186





貴殿の提案、快く承ります
決行は10月12日20時
その前夜に下見する無礼をお許しください

         怪盗キッド

P.S.
Blue Wonderの名の如く
歩いて頂きに参上しよう…



Dear Sleeping Beauty.
私の大切な眠り姫
鈴木財閥相談役から私への挑戦状を
ご覧になったことでしょう
大海の奇跡ブルー・ワンダー」を掲げるは黄金の女神像…
挑戦を受けたために
女神の手を取ることになりますが
私の心は変わらずあなたの瞳に
奪われたままであることをお忘れなく…

                 怪盗キッド







□ 大海の奇跡 4 □





 10月11日。午後19時35分。
 ひじりを始め、コナン、蘭、小五郎は現場である博物館前に大勢の野次馬とテレビ局の人間達と共に立っていた。
 今度は次郎吉からの挑戦状ということで、人の入りは今までの比ではない。それでも園子の口添えで先頭の方へと無条件に立ち入らせてもらい、そこで園子と次郎吉を待つことになっていた。

 先日、海外のサーバーを経由して次郎吉のもとへとメールで予告状を送りつけたキッドは、別口で警視庁へと同じようにメールを送った。宛先は当然のように「眠り姫」─── つまりひじりで、その内容は相変わらずのラブレター。中森が脱力して呆れ加藤が目に見えて燃えていた。
 次郎吉に2通とも送らなかったのは、いったいどういう関係なのかと次郎吉がひじりを問い詰めないようにという配慮だったのだろうが───


「ねぇ中森警部。キッドからひじり姉ちゃん宛のメッセージ、何か来た?」

「ん?おお、来たぞ。既にひじり君には伝えてあったが…」


 という会話によりまずコナンにあっさりとバレ、ひじりは決して口を割らなかったのだが、これまたキッド逮捕に燃える加藤がぺらぺらと喋ってくれたので内容までバレた結果、コナンが般若のような顔になった。とてもじゃないが小学生がしていいものではないくらい怖い顔だ。いやたとえ元の姿でもダメだが。


「あの野郎、また性懲りもなく…!」

「ああ、その通りだ!あのキザなコソ泥め…!今度こそ捕まえてやる!」


 キッド逮捕に燃える男と少年。2人は一瞬手を取り合いかけたが、コナンが加藤のひじりにした仕打ちを思い出したことで結成前に消滅した。まだ根に持っているらしい。そして中森は部下への指示出しに忙しく、それぞれ個々でキッド逮捕に燃える2人に気づいていない。


「引っ張りゃいいんだよ顔を!!!どーせ奴は変装してんだから!!」


 ふいに大きな怒声が響き、思わず誰もが中森の方へ視線を向ける。
 久しぶりのキッド登場─── なのだが、鈴木次郎吉の勝手な行動のせいで、気合いは入っているが少々虫の居所が悪いらしい。


ひじりさん!見ていてくださいね、キッドを、この俺が!捕まえてみせます!」

「はぁ」

「キッドの奴、今回は歩いて来るとか!馬鹿な奴だ…こんな大勢の警官や警備員相手じゃ、盗る前に捕まるに決まってる!」


 その「歩いて」が問題なのだけど、とは言わない。わざわざ教えてやる義理もないだろう。
 ひじりが不敵な笑みを浮かべる加藤からさっさと視線を外すと、ちょうど次郎吉のハーレーがやって来て、サイドカーに乗った園子が手を挙げて蘭とひじりを呼んだ。


「らーん、ひじりお姉様ー!」


 ひじり達の前でハーレーが停まり、ヘルメットを外しながらキッドは来たかと園子が問う。それに蘭が横に首を振り、まだ予告時間前とあって落胆はしなかった園子は、ハーレーのサイドカーから降りると初対面の小五郎を次郎吉に紹介した。


「このチョビヒゲのおじさんが蘭のパパの眠りの小五郎さんよ、次郎吉おじ様!」

「チョビ…」

「おお、お噂はかねがね」


 チョビヒゲ、と紹介されたことに少々不満そうに半眼になった小五郎へ、次郎吉は軽く挨拶をする。すると部下に指示出しを終えていた中森が加藤を博物館周辺を見張るよう言いつけ、次郎吉へと掴みかかった。


