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 コナンが計画を進めている中、ひじりはコナンの計画を快斗にだけ伝えてその時を待っていた。赤井達に教えなかったのは、FBIを通してベルモットへ計画が察せられる可能性を考慮したためだ。
 ベルモットはキッド同様誰にでもなりすますことができる。事前にFBIの誰かに扮して接触され、コナンの計画が漏洩してはたまらない。
 そして赤井達には、ベルモットから招待状が来たため、快斗は置いて行くがひじりは招待を受けると言っている。その間、ベルモットが何か仕掛けてくるだろう、とも。

 当然、ジョディはベルモットがひじりを誘って手を出すつもりではないかとひじりの参加を渋った。しかし、確かに向こうから何かしらの接触があるかもしれないが、一般の人の目も多い中、表立ってのことはしてこないだろうし、小五郎達の傍にずっといるから問題はないと説得した。
 もっとも、ひじりと快斗が別行動を取る時点で赤井は何かしら疑っていたようだが、特に何も言わず快斗を連れて行ったことには感謝しておく。





□ 季節外れのハロウィンパーティ 4 □





 ひじりと哀の部屋で寝ている、哀に扮したコナンに聞こえないよう2人はこそこそと会話を交わす。


「…ひじり、私があなたを巻き込みたくなくて避けてたこと、気づいてたでしょ」

「うん」

「やっぱり。…ごめんなさい、避けたりして」

「別にいいよ。快斗の気持ちが少し分かったから」

「……こんなときまであなたはいつも通りね」


 呆れたように哀が笑い、そうだねとひじりは無表情に答える。
 ベルモットが─── 黒い影が近くに迫ろうが、ひじりに動揺は一切無い。
 分かり切っていた、予測していた事態だ。それに備えてそれなりの準備もしている。あとは迎え撃つだけだ。


「…でも、私のお願いを聞いてくれるなんて、ひじりはとんだお人好しだわ」

「違うよ。私は気に入った人間にしか情は向けないから」

「……真顔で口説かないでくれる?」

「仕方ない。私は哀のことが結構好きだもの」

「待って。この会話2回目じゃない?」

「私も同じこと思った」


 顔を見合わせ、哀が笑みをこぼしてひじりは目許を和らげ、ふと哀と重ねていた手を離すとコートのポケットから眼鏡ケースを取り出した。
 中に納められていたのは、予備の追跡眼鏡。それ、と目を瞠る哀に、ひじりはあっさりと渡す。


「ベッドに隠してたの、見つけといたから。新一が出て行ったら後を追いかけよう」

「…ええ」


 笑みを消して少々固い顔で眼鏡を受け取った哀の頭を、安心させるように優しく撫でてぽんぽんと軽く叩く。


(…哀だけじゃない。新一も、殺させない)


 哀も、コナンも。大切な者を奪わせない。もちろん、自分の命も。
 けれどあの子─── コナンは、既に死ぬ覚悟すら決めている。自分が死んだ後、代わりに誰かが組織の後を追えるよう、そこまで策を練っている。
 末恐ろしい子供だ。己の生死すら駒にしてしまえるその度胸が、精神が、17歳の少年のものではありえない。
 組織と関わってしまったために。快斗もひじりを通じてその一片に触れてしまい、こちら側へとやって来てしまったように。

 だから関わってほしくなかった。できれば諦めてほしかった。
 しかしそれはもう叶わない。ならばせめて、あの可愛い弟分が黒い手に喉を絞められないようにしよう。自分自身ができる範囲を、正確に見極めて。


 ピンポーン ピンポーン ピンポーン


「……来たね」

「え?」


 ふいにチャイム音が響き渡り、ひじりはゆっくりとイスから立ち上がってコートの裾を払う。
 あらかじめ用意しておいた哀の上着を渡せば、「私が行くことも想定済みだった、ってわけね」と微笑まれて無言を返す。

 哀のためを思うのなら、危険な目に遭わせないために、コナンに頼まれた通り引き留めるべきなのだろう。だが、哀は闘うことを決めた。逃げず、立ち向かうと。そのためにひじりに護ってほしいと言った。
 それは、ひじりが決して選ばなかった生き方だ。そんなひじりを見て哀が決めた生き方。
 だから応えよう。ひじりの選ばなかった生き方の先で、彼女がどんな道を歩むのか、見てみよう。


「哀はちょっと待ってて」


 言い置き、静かに地下室から出て玄関の方を窺う。ベルモットに先回りしてジョディが迎えに来ているはずだ。
 その通りジョディは哀に扮したコナンを連れて行き、ジョディの車を追うようにもう1台の車が走っていく音を聞いて、それが聞こえなくなったあたりでひじりは地下室へ戻った。


「行こう。道案内はよろしく」

「ええ」


 哀に声をかけ、2人分のヘルメットを手に地下室を通って裏口から回り車庫に入る。バイクにかけられたバイクカバーを外し、皮手袋をはめてヘルメットをかぶったひじりは、庭に出してシートに跨るとエンジンをかけた。
 しっかり掴まってて、と言う前に後ろに同じくヘルメットをかぶった哀が座ってひじりの腰に手を回す。風が入り込まないよう襟元をぴったりと閉ざしたひじりは、ライトを点けると合図なく発進した。










 ジョディの目的地は埠頭。それも人気の無い、多少ドンパチしたところで問題のないような一角だ。
 しかしひじりはその場所を知らないので哀の追跡眼鏡で後を追い、後々のことを考えてジョディ達がいる所から離れた地点にバイクを置きエンジンを切って降りた瞬間、ドン!ドン!と2発の連続した銃声を聞いた。


「…!」


 はっとしてヘルメットを脱ぎ捨てた哀が駆け出す。ひじりもキーを抜いてすぐに後を追った。しかし、その途中でふと違和感を覚えて内心で眉をひそめる。
 人の気配がない。少なすぎる。
 相手は女と言えど幹部の1人。たった数人で捕えられるほどやさしい女でないことは、ジョディも知っているはずだ。


(─── まさか)


 思い出す。ベルモットの異名は、“千の顔を持つ魔女”。
 あらかじめジョディの計画を知って彼女に変装し、FBIの捜査官達を撤収させていたのだとしたら。この場に、ベルモット以外の組織の仲間がいる可能性は高い。


(…だとすれば、良くない事態だ)


 けれど、最悪ではない。コナンがいるし、その状況を引っ繰り返すための手札として、ひじりが、そして赤井と快斗がいる。
 だが、赤井と快斗はベルモットが開いたハロウィンパーティの会場付近に詰めているはず。そしてコナンも小さい体ではできることに限界がある。せめて、2人が駆けつけるに間に合うだけの時間を稼がなければ。


 ─── たとえ、何を使おうと。


 哀の小さな背中に、ひじりは波紋ひとつ無い静かな目を向けた。






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