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Dear Sleeping Beauty.
あなたは私の大切な眠り姫
“運命の宝石”を盗み出したあかつきには
あなたの指へと贈らせていただきたい
白くたおやかな指で煌めくサファイアが
再び私とあなたを結びつけるように…

           怪盗キッド







□ 銀翼の奇術師 5 □





 相変わらずキザな文面だ。
 新一が眉間に大きなしわを刻み、蘭と博士が苦笑して園子が笑顔で目を輝かせた。


「あの野郎…!」

「相変わらずね、キッドも」

「ハハハ…」

「いいなーひじりお姉様!」


 それぞれの言葉に、ひじりは無表情のまま表情を変えず。快斗はひじりの手からカードを奪い取ってコナンに投げ渡すように放るとひじりの左手を両手で包んだ。


ひじりさんの指にはオレとお揃いの指輪だけがあればいいんです!」

「もちろん。この指には快斗との誓いの証だけ」

「おーい、オメーらだけの世界にひたってんじゃねーよ」


 じっと見つめ合う快斗とひじりに新一が半眼で突っ込み、快斗が邪魔すんじゃねぇとばかりに睥睨するが、新一は真っ向から睨み返してばちりと火花を散らす。
 一方、快斗が放り投げたカードを受け止めて読んだコナンは、音が鳴るほど奥歯を噛み締めてカードを握り潰した。


「毎回毎回あの野郎…!覚悟しとけ…黒羽じゃねぇんだったら尚更容赦しねぇぞ…!!」

「…コナン君、怖い…」


 怨嗟の念すらこもった声に、近くにいた歩美が若干引きながら呟く。それほどまでに今のコナンは禍々しいオーラを放っていた。
 しかし不機嫌そうな顔を戻しはしないものの何とか落ち着いたようで、コナンは握り潰したカードのしわを戻せるだけ戻すとひじりに返した。ひじりがそれを受け取って封筒に入れ直し、バッグに仕舞う。新一がさてと口を開いた。


「オレはちょっと屋上を見てくっかな。蘭も一緒にどうだ?」

「え?」

「最上階は展望フロアみてーだぞ」


 新一の誘いに、蘭は顔を赤くしながらもすぐには答えない。すると園子が蘭の両肩に手を置き、「行っといでよ、蘭」と笑って送り出そうとしたところで、唐突にコナンが騒ぎ出した。


「ボクも行くー!」

「あんたはいいの!」


 即座にばっさりとコナンを切り捨てる園子を無視して、コナンは蘭の服を掴む。


「行く行く!ボクも行くー!!」

「ちょっとあんた!」


 せっかく蘭と新一を2人きりにさせようとするのに空気を読まず気が利かないコナンに、園子が苛立ちをあらわに眉を寄せた。しかしそんな園子をやはりまるっと無視して、ばたばたと跳ねながらコナンはさらに駄々をこねる。
 それに、中身は確か17歳だったよなと、コナンの正体を知る一同は内心で呆れた。蘭と新一キッドの2人きりがそんなに嫌か。まぁ確かに嫌かもしれない。


「行く行く行く!!」


 絶対に譲らない様子のコナンに負け、蘭は「分かったわ」と眉を下げて笑った。じゃあみんなで行きましょうとさらに続けると、コナンは「やったー!」とはしゃぐ。
 快斗はそれを若干頬を引き攣らせながら見て、ひじりは変わらぬ無表情、新一は面白いおもちゃを見つけたような、楽しそうな笑みを浮かべていた。









 そんなわけで全員で最上階の展望フロアへとやって来て、早速屋上を調べに行く新一について行く蘭とコナンを見送り、快斗は売店でジュースをふたつ買ってテーブルに座るひじりへとひとつ渡した。


「良い景色だな」


 イスに座りながら夕暮れに染まる街を見て呟くと、ストローに口をつけてジュースをすするひじりが無言で頷く。
 少し離れたところでは同じく子供達が窓の外を見ており、元太がすげーすげーと騒いでいて、快斗は微笑ましそうに僅かに目許を緩めた。
 そして子供達のもとへと、屋上へ続く扉を調べ終えたらしい新一が歩み寄ってその輪に交じる。


