199





 舞台「ジョゼフィーヌ」はキッドに宝石が盗られることもなく、大盛況で幕を閉じた。
 警察も小五郎も舞台関係者も、今回キッドは失敗して諦めたと思っているだろう。それで構わない。それこそがキッドの狙いだったのだから。
 あとは予告状通り・・・・・機会を窺って盗るだけだったが、是非打ち上げに参加してくれと、小五郎を通じていつものメンバーに加えて快斗とひじりも誘われ、さてどうするか、2人はまた顔を突き合わせることになった。


「実はその日母さんが帰って来るようなので、少し・・遅れる・・・かも・・しれません・・・・・


 そういうことで。





□ 銀翼の奇術師 8 □





 打ち上げは北海道で行われるらしく、東京からそこへ行くためには飛行機に乗らなければならないため、一同は羽田空港に集まった。国際線であることもあって空港内には人が多く、ひじりは子供達がはぐれないようさりげなく近くに立つ。

 電光掲示板に映された天気予報では、どうやら目的地の函館は雷雨のようだ。風向きは南西。
 隣に立った博士がそれを見て生憎の天気じゃのうと呟き、歩美が飛行機に雷が落ちたらどうしようと不安そうに眉を下げる。光彦が大丈夫ですよと笑って飛行機が飛ぶのは雲の上だと安心させるが、哀が着陸するのは雲の下だと言ってしまう。不安そうに顔をくもらせる歩美の頭をひじりが軽く撫でると、ふいに園子が傍に立った。


「あーあ…せっかくめかしこんで来たのに雨とはねぇ…」


 残念そうに呟いた園子の格好は、俗に言うへそ出しルックだ。加えてミニスカートで、若い肌を惜し気もなく披露している。
 元太が園子を見て「そんな格好してると、雷様にヘソ取られちまうって、ばーちゃん言ってたぞ」と半眼になったが、当の園子はそれをものともせず、男前にも取れるものなら取ってみろと剥き出しの腹を叩いて笑った。


「…函館は寒いみたいだし、風邪ひかないようにね」

「はーい、ひじりお姉様!でも、おしゃれするには寒さくらい我慢しないと」


 園子が力説しそういうものかとひじりが軽く首を傾ければ、そういうもんですって!と押し切られる。


「黒羽君だってミニスカートとか好きそうですし、今度ひじりお姉様も穿いてみたら…そういえば、黒羽君は?」

「さぁ…?ちょっと家でごたごたしてて遅くなるかも、とは言ってたけど」


 いつも傍にいるはずの少年が見当たらず辺りを見渡す園子につられ、子供達も空港内を見渡すが快斗はどこにもいない。
 ひじりも「そろそろ来ないと危ないんだけど」と呟きながら振り返ると、少し離れた所に樹里となつきを除いた「ジョゼフィーヌ」メインメンバーとマネージャー、そして小五郎と蘭、コナンが立ち話をしているのが見えた。
 ちらほら聞こえてくる話を耳に入れてみると、どうやら樹里はなつきにメイクしてもらっているらしい。なつきはあくまでメイクアップアーティストらしいが、樹里の付き人のようなこともさせられている、と少々不穏さを滲ませる情報を口走った伴の言葉にあの樹里ならしそうだと思わず納得してしまった。


「はぁーい!お待たせ皆さーん!」


 ふいに樹里の声が聞こえて一同が振り返ると、そこにはサングラスをかけた手ぶらの樹里、そして樹里のであろう荷物を持ちキャリーを引いたなつきがいて、先程の伴の言葉もあながち間違いではないらしいと察する。だがそれは彼女達の関係のことで、第三者が口を挟むようなことではない。

 今日はまた一段とお綺麗ですなと樹里に声をかけた小五郎に、樹里がサングラスを外しながら「どうも毛利さん」と朗らかに返し、軽く見回して全員揃っているみたいねと呟いた。
 だが田島がまだ新庄が来ていない旨を告げようとしたところで、矢口が新庄は体調が悪いのでキャンセルすると今朝電話があったと返した。


「あら、そうなの。残念ね、樹里」

「え?何が?」

「んーん?別に?」


 新庄不在について田島が口角を吊り上げて笑い、しかしそれを樹里は軽く流した。
 矢口が気遣うように、伴は意地悪気な笑みを浮かべて成沢を見るが、成沢は何も聞こえていなかったように目を閉じている。
 どうやら彼らは彼らで何かしらの事情があるようだ。それが決して良いものではないのは、明らかだが。


 ピリリリリ


「…すみません」


 ふいに携帯電話が鳴って微妙な空気を裂き、ひじりはひと言詫びて一同に背を向けポケットから出した携帯電話の通話ボタンを押した。


『あ!ひじりさん!?すみません、今日ちょっと…』

「何かあったの?」

『いや、実はあのババ…母さんが』

『ちょっと快斗ー!もしかしてそれ彼女?例のあんたの彼女!?ちょっと代わりなさいよ~』

『だー!邪魔すんなっ!』


 電話越しに聞こえてくる女性の声と快斗の怒声が響き、ひじりは軽く耳から携帯電話を離した。するとふいに服の裾が引かれ、見れば睨むようにコナンが見上げていて軽く首を傾げる。


「それ、快斗兄ちゃん!?」

「そうだよ」


 詰め寄るコナンにも聞こえるようハンズフリーにすると、その場に快斗の声が響く。


『あ、あーひじりさん?すみません、ちょっと母さんに捕まってしまって行けそうにないです』

「みたいだね」

『今夜は親子水入らずだーって聞かなくて…』


 電話越しに盛大なため息が聞こえ、ひじりはそっかと短く返す。


『そんなわけでオレは行けませんが…ひじりさん!浮気はダメですからね!!』

「私が今までに一度だって快斗以外になびいたことあったっけ」

『ないですありがとうございます!!』


 本気の冗談だったのだろう言葉に真顔でさらりと返せば盛大な礼が返ってきて、どういたしましてと淡々と返す。
 それじゃあとひじりが切る直前、通話口から『あら快斗!らぶらぶじゃない私にも』『代わらねーよ!!』と会話が聞こえ、傍で聞いていたコナンが頬を引き攣らせて苦笑した。自分の母親とだぶってしまったのだろう。あのテンションの高さは有希子と通じるものがある。電話の向こうで一人二役していたというのに、本当に相手がいるかのような絶妙な合いの手にお見事でしたと内心で拍手を送った。


「…そういうわけで、すみませんが快斗は不参加です」


 一同の視線が集まる中、ひじりは快斗のためにも早々に電話を切ってそう告げた。






 top