、その情はさらに深く強いだろう。
 だというのに、ひじりは過去快斗にいらぬ嫌疑をかけてくれたキッドに対して不穏な態度はなく、むしろ受け入れているようにも見えることがおかしいのだ。
 快斗の顔をキッドが使ったという事実をひじりが知らないということもコナンは考えたが、だとしたら、恋人であるひじりがキッドに迫られ、快斗が嫉妬しないはずがないだろうし、当然その事実も話しているはずだから知らないはずがない。


「認めたくねーが、ひじりは人前で簡単に惚気るくらいには黒羽に心底惚れてる。認めたくねーけどよ」

「2回言うんじゃねーよ」


 思わず素で返し、第三者からのひじりの想いを聞いて頬をほのかに赤くしたキッドは、新庄の顔で苦笑した。それはコナンの推理の肯定を示していて、やれやれと肩をすくめる。


「それじゃあ、お前はいつでもオレを逮捕できるってわけだ」


 何せ、快斗の家には怪盗キッドとしての道具や衣装などの証拠品が数多く揃っている。それに中森にでも快斗が怪盗キッドだと改めて告げれば、捕まえるのもそう難しくはないかもしれない。
 しかし、コナンは不機嫌そうにキッドを一瞥して意外にも首を横に振った。


「オレが捕まえるのはあくまで“怪盗キッド”。現行犯での逮捕だ。…“黒羽快斗オメー”じゃねぇよ」

「へぇ?」

「……そうじゃねーと、さすがにひじりに嫌われそうだしな」


 ぼそりと最後に呟かれた言葉は小さく、だが確実に耳に入って思わずコナンを振り返る。
 コナンはそっぽを向いていたが僅かに見える横顔から仏頂面であることを読み取り、ふっと唇を緩めたキッドはコックピットの扉を振り返ってキャビンにいるだろうひとりの女を思い浮かべた。


「お互い、あの人には弱ぇな」

「…ああ」


 しみじみと呟かれたキッドの言葉にコナンが小さく頷いて賛同し、さらに僅かに笑みを深めると、コナンが再び真剣な目で見上げてきた。


「なぁ黒羽…お前、何で怪盗なんかやってんだ?」


 やはり訊いてきたか。絶対に訊いてくるだろうとは思っていたため驚かず、そして答えるつもりもさらさらないキッドは静かな笑みを浮かべて口を開く。


「前にも言っただろ?世の中には、謎は謎のまま残しといた方がいいこともあるんだぜ」






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