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「…ひじり。ちょっと付き合え」


 夜も更けた深夜、コナンの真剣な声に、ひじりは無言で頷いた。





□ 季節外れのハロウィンパーティ 2 □





 コナンと哀を監視するには都合のいい場所─── 工藤邸がどこかおかしいと、コナンは言った。そして水道や電気メーターを調べてみると、昼間に郵便受けを覗いたときと比べ、僅かだが動いている。
 つまり、誰もいないはずの工藤邸に誰かがいるということ。ひじりとコナンは顔を見合わせ、音を立てないよう玄関から家に入った。


「…新一は後ろにいて」

「ああ」


 ひじりの強さを知っているため、コナンは素直にひじりの後方へ下がり、後ろからライトで前を照らしてくれる。
 ざっと1階を見て回るが人の気配はしない。次は2階。廊下を極力足音を消して歩き、ふいにひじりがある一室の前で足を止めた。
 手で制してコナンの動きを止めさせる。ドアノブに手をかけて軽く回して僅かに開け、瞬間足で勢いよく蹴り開けるとゴスッ!!と鈍い音が響いた。


「いった~~~い!!!」

「え…母さん!?

「有希子さん…?」


 静寂を大きく震わせる涙声の悲鳴に、ぎょっと目を剥いたコナンが部屋に駆け込み、ひじりも続く。扉の裏、コナンのライトに照らされた先で有希子が額を押さえて蹲っていた。


「か、母さん…何してんだよ」

「何って、新ちゃんを驚かそうと思ってたのよー!でもまさか、ひじりちゃんに先手を打たれるだなんて思ってなかったわ…」

「…すみません、有希子さん」


 不審者かと思って手加減抜きでドアを思い切りぶつけてしまった。不可抗力だが申し訳ないと頭を下げると「いいのいいの」と有希子は軽く手を振り、こっちも驚かそうとしてごめんねと片手に持った水鉄砲を掲げる。
 ため息をついたコナンが部屋の電気を点け、一気に明るくなった室内で額を押さえたまま有希子が笑って手を挙げた。


「やっほー、新ちゃん、ひじりちゃん!」

「『やっほー』じゃねーよまったく…本当は明日の予定だったのに、いつの間に来てたんだか。とにかくリビングに行こうぜ。そこで詳しい話をするからよ」

「それもそうね。詳しい話、聞かせてもらうわよ?」


 コナンと有希子の会話を聞いて、ひじりは有希子も関わらせるつもりなのだと察した。
 今まで不干渉でいさせた両親をも巻き込む。巻き込まざるを得なくなった。それだけの相手だと。そして、有希子を呼び、協力してもらうつもりであるコナンは。


「何を考えているの?」


 思わず口をついて出たひじり>の問いに、コナンが真剣な顔で振り返る。
 何を考えている。何をするつもりでいる。まさかここで、別たれていた2人の道が重なるのか。


「…オレはオメーを信じてるから、オレの計画を全部話すつもりだ。頼みたいこともあるしな」

「……」

「それを聞いてどうするかは、ひじり次第だ」


 揺るぎない絶大な信頼と煌めく光を宿した目を、ひじりは真正面から見つめ返した。
 ─── そうか。覚悟を決めたのか。ならばどうして、それを阻めよう。
 道は重なる。ひじりはこのとき、そう確信した。










 コナンの計画─── 有希子に頼んで哀に変装させてもらい、阿笠邸に残した哀を狙ってやって来るであろうベルモットに会う。そして、組織と対決する。
 簡単に言えばそういうことで、ひじりはただ黙ってその計画を聞き、そう、とそれだけを返した。


「そこで、オメーに頼みがある」

「…何?」

「灰原の見張りをしててくれ」


 哀のふりをしてベルモットと相対するところに、哀が追いかけてくるかも分からない。見張り、できるならそれを止めてほしいと。
 そして護衛も。組織の人間がベルモット1人だけであるとは限らないから。


「止めると確約はできない。それでもいいなら、請け負うよ」

「頼む。…一応、追跡眼鏡も探してみるつもりだ。後を追う手段がなけりゃ、さすがに諦めるだろ」


 ひじりが引き受けてくれたことでほっと息をついたコナンに、追跡眼鏡ね、とひじりは内心で繰り返す。


「服部君は明日来るの?」

「ああ…昼には着く。本当は黒羽に頼むつもりだったんだけどよ、あいつ予定入っててさ」


 それはどうしても外せない用事だろう。何せ、FBI─── 赤井の手伝いに駆り出されるのだから。
 本当はひじりも来いと言われたが断った。快斗は貸すが、ひじりひじりでやることがある。
 哀を、護らなければならない。ひじりが快斗と密かに立てていた計画はコナンに頼まれたことで破棄することが決まったが、手段が変わっただけで目的は変わらない。そのためにコナンの計画に乗っかる算段を冷静につける。


(さて、私が新一に頼まれた通り哀を止めれば、新一は私のことをまだ知らないままで済むかもしれないけど…)


 まず、哀はコナンが自分の身代わりとなって組織の人間と対峙するのを黙って待ってはいられないだろう。何が何でも後を追い、自分の事情には自分でケリをつける。そしてそれを、ひじりは止めない。
 分かっているのだ。ケリはつけなければならず、それは自分でなければならないことを。ひじりがそうであったから。

 けれど哀とひじりは違う。哀は“人形”ではなかったが、組織の一員だった。
 裏切り者には死を。それが組織だ。裏切った哀には、死が当然なのかもしれない。
 だが、ひじりが望まないでも護ろうとした者がいたように。哀を護ろうとする者がいる。
 ひじりが、護るのだ。たとえ新一に、全てを知られようと。


(……私も、覚悟を決めなきゃいけないな)






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