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さぁ、鉄の鳥を巣に帰そう。
力尽きて地に落ちる前に。
□ 銀翼の奇術師 15 □
「わーい!へへっ、ボクゲームセンターで何度も操縦したことがあるんだ」
新庄に指名され、あくまで子供らしくはしゃぎながら副操縦士席に座ったコナンに、さすがに止めようと小五郎が声を上げ、しかし言葉にするより早く子供達が騒ぎ出した。
「コナンくんずるーい!」
「オレも座りてぇ!」
「ボクもです!」
「これは遊びじゃないんだ!!」
笑みを消し、厳しい目と声でぴしゃりと撥ねつけた新庄に、叱られた3人は驚いて口を噤み見開いた目を瞬かせる。
だが、子供達が騒ぐのも仕方がない。同級生のコナンがいいのなら自分もと思うことくらいは。
しかし、新庄が言うようにこれは遊びじゃない。冗談ではなく生死がかかっている。それも自分だけではなく、たくさんの人間の命が。誰でもいいはずがないのだ。
コナンが選ばれたのは、操縦桿捌きが良かったことを表向きとして、本当はこの中で飛行機の操縦知識が少なからずあるため。江戸川コナンの正体が工藤新一だからだ。だからこそ新庄はコナンを選んだ。
「それに、もう操縦してもらう必要はない。ただ、ILSでも着陸するときはいくつかの操作が必要で、それを彼に手伝ってもらうだけだよ」
新庄はやわらかく笑みを描き直し、小五郎に安心させるように言うが、だからってそんなガキをと小五郎が食い下がる。しかしそれを新庄は「とにかく、僕に任せてください」と有無を言わさず切り捨てた。
「さぁ、あと15分ほどで着陸です。皆さん、キャビンに戻ってください」
まだ物言いたげだが飛行機の操縦知識もない小五郎が何も言えるはずがなく、さらにコックピットを出るよう促されて、渋々ながらも引き下がって出て行く。
ひじりも子供達を促してコックピットを出た。
元の席に着き、空いた隣の席を一瞥してシートベルトをしっかりと締める。小五郎も席に着こうとしたが英理が眠ってしまっているため蘭に隣に座るよう頼まれ、「ったく」と悪態をこぼしながらも言われた通り英理の隣に座ったのを見て、
ひじりはじっとコックピットの扉を見つめた。
■ ■ ■
特に会話もないコックピット内。
ヘッドセットをつけて操縦桿を握り、指でリズムを取るように叩いていた新庄は、
「─── お前キッドだろ」
唐突に正体を名指しされたにも関わらず、驚きも戸惑いも何ひとつ見せず笑みを浮かべたまま「ん?何のことだ?」とすっとぼけた。しかしコナンもまた不敵な笑みのままとぼけんじゃねぇと切り捨てる。
「どこの世界に、小学生のガキを操縦席に座らせる奴がいるんだ」
「ははっ、やっぱバレたか」
そもそもバレる覚悟で乗せたのだからバレたことを驚きもせず、声も新庄からキッドのものへと戻した。
「まぁ、今頃本物の新庄は…」
「偽キッドになって函館の樹里さんの別荘にいる…だろ?」
「ほーぉ…」
「お前が乗ってきたとき、樹里さん怒ってたからな」
大方パーティの余興に偽キッドになるよう樹里さんに言われてたんだろ、と続けられて「流石だな」と素直に称賛する。
ただ、もう1人─── 否、2人ほどこのままキッドが引き下がるわけがないと函館に向かった者がいる。
「今頃、偽キッドと追いかけっこしてるかもしれねぇな」
意地の悪い不敵な笑みを湛える新庄に、その2人が中森と加藤だと察したコナンは、しかしそれには特に突っ込みを入れず、いつ“
運命の宝石”を盗むつもりなのかと問うた。だがキッドはフンと鼻を鳴らし、やめたよとあっさり答える。
「え?」
「お前も知ってるだろうが、本物のスター・サファイアは口に含むと冷たいんだ。…あれは偽物だ」
おそらく、「ジョゼフィーヌ」の客寄せのために、偽物を本物と偽って公表したというところだろう。
「眠り姫の指に、まさか偽物を贈るわけにもいかねーしな」
「……」
「どうする?オレを捕まえるか、探偵君?」
捕まえるか、と問いながらも捕まる気などさらさらないキッドに、コナンは不敵な笑みを浮かべてああと頷く。
この巨大な鉄の鳥を、巣に帰してからな、と。
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