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さて、コナンの推理ショーが始ま───
「あなた、もったいぶるのはそれぐらいで」
「なぁあ!?」
「園子?」
「わ、わたし?」
何やってるんだあの子は。
□ 銀翼の奇術師 13 □
早速英理と園子の声を間違えるという失態に
ひじりが額を押さえている隣で、新庄が小さく喉を鳴らして笑う。
今度はきちんと英理の声で「それぐらいにして、そろそろ真相を話したら?」と何事もなかったように、先程の園子の声は何だったのかという疑問を発する前に英理の推理ショーが始まったことで流された。
そして彼女の推理ショーは、筋道立てて犯人である人物を追い詰める。
毒を樹里の口に運んだ方法は、耳抜き。犯人は飛行機に乗った樹里が必ず耳抜きをすることも、右手でそれをすることも知っていた。もちろん、チョコレートのココアパウダーが指についたらいつもそれを舐め取ることも。
つまり樹里は、右手の指についたココアパウダーを毒ごと舐め取って完全に体の中に入れてしまったのだ。
「もっとも、樹里さんはその前からじわじわと毒物に侵されていたようだけど」
途中気分が悪くなってビタミン剤を欲しがったのも、肌から吸収された毒のせい。
肌から─── それはつまり。それに思い至った蘭がそれじゃあまさかと声を上げ、英理はええと躊躇いなく答えを口にした。
羽田空港の駐車場に停めた車。その中で、毒をファンデーションに混ぜて樹里の鼻の両側に塗り、樹里を殺害したのは─── 酒井なつき、その人だ。
「……!」
名指しされたなつきを
ひじりと新庄を除く全員が驚いて見つめる。俯いてどんな顔をしているのかは分からなかったが、ふいになつきがありえないわと笑い出した。
推理としては面白いけど、と続けた彼女を叩き伏せるように、英理はコナンから楽屋でファンデーションをいじろうとした哀と歩美を叱ったことを聞いたと言い、万が一にでも毒を混ぜたファンデーションに触れないよう釘を刺したのではないかと指摘すれば、なつきが激昂して立ち上がった。
「じゃあ!ちゃんとした証拠を見せてみなさいよ!」
「そうね。樹里さんの右手の親指と人差し指から、ファンデーションに混ぜた毒が検出されれば、それが証拠になるでしょうけど…樹里さんが指を舐めてしまった時点で、その証拠は消えてしまったわね」
暗にこの場に証拠はないと言う英理に、なつきが勝ち誇ったように笑う。しかし、英理が「でも」と続け、証拠が他にもあると断言するとその笑みも崩れた。
毒を混ぜたファンデーションとスポンジ。なつきは凶器であるその2つを機内には持ち込んでいないはず。かと言って、空港内にあるゴミ箱に捨てて来るのは危険。
ならばどうやってその2つを処分するか。
「─── そう。私なら送るでしょうね。自宅宛てに…郵便で!」
「っ!」
はっとなつきが息を呑んで目を見開く。図星を突かれたのだろう。
たとえ違うと言い逃れても、空港内の郵便局に連絡して調べてもらえば済むことだ。そして本当に違うのなら、言えるはずだ。自宅の住所を。
「……」
もはや言い逃れはできなくなり、なつきは諦めて目を伏せると俯いた。
「……あの女、私の夢を潰したのよ」
ぽつり、なつきは静かに語り出す。
なつきの夢は、ハリウッドでメイクとして活躍するものだった。そのためにLAのメイク学校に留学して英会話もマスターし、帰国したあとも、樹里のヘアメイクをしながらハリウッドに手紙を送り続けた。
そして1ヶ月前、一生に一度のチャンスでようやくその夢が叶いそうになったが───
「それを…それをあの女、裏から手を回して潰したのよ!」
悲痛な、憎しみに満ちた叫びに
ひじりは目を伏せた。
なつきの憎悪を
ひじりが理解することはできない。人が人を殺す理由など他人に理解できるものではないし、たとえ理由がなくとも殺せる人間を知っている。
メイクの腕を買って潰したのならまだ許せたと叫ぶように言うなつきは、樹里の真意が自分を便利な付き人として傍に置きたかったからだと判ったとき、実行するしかないと思ったと弱々しく続けた。
「あの女は、私の、メイクとしてのプライドを───」
顔を両手で覆って膝から崩れ落ち肩を震わせるなつきに、「メイクとしてのプライドだぁ?」と小五郎が厳しい言葉を投げかける。
「笑わせんじゃねぇ!それならどうしてメイク道具を凶器に使った」
自身のプライド─── 誇りたる自分の腕を具現化する道具に、なぜ毒を混ぜた。
そのことを指摘され、さらに今のなつきにプライドなどと言葉を使う資格はないと叱責されて、プライドだったはずのものを、抑え切れなかった殺意が殺人道具として歪めてしまったことに気づいたなつきが目を大きく見開いた。
「たとえどんなに腕が良くても、彼女の殺意までは綺麗に覆い隠すことはできなかったのかな」
博士に罪を償ってやり直すよう諭され、涙を流しながら項垂れるなつきを見て、ぽつりと
ひじりが言葉を落とした。
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