179




 ベルモットは底冷えするような目で哀を睨み、ひじりを鋭く射抜いた。その視線に、ひじりは銃を向けたまま軽く肩をすくめるだけ。哀の前に立ち、小さな少女を護りながら。


「…厄介な鎧に覆われていたあなたが、まさかシェリーの盾になるとは思わなかったわ」


 忌々しそうに口角を吊り上げ、ベルモットは哀へ視線を戻した。


「いいわ…でも、シェリー。あなたが護られている限り、あなたを護る者が凶弾に倒れることを覚悟なさい」





□ 季節外れのハロウィンパーティ 6 □





 凶弾に倒れるのは、ひじりですら例外ではない。
 そのことをほのめかし、冷たい目で哀を見据えてベルモットはせせら笑う。


「恨むのなら、こんな愚かな研究を引き継いだあなたの両親を───」


 ベルモットがそう言いかけた、そのとき。



 ボコッ



 ドガ!!



 突如、ジョディの車のトランクが大きな音を立てて開き、誰かが飛び出た。それに、誰もが驚いて目を見開き振り返る。トランクから飛び出た人物が車の屋根に足をつけ、その人物を目にしたベルモットがさらに大きく目を瞠った。

 一発の銃声が響いて突然の闖入者たる彼女の足元を銃弾が掠め、我に返ったベルモットが慌てて「待って!!」とカルバドスへ制止の言葉を投げかける。
 ひじりは鋭く目を細め、ひじりを見て目を見開いている彼女へ鋭く指示を飛ばした。


「蘭!哀を護りなさい!!」

「─── はい!」


 ひじりの声に応え、蘭は瞬時に飛び出して驚愕の表情で見上げる哀を抱え込み地面に身を伏せた。
 ベルモットの制止を聞かず蘭へ銃弾を放つカルバドスへ、ひじりとベルモットが同時に弾丸を放つ。もっとも、ベルモットの制止の意味と違い、ひじりの銃弾は紛れもなく討ち取るために放たれたものだったが。


「待ってって言ってるでしょ!?」


 ふたつの弾丸の牽制に、さすがのカルバドスも動きを止める。
 哀を抱える蘭へ銃口を向け直すベルモットの前にひじりが立ちはだかり、ベルモットの足に向けて何発か撃ち込む。
 それをステップを踏むことで避けたベルモットが苛立たしげにひじりへ銃口を向け、しかし撃たずにその背に庇われた蘭─── 哀へと照準を合わせようとするも、2人に庇われた小さな的を撃ち抜くことは叶わない。


「2人共どきなさい、その茶髪の子から…死にたくなければ早く!」

「大丈夫、蘭、哀。あなた達は私が─── 私達・・が、護るから」


 ベルモットの言葉にすぐさま言い返して聞かせ、ひじりはジョディの方を見ずに悟られないよう指でサインを送ると、察したジョディが先程ベルモットが取り落とした銃を拾って地を這い、コンテナへと向かう。それに気づかれないよう、意識を逸らすためひじりはもう一発ベルモットの脇を狙って撃った。


「…それでもう弾切れでしょう。そこをどいて、フェアリー」


 確かにその通りだ。今のが最後の一発。
 視界の隅で、蘭がぎゅっと哀を抱きしめるのを見て、ひじりは銃を地面に投げ捨てた。うっそりと微笑むベルモットを見据えながら、その場で両腕を広げて背に2人を庇う。


「……!」


 ベルモットが苛立ちもあらわに顔を歪めた。けれど決して撃ち込んではこない。それにいくらかの事実を察したひじりは、しかし変わらず無表情のまま、黒曜の目を鋭くしながらベルモットを見据え返すだけだ。


Move itどいて, Fairy and Angelフェアリー、エンジェル!!」


 どくわけが、ない。
 どこか焦りさえ滲ませるベルモットの前に静かに立つ。
 そしてライフルの死角となるコンテナに背をつけたジョディがベルモットに銃を向け、撃った。


 ドン!


 銃弾がベルモットの右腕を抉る。
 ジョディは銃を構えたままベルモットに銃を捨てるよう鋭く命令し、さもないと次は頭を、と言いかけたところでふいに銃特有のポンプ音が聞こえた。それは誰かがショットガンを持っているということ。しかも、すぐ近くで。
 ひじりはゆっくりと左手首を耳元に寄せる。腕時計から聞こえてくる、もう大丈夫、と心地好い声が安心させるように微笑んでいた。


「OK、カルバドス…挟み撃ちよ!」


 コツコツと足音が小さく聞こえる。ベルモットは余裕を取り戻した笑みを浮かべて足音がする方を振り返り、足音の主が仲間だと疑っていないようだった。
 その隙を突いて素早く銃を拾い、ひじりは弾をこめ直す。ちらりと後ろを振り返ればぴくりとも動かない蘭と哀。ギリギリまで張り詰めた緊張とサイレンサーもつけていない銃声のせいで当たったと勘違いしたのか、気絶しているようだ。


