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「おい工藤、お前本物の工藤だよな?」

「ったりめーだろーが。…オメーこそ、本物の黒羽なんだろうな」

「今見ただろ。つーかお前、やっぱり疑ってやがったな。探偵に疑われるってのは心臓に悪ぃから勘弁してくれよ」


 頬をさすりながら声を潜める快斗に、コナンは無言のまま何も返さなかった。





□ 銀翼の奇術師 4 □





 今傍にいる快斗をキッドの仲間と疑うには、快斗が素顔であるということが何よりもネックになっている。そのため快斗を疑いきれず、だが納得はしていないらしいコナンの横顔に小さくため息をついて、快斗は再び口を開いた。


「オレも前に中森警部にキッドじゃないかって疑われたことあるけど、キッドがオレと同じマジシャンだからってだけで疑うのはやめろよ。それじゃ、世の中のマジシャン全員がキッド候補じゃねーか」

「…オメー、前にも疑われてたことあんのか?」

「ああ。前にキッドがうっかり中森警部に顔を晒しちまってよ、そのときオレと同じ顔だったらしくてさ。まあ、キッドはオレに変装してたって話だったし、オレはオレでアリバイを証明したりして何とか疑いは解けたけどな」


 キッドは誰にでもなりすますことができる。そしてその素顔が本当に新一と快斗に似ているのだとしたら、はた迷惑な話だ。
 新一として快斗として、キッドは2人の顔を自在に使えるのだから。


「よーし!間違いない本物だ」


 散々新一の顔を引っ張り回して素顔だと確かめた中森は、赤くなった両頬を押さえる新一から視線を外してそう言い、ついでに皆さんの顔も引っ張らせてもらいたいところですがと続けると、当然のように不満の声が上がった。
 確かに、キッドがこの中に紛れている可能性がある以上、全員を調べる必要はある。中森の後ろで、使命に燃えた加藤がわきわきと指を動かしているのが見えて快斗は僅かに顔を歪めた。


「いや、その必要はないでしょう。私の勘では、キッドはこの中にはいません」


 いやいやそこにいるんだけど。
 快斗は緩く笑うと新一を一瞥し、小五郎に小さくため息をついたが何も言わなかった。ここでひじりと共にあれが新一ではないと言うことはできるが、新一が素顔であると証明された以上、それを覆すだけの証拠はない。まさか江戸川コナンが工藤新一だと言うわけにもいかないだろう。
 小五郎の当てにならない勘に、コナンが半眼で「だからいるって」とぼそりと呟いたのは聞こえなかったふりだ。


「それに、キッドを捕まえる秘策はちゃんと考えてあります」

「ほほー。んじゃその秘策とやらを窺いましょうか?」


 小五郎の“秘策”か。まぁ相手は小五郎だ。秘策と言えどキッドの敵ではない。つまり、キッドにとって問題ない。淡々と状況を分析した快斗は、ゆっくりと腰を伸ばした。

 中森が樹里へ他の者達には席を外してもらうよう頼み、立ち上がって振り返った樹里は既に支度を終えたため、構わないと頷く。


「ああ、すみません」

「ん?」


 ふいに新一が手を挙げて中森に声をかけ、中森が振り返ると、新一は「僕は僕のやり方でやりますので」と別行動を取る旨を伝える。
 協力者なのに協力する姿勢ではない新一に中森が何だと?と眉を寄せるが、小五郎は上等だと意気込んだ。「探偵ボウズに用はねぇ」と言われ、むしろ新一は狙い通りと言わんばかりの笑みを浮かべる。キッドとしては、むしろ中森達と一緒に行動する方が動きにくいのだろうから当然だ。
 もっとも、あれが本物の新一でも同じようなことを言って別行動を取ったのだろうが。


「それじゃ皆さん、申し訳ありませんが樹里さん以外の方は出てもらってもいいですか」


 中森に改めて退室を促され、言われた通り楽屋を出る。快斗が最後尾をひじりと並んで出ようとすると、ふいに「あっ!」と中森が声を上げた。


ひじり君。すまん、君に渡すのを忘れていた」


 さっきまた送られて来たよ、と呆れた顔で中森が懐から白い封筒を取り出す。加藤が憎々しげな目で封筒を睨んでいるのは視界の端に入れて無視だ。
 ひじりが礼を言って受け取り、快斗が横から覗きこむ。毎回お馴染み、キッドからひじり宛のラブレターだ。


「すまんが、今回も封を切らせてもらっている」

「構いません」


 不満もなく頷いたひじりが一礼をして中森に背を向ける。
 楽屋を出るとちょうど成沢、新庄、伴、田島の4人が背を向けて自分達の楽屋の方へと歩き出していて、それを見送っていた新一の腕を軽く叩いた蘭が「ねぇちょっと」と声をかけた。


「ん?」

「こっちに帰ってたんだったら、連絡くらいしてよね」


 いきなりいなくなって、帰って来たのは連絡もなく突然で。蘭の当然の不満に、新一は軽く笑って「悪ぃ悪ぃ」と反省の色なくかわす。


「オメーの驚いたキュートな顔が見たくてな」

「キュ…!」

「おーおーのっけから言うねぇ」


 蘭が顔を赤くして絶句し、園子が半ば呆れて笑う。コナンはものすごいジト目で新一を睨んでいた。快斗は、本物の新一なら到底言いそうにない台詞に痒くなった首を掻く。
 まぁ今のはキッドのフェミニズム、そしてコナンに対する嫌がらせも兼ねた意趣返しだろう。散々キッドの邪魔をしてくれたこともあるし。


「工藤…お前いつどこでそんな歯の浮くような台詞覚えたんだ?」

「ご挨拶だな黒羽。素直になっちまえばこんくらい普通だぜ?オメーだってひじりに対してそうだろ」

「そりゃまぁな。……でっ」


 新一と会話すればふいに足を蹴られ、見てみるとコナンが不機嫌そうな顔で睨みながら足を引っ込めた。何仲良く会話してんだよ、とでも言いたいのだろう。
 確かに相手は新一の顔をしていても間違いなくキッド。快斗にとっては、ひじりに手を出そうとする不埒者だ。
 つまりは敵で、警戒し敵視すべきなのだろう。しかしまぁ、今の快斗がキッドに対して嫉妬するはずもない。快斗は苦笑で流した。


「そーいやひじり、中森警部に聞いたけど、またキッドから手紙もらったらしいな?」


 ふいに新一が眉をひそめて不機嫌そうに半眼でひじりへ問いかけると、頷いた彼女は手に持った白い封筒を見せた。
 まだ中は見てないけど、と言いながら封筒の中に納まっていた1枚のカードを取り出す。それを無言で眺め、快斗と新一が横から覗きこんで蘭と園子、博士もつられてカードを覗きこんだ。






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