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今回の“仕事”は少しだけ厄介だ。何せ、コナンがひどく快斗を疑っている。
“
大海の奇跡”の一件から、コナンの快斗を見る目がますます厳しくなってきた。
どうにかしてコナンを欺かなくてはならない。しかし相手は名探偵、生半可なものは通用しない。
だが、策は立ててある。とにかく、
ひじりと快斗が一緒にいればそれでいいのだ。
今回出した予告状は暗号にしてはっきりと判る日にちは入れず、ミスリードを含ませた。うまく引っ掛かってくれたら、宝石は盗めるしコナンからの疑いも晴れて一石二鳥だ。
「もちろん、
ひじりさんにも手伝ってもらいますよ。何てったってあなたは、マジシャンに必要不可欠なアシスタントだ」
「うまく使ってね」
「ええ」
ひじりは差し出された手に己のものを重ね、手の甲に快斗の口付けを受けた。
キッドが狙う次の獲物は、以前から
ひじりが予測を立てていたもの。
潮留にできたビュータワー内劇場、
宇宙にて公演される舞台「ジョゼフィーヌ」で使われる、スター・サファイア─── 通称“運命の宝石”だ。
□ 銀翼の奇術師 1 □
Romeo
Juliet
Victor
Bravo!
26の文字が飛び交う中
“運命の宝石”を
いただきに参上する
怪盗キッド
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昨夜、キッドは大きなバラの花束に添えて、牧
樹里の自宅のベランダに予告状を置いた。バラの花束を選んだのは、彼女が舞台のタイトルでもあるジョゼフィーヌを演じるため。
ジョゼフィーヌはナポレオン王妃。そしてバラのコレクターでもある。相変わらずキザだな、と思ったがそれがキッドなので口には出さなかった。
(…ん?)
そして翌日である本日午後、樹里の動向を快斗に代わって探っていた
ひじりは、彼女がマネージャーの矢口 真佐代と共に警察ではなく、真っ先に毛利探偵事務所に入って行ったことに目を瞬いた。
2人の足取りからここではないかと予測はしていたが、彼女とは特に関係もなさそうなここにどうして。
そう思いはしたが、特に気にしないでおく。世間では“名探偵”と持て囃されている彼を頼ろうと思ってもおかしくはないからだ。
(さて、気づかれる前に撤退するとしようかな)
路地裏に潜みながら観ていた携帯電話に映し出される映像から視線を外し、毛利探偵事務所内を足に仕掛けた小型カメラで映していた鳩を短く鋭い指笛を鳴らして呼ぶ。鳩は瞬時に応えて電線から飛び立ち、
ひじりの方へと翼を広げて降下してきた。
「お疲れさま」
小型カメラを取り外しながら鳩をねぎらい、白い体を優しく撫でる。鳩はくるる、と小さく鳴いて気持ち良さそうに目を細め、
ひじりが手の平に出した少量の餌を啄んだ。
餌を食べ終えた鳩の嘴と人差し指を軽く触れ合わせる。鳩はばさりと翼を広げて空へと羽ばたき、やがて見えなくなった。それを見送り、快斗が準備をして待つ黒羽邸へと戻るために駅へと向かって歩き出す。
舞台「ジョゼフィーヌ」の楽日─── 最終公演日は今夜。
そして小五郎含めた彼らは、まさに今夜が予告日だと推理した。見事にミスリードに引っ掛かってくれたというわけだ。
まぁ推理せずとも、“
運命の宝石”を盗れる機会は今夜くらいしかないため、どちらにせよ少なくとも中森を始めとした警察は駆けつけてくれただろうが。
(ま、あながち間違いでもないんだけどね)
確かに今夜、怪盗キッドは劇場
宇宙に現れる。ただ、盗りはしないが。
ピリリリリ
ふいにポケットの中から音が響き、取り出した携帯電話のディスプレイを一瞥して通話ボタンを押す。
『あ、
ひじりお姉ちゃん?今大丈夫?』
「うん。どうかした、蘭」
弾む声でかけてきたのは可愛い妹分だ。
今日が快斗とのデートだと知っているため一応伺いを立てた蘭に頷くと、蘭はたった今女優の牧樹里が毛利探偵事務所を訪ねて来て、依頼内容にキッドが関わっており、小五郎がそれを受けると牧に知り合いの方もご一緒にどうぞと今夜の舞台のチケットをもらったことを続けて話した。
『だから、
ひじりお姉ちゃんも黒羽君と一緒にどう?』
『
ひじり姉ちゃんも来なよー!快斗兄ちゃんと一緒に、さ!』
一緒に、をやたら強調して蘭のあとに続いたコナンへ、そうだねと軽く頷く。
舞台自体は前に劇場の下見も兼ねて観に行ったが、そのことは誰にも話していないし、ここで断る理由はない。キッドがどのような形で今夜劇場に現れるかを知っている
ひじりとしては、むしろ行かなければならない。
「せっかくの機会だから行こうかな。快斗には私から言っておく。現地集合でいい?」
『うん!ごめんね
ひじりお姉ちゃん、デートの邪魔しちゃって』
「気にしないで」
『
ひじり姉ちゃん、今度は遅れて来ないよう、ちゃんと時間通りに2人で来てね!』
「分かってる」
コナンの念を押す言葉に淡々と返す。
コナンからすると快斗=キッドと疑っていることを一応隠しているつもりなのだろうが、バレバレだ。まぁそれも、
ひじりがコナンが快斗を疑っていることを知っているという前提があってこそ分かったものだが。
『それじゃ
ひじりお姉ちゃん、またあとでね』
「ん、またあとで」
通話を終え、携帯電話をポケットに仕舞う。
視線の先に駅が見えて、
ひじりは緩く息を吐いた。
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