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事件は解決し、あとは函館で警察に引き渡すだけ。
だというのに、ざわざわと胸騒ぎがして落ち着かないのはどうしてだ。
新庄は樹里が耳抜きをする前に彼女の手に触れたから毒は付着していないはず。たとえついていたとしてもそれは包装に阻まれて、また溶けたチョコレートを舐めたときはそれより前にトイレへ入ったから問題はない、はずだ。
では何だ。何がここまで
ひじりをざわつかせる。
どうにも落ち着かない気持ちを宥めるように、
ひじりは自分の左手を右手で握り締めた。
□ 銀翼の奇術師 14 □
左手の薬指にはまっているのは指輪だ。特に飾り気のないシンプルな、けれどそれなりの値段は張るプラチナ。
快斗とペアのものである指輪だが、今の快斗はキッドでそして新庄で、指輪を持ってすらいないかもしれない。そのことが、どうしてだか
ひじりをひどく不安にさせた。
「ねえ!さっき機長さん達に持ってったお菓子、食べないように言って!」
胸に渦巻く不安へさらに濃く色をつけるように突然コナンが乗務員に向かって叫び、不思議そうに目を瞬く乗務員へ「早くしないと機長さん達が危ないんだ!」と続けると、小五郎が呆れたようにコナンを見下ろす。
「バカかお前は。毒は菓子に入ってなかった」
「菓子じゃねぇ!機長さん達の指にも、毒がついてるかもしれないんだ!!」
「何ぃ!?」
(─── これか)
焦れたように鋭く叫ぶコナンに、
ひじりの中でざわめいていたものが明確になった。
機長の指に毒がついているかもしれないという言葉の意味を詳しく求める小五郎を無視して、内線で何やら話していた乗務員がコックピットに向かって駆け出すとコナンは急ぎ乗務員のあとを追う。
そのただ事でない様子に、小五郎も訳が分からぬまま慌てて追いかけ、コナンと小五郎、それに乗務員2名がコックピットに入って行った。
「いったい何が…」
「分からない、けど…嫌な予感がします」
コックピットに向かったコナン達を見て新庄が呟き、
ひじりが固い声で返す。そして数秒沈黙していた新庄がふいにコックピットに向けて歩き出し、
ひじりもそのあとに続いて数歩歩いた瞬間、何の前触れもなく飛行機が大きく揺れてバランスを崩した。体を支えるために何かに掴もうと伸ばした腕を強く引かれ抱きしめられる。
「…っ」
「ああ、これはただの事故で浮気でも何でもないから、安心してくれよ?」
ゆるく微笑み、決して離さないよう、しっかり抱きしめながら席を支えに立つ新庄に小さく頷く。
変装はしていても抱き寄せる体は快斗のままだ。そう言うと何だか不埒な物言いだが、とにかく少しばかり安心した。
だが揺れはまだ治まらず、何が起こったのかも分からないままあちこちで悲鳴が上がっている。これでは階下もパニックになっているかもしれない。視界の端で倒れ込んだ元太が転がっていった。
あと少しでも揺れが治まればと思っていれば願い通り機体が安定してきて、新庄はゆっくりと体を離し、大丈夫かい?とひと声かけて
ひじりが頷くのを見てほっと息をつく。
「僕はコックピットに。工藤さんは」
「行きましょう」
「うーん、そう言うと思った」
僅かに素を見せて苦笑した新庄は、しかしすぐに表情を引き締めるとコックピットへと駆け出す。
ひじりもそれに続いて向かうと、どうやら操縦桿をコナンが握っているらしいことに気づいて目を瞬き、そういえばハワイで優作に色々と教わったのだと聞いたことを思い出して気にしないことにした。
コナンがオートパイロットのスイッチに目を向けると、それに応えるように新庄が間違わず押してやる。新庄さん、とコナンが軽く目を瞠り、それに「でかしたぞボウズ」と笑いかけた新庄が小五郎を振り返ってすぐに医者を呼ぶよう頼んだ。
小五郎が分かったと頷き、乗務員がすぐさま内線電話で機内にアナウンスをかける。運良く医者はいたようで、年嵩の男はすぐに機長と副操縦士を診てくれた。
「─── やはり、即効性の毒物による中毒ですね。応急処置をしますので、2人をキャビンに移してください」
まさか患者が機長と副操縦士だとは思っていなかったようで、冷や汗をハンカチで拭った医師に従い、小五郎が成沢と伴を呼んで手伝ってもらい2人を運んだ。
ドクターキットを取りに走る乗務員を見送り、ここにいても邪魔だろうと
ひじりは子供達を端に寄らせてその場を離れる。すると席に座っていた園子がコナンにどうして機長と副操縦士が中毒症状を起こしているのかを訊いて、コナンは2人が樹里の指にキスしたからだと答えた。普通に握手していれば毒は体内に入らなかっただろうに、不運な。
(たぶん死に至りはしないだろうけど…あの2人が操縦できるかどうか)
余計な不安を煽りたくはないため内心で呟く。
ヘリの操縦くらいは経験があるが、旅客機などもってのほかだ。操縦桿を握るような事態に陥らないよう、いるかも分からない神に祈っておくことにする。
せめて着陸する頃には回復してくれるといいのだけれど、と応急処置を受ける2人を見やった。
医師が言うには、摂取した毒物は微量だったため命に別状はないが、意識が混濁していてとても操縦できる状態ではないらしい。
ではどうするのかと誰もが不安に駆られる中、いち早く声を発したのは新庄だった。
「とにかく、すぐに
管制塔に知らせる必要がある。無線を借りるよ」
乗務員の返答も待たずにコックピットへ入った新庄は、迷うことなくヘッドセットに手を伸ばして管制塔へとコールした。管制塔にはすぐに繋がり、冷静に機長と副操縦士が急病で意識不明に陥ったため操縦できる状態にないことを伝える。
小五郎と乗務員の1人が中に入り、
ひじりとコナンがコックピットの前で止まって、子供達が中に入らないように留めながらとりあえず彼に任せることにして様子を窺う。
「乗客の新庄です。…現在、高度1万2千フィート。速度280ノットです。幸い、ILSは着陸までインプットされてますし、フラップやギア操作は多少経験があるので分かります。あとはタイミングさえ指示してもらえれば…」
詰まることなくすらすらと管制塔の指示に答えていく新庄に、これならば大丈夫そうだと小さく息を吐く。また連絡をするということで会話が一旦切られ、「というわけで」と新庄がヘッドセットを外して振り返った。
「僕が機長席に座ります。副操縦士席には…そう。君に座ってもらおうか」
そう言って指を差したのは、
ひじり─── ではなく、その横にいるコナン。
子供達も当のコナンも驚いたように声を上げたが、新庄は気にせず「先程の操縦桿捌きはなかなかのもんだったからね」と笑った。
コナンの目が鋭くなったのを見て、
ひじりはコナンが新庄の正体を見抜いたことを察した。もっとも、新庄とてそれくらいは分かっていての人選だったのだろうが。
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