「さぁあなた愛用のそのレミントンで、FBIの小猫ちゃんを吹っ飛ばして───」


 言いかけたベルモットの言葉は、コンテナの隙間から現れた1人の男を見て止まった。


「ホー…あの男、カルバドスっていうのか。ライフルにショットガンに拳銃3丁…どこかの武器商人かと思ったぞ」

「あ、赤井秀一!?」


 ベルモットが愕然と男の名前を呼んだ通り、そこにいたのは赤井だった。カルバドスから奪ったのか、肩に提げたライフル以外にショットガンを左手に持っている。
 どうやら銃を奪う際に足を折ったようで、赤井は両足を折られて当分商売はできんだろうがな、と冷ややかな笑みすら浮かべており、相変わらず恐ろしい人だとひじりは内心で呟いた。
 自身の仲間の登場に、笑みを浮かべたジョディが「シュウ!」と赤井を呼び、それに一瞥をくれて応え、赤井はすぐにベルモットへと視線を戻した。


「まぁカルバドスは林檎の蒸留酒…腐った林檎の相棒にはお似合いってところか」

「腐った林檎?」

「あんたにつけた標的名だ…大女優シャロンが脚光を浴びたのは、舞台のゴールデンアップル!あのときのままあんたは綺麗だが…中身はしわしわの腐った林檎ラットゥンアップルってな!!」


 赤井の挑発的な嘲笑に、逆鱗に触れたか、大きく顔を歪めてベルモットが銃口を赤井に向ける。しかし、それが銃弾を放つ前に赤井は瞬時にショットガンの照準をベルモットに合わせて躊躇いなく撃った。
 それをもろに食らい、鈍い呻きを上げてベルモットが地面に尻をつく。その顔は散弾で裂け、彼女の顔が変装なしの素顔だと窺えた。

 ジョディが殺しちゃダメと赤井を諌めるが、赤井は薄く冷笑を浮かべたまま安心しろと言葉を返す。防弾チョッキやパッドを重ねて体中に装着していることくらい動きで判る、と赤井が言うように、ひじりにもそのことは判っていた。
 もっとも、アバラの骨は数本持っていかれただろうが。その容赦のなさにひじりは内臓が冷えるような感覚を覚えた。できれば一生敵に回したくはない人物だ。しかし今は赤井との鍛錬の日々を思い出している場合ではないので、すぐに思考を切り替える。


「諦めて、ベルモット」

「…フェアリー…」


 弾をこめ直した銃を体勢を崩したままのベルモットに向けると、彼女はひじりを呼んで薄く笑い、手に持った銃を真っ直ぐにひじりへと向けた。
 それは、ひじりを始めとした、ひじりは殺さないだろうと確信すら抱いていた赤井やジョディの油断を突くものだったのかもしれない。その通りに誰もが不意を突かれて一瞬動きを止め、ひじりは自分が避ければ後ろの2人に流れ弾が飛ぶ可能性を考えて一歩も動かず、ベルモットの指が引き金にかかって、



 ドン!!



 ベルモットの銃から銃弾が放たれる前に、突如飛んできた銃弾がベルモットの手に当たり、銃を地面へと落とした。
 彼女の手を撃ったのは実弾ではなくゴム弾。狙撃地点はコンテナ上部。カルバドスがいた場所の近辺だ。
 そこに、全身に黒を纏った誰かが闇に紛れている。ライフルを構えたそれは、続けてさらに数発撃った。


「くっ!!」


 ゴム弾と言えど、当たれば痛い上に動きを鈍らせるに十分な威力を持つ。
 銃を拾い慌ててその場を離れたベルモットは、ふと視線を滑らせて車に凭れたまま眠るコナンに視線を止め、そちらへと方向転換した。
 赤井がショットガンを向けるが、銃口の先には蘭と哀を庇うひじり、そしてコナン。舌打ちした赤井は引き金を引けず、ひじりもまたコナンに当たるかもしれない可能性があったため撃てずにいた。
 唯一、コンテナ上部に身を潜めた者が数発撃ち、ベルモットの背に当たりはしたが、痛みに顔を歪めながらも彼女は動きを止めずコナンを抱えて車へ飛び乗った。

 エンジンがかかって急発進する車。
 ひじりがタイヤを撃ち抜こうとすれば牽制で蘭へと銃口が向けられ、庇い直す隙を突いてベルモットはもう1台の車のガソリンタンクをミラー越しに撃ち抜いた。
 被弾した車が炎上する。急発進してすぐに見えなくなった車を見送り、ひじりは小さく眉間にしわを寄せた。


「…しまった」


 コナンが攫われてしまった。
 この場で殺さずにいたベルモットがすぐさま殺すとは思えないが、まんまと攫われたのはひじりの失態だ。が、コナンはこの場合についても想定して手を打っているだろう。
 とりあえず博士に連絡を取るかと、ひじりは深いため息を吐き出した。






 top