「あんたか!?今回の騒ぎを巻き起こした張本人は!?あんたんとこのヘリ達を何とかしろ!邪魔で警察のヘリが飛べないだろーが!」


 満足な警備もできやしないと眉をひそめる中森に、しかし次郎吉は意に介した様子もなく夜空を舞うヘリを見上げて言葉を返した。


「警察のヘリなんぞいらんじゃろ?キッドは歩いて来ると予告しておるんじゃから」

「じゃあ、何であんたは飛ばしてんだ!?」


 もっともな中森の問いに、次郎吉はヘリ達が自伝映画用の撮影ヘリだと答え、「じ、自伝映画?」と思ってもみなかった返答に戸惑う中森を、何なら観てみるかと博物館の正面近くに停められたワゴンを振り返って誘う。ヘリに仕掛けられたカメラの映像は、全てあのワゴンの中でチェックできるようになっているらしい。


「そんなことよりひじりお姉様!お姉様にはキッド様から何かメッセージ、来ました?」


 ワゴンへ向かう道すがら、突然腕に絡みついてきらきらと輝く笑顔と視線を向ける園子は、キッドがひじりに好意を抱いていることを知っている。
 それは以前のインペリアル・イースター・エッグの一件で明るみになり、それ以前からもそのあともかなりアタックを受けていると蘭やコナンから聞いて知ってしまった。

 ひじりがキッドに好意を向けられているということに、園子は大変羨ましがった。
 しかし、「ひじりお姉様とキッド様ならアリかしら…」と懐の広い発言をかまし、「いやいやでもひじりお姉様には黒羽君が…!」と何やらひとりで悩んでいたようだがひじりは無言でスルーしたのは記憶に新しい。
 結局、キッドの横恋慕模様を第三者の立場から無責任に楽しむことにしたらしい。そんなわけで満面の笑みを浮かべて絡みつく園子に言葉を返したのは、コナンだった。


「来たよ、キッドからひじり姉ちゃん宛のラブレター」

「本当!?どんなの!?どんなのなのよ!?」


 やや不機嫌そうに半眼になっているコナンに園子が詰め寄り、コナンから“ラブレター”の内容を聞くと頬をほんのり赤くして黄色い悲鳴を上げた。


「いいなーひじりお姉様!わたしもそんなこと言われたーい!」

「…何やら興味深そうな話をしとるのぉ」


 ああ、やっぱり聞いていたか。
 少し距離を取っていたとはいえ、あれだけ大きな声で園子が話していれば聞こえないはずもない。観客でもある一般人にはさすがに聞こえていないだろうが。
 ひじりは内心でため息をつき、園子がハイテンションでキッドがひじりを好いているのだと話す。中森が「まぁ、ひじり君には既に彼氏がいるから、キッドの片想いだけどな」と注釈をつけた。


「彼氏…って、そういえばひじりお姉ちゃん、黒羽君は?」

「快斗なら少し遅れて来るって言ってたよ」


 最近ひじりがいるところには快斗もいて当然となりつつあるので快斗の不在に不思議そうに蘭が首を傾げ、ひじりが答えるのとほぼ同時に着信音が鳴り、span class="charm-last1">ひじりはポケットから携帯電話を取り出して通話ボタンを押した。


ひじりさん、今どこですか?』

「今は博物館前のワゴン車の近くだけど…ここまで来れる?」

『あー…ちょっと人が多すぎて時間がかかりそうです』

「そりゃあ、これだけの人混みなら仕方ないかな」


 足を止めて先にワゴン車へ入って行ったコナン達を見送り、電話の途中のため外で会話を続ける。誰に聞かれてもいいような会話を。


『こりゃー、ひじりさん達のところへ行くのは難しそうだ。すみません、キッドが現れる時間に間に合わないかもしれません』

「ん…分かった」


 言葉を交わし、傍に人の気配が無いことを確かめたひじりは、一同がワゴン車へ入る直前、コナンから向けられた鋭い目を思い出して僅かに目を細め、唇を湿らせる。


「快斗」

『はい?』


 深い深い、海の底まで見通すかのような、快斗とはまた違う青い眼。


「話しておかなきゃいけないことができた」


 コナンはキッドの正体に勘付いていない?
 どうやら、ひじりはコナンを甘く見ていたようだ。もしかしたら希望的観測をしていたのかもしれない。

 あの海のような青い眼は、確かに快斗を疑って見ていた。






 top