「しかし大胆じゃのー、よりによって新一に化けるとは」

「ああ…大方オレに化けてりゃ、仕事がやりやすいってとこだろ」

「でも、捜す手間が省けたんじゃない?」

「ああ」


 ひとつテーブルを挟んだ向こうのテーブルで交わされる、博士、コナン、哀の会話を耳聡く聞く。ちらりとコナンから視線を受けたが、快斗は気づかなかったふりをしてジュースを飲んだ。


「ところでお前ら、ナポレオンのことは知ってんのか?」


 ふと新一が子供達に問い、小学一年生ながら博識の光彦が頷く。すると新一が、舞台の予習としてナポレオンに関したクイズを出してやろうと子供達に向き合えば、光彦が阿笠博士みたいですねと呟き、元太がダジャレじゃねーだろーなと半眼になった。しかし、新一曰く、歴史に基づいたためになるクイズ、らしい。
 快斗は窓の外の景色から新一へと視線を移した。新一が出すクイズが少しだけ気になる。


ひじりお姉ちゃん、黒羽君。今日は新一がクイズ出すらしいよ?珍しいわね、あいつがそんなことするなんて」

「せっかくだし、ひじりお姉様と黒羽君も参加してみない?」


 園子に誘われ、そうだなと快斗が頷いてイスから立ち上がり、ひじりと共に新一へと歩み寄る。さてさて、彼はいったいどんなクイズを出してくれるのだろうか。
 ボウズも考えろよ、とコナンに声をかけてから新一はクイズを出した。


「いいか?ナポレオンの土地に、2人の日本人が家を建てたそうだ。その2人とは、次のうちの誰とだーれだ?①冬野さん、②古野さん、③深野さん」

「……おい工藤、お前それ」

「おーっと!黒羽、まだ言ったらダメだぜ?」


 笑顔のまま遮る新一に、快斗は深くため息をついて苦笑する。
 蘭は少し考えて分かったようで「分かった」と声を上げると、新一が教えちゃダメだぞと口に人差し指を立てた。
 ちらりとひじりを見れば彼女は軽く首を傾げたまま考えていて、快斗は子供達に聞こえないようこっそりヒントを出す。


「ほら、ナポレオンには有名な名言があるでしょ?」

「んー…」


 あ、とひじりが目を瞬く。両手の指をそれぞれ1本と2本立てた彼女に、快斗は微笑んだまま頷いた。
 ナポレオンの名言としてまずこれが挙げられる。「我が辞書に不可能の文字はない」。“辞書”とは字を変えれば“地所”となり、地所は即ち土地のこと。そして不可能とは、深野のこと。
 つまり、「我が地所に深野はない」─── 答えは深野を除いた残りの2人だというわけだ。


「─── 分かった!冬野さんと古野さんよ!」

「お?」


 まさか園子が答えられるとは思っていなかったようで、新一が小さく声を上げた。
 園子は自信満々に理由を説明する。深野だけが真ん中の文字が“か”であり、中がカ、つまり中華─── 中国となり、深野は中国人であるので、「2人の日本人」の条件からは外れるから、らしい。
 答えは合っているのに解き方がまるきり違い、しかもナポレオンに全く関していない。思わず目が点になって何も言えない新一に「何よ、間違ってるって言うの?」と園子が半ば喧嘩腰に突っかかる。蘭もまた苦笑して、答えは合っているが解き方が違うと教えた。


「オメーら、ナポレオンの『我が辞書に不可能の文字はない』って言葉、知らねーか?」


 答えが明らかになってしまったのでコナンが解説に乗り出す。
 それを流し聞きながら、ダジャレじゃないと言い切ったにも関わらず結局ダジャレで、コナンには悪いが、まぁ新一の顔だから別にいいかと快斗は内心でため息をついた。






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