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 それからコナンには、訊かれるまま答えられることを話した。
 自分のこと、組織のこと、FBIのこと。哀─── 宮野志保ことシェリーとも実は顔見知りであったことも。


「オメー、ジョディ先生…FBIのこと、完全に信用してんのか?」

「まさか」


 互いに腹に何かを隠しているよ、とひじりは肩をすくめる。赤井達がクリス・ヴィンヤードとシャロン・ヴィンヤードが同一人物であることを教えてくれなかったように。
 ひじりが問わなかったという理由もあるだろうが、あちらとて無条件で全ての情報を開示するつもりがないことが、今回改めてはっきりした。そしてそれを、ひじりも快斗も責めるつもりは微塵もない。隠していることがあるのはこちらも同じなのだから。
 たとえ味方であろうとも手札の全てを見せる必要はない。己の目的のために、使えるものは使う。
 それがたとえ新一であろうともね、とひじりが考えていることくらい、ちゃんと分かっているのだろうけど。





□ 季節外れのハロウィンパーティ 9 □





 ジョディから哀への電話の内容は、哀に証人保護プログラムを受けてほしいと言う話だったようで。
 だが哀はそれを即答で断ったらしい。だってひじりが護ってくれるんでしょ?と笑う哀に、ひじりも躊躇うことなく頷きを返した。

 そして哀にも、ひじりがFBIと関係していることを話した。しかしひじりが不定期に出掛けていたことから何となく察していたようで、哀はあまり驚かず納得した。
 コナンはひじりを責めなかった手前同じく黙っていた哀も責めずにいたが、ひじりが聞いていない場所で、ひじりとジンがどんな関係であったのかを聞き出せるだけ聞き出そうとするだろう。もっともそれは哀の主観で、ひじりは決して認めようとはしないが。


「─── ベルモットは本当に諦めたと思うか?」


 所変わって米花総合病院、ジョディの病室。その室内で、ひじりはパイプイスに座ったまま「どうでしょう」と壁に凭れる赤井に返す。
 FBIと繋がっていることを外部に知られないため、この場に快斗はいない。ジェイムズも仕事があるということで退室している。


「本当に諦めてくれているとありがたいですけどね」


 シェリーのことは諦める、とベルモットはコナンに言ったらしいが、期待はしていない。
 何せ相手はあの組織。加えて、どうにもベルモットは哀を消すことに執着しているように見えた。気を抜くことはできない。
 いずれにせよ、今まで通り哀の傍にはひじりがいるし、これからはコナンと手を組むこともできる。コナンにひじりの過去を明かしたことで、できることの幅は増えた。


「…彼女は、証人保護プログラムを蹴ったらしいな?」

「ええ。しかも即答でね」


 赤井に顔を向けられ、ジョディが苦笑を浮かべて肩を竦める。
 FBI捜査官としては大反対だが、ジョディ個人としてはむしろ賛成らしい。逃げたくないとジョディに告げた哀の気持ちを、大切にしてほしいから、と。
 それを聞いた赤井はそうかと軽く頷き、次いでやや鋭い目をひじりに向ける。


「問題はお前だ」

「…組織が私を欲しがってることですね」

「でも、どうして…」


 かつてジンの“人形”として組織の近いところにいたからか。だが、それはむしろ殺されるに値する理由だ。
 組織はひじりを欲し、迎え入れたがっている。しかしひじりの容姿も能力も、秀でてはいるが誰よりも突出しているというわけではない。ひとつひとつを比べてみれば、周囲の人間と劣る部分の方が多い。


「ベルモットの言葉を信じるなら、組織は無闇にお前を殺すような真似はしないだろう。…ジンはどうか分からんがな」

「上の指示通り私に手を出さないでくれると色々ありがたいですが、組織の内情を知らないので何とも」

「それは追々確かめていくことにしよう。それと、お前が望んで組織へ入るよう、奴らは何らかの策を打ってくる可能性が高い」

「ああ、そのことですが」


 ふと赤井の言葉を遮り、無表情をぴくりとも動かさず、どこまでも淡々とした声音でひじりは言った。


「これからは私も、組織を潰すのに協力します」

「……黒羽か」


 すぐにひじりの意図を悟った赤井が呆れたようにため息をついて断言し、ええとひじりが頷く。
 ベルモットは快斗の名前を出した。その時点で、組織はひじりの敵となった。
 快斗に手を出すのなら容赦はしない。快斗に手を出す可能性があるのなら、叩き潰す。
 深みを増した黒曜の目を鋭くさせるひじりに、赤井はやはりもうひとつため息をついた。


「お前の目的は分かりやすく、単純だ。だからこそ厄介以外の何物でもない。組織からしても…俺達からしてもな」

「ありがとうございます」

「褒めてない」

「そうですか」


 殺伐としてもおかしくはない話題だと言うのにどこまでも淡々とした会話の応酬に、ジョディも小さく苦笑する。


「本当なら、快斗君にも証人保護プログラムを勧めたいところだけど…」

「受けないだろうな」


 赤井の断言に、ひじりとジョディが同時に頷く。
 まぁ黒羽にはそうそう手を出さないだろうさと呟いた赤井は、組織が快斗に手を出し殺してしまうような結果になれば、ひじりを迎え入れるどころの話ではなくなると続け、無表情で頷くひじりがFBIの手を離れることを考えたジョディは頬を引き攣らせた。赤井もそのことを想像してか顔を苦く歪め、しかしすぐに取り払うと口を開く。


「組織を潰すと言っても、今までのスタンスは変わらないんだろうな、お前達は」

「ええ。そして、私はやはりジンを殺すことを優先しますよ。ジンが私の前に現れるのと組織を潰すチャンスが同時に来たのなら、私は迷いなく前者を選ぶ」


 コナンと意図せず重なった道は、どうやら今暫く続くらしい。


「─── で、あのボウヤのことだが」

「さて、私はそろそろ帰りますね」


 唐突にコナンの話題に入ったのをあからさまに遮り、ひじりはすっと立ち上がった。赤井の目が鋭く細まったのを視界に入れずジョディへ軽く頭を下げる。


「それじゃあジョディさん。ゆっくり養生してください」

「え、ええ…」


 背中にビシバシ冷たい視線が突き刺さるのをやはりどこまでも無視し、さっさと赤井に背を向ける。その決して口を割らない姿勢に、諦めたのか赤井は深いため息をついた。

 話せることと話せないことが互いにあることは暗黙の了解。腹の内は完全には見せない。話してほしければ、確信を得て証拠を手にひじりに突きつけなければならない。

 赤井達が確信を得るのが先か、コナンが自らバラすのが先か。
 もっとも、FBIを完全に信用していないコナンが自らバラすとは思えないが。



 季節外れのハロウィンパーティ編 end.



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